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アルバの高等学園編

兄様との約束と優勝賞品

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「アルバ優勝したんだって? おめでとう!」

 その日、兄様は帰ってくるなり俺の部屋に突撃して、椅子に座っていた俺を抱き上げてくるくると回った。

「ありがとうございます。でも、僕の力じゃなくて、班の皆の尽力があったからですよ」

 兄様の首にしがみつきながら答えると、珍しく上からの視線に兄様が俺を見上げる顔が目に入る。
 うぐ。このアングル最高に素晴らしい。したから見上げられる形でおねだりなんてされたら絶対に断れないヤツだよねこれ。兄様尊い。おねだりされたい……
 その考えは口に出していたらしく、兄様の顔が楽しそうに輝いていた。

「この状態だと絶対におねだりきいて貰えるんだ。じゃあ、おねだりしてもいい?」
「うぐぅ……っ、もちろん命に変えてもそのおねだりを遂行させてもらいます……っ、ありがとうございます!」
「そこはアルバがお礼を言う場所じゃないでしょ。それに命は大事にね」

 にこ、と笑う兄様は、まるで女神の降臨されたお姿のように神々しかった。
 こんな女神がおねだり……俺に取ってはご褒美でしかないよね。たとえ踏まれても幸せ。
 兄様はふふっと笑うと、俺をソファに下ろして自分も横に腰を下ろした。

「まあ僕のおねだりは置いておいて。今日は楽しかった?」
「はい! クラブがとても興味あって……」

 ふと、父様のクラブ日誌を思い出した。今度お邪魔させてもらって、あれを読んでみたい。
 口を噤んだ俺が気になったのか、兄様はそっと身体を傾げて俺の顔を覗き込んできた。

「クラブで何かあったの?」
「あったというか……ええと、その」

 俺の実の父の話なんて、兄様は聞きたいかな。不快にならないかな。
 チラリと兄様を盗み見ると、がっちりと目が合ってしまった。アメジストの宝石よりも美しいその瞳が、心配げに揺れている。

「兄様は、きいても不快になるかもしれません……」
「余計に聞きたくなったよ。アルバが話すことで不快になることなんて、僕を嫌いって言うことくらいしかないから、大丈夫。教えて」

 ね、とそっと頬を撫でられて、俺は陥落した。
 今日の図書クラブで見つけた父のクラブ日誌のことを兄様に話すと、兄様は嬉しそうに笑って俺をぎゅっと抱き締めた。

「話してくれてありがとう。でも、アルバのお父様の話で不快になることなんて絶対にないよ。とてもいい人だったらしいね。義母上が前に教えてくれたことがあるよ。優しくて、アルバのためにとても頑張ってくれた人だったって」
「はい。僕の薬代を捻出するために、ずっと無理していたそうです。でも、側にいる時はいつも笑って僕に「大丈夫だよ」って」
「その話を聞いただけで、僕はアルバのお父様が大好きになったよ。そのうち、一緒にお父様のお墓に花を添えに行こうか」
「行きたいです! あ、でもここからだと結構遠くて……」

 兄様はもう忙しくて男爵領に足を向ける暇があるかどうか。
 俺の懸念は兄様が「大丈夫」とウインクつきで吹き飛ばしてくれた。

「アルバの学園長期休暇に合わせて僕も少し休暇をもらう予定なんだ。すでにヴォルフラム陛下と父上には了承を得ているから、一緒に遠出も出来るよ。メトロア男爵領は馬車で三日だから、アルバのお祖父様とお祖母様にご挨拶も出来るよ」

 行こう、と言う言葉に、俺はハッとしながら頷いた。
 俺がここに来てから、一度もメトロアのお祖父様お祖母様には会っていない。手紙のやりとりすらしてない。元気なんだろうか。俺がいなくなってから金銭的な問題は解決したんだろうけれど、跡取りの話とか全然聞いてない。気にすることもなかった。俺は薄情なんだろうか。毎日最推しのこと王国危機のことで頭一杯すぎて全然気に留めてなかった。義父が支援をしているっていうのはちらっと聞いたことがある気がするので、ああ、義父ならお任せできるなってめちゃくちゃ安心しちゃってたんだ。

