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アルバの高等学園編
衝撃の発見
しおりを挟む俺も皆と別れて端っこの棚の方に向かった。
棚には番号が振ってあり、俺が見上げた棚は『1』だった。
この列は一から四までの棚番が振ってあるみたいだった。
さっきのメモに書かれた数字の最初は、『2』の棚だったり……?
なんてことないよね、と思いながら背表紙を見ると、この棚の列にはクラブの日誌などが詰め込まれていた。
手作り感満載の紙を紐でくくった本がずらっと並んでいる。
一冊手に取って開いてみると、日付は十九年も前のものだった。
内容は、その日読んだ本のことや、クラブで論議した内容など。中には人気ランキング的なものや売れ筋ランキングまであって、普通の本よりも面白いのでは? と思ってしまった。
毎日持ち回りで部員が書いているみたいで、文字も書記名も何名かで繰り返されていた。
「『今年入学の可愛い女生徒ランキング』……?」
ふと目に入ったそんな文字に、とても見知った名前が載っていた。
『フローロ・メトロア』。
「母様……?」
メトロアとはうちの母が生まれた男爵家のことだ。
なる程母はこのランキングに載るくらいに学園時代はモテていたのか……とこんなところに自分の母親の名前が載っている複雑な気持ちを持て余しながらその日の日誌を書いた学生の名前を見ると、そこには今は亡き俺の実の父親の名前が載っていた。
「……父様、もしかして自分の欲目で母様の名前を載せたのでは……?」
父と母は別に政略的な結婚だったわけではなかった。向こうが男爵家の三男、母は一人っ子でしかも女の子だったから、丁度いいから婿を取ったってきいていた。でも、これはちょっと、うちの父はちゃんと母を好きだったのでは。もしかしたらいつもポヤポヤしていた母を見かねてなのかなとか思ったけれど、これはこれは。
義父も母に一目惚れしてごり押しして再婚したし、世間では母のあの顔は人気なのか……?
ああでも、母そっくりの顔で義父の色合いを継いだルーナは最高に可愛い天使だから、そうなのかもしれない。
考えれば考えるほどいたたまれない気持ちになり、俺は日誌から目を上げて棚を見た。
それにしてもどうしてピンポイントで父親の所属年代を引いてしまったのか。何気なく手にした一冊だったのに。引きがいいのか悪いのか。
父親が俺に残してくれたものは殆どないし、俺がずっと寝たきりだったから父と一緒に何かをしたという記憶もなくて。いつも忙しそうに走りまわっていて、それでも俺に泣きそうな顔をしながら一生懸命笑いかけていてくれて。
顔がいいわけではなくて、それでも優しそうな顔つきだった気がする。
そんな父しか覚えてないなあ。顔も朧気にしか覚えていない。
覚えてはいないけれど、確かにここに父が存在したんだということが感じられて、この日誌、欲しいな、と思ってしまった。歴代の図書クラブ日誌だし、俺をここまで育ててくれたのは義父だからいい気分にはならないんじゃないかと思うから諦めないとだめだけれど。
ふぅ、と息を吐いてから、俺は日誌を閉じた。
その日誌を棚に戻そうとして、表紙に番号が振ってあることに気付いた。父が書いていた日誌は、『67』だった。
並びの番号になるように日誌を戻して、今度は真新しい日誌の置かれている場所を探した。
綺麗な日誌は、『3』の棚の上の方に入っていた。手に取った父の日誌が色あせていたことから、その綺麗な日誌が最新だとわかる。しかも最新版が入っている棚はこれから並べるためなのかガラガラだった。
「ってことは、2の棚の137は……あった。二年前か」
俺はしゃがみ込んで、下の方にしまわれていた『137』の日誌を取り出した。
多分、メモが指しているのはこれだ。
「1ページ目……『おとずれ』って文字とクラブ日誌の番号しか書かれてない」
もしかしたらこれじゃないかもしれないけど、一応メモしておこう。
俺は自分のメモ用紙を取り出して、『「おとずれ」クラブ日誌137』とメモして、日誌を棚に戻した。
