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4巻

4-2

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   ◆◆◆


 気付いたら、見知らぬベッドに寝ていた。
 ぐっと握られた手の先には、心配そうな義父の顔があった。
 周りを見渡せば、リコル先生とブルーノ君がいる。唯一、倒れる前にあったはずの顔だけがない。

「に、さまは……」

 声を出して、あまりのだるさに驚いた。
 これはあれだ。大きな発作を起こした後に似ている。
 そんなときに横に兄様がいないことに違和感があり過ぎて、グラグラしながらも必死で身体を起こそうとすると、やんわりと義父に止められた。

「オルシスは別室で休んでいるよ。アルバも少し休みなさい」
「休んでいる……?」
「ああ。オルシスも今日は少し無理をしただろう。アルバも。ブルーノに詳しい話を聞いたよ。無理しすぎだ。でも……頑張ったね。君は父様の誇りだ」

 繋がれた手から、兄様によく似た魔力が流れ込んでくる。
 でもほんの少しだけ違うその魔力が、今俺と手を繋いでいる相手が兄様ではないということを認識させる。
 兄様は休んでいるのか。
 そうだよな。今日はだってあんな偉業を成したんだから。
 でも俺はなんで。
 ベッドに沈むような感覚と眩暈めまいに抗えずに瞼を閉じながら、ふと考える。
 そこで、さっきた映像を思い出した。
 ああ、そうか。俺はあんなところで『とき魔法』を発動してしまったんだ。
 流れてくる義父の穏やかな魔力に包み込まれているというのに、兄様の魔力との違いになぜだか泣きそうになる。
 こういう時に兄様がいないの、もしかしたら初めてかもしれない。
 あの時は確か、先に兄様が別室に呼ばれたんだ。兄様が俺を一人に出来ないとこばんだときに、魔法が発動してしまったんだと思う。
 一瞬で意識が持っていかれたから、俺の魔力はあの時多分空に近かったんだと思う。なにせ全魔力を宝玉に注いだばっかりだったから。魔力回復薬を一本飲んだくらいじゃきっと回復していなかったはず。
 でもそれは兄様もまったく同じ状況だったわけで。
 俺が兄様の横で『とき魔法』なんて発動したら、兄様が放っておくわけもなく。
 搾りかす程度の魔力しかない俺が今生きているっていうことはつまり――

「兄様は」

 兄様の魔力の方が、俺よりもヤバいのではないだろうか。
 なけなしの魔力を俺に渡していたら、兄様はどうなる。
 こんなところで寝ている場合ではないんじゃないか。
 だって、兄様に魔力を分けるべき義父はここにいて、俺に魔力を分けている。

「父様、こんなところにいないで、兄様についていてください」

 閉じていたはずの目を開けて俺がそう言うと、義父は驚いたような顔になった。
 寝ていると思った俺がいきなり声を出したからだろう。しかしすぐに義父は俺を安心させるように微笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。オルシスには王宮の治癒師がついているから」
「王宮の治癒師がついていないといけない程危なかったんですか。……僕があんなところで死にかけてしまったばかりに」
「そうじゃない、アルバのせいじゃない。オルシスはただ休んでいるだけだ。今はゆっくり身体を休めなさい。もしここが落ち着かないのであれば、家に戻れるようにしてくるから」
「きっと……それは無理だと思います。だって、今、王宮は一大事でしょう。僕もその当事者だから帰してもらえないです」
「アルバ……」

 俺の言葉に、義父は痛ましそうな表情をした。
 兄様が手を握っているのなら、どこだって関係ないのに。
 そう思いながら、義父の手をギュッと握る。

「僕が魔力を譲渡すれば兄様も少しぐらいは楽になるんじゃないでしょうか。こんなところで寝ているわけにはいきません。父様、兄様のところに連れていってくださいませんか」
「それはだめだ。アルバも魔力が全く足りていない状態だというのは自覚できるかい? オルシスはちゃんと回復薬で魔力も回復するから、今のアルバはオルシスに心配かけないように休むことが一番だよ」

 そうか、そうだね。
 義父だけじゃなくて、リコル先生とブルーノ君もここにいるってことは、兄様よりも俺の方が重症だったってことか。
 起き上がっても俺は兄様のために何も出来ないらしい。身体もあまり動かない今の状態じゃ当たり前か。
 細く息を吐いて、俺は今度こそ真剣に回復を優先すべく目を閉じたのだった。


