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アルバの高等学園編

 幕間「良くない兆し」

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 メトロア男爵領に向かう前、王宮ではアルバの視た刻魔法が問題になった。
 また宝玉に何かあるのかと、僕たちは陛下を伴って宝玉の間に足を運んだ。
 宝玉の間は相変わらず光が溢れ、魔力に満ちていた。宝玉もまばゆい光を放ち、どこもおかしいことがないことがむしろ問題はこの国ではないということを示していた。
 アルバが伝えてきた場所はメノウの森。ということはメノウの森とアンフィニ山脈を挟んだ隣国が、宝玉の力が衰えているのかもしれない。陛下は表情を険しくして、やはりか、と呟いた。
 宝玉の力が衰えるという事は、その国が終焉に近付くということ。終焉に近付くと、追い打ちを掛けるようにとても強大な力を持つ魔物が生まれ出てしまう。
 実際僕たちが対峙したあの終焉の厄災は、アルバがいなければ今頃この国をまっさらな状態にしていたことだろう。それほどに脅威で、前に立つだけで足が震えそうになった。
 それを怯えもせず的確な指示を出すアルバは、実はどれほどの胆力があるのか。むしろ三歳で家族の気遣いを全てわかっていたというから、その胆力も本当に小さな頃から備えられていたんだろう。本当に僕のアルバはすごい。
 宝玉の間から会議室に戻ってくると、陛下は自ら飲み物を用意し、質素な机を囲んだ。メンバーは陛下と僕、そしてツヴァイト閣下とブルーノ。今日はミラ王妃殿下は宝玉の間を確認するという陛下の代わりに書類の決裁を肩代わりしてくれており、アドリアンも執務室で警護をしている。
 ブルーノは持っていた鞄から数枚紙を取り出した。内容はレガーレに関することと、ラオネン病を完治させたルフトのことをまとめたものだ。陛下に提出するもので、これは決められた者しか出入り出来ない場所に保管されることになる。勿論うちにはもっとたくさんの資料があるけれど、魔法を解除してから持ち出さないと外に出した瞬間紙が朽ちる魔法をブルーノが掛けているので問題はない。

「そういやルフトもそんなことを言ってましたね。メノウの森だと思うけれど、フレッドがアルバを庇って致命傷を負うって。それにこの間実習で入った時、規定数以上の群れが出たとか。アルバの指示で事なきを得たってことだけど、やっぱり隣国終焉臭いです」

 トン、と資料をまとめながら、ブルーノが報告する。
 ラオネン病及びそれに付随するであろう『刻属性』は、ブルーノが一手に担うことになる。アルバの次にラオネン病を完治させたルフトは、やはり刻属性だった。そしてアルバが自分を助けてくれる、兄であるフレッドがうちに来るということを小さい頃から視ていたらしい。けれどやはり自分で制御など出来なくて、もう少しでも対処が遅ければもう境の川を渡ってしまうギリギリまで来ていた。
 陛下は渡された資料に目を通しながら、空いた手で自分の肩を揉んだ。

「どの国も宝玉のことは王家とその側近にしか伝えないから、対処も難しいな。我が国からお前達を派遣することも許可出来ないし。終焉の厄災に関しても一応助言はする。だから、もし個人的に声を掛けられたら、必ず私を通すように言って欲しい。これは国家間の問題にする」
「了解。あ、それと陛下。やっぱり完治させるには、うちの温室で対処するしか出来ないです。もいで閣下に処置して貰って、その効力が発揮されるのは実際八時間ほど。隣国になんて持って行けないです。だから後手になりますが、うちに来てもらってから閣下に処置してもらう方向で。飴の形にすると従来の飴よりもさらに効能は減ります」
「わかった。ブルーノ、苦労を掛ける。外交面ではレガーレに関してそこを徹底させる。ものを盗んでもそれ自体では特効薬になり得ないと。そこら辺の情報秘匿は徹底しているな?」
「当たり前ですね」

