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アルバの高等学園編

メトロア男爵領のお祖父様とお祖母様

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 やってきました長期休暇。
 俺が四歳の時に出て以来足を踏み入れていないメトロア男爵領。跡継ぎがいなくて、今は祖父母に代わって義父が代理を派遣してくれているらしい。そうだよね。あれから十年は経ってるから、祖父母も歳を取ったよね。今何歳なのかわからないけど。
 乗り心地抜群の馬車には、五人家族全員が乗っている。
 母も久しぶりに祖父母に会うので少しはしゃぎ気味だ。それを見て義父がデレッとしている。ルーナも遠出が始めてなのでめちゃくちゃはしゃいでいる。
 前に馬車に乗ったときは殆ど寝ていたから外がどんな景色だったかなんてわからなかったんだよなあ。それが初めて乗った馬車で、思えばあの馬車は義父が用意してくれたものだよね。乗り心地がこれと同じで、御者さんは始終俺と母を気遣ってくれていたから。男爵家にそれだけの包容力はなかった。俺のせいで落ちぶれちゃってたから。

「ねえお母様、お祖父様とお祖母様ってどんな人? アルバ兄様は覚えてる?」

 義父の膝の上から、ルーナが無邪気に問う。

「とても優しい人たちよ。きっとルーナも好きになるわ」
「お祖母様はとても刺繍がお得意だったよ。お祖父様は笑顔が優しいんだ」

 母に撫でられながら俺たちの話を聞いて、ルーナが目を輝かせる。
 そう。すごく優しい人だった。でも、とても疲れている人だったというイメージもある。俺のせいで。嫡男であるはずの俺がラオネン病で、祖父母にはどれだけ苦労を掛けたか想像だにできない。
 今も健在だというのだけは聞いていたし、義父が母の両親を苦労させるなんて絶対にするわけないので、俺は今まで一切交流をしてなかった。嫌な思い出とか苦しい思い出とかよりも心安らかに暮らしていて欲しいからね。
 ……兄様と義父の表情筋を死滅させたあの兄様の祖父母はまったく思いやる気にはならないけど。
 馬車の窓から、長閑な景色が流れる。
 二泊ほど途中の街の宿に泊まり、今日の夕刻に祖父母の暮らすメトロア邸に着く。
 メトロア男爵領は馬車を半日走らせれば一周できるほどに小さな領で、これといった特産はなく、農民達が多く暮らす村数カ所をまとめている長閑な場所だ。だからこそ収入は少なく、俺みたいに病気の子が生まれたら薬を手に入れるのも一苦労だった。
 ずっとベッドの上で、本すらほとんど読めなかった俺は、メトロア男爵領のことをそこまでは知らない。けれど、皆が話をするのは大抵俺の枕元でだったから、断片的なことは知っていた。
 今考えると、皆の声が聞こえる方が俺の精神が安定していたから、敢えて一緒にいて声を聞かせてくれていたんだと思う。だからこそ、疲れたときにぽつりと溢す声まで拾ってしまったりもしたんだけど。俺が目を開けている時は絶対にネガティブな発言はしなかったんだ。

「お祖父様とお祖母様、元気かなあ……」

 ぽつりと呟くと、義父が目を細めて「お元気だよ」と教えてくれた。



 男爵領に入ってから農地が面積の殆どを占めているような二つの村を通り抜け、少しだけ発展した町の奥にあるこじんまりとした館の前に馬車は停まった。
 俺の生家だ。懐かしい。
 全てを合わせて部屋が十部屋で、それを聞いた当時は家広すぎると思ったもんだ。今の家は何十部屋も邸内にあるから今となると可愛らしい家に見えるけれど。
 ルーナも目を輝かせて「可愛い」と呟いていた。
 レンガの壁にほんの少しツタが這い、そこに花が咲いているので、建物自体は古いけれど可愛らしくデコられている。
 そして赤い玄関の扉の前には。

「お祖父様、お祖母様……!」

 記憶とそれほど変わりない二人が、お出迎えしてくれていた。
 先に降りた兄様の手を借りて馬車を飛び降りた俺は、我慢できなくて二人のところまで走った。

「アルバがあんなに大きく……!」
「しかも元気に走ってますよ、貴方……!」

 二人とも驚いた様な顔で、俺を抱き締めてくれた。

「お元気そうでよかったです……!」
「それは私たちの言葉よ。アルバ、本当に大きくなって」
「ああ。よく生きていてくれた。こんなに嬉しいことはない……」

 いつの間にか、お祖母様より俺の方が大きくなっていたことに、俺もお二人も驚いた。
 兄様達と並んでもまだまだ小さいよななんて思っていたけど。兄様達が大きいんだった。そうだった。
 ああ、懐かしい。会えて嬉しい。こんな気持ちになるならちゃんと手紙とか書けばよかった。これからは頻繁に書こう。逃げていてごめんなさい。

「サリエンテ公爵様、ようこそおいで下さいました。なんのお構いもできず、狭いところですが、どうぞ」

 義父が母をエスコートしながら近付いて来たので、お祖父様が俺から離れて恭しく頭を下げる。

「今日は世話になる。何か不便はないだろうか、義父上」
「いつもよくしていただいております」

 お祖母様と母が抱き合っている間、義父とお祖父様が固い握手を交わす。義父がお祖父様に「ちちうえ」なんて言うのが慣れないけれど、母に向けるのと同じような優しい目をしていたので、ついつい頬が緩む。