 しかし、二日経っても、家には帰れなかった。
 部屋に来てくれるのはリコル先生と義父だけ。
 お世話をしてくれる人は来るけれど、会話はないのでカウントしない。
 兄様もブルーノ君も部屋には来なかった。それに、部屋には寝巻のような服しか用意されていなくて、不用意に王宮内を歩くこともできない。それを無視して部屋から出ようとしても、まだ寝ていてくださいと部屋付きと思われるメイドさんに止められる。
 今俺がどこに寝かされているかもさっぱりわからない。
 でも義父とリコル先生が来てくれるから、まだ王宮に軟禁されて命を搾り取られるわけではないようだ。それだけでもホッとする。
 でも、兄様たちはどうしているんだろう。
 ちゃんと家に帰ることは出来たのかと義父に聞いても、はぐらかされてしまう。
 体調も復活してきて、歩いても食べても不調じゃなくなった俺は、今度は手持ち無沙汰になってしまった。
 そして王宮暮らし五日目。やってきた義父に俺はおねだりを敢行した。

「父様。ここの衣食住はばっちりですけれど、どうしても娯楽に飢えてしまいます。体調も万全になったのに帰してもらえないのなら、せめて紙とペンをください」

 なにせここは、本の一冊もない。
 紙もなく、勉強用品も何一つない。
 せめて本の一冊くらいは欲しいとメイドさんに頼んでも、断られてしまったんだ。
 だったら、義父に頼むしかないだろう。
 流石にここで魔術陣を大量生産してはいけないのはわかっているけれど、絵くらいは描いていいんじゃないか。それか、中等学園の勉強とか。教科書が欲しいと思う日が来るとは思わなかった。
 すると、義父が少し考えるような表情になってから頷いた。

「紙とペンくらいなら大丈夫か。けれどアルバ。ここで絵を描くことはやめておいた方がいい」
「どうしてですか?」
「持ち帰れないからだ。オルシスを描いたとして、取り上げられたら悲しいだろう」
「ああ、そういう……」

 確かに、兄様の姿を描いたものを取り上げられて王宮で焼かれたりしたら後悔しかしない。だったら落書きもダメか。でもだからといって何もしないのは辛い。

「それでもいいです。紙とペンが欲しいです。せめて中等学園の勉強をしたいです。そうでなくても休みがちで遅れているので。……家に帰れるのであれば何ひとついらないのですが」
「それはまだ難しいんだ。ごめんね。もう少しだけ我慢していて。わかった。紙とペンだね。家庭教師を派遣してもらおうか?」
「そんなに長くここにいるつもりはないですよ。ただ、暇なんです」

 どうしても暇なんです、と力強く訴えると、義父は困ったように笑って、すぐに持ってくると約束してくれた。その言葉に少しホッとする。
 何かをしたかった。何かをしていないと、兄様と会えない寂しさでどんどん心がささくれだっていくから。
 どうして兄様と、皆と会わせてくれないのか。兄様たちは無事家に帰れたのか。
 多分あの義父の様子から、兄様たちも王宮に留め置かれているんだと思う。兄様と同室にしてもらえたら、こんな我が儘なんて言わないのに。
 フワフワ極上のソファに小さくなって座っていると、義父がすぐに紙とペンを差し入れてくれた。

「教科書は持ってくることが出来なかったけれど、許可が出るように掛け合ってみるよ。それと、これ」

 義父はそっとポケットから小さな氷の蝶を取り出して、俺の手に載せてくれた。
 風が囁くように、『アルバ、僕は大丈夫だよ。アルバは元気?』という兄様の声が耳に届く。
 俺は思わず義父に抱き着いて、目から大量に汗を流してしまった。


