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3巻
3-2
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俺が落ち込む理由を聞いた二人は、若干呆れた顔になった。
「あのね、アルバ。僕とアルバの家は同じ場所なんだよ」
「合法お泊りなんて、毎日そんな物じゃないか。俺も含めてな」
「……」
二人の言葉を聞いて、あっと声を上げる俺を見て、兄様がくしゃっと笑みを作った。
「そんなに僕と一緒にキャンプに行きたかったの? 僕はアルバが参加できないのを知っていたから、サポートに申し込んでいなかったよ。ブルーノもね。参加するのは殿下とアドリアンだよ」
「リコル先生から、当時の兄様のご活躍を聞いて、僕もそれが直に見られると浮かれてしまって」
「アルバのためならいつでもなんでも見せるよ」
にこりと微笑む兄様の『なんでも』という言葉に、邪な想像をしてしまって、変な声が出そうになる。こんな時に頭に浮かぶのはアドオルの薄い本、成人版。やめてそんなの浮かばないで俺の腐れ脳みそ。兄様のあられもない恰好というあかん想像をしてしまいそうです。そんな卑猥なことを頼んでしまったらきっとこんなに優しい兄様でもドン引き確定案件です。俺衛兵に捕まっちゃう。
さっきとは違う意味で、必死で顔を取り繕っていると、兄様の手がゆっくりと俺の頭を撫でた。
「合同キャンプは、体力が万全の生徒でも疲れるんだ。今回は休もう。元気になったら一緒に森に野外泊を体験しに行こう。きっと父上も来たがるよ。護衛も借りれるから、学園行事よりも楽しめるよ」
「その時は俺も連れて行ってくれ。森の素材を色々見て回りたい」
「アルバ最優先だぞ」
「誰に向かって言っている」
二人の言葉に癒された俺のテンションは、家に帰ってくる頃には少し浮上していた。そうだね。合法お泊りは毎日だね。同じ屋根の下だったね。特別なシチュエーションに思わず現実を忘れて脳みそが破裂していたよ……
ただいま帰りました、と挨拶しながら、同じ屋根の下に同じように挨拶して足を踏み入れる兄様を見て、俺は自分の間抜けさ加減に地面に埋まりたくなったのだった。
◇◆◇
「アルバ君。君の合同キャンプ参加が認められましたよ」
「え……?」
しかし二日後、満面の笑みでリコル先生がそんなことを言い出した。
兄様たちが参加しないと聞いて、俺の中でちゃんと折り合いをつけ、もう過去の話となっていた事柄が、いきなり懐に飛び込んできた。
「ほら、参加できないと落ち込んでいたでしょう。どうにかならないかと理事長に掛け合ってみたんです。学園長も、せっかく中等学園生になったのにアルバ君が参加できないのは辛いだろうということでとても同情してくださいまして。私が専属で付き添いをすることで参加できるようにしてもらいました」
ね、と厚意一色のリコル先生に、俺はもう参加しなくても問題ないんです、とは言い出せなかった。
さらにこういうタイミングって、すれ違う場合はとことんすれ違うわけで。
俺が参加できるようになったことを聞いた兄様たちが急いで学園に参加申請をしに行ったときには、既定の人数が埋まっていて、既に締め切られていたとのこと。
ごり押しでの参加は認められず、俺参加、兄様たち不参加の状態で落ち着いてしまった。
リコル先生は兄様たちが参加しないということを知らなかったらしく、後々聞いて本当に申し訳なさそうにしていた。でも俺にも楽しんでもらいたい一身で掛け合ってくれたことなので、今回は本当にタイミングが悪かったというだけ。けれど、その夜は兄様が落ち込んだ顔をしていた。
そして、義父の「この先こういう離れ離れという場合の方が多くなるのだから、慣れるということも必要かもな」という一言で、兄様は切れた。
「アルバが参加するのに、俺が参加できないなんてアリか……!」
「落ち着けオルシス。口調が乱れているぞ」
「アルバのキャンプをサポートできないなんて最悪だ! 締め切り後の参加は容認できないなんて、数は多い方がより安全だろう!?」
「高等学園でのキャンプは自由参加とは名ばかりで、素行不良者は強制参加だからすぐ枠は埋まるからな」
「ブルーノは僕に素行不良になれと……!?」
「そんなことは言ってない」
ブルーノ君にすら食って掛かる兄様は、普段は見られない程荒れていた。みんなでゆったりするはずの部屋では、ブルーノ君と義父が床に座り込み頭を抱える兄様を、珍しいものを見る顔で見ている。
でもそんな荒れた兄様もとてもワイルドでカッコいいです。
ポーっと見惚れていると、ブルーノ君がこっちを向いて、「アルバ、このブチ切れた男を何とかしてくれ」と辟易した声を出した。
兄様もこんなになってしまう程俺とキャンプがしたかったんだっていうのが伝わって、ふくふくと胸の中に喜びが芽生えていく。
けれどここで幸福に浸っている訳にはいかない。
兄様には笑っていてほしいんだから。クールでワイルドな『俺』兄様を堪能するのはほどほどにしておいて、笑顔になってもらわないと。
俺は兄様に近付くと、ぐっと握られている大きな手に自分の手を重ねた。
「兄様、おうちでキャンプしましょう」
俺の一言に、皆の動きが停まった。俺は義父を見上げて言った。
「父様、テントってうちにもあるんですか?」
「あ、ああ。あるよ」
キレた兄様の状態を見てちょっと驚いていたらしい義父は、俺の質問で我に返った。
「今からお借りしてもいいですか。キャンプってテントを張ってそこで夜を明かすんですよね。よければお庭で、兄様にテントの張り方を教えてもらいたいです」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ、アルバ坊ちゃま」
すかさずスウェンが返事をして、サッと消えていった。
すぐに戻って来たから、きっと誰かに指示を出したんだろう。
「兄様、お願いしてもいいですか?」
「あ、うん。もちろん」
「じゃあ、用意してもらったらお庭に行きましょう」
目をぱちくりさせている兄様の手を取って、ちょっと引っ張る。その驚いた顔がとても素晴らしい可愛らしさです。心のアルバムに収めておかねば。
兄様の手を引いて庭に向かいながら、キャンプの内容を訊く。
どうやって寝るのかとか、食べ物はどうするのかとか。
学園の生徒って皆貴族の子息令嬢だから、自分の手で野外料理とか作らないと思うんだよ。でもキャンプって言ったら自分たちでカレーを作ったり、飯盒でご飯を炊いて焦がしたりするものっていうイメージが俺の中にはあるから、こっちで言うキャンプがどういうものなのかまったくわからないんだ。夜は魔物も出るだろうし。
冷静になった兄様は、この世界でのキャンプについて一つ一つ丁寧に教えてくれた。
あまり前世とイメージは変わらないもののようで安心する。
同時に、ちゃんと自分たちでご飯を作るんだということに驚いた。兄様は経験済みってことだから野営ご飯を作れるってことだよね……? テンションが上がってしまう。