 ブルーノの答えを聞いて、陛下は一つ頷いた。そして隣に座るツヴァイト閣下に視線を向け、頼む、と軽く頭を下げた。

「あのな、ヴォルフラム。国王がそんな簡単に頭を下げるんじゃない」
「そういうお前は公爵なのによくオルシスによく泣きつくと聞くが。公爵当主たるのも他の公爵子息に泣きつくのは良しとするのか?」

 陛下の言葉に閣下がじろりと僕を睨んだので、僕は閣下にアルバの言う魔王の笑みを向けた。

「オルシス告げ口は良くないぞ」
「そんなことをした記憶はありません」

 口を尖らせる閣下に、とうとう陛下がフッと噴き出す。

「私の頭を下げてそれで済むならいくらでも下げるよ。学園が長期休暇に入ったら、騎士団をメノウの森に向かわせる。魔核がどこかに発生していないか、一斉に捜索することにする。オルシスは羽を伸ばして、成長して私の元に帰ってきて欲しい」
「いいなあ長期休暇。家族旅行とかオルシスの家の家族旅行に混ざってみたい」

 楽しいだろうな、と笑うツヴァイト閣下とは正反対に、ブルーノは顔を顰めた。

「俺は遠慮しておく。どうせ道中二組の砂を吐きそうなベタ甘の顔を見続けることになるだろうから。オルシス、ちゃんとルーナの世話してやれよ」
「僕よりよほどルーナの方がしっかりしているけれどね。ブルーノ兄様とミラ王妃殿下にお土産を買ってくるって大はしゃぎして言ってたよ。陛下、こんな状態で長期休暇を許してくださってありがとうございます」
「いい。帰ってきたらきっとアルバ共々王宮に呼び出すだろうから、その前の息抜きだ」
「はい」

 頷いて、僕は溜息を呑み込んだ。
 アルバがもしこの国に関する重大な未来視をした場合、余すところなくヴォルフラム陛下かミラ王妃殿下に直接伝えるようにと誓約している。前陛下だったらきっと有無を言わさず王家に留め置かれていたけれど、ヴォルフラム陛下だからこそ、こうしてアルバは好きに行動出来ているんだ。アルバが王宮を歩きやすいように、王宮で窮屈な想いをしないように、僕は陛下の側近に、父は元老院として王宮内の政務をまとめる立場になったと言っても過言じゃない。
 もしアルバが静かに王都から離れた領地に引き籠もっていてもいい境遇だったら、僕も公爵家をブルーノとルーナに譲ってアルバと共に引っ込むつもりでいた。流石にそれは認めて貰えなかったけれど。
 何事もなければいい。そして、ルフトの視た未来にならないよう、僕たちが動かなければ。
 そっと心に誓っていると、ヴォルフラム陛下がフッと表情をあらためた。

「ツヴァイト、ブルーノ、オルシス、お前達は今より少し身の回りに気を付けてくれ」

 僕たち以外誰もいない部屋。そして僕が遮音の魔法を掛けたので声が漏れることはないはずなのに、陛下はその一言をさらに声を潜めて囁いた。

「ツヴァイトはまだ王家からの降下だからいいとして、ブルーノとオルシスは私の側近とはいえ、家督を継いでいない。西、及び南の隣国から何か接触があるかもしれない。南も少しずつ魔物の増加が伝えられているから、警戒するにこしたことはないからな。オルシスはまだいい。アルバが問題だ。王家が王宮に刻魔導師を囲うのは、ただ未来視をさせるためだけじゃなくて、警護強化の意味もあったと思う」

 確かに、隣国の王族などに手を出されたら、普通は国際問題になるので泣き寝入りをするしかなくなるのかもしれない。

「それはアルバが誘拐されるかもしれないということですか」
「国内だけに目を光らせていたけれど、こうなると国外にも目を光らせた方がいいという警告だ」

 何かがあるわけではない、と目を細める陛下に頭を下げる。
 何かがあってからでは遅い。徹底的に排除しないと。

「国家間の争いごとは宝玉の魔力を減らし、国の滅亡を加速させていくという文献もある。きっとどの国も手を出さないのはその文献が各国にあるからだろうと踏んでいる。きちんとした統治を望むものならきっと教えを頭の片隅には入れているはずだ。西の国はきちんと状況を把握していて、私宛に助力の手紙を送ってきている。が、南はそんなことはまったくない。もしかしたらより警戒するべきは南かもしれない、とだけ頭に入れておいてくれ」