 次の日、俺は紙とペンを目の前に、腕を組んだ。
 絵を描くのはよくない。史上最高にいい出来の兄様が描けたとしても家に持って帰れないとなると後悔しかしないから。
 だったら、この紙に何を書こうか。
 それを腕組みして考えていた。ペンを持ったままだと無意識に兄様を描いてしまうし、拝んで崇めてしまうから。圧倒的兄様不足でどうにかなりそうなのだ。
 相変わらず護衛的な人とメイドさんは部屋の隅で立っている。あれが仕事だと思うと大変そうだ。俺には絶対出来ない仕事だと思う。
 部屋の隅に立っているだけなので、俺が何を書こうとも気にはしないと思うけれど、そちらに背中を向けるような位置取りでペンを手にした。
 そこでふと思いついた。
 王国は、無事に宝玉に魔力が補填されたことで危機を回避した。
 きっと大型の魔物も出なくなるだろう。
 でも、あの宝玉に魔力を注入する方法があまりにも曖昧すぎるし、殿下たちから聞いた文献内容はいい加減すぎる。
 だったら、次からはそうならないように攻略方法を書いておいた方がいいんじゃないだろうか。これを残せというのではなく、ちゃんと清書する人とかは介してほしいけれど。
 とても装飾の綺麗な高そうな紙に、ペンを走らせる。
『守護宝玉の正しい魔力補填の方法』。
 どうして特定の人にしか方法を伝えないのかわからない。あの部屋には規定量以上の魔力を持つ者しか入れないんだから、そうそう宝玉の盗難は起きないと思うし、まず、盗もうとしても手を触れた瞬間魔力を吸われてしまうから、そういった問題は起こりづらいはずだ。
 兄様や、ツヴァイト第二王子殿下程魔力の大きな人が二人そろって宝玉を盗もうとする偶然なんて、万にひとつもないと思う。というかあの宝玉は、宙に浮いていてとても神秘的だけれど、あそこから動かせる気がしなかった。多分俺一人くらい平気でぶら下がれるくらいにはしっかりとしていたような気もするし。
 そんなことを思いながらまず、宝玉に魔力を満たすために用意するものを書き出す。
 レガーレの飴を必ずお互いが用意すること。魔力を満たすときに宝玉から手が離れなくても、通常の魔力枯渇とは違って、身体は案外自由に動く。なので、魔力が枯渇しそうになったらすかさずお互いの口に飴を放り込めば、手が離れるようになる。
 宝玉を満たした後は魔力が空になるので、魔力回復薬を飲ませてくれる人に側にいてもらう。
 触れられるのは二人まで。二人が触れたら周りと隔離される。
 それ以外にも数人配置が望ましい。
 一人で宝玉には絶対に触れてはいけない。もし触れてしまったとき用に、必ずレガーレの飴を用意すること。魔力の放出が止まると手が離れる。一人で触れている場合、周りから隔離はされないようなので、他の者がレガーレの飴を舐めさせることは可能――
 思いつくままに、次々書き込んでいってみる。
 二人で触れている時は魔力が吸われていることを自覚出来ないことや、繋いだ手を通して魔力を通わせることで何倍にも膨らんだような状態の魔力が宝玉に流れること、周りの声が聞こえなくなることも注釈として付け加えておく。
 アプリの時は、攻略方法なんてサイトを開けばすぐに調べることができたけれども、ここではそんなものは存在しないから、攻略方法をメモするのは大事なのだ。
 たとえ取り上げられたとしても、中身を読めばここで保管くらいはしてくれるだろう。
 まだ今は、レガーレの飴についてが秘密だから渡せないけれど。
 あの時の感覚を思い出しながらメモしていると、部屋の扉がノックされた。俺が立ちあがるより先に、メイドさんが対応してくれる。
 その間に書き洩らしがないか調べていると、義父が俺の服を持ってきてくれた。
 久し振りにちゃんとした服に袖を通した俺は、義父から衝撃の言葉を頂いた。

「これから陛下と謁見ですか」
「謁見と言っても、小さな部屋でお茶に誘われる、という形をとるからそこまでかしこまらなくても大丈夫だよ。私も一緒に行くからね」
「父様が一緒なんですか。よかった。でも、陛下って鑑定魔法が出来るって」
「ああ。そうだね。必ずアルバのことは調べられるだろうね。大丈夫。堂々としていなさい」
「このまま家に帰れなかったりしないでしょうか」
「大丈夫だよ。私がそんなことをさせないから」

 力強い義父の言葉に、久し振りに顔が緩んだ。

「あ、ちょっと待ってください」

 さっきまで書いていた攻略方法の紙を、たたんで服のポケットにねじ込む。
 もしかしたら兄様たちも呼ばれているかもしれない。兄様不足が深刻過ぎるから会えるならチラ見程度でもいいから絶対に兄様を視界に入れたい。
 義父の横を歩きながら、わくわくした気分が止められなかった。

「父様は兄様とお話ししたり出来るんですか?」
「ああ。様子を見に行っているよ。オルシスもすっかり魔力が回復して、元気そうだよ」
「そうなんですか! よかったぁ。あの時本当に兄様も僕も魔力がスッカラカンでしたから、心配していたんです」
「オルシスも全く同じことを言っていたよ。私にはアルバの魔力がどれほど回復しているのか見られないから、後ほどリコルに見てもらおうか」
「はい。リコル先生も顔を出すんですか? 陛下とのお茶会」
「いや、陛下とのお茶会は陛下と私と王弟殿下とアルバだけだよ」