うきうきと庭に出る扉を開けると、既にそこには作られる前のテントが用意されていた。とても大きい棒が見える。
「これは……二人用じゃない……?」
下手したら小さな部屋になるくらいの大きさのテントだった。
これ、二人で組み立てられるのかな。
後ろには興味津々で付いてきた家族たちと、護衛の皆さんが並んでいる。
「アルバ、このサイズだと十人ほどが中で休むことが出来るよ。流石に二人で組み立てるのは難しい。全員で協力して組み立てるのが普通だよ」
義父が教えてくれた内容に頷いていると、「これが、学園で使うキャンプ用テントと同じものだよ」と追加情報をもらった。
成程。そこまで踏まえてこれを用意してくれたってことか。
流石スウェン。
「じゃあ、早速組み立てましょう」
気合を入れて腕まくりをすると、わかった、という返事が複数から上がる。
早速兄様と義父とブルーノ君が動き始め、スウェンが手を挙げた瞬間、周りにいた義父の護衛さんもサッと参加し始めた。
「おいでアルバ」
兄様に呼ばれて急ぎ足で近寄ると、兄様は一本棒を手にして、俺にも持つよう指示した。それに倣って二人で一緒に棒を支えると、背の高い騎士さんが中央にまとまった棒を何かの道具でひとまとめにしてしまった。反対側にも同じようなものを作り、二つを一本の棒で固定すると、ブルーノ君が魔法を使ってくれる。地面が盛り上がると、そこから蔓が伸びて棒を固定してしまう。
兄様はその様子を見ながら俺に囁いた。
「こうやって、地属性の魔法が得意な生徒が地面に柱を固定して、テントを立てるんだよ」
「成程。確かにしっかりしてますね」
ブルーノ君が固定した棒は、かなり頑丈な感じで立っていた。揺らそうとしてもほぼ揺らがない。
そこに二人掛かりで厚めの生地の布が掛けられて、テントが仕上がった。とても立派なテントだった。中は、確かに十人入っても狭くないほど広い。
ルーナがはしゃいでブルーノ君に抱っこをせがんでいる。
暑い時期だったらすぐに快適にするのに、という兄様の呟きに、「じゃあ夏にもこれを作りましょう」とワクワクした顔で答えると、皆が「いいね」と返事をした。
またテントを立てる気満々だ。
嬉しくなってしまって、周囲を見回す。
「寝袋と、ランプと、後は何が必要でしょう。お家の庭なので、見張りはいらないですよね」
折り畳みテーブルなんかをテントの中に設置すれば、もうここで暮らしてもいいんじゃなかろうか。
そう呟くと、義父がえっと目を見開いた。
冗談です。お家が快適すぎるので、きっと俺ここでは暮らしていけません。ふかふかベッドに馴染みすぎて、贅沢になり過ぎて無理です。
でも今日一泊ぐらいは……
「アルバ坊ちゃま、こちらを。オルシス坊ちゃま、明日の朝食はいかがいたしますか。こちらに用意いたしますか」
そんなことを思っていると、スウェンが寝袋を二つテントに運び込ませて、にこやかに訊いてくる。今日俺がここに泊まろうとしているのはバレバレのようだ。スウェンが有能すぎて頭が上がらない。
「スウェン、ありがとう。朝食はここで。煮炊きするのもアリか……僕が作ります」
兄様の答えに、俺は嬉しさのあまり変な声が出てしまい、空咳をしてごまかした。
兄様の朝食! 兄様の朝食!
スウェンは俺の様子を見てわずかに微笑むと、一礼して言った。
「では、明日こちらに朝食用の器具などをご用意いたします。アルバ坊ちゃま、明日は普段より早起きになりますが、大丈夫ですか」
「兄様が煮炊きする姿を見ないで寝こけてなんていられません。きっちり起きます」
キリッと答えると、スウェンが目をスッと細めて微笑んだ。
義父も俺がはしゃいでいるのを見て嬉しそうに微笑んでいる。
「具合が悪くなったらすぐにオルシスに言うんだよ」
「はい」
義父は俺の返事を聞くと頭をひと撫でし、兄様に向きなおって口を開いた。
「オルシス、アルバを頼む」
「言われなくてもしっかりやります」
そんなこんなでひとしきりテントを堪能した皆は、お家の方に帰っていった。
残ったのは、俺と兄様の二人。テントの片隅には、キャンプで使われる道具がたくさん置かれていた。スウェンがどうせだから雰囲気を味わったらいかがですかと用意してくれた物だ。
地面だった足元には、立派なラグが敷かれている。本当はこういうの敷かないだろ。敷くの? なんか、貴族だから敷くのが普通な気がして来た。
兄様は早速キャンプ道具を手にして、俺を手招きした。
「どうせだから、外で湯を沸かしてお茶でも飲もう」
「はい!」
「寒いからしっかりと上を羽織ってね。毛布も持って」
「大丈夫です!」
二人分の毛布を抱えて兄様と共にテントを出ると、普段見慣れているはずの庭が全然違うものに見えてきた。
空を見上げると、いつの間にか星が光っている。
星があるってことは、ここも惑星だってことで。それなのに地面は魔力で支えられているとか、不思議でならない。
ちなみにこの世界に世界地図――別の国を表示した地図なんてものはほぼなく、他国の地理情報はあまり出回ってこないらしい。いとも簡単に国が建ち、消えていくから。
今まさにこの国もピンチ状態で、消えゆこうとしているんだと思う。そこで踏ん張れるかどうかで国の存続が関わってくるって。だからこそミラ嬢は、本人の意思をまるっと無視してまで公爵家なんて大層な家柄の貴族に引き取られて、その力を、魔力を欲されてしまった。
個人的に考えたらよくないことなんだけど、きっと国一つまとめる王様からしたら、一個人の事情と国の存続なんて天秤にかけるまでもないのかもしれない。それが正しいんだっていうのはわかる。だけどミラ嬢がそんなことを粛々と受け入れるとも思えない。彼女が怒ると家がなくなるってセドリック君が青くなっていたし。
「どうぞ。熱いから気を付けて」
兄様にカップを渡される。受け取ると、いい香りが鼻をくすぐった。
ふぅと冷ませば、湯気がとても暖かくて、だからこそまだ気温はそこまで高くないんだということを教えてくれる。
小さな椅子に座って毛布にくるまっていると、兄様がさらにもう一枚俺に毛布を掛けた。
慌ててその毛布を兄様に差し出しなおす。
「それ、兄様の分ですよ」
「僕は寒いのは苦手じゃないから、この格好でも平気なんだよ」
「僕だけまんまるです」
「それも可愛いよアルバ」
兄様はふふっと笑うと、一口お茶を飲んだ。それから少しだけ、顔を曇らせる。
「僕が騒いだばっかりにアルバにこんなことをさせてしまって、ごめんね」
「何がですか?」
「テントのことだよ。我ながら大人げなくて恥ずかしい……夜はちゃんと部屋に戻って寝ようね」
小さく溜息を吐いた兄様に、俺はストップをかけた。
「ダメです! 今日はここでお泊りするんですよ! 部屋に戻さないでください! このワクワクをどうしてくれるんですか! テント泊したいです! 兄様と並んで寝袋で寝たいです! 夜更かししておしゃべりするんですよね! たくさん兄様の話を聞きたいです! 最近馬車の中でしかお話出来ていないので、今日は僕が兄様を独り占め……っ、ひとり、じめ……?」
兄様と! 二人っきり!