 では、ミラが待っているから、と陛下は腰を上げた。

「相変わらずですね陛下」
「ミラを怒らせると怖いからな。私は住処を灰塵にしたくない」

 無理と真顔で首を横に振るブルーノと、ひえ、と声を上げる閣下に、陛下が笑い声を上げる。
 忙しい中抜けてきたから、ミラ王妃殿下が待っているのは離宮の私室ではなく執務室だ。
 僕も陛下の斜め後ろに立ち、ブルーノに手を上げた。ブルーノもいつもの顔で僕たちに手を振ると、その場で転移魔術陣を使い消えていった。

「もしもアルバが連れ去られることになったら」

 ぽつり、と僕の口から声が漏れる。
 視線が定まらず、気持ちが下に下に沈んでいく。
 すると、トンと軽く肩が叩かれた。

「せっかくお前とアルバが永らえてくれた国の寿命、頼むから意図的に減らさないでくれよ」
「お約束は……いたしかねます」

 じわりと浸透する冷たさは、僕の魔力が漏れ出てしまっているから。
 深呼吸をすると、僕はポケットから一粒の飴を取り出した。
 紙を剥いて、口に含むと、いつもアルバの口から感じる甘味と、アルバの体臭と化している甘い香りが僕の身体を包み込み、目が覚めた気分になる。

「陛下、御身を大切に」
「お前もな」

 苦笑する陛下にもう一度肩を叩かれて、僕は気持ちを浮上させた。


 
 そして僕は家族でアルバの生家であるメトロア男爵領の地を踏んだ。
 そこはとても優しい景色で、空気すらとても優しく感じた。
 父上がフローロ義母上を娶る際、あまり乗り気じゃなかった義母上と約束したことは、まずアルバの病への惜しみない助力。そして、アルバへ使った薬の借金肩代わり。それと、跡取りのいなくなるメトロア男爵領への助力。全て父上が自ら申し出たことだった。
 父上は義母上を一目見て、女神をこの目で見たと、熱を上げた。あんな父上は今まで見たことがなかった。母に対しても淡々と相対していたから。それからは色々と早かった。王宮を自ら辞し、お祖父様とお祖母様を言いくるめ、何度かメトロア男爵領に足を運び。あれほど甲斐甲斐しく他者に気を配ることができたのかと正直驚いた。
 義母上は、顔合わせをした当初からとてもやわらかい雰囲気を纏った方だった。その時はまだアルバは領地にいて、病床についていたらしい。父上はサリエンテ公爵家の総力を挙げて『ラオネン病』の対応に当たるといって最高級の薬を義母上に渡した。それを飲んで症状が落ち着かなければ、小さくて体力もないアルバはきっとあの遠い道のりをここまでくることはできなかっただろう。
 アルバの部屋も見せてもらった。とても小さなベッドがあって、そのすぐ横に歩くスペースもないほどに大きな応接ソファが置かれており、使い古されたそれに、皆のアルバを思う心が込められている気がした。わいわいとあの椅子に座る皆をアルバが静かに見ていたという当時の姿が、今も見えるようだった。それほどに、あの部屋は暖かかった。
 あのアルバの性格はきっとそんな周りから受け取ったものなんだろう。あの部屋を見つめていたアルバは、今まで僕が見てきたどのアルバとも違う、とても大人びた顔をしていた。ともすればこの手の間からスルリと抜けていってしまいそうな、そんな雰囲気に、心がざわざわした。
 あの領地はお義祖父様が引退した後は公爵家の所有になる。それらの手続きはもう何年も前に終わっている。もしアルバがあの領地を継ぎたいと言ったら継がせることも出来る。でも、きっと僕はアルバに男爵家を継げとは言えない。メトロア男爵領にアルバが居を移すことは僕が許容できないから。離れるのは、耐えられない。
 馬車移動が疲れたのか、僕の膝の上に頭を乗せて眠っているアルバの柔らかい髪を優しく撫でながら、僕は改めてこの大事な人を絶対に守ろうと思った。
 
 
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