 義父に衝撃の事実を告げられて、俺の足は止まった。
 兄様が、来ない。
 兄様に会えないなんて。

「兄様は、今どこに……?」
「今は王宮の一部屋に滞在しているよ」
「やっぱり兄様も家に帰れていないんですね……」
「……オルシスはとても大変なことをやり遂げたからね。それの対処で今は王宮がてんやわんやだ」
「父様は……どこまでお話を聞きましたか」

 兄様たちは、第二王子殿下と兄様が宝玉に魔力を注いだことにすると言っていた。多分俺のことを気遣ってくれたから。だから俺は単なる傍観者という立場になっているんだと思うんだけれど。兄様たちと連絡を取れないから、話がどうまとまっているのか全くわからないのが辛い。
 陛下に呼ばれているのが俺だけということは、何かに気付いたか、鑑定で何かを知ったんだろう。
 何より、陛下がどこまで事細かに鑑定できるのかがわからないのが怖い。
 全てを見透かされたらどうしようか。そして嘘を吐いた兄様たちは隔離された、とかだったら。
 でも答え合わせも出来ないので、どうしようもない。発作を起こしたからわかりませんとだけ答えておこうか。ああ、でも、鑑定で確実にバレるのは、やまいを既に克服していたことで――

「父様……もし、僕が家に帰れなくなったら、兄様をお願いします」
「そんなお願いは聞けないから、アルバもちゃんと希望を持ちなさい。ちゃんと私が家に帰ることが出来るように頑張るからね。安心して」
「父様……父様、大好きです」
「私もアルバを愛しているよ、我が息子」

 見上げると、義父は、とても安心する、頼りになるいつもの笑みを浮かべていた。


   ◇◇◇


 義父と共に立派な扉を潜ると、とても広い部屋の真ん中に豪華なテーブルが置かれていた。そのテーブルの上には、これでもかと綺麗で可愛らしいお菓子が置かれている。
 そんなテーブルを囲むようにアームチェアとソファがいくつも置かれているが、そこにはまだ誰も座っていない。
 とりあえず周りに置かれた調度品一つ一つがとても高そうだから、絶対に近寄らないようにしようと固く心に誓っていると、年配の人が陛下のお越しです、と伝えてくれた。
 義父にならって頭を下げていると、「よい、ここは公式の場ではない。頭を上げよ」と声がかけられたので、言われた通り頭を上げる。
 国王陛下のことは今まで見たことがなかった。
 初めて見た陛下は、王弟殿下とかなり似ていた。

「お初にお目にかかります。アルバ・ソル・サリエンテと申します」
「うむ。体調はどうかな」
「もうすっかりよくなりました」
「それはよかった。また体調が悪くなるとよくない。座りなさい」

 そう言うと、陛下は一人掛けの椅子に座った。その後、王弟殿下も隣の椅子に腰を下ろした。
 それを待ってから、俺も義父と共に座った。あまりの座り心地の良さに、驚いてしまう。椅子じゃないようなふわふわ心地が恐ろしい。人をダメにするソファとはこれか。
 一人そんな感想を抱いていると、陛下がしげしげと俺を見ていた。
 今まさに鑑定されているって感じだろうか。
 ぴしりと身体を固めて、陛下を見つめ返す。
 すると、わずかな間を開けて、陛下は驚いたような表情を浮かべた。

「ふむ。もしやヴァルトのせがれはとうとうやりおったのか」

 陛下の言葉に、王弟殿下が驚愕の表情を浮かべたのがわかった。
 これは、速攻で俺のやまいが完治していることがバレたってこと?
 思わず肩が揺れそうになったけど、義父が普段と同じ雰囲気で俺の肩を抱いているおかげで身体が動かなくて済んだ。
 義父はうすく笑みを浮かべて、陛下たちを見つめている。

「そうですね。うちのこれから先の主要案件となります。まだ形にはなっておりませんので、詳細を伝えることは出来かねますが」
「それの被験者がサリエンテのせがれというわけか」
「むしろ、この子のやまいを治すのが目的でここまで来た、というところでしょうか」
「これまで死病であった『ラオネン病』を完治する薬が出来たのなら、それは国を挙げて行う事業であるとは思わぬのか」
「思いません。まだ形になっていないと申し上げましたし、素材は簡単に手に入るものではありませんから」