ようやくその事実が実感できて、動きを止める。
最推しを。
独り占め。
はい、変な声が出ました。
大興奮の俺です。
その大興奮を見抜いて、サッと兄様が俺の口にブルーノ君飴を放り込んでくれなかったら、部屋に逆戻りだったんじゃないのか、ってくらいに、満天の星空の下、兄様と二人きりという事実にパニクっております。
「アルバ、落ち着いて。さっきまでの冷静なアルバはどこ行ったの」
「に、に、兄様と二人きりで冷静になんていられないです……ひとつ屋根の下で、お隣でその寝姿を、その天使のような寝顔を見ることが出来るなんて……」
「そんなのいつでも見られるから。よければ僕の部屋にお泊りに来てもいいし。はい、深呼吸」
スーハー、と深呼吸して、ようやく俺のテンションは少しだけ落ち着いた。
あくまで少しだけ。今日は興奮で寝れないかもしれない。
冷めたお茶を口に含むと、既に入っていたブルーノ君飴と混じってとても甘く感じられた。美味しい。
俺は息を整えてから、別の質問をする。
「どうして合同キャンプに参加できるのは高等学園二年生と中等学園三年生だけなんでしょうか」
「中等部の一年、二年はまだ幼く、四年五年になると、今度は歳が近すぎて身分の高い中等学園生に高等学園生が教えるのが難しい、だったかな。丁度いいのが、総会にも参加し始める三年生だって事を先生から聞いた事があるよ」
「成程。納得しました。確かに、すぐ下の相手だと逆にやり辛いかもしれないですね」
「身分ってのはちょっと面倒だね。僕が言っても説得力がないけれど」
兄様は苦笑すると、俺の頭をわしっと撫でた。
「セドリック君も、学園で公爵家に取り入ろうとして差し入れをたくさん貰うのは困る、と辟易していました。僕はセドリック君の後ろに隠れているので何ともないですが、兄様はきっとあんな感じで苦労したんだろうなと思うと、やっぱり身分って面倒だなって思います」
「僕の場合は殿下がいたから、それこそ殿下の後ろで隠れていたよ。アドリアンも前面に立っていたからね。僕とブルーノが逃げ回るのにはとても適した状態だったよ」
「でも兄様、学園に入った時はかなり苦労していたじゃないですか」
まだ中等学園生だった兄様が毎日疲れた顔をして学園から帰ってくる様は、見ていてとてもやきもきした。
自分には何も出来ないのかと落ち込んだこともある。
ぐっと奥歯を噛み締めると、兄様がちょっとだけ拗ねたような顔をして、口を尖らせた。
「あの時のことは忘れてほしいかな。アルバに情けない姿を見せてしまったから。まだまだ僕も子供だったんだよ……さっきの態度も、子供だけれど」
恥ずかしい、と少しだけ赤くなったように見える頬を片手で隠す兄様に、俺の目が釘付けになっていた。
拗ねた兄様も照れた兄様も可愛いかよ! なんなんだよこの可愛さ! ああ、これぞまさしく女神が作りたもうた究極の癒し……
感動しながらただただ兄様を見つめていると、兄様は俺の視線が突き刺さったのか、大きくて綺麗な手の平で、俺の目を隠した。
「……うぐぅ……」
そんな可愛いことをされたら、変な声が出ても仕方ないと思う。
お茶を飲み終えた俺たちは、外を片付けて、テントの中に入り込んだ。
兄様が何か道具を弄ると、ホンワカとテントの中が温かくなった。どうやら何かの魔道具らしい。
広々としたテントに寝袋を二枚並べて、兄様と共に入り込む。何かの皮で出来た寝袋は、とても温かかった。そして、中の毛皮がふわふわで気持ちいい。
兄様とたくさん話をしようと意気込んでいた俺だけれど、その寝袋の心地よさには抗えず、いつの間にやら睡魔に支配されていた。興奮して寝れないと思っていたのは、杞憂だった。
そんな俺の寝顔を見て、兄様が途轍もなく優しい顔をしていたことを、残念ながら既に安らかな眠りについていた俺は知ることが出来なかった。
次の日の朝。俺は、うっすら差し込む陽の光で目を覚ました。
テントの布が光を通すらしい。眩しくはないけれど、身体が活動を開始するにはもってこいの日の光を通すテントだ。優秀すぎる。
思った以上に快適な睡眠を摂ることができた。
寝袋から身体を出すと、既に隣にあった兄様の寝袋は片付けられていた。でも兄様が昨日つけてくれた道具はまだ健在で、テント内はとても温かい。
布団から出られないなんてことのない、この心地いい気温がとても素晴らしい。
一つだけ悔やまれるのは、兄様の寝顔がまったく見られなかったことだ。
端っこに置かれていた寝袋の形状を再現するように見よう見まねで自分の寝袋を畳んでから、テントの入り口を開ける。すると、昨日お茶を飲んだ場所に座って、兄様が何かをしていた。
ブルーノ君もスウェンもいる。
ちょっと手櫛で髪を整えてから、俺は皆に声を掛けた。
「おはようございます」
その声に、兄様たちが振り返る。
「おはようアルバ。よく眠れた?」
「はい」
うなずくと、ブルーノ君に頭をもふられる。
「おはよう。調子はどうだ」
「絶好調です」
「アルバ坊ちゃま、お顔を洗いになられますか」
「はい。ありがとうございます」
スウェンに返事をしながら近付いていくと、そこでは兄様が野外用の携帯調理器具を使って朝食を作っていた。
小さな鍋にスープが出来ており、横の火には串に刺された肉が焼かれている。
キャンプだった。
うちの庭先なのに、まごうことなきキャンプだった。
そんなキャンプ料理を、兄様が……!