 玄関先ではなんだし、と中の応接室に案内される。懐かしい雰囲気に思わず顔が緩んでしまった。
 発作が起きないときは祖父母の手を引いて家の中を沢山探検したのが懐かしい。
 三日間、許して貰えるのなら、この家の中を堪能しよう。
 メトロア邸には三日間宿泊して、その足でここから北の方にあるサリエンテ公爵領を経由して王都に帰る予定だった。とはいえ公爵領には一泊しかしないで王都の邸宅に帰る予定だけれど。その後セドリック君の家にお泊まりして絵を描くことになっている。
 こんなにも予定一杯の長期休暇なんて初めてで、少し浮かれている俺。それは兄様もルーナも同じで、心なしかテンションが高い気がした。
 応接室に入ると、母が改めて兄様とルーナを祖父母に紹介していた。 
 お祖父様は俺の婚約者になったと紹介された兄様を見上げると、目を細めて義父をチラリと見てから無言でうんうん頷いた。何をどう納得したのかはわからないけれど、何やら微笑ましい視線を向けられてしまった。
 お祖母様は俺の話を聞く度にハンカチで顔を覆い、涙腺が崩壊したかのようにずっと泣いていた。
 改めてこうして見ると、母はお祖母様にそっくりで、さらに母にそっくりなルーナが並ぶと絶対に親子だとみただけでわかる。ルーナもすぐに打ち解けて、今はお祖父様の膝の上でお菓子をいただいている。お祖父様もとても愛おしい者を見る目でルーナを愛でていて、そんなお祖父様にホッとした。
 兄様と義父は優しい顔のまま俺たちの話を聞き入り、ときに笑ったり茶々を入れたりと、とても和やかな時間が過ぎていった。
 晩餐も同じような雰囲気で、とてもゆったりした時間を過ごすことが出来た。
 そして、俺はお二人に頼んで、俺の部屋だった場所に入る許可を貰った。
 懐かしい小さな部屋。
 小さなベッドと、そのベッドがある部屋には不似合いな六人ほど座ることが出来る大きめの応接セットが部屋に置かれている。
 それほど広い部屋ではないのに、祖父母も父母も外から帰ってくると必ずここに集まった。
 それを俺はベッドの上から見ていて、一緒に声を上げて笑うのがとても楽しくて。
 そのベッドは今も同じように置いてあった。今俺が寝たら足がはみ出してしまいそうな本当に小さな子供用のベッドは、とてもカラフルな布を使った手作りのカバーが掛けられていて、俺が寝ている横でそれをお祖母様が縫ってくれていたのを思い出した。

「ベッドカバーまで大事にしてくれていたんですね……」

 俺がそう呟くと、一緒に部屋を見に来た兄様はそっと手を握ってくれた。

「いいご家族だね」
「勿論。自慢の祖父母です。でも、サリエンテ家の皆も最高で最愛の家族ですよ」

 振り返って見上げたら、兄様はまるで小さい俺をこの部屋で探すように目を細めてベッドを見ていた。

「寂しくなかったんです。皆がここに集まって、ときに楽しく、ときに真剣に、たくさんの話をこの部屋でしていたんです。だから本当に寂しくなかった。苦しいときは誰かが手を握って魔力を分けてくれて。でも、僕のせいで皆の顔がだんだんと疲れていくのを見るのはとても」

 辛くて。
 声には出せなかった。俺がツライなんて言っちゃダメだ。
 きっと周りの人達はもっと辛かったから。
 本当はさっさとこの命の炎が消えた方がこの人達は幸せになるんじゃないか、なんて最初に思ったのは何歳だったっけ。でも苦しいときに決まって見ることの出来た最推しのおかげで消極的な自殺をすることにならなかった。

「兄様のおかげなんです。僕がここで生きていけたのが」
「僕……か。その時はまだ、僕はアルバの本当の支えにはなれていなかったけどね」
「でも、兄様がいてくれたから、もっと兄様の色んな顔を見たいと、兄様の色んな言葉を聞きたいと、そう思ってまた目を開けました」

 目を開けると、そこにいるのは心配そうな母と祖父母と、そして、実父。最推しは心の奥にしかおらず、本当に実在するとは思ってもみなくて。
 母の再婚話が出たときもただ、母はもう俺に構うことなく幸せになって欲しいとしか思わなくて。

「一応ここを出るときに母には言ったんですよ。子連れで再婚で本当に母は幸せになれるのかって。置いて行けばいいのにって。母には幸せになってほしかったので。次こそはもっと元気な子を産んで、今度こそ幸せな家庭を持ってほしかった」
「アルバは幸せじゃないの? フローロ義母上はいつ見ても幸せそうに見えるよ」

 ゆっくりと兄様の手が俺の髪を梳く。
 その手を掴んで、そっと指先にキスをした。

「幸せすぎて、本当に幸せすぎて……どうしたらいいかわからないくらい幸せで。だからこの幸せを絶対に兄様と父様にお返ししたくて」
「返して貰っているどころか、僕もアルバがいたからこそ、こんなにも毎日が楽しくて嬉しいんだよ」

 腰に腕を回されて、その腕をぐっと引かれると、兄様と俺の間に隙間がなくなった。
 大好き。
 ここで、この部屋で本物の最推しとこうしていられるなんて。これこそが夢みたいだ。

「よく頑張ったね。アルバが『思い出の義弟』にならなくて本当によかった」

 ぎゅっと苦しいくらいに抱き締められて呟かれた言葉は、前に俺の立ち位置を義父に説明した言葉で。ああ、兄様は聞いていたんだ。俺が本来はもういないはずの人物だってことを。義父にしか言ったことなかったはずなのに。

「愛してるよ、アルバ。これから先もずっと、僕の隣で幸せでいて?」
「命に替えても兄様の隣で幸せを享受し続けます!」
「命に替えちゃダメだよ」 

 クスクス笑う兄様に、俺もぎゅっと抱きついた。
 
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