 義父はこうして、しれっと『ラオネン病』の特効薬がもうすぐ出来るんだということを陛下に伝えた。たしかその領地の産業について詳しく伝えてしまうと問題が起きるから、フワッと伝えればいいんじゃなかったっけ。
 それなのに国を挙げてやることになってしまったら、折角うちの領地の特産になりうるものが国にとられてしまうのではないか。
 ハラハラしながら陛下と義父の会話を聞いていると、王弟殿下がじっと俺を見ていることに気付いた。

「では、あれは、もしや……」
「あれ、とは」
「あ、いや」

 もしかして、控室で俺がやらかした時のことを言っているんだろうか。
 あれは病気の発作じゃなくて魔法発動なんだけれど、ここで言っていいのか判断がつかない。じっと見つめるだけでやめておく。
 出来るだけ表情を動かさないでいると、陛下が溜息を吐いた。

「……世に出せる物が出来上がったなら、一度王宮で話をしよう。他国への流れを作らないといけないからな……富が一つの家に集中するのはあまり喜べないのだが」
「王家乗っ取りや謀反などは考えたこともありませんので、ご安心ください」
「サリエンテ……言っていいことと悪いことがあるぞ。お前は一度、王宮を壊そうとしたではないか……」
「もう過ぎた事です。お忘れください」

 陛下が再びはぁ、と盛大に溜息を吐く。何やら義父にやり込められている感じが凄い。流石義父。兄様の父親なだけはある。
 義父はしれっとした表情のままで、目の前に出されたお茶を手にした。

やまいでないとなると、この間倒れたのはどうしてなのか、嘘偽りなく説明は出来るか、サリエンテのせがれ

 そんな義父を見ていたら、ご指名を頂いてしまった。
 ここで嘘偽りを言ったら、罪になるということだ。一番怖い訊かれ方だ。

「それは……兄様が宝玉を光らせたから、安心して気が抜けたといいますか……」
「ほう。確かに、オルシスはよくやった。が、あの場に我らは入ることが出来ん。中で何があったのか、あの者たちしか知らぬということだ。そこに、サリエンテのせがれもいたのだろう」
「はい。僕は、魔力が足りたらしく、部屋に足を踏み入れることが出来ました」
「では、中の様子を詳しく話してくれ」
「詳しく、ですか」

 それだけ呟いて、口をつぐむ。兄様たちは不敬を承知で最初に話し合ったことを言ったのだろうか。それとも、嘘を吐いてはいけないと、本当のことを話したのだろうか。
 どっちがいいのか悩む。
 でも、じっと俺を見つめる陛下は誤魔化しなんてすぐに見抜くんだろうなと視線を少しだけ落とす。
 こんな十数年も王様業をしているような百戦錬磨の王様を出し抜くことなんて、俺には絶対に出来そうもない。
 ……もし兄様たちと話が合わなかったら、僕が嘘ついてましたとごり押しして、兄様たちにとがが行かないようにしようそうしよう。
 俺は意を決して口を開いた。

「僕たちがあの部屋に着いたときには、第二王子殿下は既に魔力が枯渇に近い状態でした。すぐさまその……特効薬の試作品を口に含ませ、魔力の供給が止まったところで宝玉から引き離しましたが、大分危ない状態でした。あそこにリコル先生とブルーノ君がいなかったら、殿下はまだ寝込んでいたかもしれません」
「その時の宝玉の様子はどうだったか見ることは出来たか?」
「はい。まだまだ魔力は足りない状態でした。部屋の中も暗いままで。それでも第二王子殿下は這ってでも宝玉に向かおうとしましたので、兄様が……」

 兄様が素晴らしいエンディング的立ち位置にいたので、特等席で見たいがために宝玉に触れてしまったのだ、とは言えない。明らかにそれは変質者だ。
 またしても口をつぐんでしまった俺に、陛下の視線がビシバシ刺さる。
 だったら言葉を変えて……あの主人公角度からの兄様が眼福で……違う! 殿下のいた立ち位置に立った兄様の姿が神々こうごうしくて、あの魔力に満ち溢れた神殿の中心で立つ兄様見たさに……違う! 
 どう説明したらいいのか悩んだ俺は、ぐっと手を握りしめた。
 瞬間。ポケットからカサリと音がした。
 もうブルーノ君の飴についてもバレてしまったし、口で説明するよりも、これを渡してしまった方が早いのではないか。
 兄様不足で脳内から兄様を賛辞する言葉しか浮かばなくなるところだった俺は、その紙の存在にハッと我に返り、ポケットの中の紙を取り出した。
 その紙をぐっと手で握りしめて、俺は陛下に視線を向けた。