「兄様、お料理出来るんですね……!」
手際よくスープを作っているのを感激しながら見ていると、兄さんとブルーノ君が同時に苦笑した。
「仕方なく覚えたんだよ。高等学園になると、森での行動が多くなるから、もし森の中で遭難した場合の対処として、授業で習うんだ」
「そうなんですか!」
もう少しで出来上がるからね、と言われて目を輝かせて待っていると、程なくしてお肉の串焼きが手渡された。
スウェンが、兄様が作ったスープをカップに入れて俺たちに渡してくれる。
「スウェンも一緒に。キャンプは上下関係なしに火を囲めって教えられたから」
兄様は、スウェンが一通り給仕をし終えるのを見計らって、スウェンの分のスープもカップに注いで手渡した。
スウェンはそれを受け取ると、目を細めて、とても嬉しそうに微笑んだ。
「まるで、オルシス坊ちゃまの中等学園生の時のようですな。私めがご一緒させていただき、至上の喜びでございます」
「ああ、あの時はサロンでだけはスウェンも一緒に食べたからな」
「アルバ坊ちゃまのお優しさに、私はあの時とても感動いたしました」
笑顔のスウェンと目が合って、俺もつられて笑う。スウェンが喜んでいる姿を見るのは俺も嬉しい。
皆でそんな素敵な朝食を取り、早速テントの片付けを体験する。とはいっても、スウェンの合図ですぐさま護衛の人たちが来てくれたので、すぐにテントはしまわれた。
「これを生徒たちだけで組み立てて片付けるって、かなり大仕事ですね」
俺は空っぽになった地面で、ふう、と息をつく。
何せ俺は棒一本支えるのも辛かったから。力のなさに落ち込む。
しかし、そんな俺をひょいっと抱き上げると、兄様が微笑んだ。
「大丈夫だよ。皆で協力すればすぐだから。僕たちの時は一班で一つを組み立てるんじゃなく、二班が合同で二つを組み立てたから、簡単だった。皆それぞれ知恵を出してどうにかしているから、そこまで心配することないよ」
「近頃の女性は力も馬鹿に出来ないからな」
「ブルーノ、それを女性の前で言ったらその馬鹿に出来ない力で首を絞められるぞ」
「違いない」
そんな軽口を交わしつつ、学園に行くための着替えをしに、俺達は部屋まで戻った。
すっかり気分は浮上して、合同キャンプ頑張ろうと気合いを入れ直す。兄様に助けてもらわなくても、ちゃんとできるところを見せたい。
気合を入れて学校に行く準備を整え、玄関に出ようとしたところで、義父に呼び止められた。
そして渡される綺麗な文箱。
「父様、これは?」
「オルシスもブルーノも参加しないなか森に行くのだから、備えは必要だと思ってな」
フッと微笑む義父から渡された箱を開けてみると、俺が作り溜めていた魔術陣と、魔術陣用の紙やインクがたくさん入っていた。
「自分の力で用意した物ならば、持ち込んでも大丈夫だからな」
「魔術陣を自力で用意して持っていく人もいたんですか?」
「そもそも中等学園生で魔術陣を描ける者はいないよ。だから、大丈夫」
前例がないし、自分の力で用意した物だからね。とウインクをくれた義父に、俺は規則の抜け穴を垣間見てしまった気分だった。
二、最推しのいない合同キャンプ
さて、そんなこんなでキャンプ当日。メノウの森まで、生徒たちは班ごとに分かれて馬車で向かう。
「今日はよろしくお願いします!」
「アルバ様、こちらこそよろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げると、ジュール君がわずかに微笑んだ。
俺の班には班長としてジュール君が一緒にいてくれる。班を決めるときにジュール君から声を掛けてくれて、ちょっと嬉しすぎて目が潤んだのは内緒だ。心強すぎる。
「「よ、よろしくお願いします!」」
他には伯爵家のご令嬢エリン嬢と子爵家の令息のアーチー君。アーチー君は、前にも隣の席になったことがある生徒だ。ちょっとでも話したことがある子が同じ班でホッとする。
俺は二人にも頭を下げた。班分けは、ある程度生徒に任されているけど、同じような家格に偏りすぎないように調整されているらしい。
何かがあった時に、身分ある者たちがどういった行動をするのかを学ぶ場でもあるんだそうだ。
家格で言えば俺が一番上なので、ちょっぴり身が引き締まる。
このキャンプで、魔物と対峙した場合の指揮権、合同作業時の行動等の指示など、自分の立場を考えて動くことを身に付けるんだそうだ。もちろん、身分を笠に着て下位貴族をこき使ったり、魔物の盾にしたりなんかは絶対にしちゃいけない。
ちなみにこれはリコル先生に教えてもらったんだけれど、もしも参加した高等学園生が、中等学園生の悪い見本になるようなことをしていたら、かなり評価が下がる。
それに自由参加を謳いながらも、高等学園生は貴族として、民を将来率いるものとしての自覚を身に着けるために学園内で身分関係の問題を起こした生徒は有無を言わさず参加させられるんだそうだ。そういえばそんなことを兄様がぶち切れた時にブルーノ君が言ってた気がする。
万が一、キャンプでさらなる失態を晒したら停学退学を視野に入れることにもなる、いわゆる最後の砦なんだって。
兄様たちの学年は殿下がいたこともあって、強制参加させられるような人はほとんどいないらしいけれど、その前後の学年にはかなり傲慢な生徒もいて、募集人員の三分の一が強制参加になった時もあったらしい。
今回、殿下は強制ではなく、そういう行事とか総会とかは王族は参加してこそだよね、みたいなノリで参加したそうだ。王族も大変だね。
アドリアン君も心身を鍛えるため、というようなことを言いながら参加したというのをブルーノ君から聞いた。
兄様たちは今までと同じように忙しいからと参加せず。もうそれが当たり前だったので、先生たちも軽く流したらしい。それが今回仇になって、後から参加したいと言っても「規定人数を大分超えたし、二人とも忙しいなら無理するな」と取り合ってもらえなかったんだって。難しいね。
俺の班には、特別にリコル先生が補助として入ることになっている。それを了承してくれた生徒を選りすぐって出来た班が、俺たちの班だ。
なお、不正をなくしたいという理事長の意向で、そもそも高等学園のサポートメンバーを選ぶことが出来ないようになっている。だから、もし兄様が一緒にキャンプに申し込んでいたとしても、一緒の班になれる確率はかなり低かったということだ。
皆と共に馬車を降り、今まで散々繰り返された注意事項をここでも聞く。
魔物が出たら無理をせず周りに助けを求めること。高等学園生は大抵魔物を倒すだけの技量を持っているから、別班だとしても助けを求めるのは問題ないこと。つまり、別の班同士が協力し合って何かを成すのは問題ないのだ。ただ、どちらかの班が一方的に命令をした事が発覚した場合ペナルティーが科される。
「家格が下の者でもちゃんと報告義務があり、脅されて、無理強いされたことについて口を噤んだ場合は脅した方も脅しに屈したほうも点数が下がる。弱者になるな」
先生の話にちょっと感銘を受けながら、俺は肩にかけた荷物を直した。
ただ、結局重い物はリコル先生が持ってくれている。皆は自分で持っているから、と断ろうとしたけれど、他のメンバーが是非持ってもらえと勧めてきたので、断り切れなかった。きっと倒れたりしたら後が大変だからだろうなとは思うけれど、自分の弱さが情けない。
それぞれ指定された場所まで歩きながら、たくさん持たされたブルーノ君飴をポケットの上から確認する。
義父に渡された数種類の自作魔術陣はそっとカバンの中やポケットに忍ばせているけれど、使えるかはわからないからあえて皆には言ってない。
いざ出した時、使えない単なる落書き状態だったら恥ずかしいなんてものじゃないから。