でもここの課題は日誌じゃなくて、『アンフィニ山脈』のことだった。
見る限り、一から三の棚までは日誌で、四は学園案内とか学園のことについて書かれている冊子のようだから、ここには課題の本はないみたいだった。
隣の棚に行くと、そこではランド君がちょうど一番上の棚に本を戻しているところだった。
俺は台座を使わないと絶対に届かない場所に、手を伸ばしただけで届くのか……。
ほんの少しだけ落ち込みながら、俺はランド君に「ありましたか?」と声を掛けた。
「いえ、まだ全然。むしろ本を読むことが今まで殆どなかったので、正直どこから探していいのかもわからないです」
ランド君が眉をヘニョンと下げて肩を竦めた。
「僕のほうもありませんでした。でも、あのメモ用紙の数字に該当するのでは、というものは見つけたんですけど……正直よくわかりませんでした」
苦笑すると、ランド君もつられて苦笑した。
「ありました」
ランド君の探していた棚の背表紙を見ていると、さらに隣の棚からアーチー君の声が聞こえて来た。
「では、皆アーチー君のところに集合ですね」
ランド君と一緒に足早に隣の棚に向かうと、一番向こう端の棚の間からフレッド君が、途中の棚の間からセピア嬢が顔を出した。
アーチー君の周りに集まると、これです、とアーチー君が本を開いて見せてくれた。
歴史や地理系の本かと思ったら、その本は神話の本だった。
「世界の中心は霊峰アンフィニだという内容があったんですよ。これってアンフィニ山脈のことですよね」
アーチー君が指さした一節は、確かにアンフィニ山脈のことだった。生まれ出ずる龍は霊峰で生まれ霊峰に帰す、と書かれているけれど、多分この龍っていうのは地脈のことだ。なるほど、神話的に書かれるとそういう言い回しになるのか。
「神話から探し出すなんてすごいですねアーチー君」
「すごくないですよ、偶然です」
アーチー君はちょっとだけ照れたような顔つきで謙遜していた。
早速上級生にその本を見せると、「課題クリアです」と拍手が湧き上がった。
「早かったですね。前に来た一年生はもう少し時間が掛かりましたよ」
「お疲れ様です。もし気になる本があったら、ぜひ図書クラブに来て下さいね。所属しなくても遊びに来るだけでも大歓迎です! 僕たちの活動を見て、混ざりたいと思ったらいつでも歓迎しますし強制参加はありません」
勧誘されつつ、俺たちは出口に誘導された。
入り口から上級生たちが手を振って見送ってくれる状態で、もう一度入ってメモの数字を精査するなんて出来ないので、諦めて階段に向かう。
「結局メモの数字はわかりませんでしたわね。両方を調べるって結構難しいですわ……時間も足りないし」
セピア嬢が残念そうに呟く。
確かに、スタートしてからすでにかなり時間が掛かっている。一応レクリエーションの終了は夕方までだけれど、この調子で全てを回るとなると、それでも時間が足りるかわからない。上級生たち、なんかすごく気合い入ってるよね。複雑過ぎる。
「僕、一応メモっぽい数字が書かれた日誌を見つけたので、それの一ページ目をメモして来ました。ただ、本当にこれでいいのかはわからないですけど。二年前の日誌でした」
メモを取り出して皆に見せると、皆が目を輝かせた。
薬草学クラブでは様子のおかしかったフレッド君まで目を輝かせている。
「流石アルバ様ですわ……この短時間できっちり見つけてくるなんて……」
課題の方はまったく掠りもしなかったけどね。あの短時間で俺の実父の日誌を見つけた方が俺にとっては衝撃だったからなあ。でもそのことは俺の胸に秘めておくことにした。今の俺の父親は兄様そっくりでとても美青年で最高の義父だからね。
……遊びに行くだけでもいいって言ってたし、そのうち父の書いた日誌だけでも読ませて貰おうかな。なんて思っているのは内緒。
数字に当てはまる言葉がここでの課題にどう関係してくるのかめちゃくちゃ気になるけれど、とりあえず先に進もうと、俺は皆を促した。
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