「それにしても、アルバのお父上の手記か。僕も気になるなあ。今度半休をもらった一緒に図書クラブの部室に遊びにいかない? アルバが一人で行くんじゃなくて、僕と一緒の時に行こう。僕からのおねだり」
「おねだり嬉しいです。兄様がいいときに一緒に行ってください」

 ぎゅっと兄様の手を握って嬉しいです、と小さく呟く。こういう些細なことでも一緒に行動してくれるのが、すごく嬉しい。
 くふふと変な笑いが零れそうになったので、それを誤魔化すために兄様の胸にポフンと顔を埋めると、兄様はそっと俺のクリンとした髪を指で梳いた。

「……兄様が女神で最高に素晴らしすぎて胸が苦しい……」
「それはアルバが僕を好きだってことだよね」

 囁くような、掠れたような、ちょっと甘さを含んだ最高にセクシーな声が、耳のすぐ側から直接脳に響く。
 うぐ、と心臓が止まりそうになり、俺は兄様のシャツをぎゅっと握ることで卒倒しそうになるのを踏ん張った。

「す、好きっ? そ、え、好き、スキデス……」

 顔が熱い。きっともう俺顔から火が吹いてる。
 沢山の気持ちを兄様に伝えて来たけれど、こんな風に何気なく好きとか言う言葉を使ったことがなかった気がする。
 褒め言葉はこれでもかと湧き上がってくるのに、最大級に盛り上がった国を救う場面でちゃんと愛してるって口にだせたのに、こんな風に気軽に、好きなんて、好き、なんて言っていいのだろうか……!

「ふふ、嬉しい。僕もアルバが大好きだよ」

 気軽に! 兄様に告白されてしまった!
 いやいや、これは告白じゃないのかもしれない。ほらあれ、好物を好きだって言うのと同じ意味の……

「もうアルバ以外にこんな気持ちは持てないから。覚悟してね。一生離してあげられないから」

 告白だった! 
 心の準備が出来てなかった!
 俺は兄様の胸に顔を押しつけたまま、ぎゅぎゅぎゅっとシャツを握りしめまくった。しわになった気がするけど気にしていられない。
 もう婚約もして、魔力譲渡以外のベロのキッスもしちゃってるのに。
 それでも兄様にこういうことを言われると胸がキュンキュン高鳴って心臓が口から飛び出しそうになる。
 ただ推しているだけじゃなくて、そこから一歩進んだ途端に心臓負荷が段違いすぎてヤバい。
 最推しのデレはどうしてこうも心を絞り尽くすのか。それがまた嬉しすぎて叫びそうになるから手に負えない。
 今顔を離したら奇声を上げる自身があるもん。

「アルバ、照れてる?」
「……っ、ものすごく」
「心臓がすごいね。病が治って本当によかった」

 ぎゅうっと優しく兄様の腕が俺の身体を包み込む。
 そっか。この太鼓のようなバクバクは全て兄様に届いてるのか。これ、完治してなかったら確実に発作待ったなしだよね。でも悔いはない。

「こんな風に心臓が活発に動くのは、兄様に対してだけです……」

 顔から火が吹きそうになるのもね。

「アルバが僕を本当に大好きだっていうのが伝わって来て、嬉しい」

 ちゅ、と頭に兄様の唇が落ちてくる。
 その顔が見たくなってそっと上を向けば、兄様はまるで蕩けるような笑みを浮かべていた。
 


 次の日の夜、兄様は三日後半休が取れたから一緒にクラブ棟に行こうと約束してくれた。
 楽しみ過ぎて寝れなくて、夜に予習が捗ったのは内緒だ。
 さらに次の日、学園に登園した俺は、同じ班だったメンバーを小さめなサロンの一室に呼んで入賞賞品を見せた。

「生徒会特別会議議題用紙ですか。一生徒の意見が生徒会の会議で通るってよく考えるとすごいですね」

 アーチー君が感心したように声を上げた。

「家が関係してくるようなお願いはきけないらしいですが、ある特定のクラスとの合同授業のお願いとかそういうのは結構融通利くみたいですよ。それと校外学習も、生徒たちの利になり、どこにも迷惑を掛けないようであれば一考されるようです」
「それは結構大きな権利なんでは……? だってもし騎士団に見学に行きたいってそれに書いて提出したとして、会議で通ったら騎士団を見学できるってことですよね」
「ランド君は騎士団見学希望ってことですね」