息を切らしながら森の中を進んでいく。
高等学園の生徒たちと合流するのはキャンプ地に着いてかららしい。今高等学園の生徒たちは、魔物を間引いているそうだ。ここでしっかりと魔物の数を減らしておかないと、俺たち中等学園生の安全を確保できないから、頑張ってくれているのだという。だから、道を歩いていても魔物は出てこない。
それでも魔物が怖くて、つい辺りをきょろきょろしてしまう。昔兄様と来た時は、あれだけ安心感があったのに、あの時の兄様よりも年上になった今、ちょっと心細かったりするのはなんでなんだ。リコル先生だっているのに。リコル先生もちゃんと鍛えればめちゃつよになるのに。鍛え方によっては杖で殴る物理回復キャラになるという美味しいとこどりキャラになるんだ。今現在は回復特化だけれども。
思わぬ心細さについ呟く。
「森の中を歩くのは、ドキドキしますね」
「大丈夫ですよ。ここら辺に魔物は出てきませんから」
「それより私はアルバ様の発作が心配です。無理なさらずにね」
「その時はなんでも言ってくださいね。僕たちが出来る限り頑張りますから」
俺の一言に、ジュール君始め皆が励ましてくれる。
最後のアーチー君の一言に慌てて首を横に振った。
「今の所、絶好調です。ありがとうございます。僕たちのサポートメンバーはどんな方がご一緒するんでしょうね」
にこやかに返すと、アーチー君がそうですね、と口を開いた。
「僕の兄が今年高等学園に入学したのですが、兄が中等学園生の時はとてもサポートが素晴らしかったとべた褒めしていました」
「そうなんですね。僕の兄様は二班合同でテントを二組組んだそうで、とても楽だったと教えてくれました」
「あのね、アルバ。僕とアルバの家は同じ場所なんだよ」
「合法お泊りなんて、毎日そんな物じゃないか。俺も含めてな」
「……」
二人の言葉を聞いて、あっと声を上げる俺を見て、兄様がくしゃっと笑みを作った。
「そんなに僕と一緒にキャンプに行きたかったの? 僕はアルバが参加できないのを知っていたから、サポートに申し込んでいなかったよ。ブルーノもね。参加するのは殿下とアドリアンだよ」
「リコル先生から、当時の兄様のご活躍を聞いて、僕もそれが直に見られると浮かれてしまって」
「アルバのためならいつでもなんでも見せるよ」
にこりと微笑む兄様の『なんでも』という言葉に、邪な想像をしてしまって、変な声が出そうになる。こんな時に頭に浮かぶのはアドオルの薄い本、成人版。やめてそんなの浮かばないで俺の腐れ脳みそ。兄様のあられもない恰好というあかん想像をしてしまいそうです。そんな卑猥なことを頼んでしまったらきっとこんなに優しい兄様でもドン引き確定案件です。俺衛兵に捕まっちゃう。
さっきとは違う意味で、必死で顔を取り繕っていると、兄様の手がゆっくりと俺の頭を撫でた。
「合同キャンプは、体力が万全の生徒でも疲れるんだ。今回は休もう。元気になったら一緒に森に野外泊を体験しに行こう。きっと父上も来たがるよ。護衛も借りれるから、学園行事よりも楽しめるよ」
「その時は俺も連れて行ってくれ。森の素材を色々見て回りたい」
「アルバ最優先だぞ」
「誰に向かって言っている」
二人の言葉に癒された俺のテンションは、家に帰ってくる頃には少し浮上していた。そうだね。合法お泊りは毎日だね。同じ屋根の下だったね。特別なシチュエーションに思わず現実を忘れて脳みそが破裂していたよ……
ただいま帰りました、と挨拶しながら、同じ屋根の下に同じように挨拶して足を踏み入れる兄様を見て、俺は自分の間抜けさ加減に地面に埋まりたくなったのだった。
◇◆◇
「アルバ君。君の合同キャンプ参加が認められましたよ」
「え……?」
しかし二日後、満面の笑みでリコル先生がそんなことを言い出した。
兄様たちが参加しないと聞いて、俺の中でちゃんと折り合いをつけ、もう過去の話となっていた事柄が、いきなり懐に飛び込んできた。
「ほら、参加できないと落ち込んでいたでしょう。どうにかならないかと理事長に掛け合ってみたんです。学園長も、せっかく中等学園生になったのにアルバ君が参加できないのは辛いだろうということでとても同情してくださいまして。私が専属で付き添いをすることで参加できるようにしてもらいました」
ね、と厚意一色のリコル先生に、俺はもう参加しなくても問題ないんです、とは言い出せなかった。
さらにこういうタイミングって、すれ違う場合はとことんすれ違うわけで。
俺が参加できるようになったことを聞いた兄様たちが急いで学園に参加申請をしに行ったときには、既定の人数が埋まっていて、既に締め切られていたとのこと。
ごり押しでの参加は認められず、俺参加、兄様たち不参加の状態で落ち着いてしまった。
リコル先生は兄様たちが参加しないということを知らなかったらしく、後々聞いて本当に申し訳なさそうにしていた。でも俺にも楽しんでもらいたい一身で掛け合ってくれたことなので、今回は本当にタイミングが悪かったというだけ。けれど、その夜は兄様が落ち込んだ顔をしていた。
そして、義父の「この先こういう離れ離れという場合の方が多くなるのだから、慣れるということも必要かもな」という一言で、兄様は切れた。
「アルバが参加するのに、俺が参加できないなんてアリか……!」
「落ち着けオルシス。口調が乱れているぞ」
「アルバのキャンプをサポートできないなんて最悪だ! 締め切り後の参加は容認できないなんて、数は多い方がより安全だろう!?」
「高等学園でのキャンプは自由参加とは名ばかりで、素行不良者は強制参加だからすぐ枠は埋まるからな」
「ブルーノは僕に素行不良になれと……!?」
「そんなことは言ってない」
ブルーノ君にすら食って掛かる兄様は、普段は見られない程荒れていた。みんなでゆったりするはずの部屋では、ブルーノ君と義父が床に座り込み頭を抱える兄様を、珍しいものを見る顔で見ている。
でもそんな荒れた兄様もとてもワイルドでカッコいいです。
ポーっと見惚れていると、ブルーノ君がこっちを向いて、「アルバ、このブチ切れた男を何とかしてくれ」と辟易した声を出した。
兄様もこんなになってしまう程俺とキャンプがしたかったんだっていうのが伝わって、ふくふくと胸の中に喜びが芽生えていく。
けれどここで幸福に浸っている訳にはいかない。
兄様には笑っていてほしいんだから。クールでワイルドな『俺』兄様を堪能するのはほどほどにしておいて、笑顔になってもらわないと。
俺は兄様に近付くと、ぐっと握られている大きな手に自分の手を重ねた。
「兄様、おうちでキャンプしましょう」
俺の一言に、皆の動きが停まった。俺は義父を見上げて言った。
「父様、テントってうちにもあるんですか?」
「あ、ああ。あるよ」
キレた兄様の状態を見てちょっと驚いていたらしい義父は、俺の質問で我に返った。
「今からお借りしてもいいですか。キャンプってテントを張ってそこで夜を明かすんですよね。よければお庭で、兄様にテントの張り方を教えてもらいたいです」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ、アルバ坊ちゃま」
すかさずスウェンが返事をして、サッと消えていった。
すぐに戻って来たから、きっと誰かに指示を出したんだろう。
「兄様、お願いしてもいいですか?」
「あ、うん。もちろん」
「じゃあ、用意してもらったらお庭に行きましょう」
目をぱちくりさせている兄様の手を取って、ちょっと引っ張る。その驚いた顔がとても素晴らしい可愛らしさです。心のアルバムに収めておかねば。
兄様の手を引いて庭に向かいながら、キャンプの内容を訊く。
どうやって寝るのかとか、食べ物はどうするのかとか。