「兄様は今、どこにいるのでしょうか」
「王宮の一部屋に滞在している」
「それは、なぜでしょうか。僕も兄様もまだ家には帰れないのでしょうか」
「帰すわけにはいかない。なぜかを一番よくわかっているのは、お前ではないか?」

 じっと見られて、ああ、と嘆息しそうになった息を呑み込んだ。

「ツヴァイトでは無理だった。では、誰が。あの時の状況を見ればわかる。中に入った者の中で、魔力が枯渇状態だったのはツヴァイトとサリエンテのせがれ二人だ。お前が言った通り、ツヴァイトは最初に一人で宝玉に触れ、失敗しておる。となると、魔力を入れたのはサリエンテの二人以外にはいない。相違ないな?」
「……はい」

 陛下はもう最初からわかっていたんだ。俺と兄様で魔力を入れたことを。そして、俺が嘘を吐いて誤魔化さないかを確認していたんだろうか。
 俺たちが成し遂げたことは、こんな尋問されるようなことではなく、この国の救世主ともいうべき偉業なのに。

「陛下。確かに、僕と兄様があの宝玉に触れ、魔力を満たしました。これで、この国は魔物も減り、平和になるということですよね」
「そうだ」
「でしたら、それに関して僕たちにご褒美とかはないのでしょうか」
「ほう、自ら褒美を強請ねだるか」
「はい。だって兄様はこの国の救世主ですから。最高に素晴らしい事を成し遂げましたから」

 どう考えても王宮に監禁とか、おかしいだろ。
 じっと陛下の目を見てハッキリと言うと、陛下は「ふむ」と目を細めた。

「サリエンテのせがれよ。もうやまいはお前の身体から消えておるな。ということは、魔法属性の検査をしても大丈夫ということか」

 どうして突然属性の検査の話になるのか。
 陛下は、俺が『とき属性』持ちじゃないかと疑っているってことなのかな。
 それに、ここで検査を受けたら、ハッキリと俺の属性がバレてしまう。それこそ監禁エンドだ。
 けれど、やまいがもう治ったとバレた今、検査を断ったらそれはそれで怪しいと言っているもの。
 俺は何と答えていいか分からないまま、唾を呑み込んだ。
 もしかしたら陛下も何らかの情報を持っているのかもしれない。どこから洩れたのかなんてわからない。そういう情報を集める手駒とか、普通に何人も抱えていそうなので、一概に俺の関係者が話してしまったとはいえないのが辛い。
 陛下のいきなりの言葉に怯えた俺を見かねたのか、義父が顔をしかめて俺の肩を抱いた。

「陛下、アルバの問いに答えておられませんよ」
「いいや、これは必要なことだ。褒美をやるとなった後になって、実は他の者が魔力を入れていたと言われたら、もう訂正が効かぬ。それは絶対に避けなければいけない事態だからだ」

 そう言われて、顔を上げる。

「僕です。僕と兄様で魔力を注入しました」
「ではやまいは治ったということだな。ならば属性検査を出来るはずだ。用意せよ」

 有無を言わさぬ感じで、陛下は王弟殿下に命令した。
 王弟殿下もここで焦ってはいけないとわかっているのか、少しだけ眉を寄せ、俺を見た。
 もうここまできてしまったら、俺も覚悟するしかない。小さく頷いてから、俺は改めて紙を陛下に差し出した。

「陛下を騙しているわけではありません。ええと、これをお渡しします。必ず保存して、後々また魔力が減った時に活用していただけたら幸いです」

 そんな顔をさせてごめんなさい、と目だけで王弟殿下に訴え、俺は手に持っていた紙を陛下の前に開いた。
 魔力を入れていた時の、感じたことと、方法。
 次の人にも使えるようにと、必死でまとめたものを、陛下は手に取り視線を落とした。
 視線を落としたまま、王弟殿下に「早く持ってくるのだ」と促すと、王弟殿下は深く溜息を吐いて、腰を上げた。
 それを見送ってから、陛下はこちらにまた視線を向けた。

「よく書けておる。が、わしが知る肝心なことが抜けておるな。お前は誰から詳細を聞いた?」
「詳しく教えてくださったのは、王弟殿下です」
「私が彼に詳細を伝えました」

 俺の言葉と被せるように、扉の方から戻ってきた王弟殿下がフォローしてくれる。詳細は最初から知っていたけれど、詳しい話をしてくれたのは王弟殿下だから、嘘を吐いているわけではない。


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