 笑いを堪えながらそう訊くと、ランド君は「えっと、たとえですたとえ」とちょっとだけ目を逸らした。

「いえ、候補に入れましょう。他に希望はないですか? 一班で一枚なので、しっかり話し合いたいんです」

 皆を一通り見回し、口を開くのを待つ。

「私は魔法省のどなたかの特別講習を受けてみたいですわ」
「僕は図書室ではなく、書庫にしまわれてしまっている本が見てみたいくらいですね」
「じゃあ、俺はさっきの騎士団ので」

 三人の意見が出てくる。メモをし終えて、まだ意見の出ていないフレッド君の方に視線を向けると、じっと俺を見つめるフレッド君がいた。その目がとても何かを言いたそうな雰囲気で、俺はフレッド君の言葉を待った。

「……特には、ないです」
「特にないって雰囲気じゃないよね!」

 本当に何かを訴えている目をしながら、なんの主張もしないフレッド君についつい声を上げてしまう。

「通るかはわからないけど、希望だから。ダメ元で出そうよ。すっごく希望がありそうですよ」

 ほらほら、とメモ用紙をペンと一緒にフレッド君の前に差し出すと、フレッド君は眉尻を下げて、一瞬だけ泣き出すんじゃないかという顔つきになった。

「……きっと、絶対に希望は通りません」
「書いてみないとわからないから」

 とことん躊躇うフレッド君の背中を、ランド君がバンバンと掌で叩く。二人もそうそうと頷くと、フレッド君はやっぱり真っ正面から俺を見た。その視線はこの班が結成された時と同じだった。
 フレッド君はぎゅっと唇を噛むと、ペンを手に取った。

『サリエンテ研究所見学』

 躊躇いがちに書かれた内容は、うちの見学だった。
 フレッド君は薬草の医者志望だから、おかしくはない。

「流石にこれを通すのは難しそうですわね……先ほどおっしゃっていた、生徒会の範疇を超えていますわ」
「たしかに。それに秘匿されているものも多くありそうなので、難しいでしょうね」

 セピア嬢とアーチー君が難しい顔をする。
 確かに、生徒会からうちに打診されても通ることはない、と思う。けれど、フレッド君の雰囲気はそんな軽いものじゃない気がした。

「フレッド君は、どうしてうちを見学したいんですか? 何やら理由がありそうですが、もし差し支えなければ、教えて欲しいです」

 何か、絶対に理由がありそうなんだよな。すっごく何か言いたそうな顔で俺を見ていたし。
 


 フレッド君は、一度視線を下げて、ほんの少しだけぎゅっと目を瞑ると、顔を上げて口を開いた。

「僕の家には、『ラオネン病』の弟がいます。今年六歳で、サリエンテ公爵家の出してくれた安価な薬がとてもよく効いて普段は元気なんですが、一度発作を発症するとその都度死線を彷徨うんです」

 フレッド君の話に、俺は息を呑んだ。
 思った以上の重大事だった。
 六歳って、結構大変な時期だ。
 ラオネン病の特効薬はまだまだ一般では出回っていなくて、今はレガーレを粉状にした薬を安価で出している状態だった。それでも前にあった薬よりはよほどラオネン病に効くので、少しずつだけどラオネン病患者の寿命は延びているんだ。けれどまだ九歳の祝いをすることが出来た人は少なくて。

「弟を治してやりたくて、僕は医者を目指してます。弟の病完治に一番近い場所がサリエンテ公爵家の研究所だとわかって、必死で勉強しました」
「そうなんですね。弟さんは今は落ち着いているんですか?」
「はい。すごく気丈な弟で、発作で寝込んでも、皆に大丈夫って。僕が、僕が助けてくれるから全然大丈夫だよって笑うんです。だから、僕がなんとかしないと。弟の希望を叶えないと」

 ぐっとテーブルの上にあった拳を握りしめたフレッド君は、それでも自分が書いた希望を横線で消した。
 それを見た俺たちは、顔を見合わせて情けない顔になった。
 そして、議題要望の話し合いは保留となり、解散になった。
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