学園の生徒って皆貴族の子息令嬢だから、自分の手で野外料理とか作らないと思うんだよ。でもキャンプって言ったら自分たちでカレーを作ったり、飯盒でご飯を炊いて焦がしたりするものっていうイメージが俺の中にはあるから、こっちで言うキャンプがどういうものなのかまったくわからないんだ。夜は魔物も出るだろうし。
冷静になった兄様は、この世界でのキャンプについて一つ一つ丁寧に教えてくれた。
あまり前世とイメージは変わらないもののようで安心する。
同時に、ちゃんと自分たちでご飯を作るんだということに驚いた。兄様は経験済みってことだから野営ご飯を作れるってことだよね……? テンションが上がってしまう。
うきうきと庭に出る扉を開けると、既にそこには作られる前のテントが用意されていた。とても大きい棒が見える。
「これは……二人用じゃない……?」
下手したら小さな部屋になるくらいの大きさのテントだった。
これ、二人で組み立てられるのかな。
後ろには興味津々で付いてきた家族たちと、護衛の皆さんが並んでいる。
「アルバ、このサイズだと十人ほどが中で休むことが出来るよ。流石に二人で組み立てるのは難しい。全員で協力して組み立てるのが普通だよ」
義父が教えてくれた内容に頷いていると、「これが、学園で使うキャンプ用テントと同じものだよ」と追加情報をもらった。
成程。そこまで踏まえてこれを用意してくれたってことか。
流石スウェン。
「じゃあ、早速組み立てましょう」
気合を入れて腕まくりをすると、わかった、という返事が複数から上がる。
早速兄様と義父とブルーノ君が動き始め、スウェンが手を挙げた瞬間、周りにいた義父の護衛さんもサッと参加し始めた。
「おいでアルバ」
兄様に呼ばれて急ぎ足で近寄ると、兄様は一本棒を手にして、俺にも持つよう指示した。それに倣って二人で一緒に棒を支えると、背の高い騎士さんが中央にまとまった棒を何かの道具でひとまとめにしてしまった。反対側にも同じようなものを作り、二つを一本の棒で固定すると、ブルーノ君が魔法を使ってくれる。地面が盛り上がると、そこから蔓が伸びて棒を固定してしまう。
兄様はその様子を見ながら俺に囁いた。
「こうやって、地属性の魔法が得意な生徒が地面に柱を固定して、テントを立てるんだよ」
「成程。確かにしっかりしてますね」
ブルーノ君が固定した棒は、かなり頑丈な感じで立っていた。揺らそうとしてもほぼ揺らがない。
そこに二人掛かりで厚めの生地の布が掛けられて、テントが仕上がった。とても立派なテントだった。中は、確かに十人入っても狭くないほど広い。
ルーナがはしゃいでブルーノ君に抱っこをせがんでいる。
暑い時期だったらすぐに快適にするのに、という兄様の呟きに、「じゃあ夏にもこれを作りましょう」とワクワクした顔で答えると、皆が「いいね」と返事をした。
またテントを立てる気満々だ。
嬉しくなってしまって、周囲を見回す。
「寝袋と、ランプと、後は何が必要でしょう。お家の庭なので、見張りはいらないですよね」
折り畳みテーブルなんかをテントの中に設置すれば、もうここで暮らしてもいいんじゃなかろうか。
そう呟くと、義父がえっと目を見開いた。
冗談です。お家が快適すぎるので、きっと俺ここでは暮らしていけません。ふかふかベッドに馴染みすぎて、贅沢になり過ぎて無理です。
でも今日一泊ぐらいは……
「アルバ坊ちゃま、こちらを。オルシス坊ちゃま、明日の朝食はいかがいたしますか。こちらに用意いたしますか」
そんなことを思っていると、スウェンが寝袋を二つテントに運び込ませて、にこやかに訊いてくる。今日俺がここに泊まろうとしているのはバレバレのようだ。スウェンが有能すぎて頭が上がらない。
「スウェン、ありがとう。朝食はここで。煮炊きするのもアリか……僕が作ります」
兄様の答えに、俺は嬉しさのあまり変な声が出てしまい、空咳をしてごまかした。
兄様の朝食! 兄様の朝食!
スウェンは俺の様子を見てわずかに微笑むと、一礼して言った。
「では、明日こちらに朝食用の器具などをご用意いたします。アルバ坊ちゃま、明日は普段より早起きになりますが、大丈夫ですか」
「兄様が煮炊きする姿を見ないで寝こけてなんていられません。きっちり起きます」
キリッと答えると、スウェンが目をスッと細めて微笑んだ。
義父も俺がはしゃいでいるのを見て嬉しそうに微笑んでいる。
「具合が悪くなったらすぐにオルシスに言うんだよ」
「はい」
義父は俺の返事を聞くと頭をひと撫でし、兄様に向きなおって口を開いた。
「オルシス、アルバを頼む」
「言われなくてもしっかりやります」
そんなこんなでひとしきりテントを堪能した皆は、お家の方に帰っていった。
残ったのは、俺と兄様の二人。テントの片隅には、キャンプで使われる道具がたくさん置かれていた。スウェンがどうせだから雰囲気を味わったらいかがですかと用意してくれた物だ。
地面だった足元には、立派なラグが敷かれている。本当はこういうの敷かないだろ。敷くの? なんか、貴族だから敷くのが普通な気がして来た。
兄様は早速キャンプ道具を手にして、俺を手招きした。
「どうせだから、外で湯を沸かしてお茶でも飲もう」
「はい!」
「寒いからしっかりと上を羽織ってね。毛布も持って」
「大丈夫です!」
二人分の毛布を抱えて兄様と共にテントを出ると、普段見慣れているはずの庭が全然違うものに見えてきた。
空を見上げると、いつの間にか星が光っている。
星があるってことは、ここも惑星だってことで。それなのに地面は魔力で支えられているとか、不思議でならない。
ちなみにこの世界に世界地図――別の国を表示した地図なんてものはほぼなく、他国の地理情報はあまり出回ってこないらしい。いとも簡単に国が建ち、消えていくから。
今まさにこの国もピンチ状態で、消えゆこうとしているんだと思う。そこで踏ん張れるかどうかで国の存続が関わってくるって。だからこそミラ嬢は、本人の意思をまるっと無視してまで公爵家なんて大層な家柄の貴族に引き取られて、その力を、魔力を欲されてしまった。
個人的に考えたらよくないことなんだけど、きっと国一つまとめる王様からしたら、一個人の事情と国の存続なんて天秤にかけるまでもないのかもしれない。それが正しいんだっていうのはわかる。だけどミラ嬢がそんなことを粛々と受け入れるとも思えない。彼女が怒ると家がなくなるってセドリック君が青くなっていたし。
「どうぞ。熱いから気を付けて」
兄様にカップを渡される。受け取ると、いい香りが鼻をくすぐった。
ふぅと冷ませば、湯気がとても暖かくて、だからこそまだ気温はそこまで高くないんだということを教えてくれる。
小さな椅子に座って毛布にくるまっていると、兄様がさらにもう一枚俺に毛布を掛けた。
慌ててその毛布を兄様に差し出しなおす。
「それ、兄様の分ですよ」
「僕は寒いのは苦手じゃないから、この格好でも平気なんだよ」
「僕だけまんまるです」
「それも可愛いよアルバ」
兄様はふふっと笑うと、一口お茶を飲んだ。それから少しだけ、顔を曇らせる。
「僕が騒いだばっかりにアルバにこんなことをさせてしまって、ごめんね」
「何がですか?」
「テントのことだよ。我ながら大人げなくて恥ずかしい……夜はちゃんと部屋に戻って寝ようね」
小さく溜息を吐いた兄様に、俺はストップをかけた。
「ダメです! 今日はここでお泊りするんですよ! 部屋に戻さないでください! このワクワクをどうしてくれるんですか! テント泊したいです! 兄様と並んで寝袋で寝たいです! 夜更かししておしゃべりするんですよね! たくさん兄様の話を聞きたいです! 最近馬車の中でしかお話出来ていないので、今日は僕が兄様を独り占め……っ、ひとり、じめ……?」
兄様と! 二人っきり!
ようやくその事実が実感できて、動きを止める。
最推しを。
独り占め。
はい、変な声が出ました。
大興奮の俺です。
その大興奮を見抜いて、サッと兄様が俺の口にブルーノ君飴を放り込んでくれなかったら、部屋に逆戻りだったんじゃないのか、ってくらいに、満天の星空の下、兄様と二人きりという事実にパニクっております。
「アルバ、落ち着いて。さっきまでの冷静なアルバはどこ行ったの」
「に、に、兄様と二人きりで冷静になんていられないです……ひとつ屋根の下で、お隣でその寝姿を、その天使のような寝顔を見ることが出来るなんて……」
「そんなのいつでも見られるから。よければ僕の部屋にお泊りに来てもいいし。はい、深呼吸」
スーハー、と深呼吸して、ようやく俺のテンションは少しだけ落ち着いた。
あくまで少しだけ。今日は興奮で寝れないかもしれない。
冷めたお茶を口に含むと、既に入っていたブルーノ君飴と混じってとても甘く感じられた。美味しい。
俺は息を整えてから、別の質問をする。
「どうして合同キャンプに参加できるのは高等学園二年生と中等学園三年生だけなんでしょうか」
「中等部の一年、二年はまだ幼く、四年五年になると、今度は歳が近すぎて身分の高い中等学園生に高等学園生が教えるのが難しい、だったかな。丁度いいのが、総会にも参加し始める三年生だって事を先生から聞いた事があるよ」
「成程。納得しました。確かに、すぐ下の相手だと逆にやり辛いかもしれないですね」
「身分ってのはちょっと面倒だね。僕が言っても説得力がないけれど」
兄様は苦笑すると、俺の頭をわしっと撫でた。
「セドリック君も、学園で公爵家に取り入ろうとして差し入れをたくさん貰うのは困る、と辟易していました。僕はセドリック君の後ろに隠れているので何ともないですが、兄様はきっとあんな感じで苦労したんだろうなと思うと、やっぱり身分って面倒だなって思います」
「僕の場合は殿下がいたから、それこそ殿下の後ろで隠れていたよ。アドリアンも前面に立っていたからね。僕とブルーノが逃げ回るのにはとても適した状態だったよ」
「でも兄様、学園に入った時はかなり苦労していたじゃないですか」
まだ中等学園生だった兄様が毎日疲れた顔をして学園から帰ってくる様は、見ていてとてもやきもきした。
自分には何も出来ないのかと落ち込んだこともある。
ぐっと奥歯を噛み締めると、兄様がちょっとだけ拗ねたような顔をして、口を尖らせた。
「あの時のことは忘れてほしいかな。アルバに情けない姿を見せてしまったから。まだまだ僕も子供だったんだよ……さっきの態度も、子供だけれど」
恥ずかしい、と少しだけ赤くなったように見える頬を片手で隠す兄様に、俺の目が釘付けになっていた。
拗ねた兄様も照れた兄様も可愛いかよ! なんなんだよこの可愛さ! ああ、これぞまさしく女神が作りたもうた究極の癒し……
感動しながらただただ兄様を見つめていると、兄様は俺の視線が突き刺さったのか、大きくて綺麗な手の平で、俺の目を隠した。
「……うぐぅ……」
そんな可愛いことをされたら、変な声が出ても仕方ないと思う。
お茶を飲み終えた俺たちは、外を片付けて、テントの中に入り込んだ。
兄様が何か道具を弄ると、ホンワカとテントの中が温かくなった。どうやら何かの魔道具らしい。
広々としたテントに寝袋を二枚並べて、兄様と共に入り込む。何かの皮で出来た寝袋は、とても温かかった。そして、中の毛皮がふわふわで気持ちいい。
兄様とたくさん話をしようと意気込んでいた俺だけれど、その寝袋の心地よさには抗えず、いつの間にやら睡魔に支配されていた。興奮して寝れないと思っていたのは、杞憂だった。
そんな俺の寝顔を見て、兄様が途轍もなく優しい顔をしていたことを、残念ながら既に安らかな眠りについていた俺は知ることが出来なかった。
次の日の朝。俺は、うっすら差し込む陽の光で目を覚ました。
テントの布が光を通すらしい。眩しくはないけれど、身体が活動を開始するにはもってこいの日の光を通すテントだ。優秀すぎる。
思った以上に快適な睡眠を摂ることができた。
寝袋から身体を出すと、既に隣にあった兄様の寝袋は片付けられていた。でも兄様が昨日つけてくれた道具はまだ健在で、テント内はとても温かい。
布団から出られないなんてことのない、この心地いい気温がとても素晴らしい。
一つだけ悔やまれるのは、兄様の寝顔がまったく見られなかったことだ。
端っこに置かれていた寝袋の形状を再現するように見よう見まねで自分の寝袋を畳んでから、テントの入り口を開ける。すると、昨日お茶を飲んだ場所に座って、兄様が何かをしていた。
ブルーノ君もスウェンもいる。
ちょっと手櫛で髪を整えてから、俺は皆に声を掛けた。
「おはようございます」
その声に、兄様たちが振り返る。
「おはようアルバ。よく眠れた?」
「はい」
うなずくと、ブルーノ君に頭をもふられる。
「おはよう。調子はどうだ」
「絶好調です」
「アルバ坊ちゃま、お顔を洗いになられますか」
「はい。ありがとうございます」
スウェンに返事をしながら近付いていくと、そこでは兄様が野外用の携帯調理器具を使って朝食を作っていた。
小さな鍋にスープが出来ており、横の火には串に刺された肉が焼かれている。
キャンプだった。
うちの庭先なのに、まごうことなきキャンプだった。
そんなキャンプ料理を、兄様が……!
「兄様、お料理出来るんですね……!」
手際よくスープを作っているのを感激しながら見ていると、兄さんとブルーノ君が同時に苦笑した。
「仕方なく覚えたんだよ。高等学園になると、森での行動が多くなるから、もし森の中で遭難した場合の対処として、授業で習うんだ」
「そうなんですか!」
もう少しで出来上がるからね、と言われて目を輝かせて待っていると、程なくしてお肉の串焼きが手渡された。
スウェンが、兄様が作ったスープをカップに入れて俺たちに渡してくれる。
「スウェンも一緒に。キャンプは上下関係なしに火を囲めって教えられたから」
兄様は、スウェンが一通り給仕をし終えるのを見計らって、スウェンの分のスープもカップに注いで手渡した。
スウェンはそれを受け取ると、目を細めて、とても嬉しそうに微笑んだ。
「まるで、オルシス坊ちゃまの中等学園生の時のようですな。私めがご一緒させていただき、至上の喜びでございます」
「ああ、あの時はサロンでだけはスウェンも一緒に食べたからな」
「アルバ坊ちゃまのお優しさに、私はあの時とても感動いたしました」
笑顔のスウェンと目が合って、俺もつられて笑う。スウェンが喜んでいる姿を見るのは俺も嬉しい。
皆でそんな素敵な朝食を取り、早速テントの片付けを体験する。とはいっても、スウェンの合図ですぐさま護衛の人たちが来てくれたので、すぐにテントはしまわれた。
「これを生徒たちだけで組み立てて片付けるって、かなり大仕事ですね」
俺は空っぽになった地面で、ふう、と息をつく。
何せ俺は棒一本支えるのも辛かったから。力のなさに落ち込む。
しかし、そんな俺をひょいっと抱き上げると、兄様が微笑んだ。
「大丈夫だよ。皆で協力すればすぐだから。僕たちの時は一班で一つを組み立てるんじゃなく、二班が合同で二つを組み立てたから、簡単だった。皆それぞれ知恵を出してどうにかしているから、そこまで心配することないよ」
「近頃の女性は力も馬鹿に出来ないからな」
「ブルーノ、それを女性の前で言ったらその馬鹿に出来ない力で首を絞められるぞ」
「違いない」
そんな軽口を交わしつつ、学園に行くための着替えをしに、俺達は部屋まで戻った。
すっかり気分は浮上して、合同キャンプ頑張ろうと気合いを入れ直す。兄様に助けてもらわなくても、ちゃんとできるところを見せたい。
気合を入れて学校に行く準備を整え、玄関に出ようとしたところで、義父に呼び止められた。
そして渡される綺麗な文箱。
「父様、これは?」
「オルシスもブルーノも参加しないなか森に行くのだから、備えは必要だと思ってな」
フッと微笑む義父から渡された箱を開けてみると、俺が作り溜めていた魔術陣と、魔術陣用の紙やインクがたくさん入っていた。
「自分の力で用意した物ならば、持ち込んでも大丈夫だからな」
「魔術陣を自力で用意して持っていく人もいたんですか?」
「そもそも中等学園生で魔術陣を描ける者はいないよ。だから、大丈夫」
前例がないし、自分の力で用意した物だからね。とウインクをくれた義父に、俺は規則の抜け穴を垣間見てしまった気分だった。
二、最推しのいない合同キャンプ
さて、そんなこんなでキャンプ当日。メノウの森まで、生徒たちは班ごとに分かれて馬車で向かう。
「今日はよろしくお願いします!」
「アルバ様、こちらこそよろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げると、ジュール君がわずかに微笑んだ。
俺の班には班長としてジュール君が一緒にいてくれる。班を決めるときにジュール君から声を掛けてくれて、ちょっと嬉しすぎて目が潤んだのは内緒だ。心強すぎる。
「「よ、よろしくお願いします!」」
他には伯爵家のご令嬢エリン嬢と子爵家の令息のアーチー君。アーチー君は、前にも隣の席になったことがある生徒だ。ちょっとでも話したことがある子が同じ班でホッとする。
俺は二人にも頭を下げた。班分けは、ある程度生徒に任されているけど、同じような家格に偏りすぎないように調整されているらしい。
何かがあった時に、身分ある者たちがどういった行動をするのかを学ぶ場でもあるんだそうだ。
家格で言えば俺が一番上なので、ちょっぴり身が引き締まる。
このキャンプで、魔物と対峙した場合の指揮権、合同作業時の行動等の指示など、自分の立場を考えて動くことを身に付けるんだそうだ。もちろん、身分を笠に着て下位貴族をこき使ったり、魔物の盾にしたりなんかは絶対にしちゃいけない。
ちなみにこれはリコル先生に教えてもらったんだけれど、もしも参加した高等学園生が、中等学園生の悪い見本になるようなことをしていたら、かなり評価が下がる。
それに自由参加を謳いながらも、高等学園生は貴族として、民を将来率いるものとしての自覚を身に着けるために学園内で身分関係の問題を起こした生徒は有無を言わさず参加させられるんだそうだ。そういえばそんなことを兄様がぶち切れた時にブルーノ君が言ってた気がする。
万が一、キャンプでさらなる失態を晒したら停学退学を視野に入れることにもなる、いわゆる最後の砦なんだって。
兄様たちの学年は殿下がいたこともあって、強制参加させられるような人はほとんどいないらしいけれど、その前後の学年にはかなり傲慢な生徒もいて、募集人員の三分の一が強制参加になった時もあったらしい。
今回、殿下は強制ではなく、そういう行事とか総会とかは王族は参加してこそだよね、みたいなノリで参加したそうだ。王族も大変だね。
アドリアン君も心身を鍛えるため、というようなことを言いながら参加したというのをブルーノ君から聞いた。
兄様たちは今までと同じように忙しいからと参加せず。もうそれが当たり前だったので、先生たちも軽く流したらしい。それが今回仇になって、後から参加したいと言っても「規定人数を大分超えたし、二人とも忙しいなら無理するな」と取り合ってもらえなかったんだって。難しいね。
俺の班には、特別にリコル先生が補助として入ることになっている。それを了承してくれた生徒を選りすぐって出来た班が、俺たちの班だ。
なお、不正をなくしたいという理事長の意向で、そもそも高等学園のサポートメンバーを選ぶことが出来ないようになっている。だから、もし兄様が一緒にキャンプに申し込んでいたとしても、一緒の班になれる確率はかなり低かったということだ。
皆と共に馬車を降り、今まで散々繰り返された注意事項をここでも聞く。
魔物が出たら無理をせず周りに助けを求めること。高等学園生は大抵魔物を倒すだけの技量を持っているから、別班だとしても助けを求めるのは問題ないこと。つまり、別の班同士が協力し合って何かを成すのは問題ないのだ。ただ、どちらかの班が一方的に命令をした事が発覚した場合ペナルティーが科される。
「家格が下の者でもちゃんと報告義務があり、脅されて、無理強いされたことについて口を噤んだ場合は脅した方も脅しに屈したほうも点数が下がる。弱者になるな」
先生の話にちょっと感銘を受けながら、俺は肩にかけた荷物を直した。
ただ、結局重い物はリコル先生が持ってくれている。皆は自分で持っているから、と断ろうとしたけれど、他のメンバーが是非持ってもらえと勧めてきたので、断り切れなかった。きっと倒れたりしたら後が大変だからだろうなとは思うけれど、自分の弱さが情けない。
それぞれ指定された場所まで歩きながら、たくさん持たされたブルーノ君飴をポケットの上から確認する。
義父に渡された数種類の自作魔術陣はそっとカバンの中やポケットに忍ばせているけれど、使えるかはわからないからあえて皆には言ってない。
いざ出した時、使えない単なる落書き状態だったら恥ずかしいなんてものじゃないから。
息を切らしながら森の中を進んでいく。
高等学園の生徒たちと合流するのはキャンプ地に着いてかららしい。今高等学園の生徒たちは、魔物を間引いているそうだ。ここでしっかりと魔物の数を減らしておかないと、俺たち中等学園生の安全を確保できないから、頑張ってくれているのだという。だから、道を歩いていても魔物は出てこない。
それでも魔物が怖くて、つい辺りをきょろきょろしてしまう。昔兄様と来た時は、あれだけ安心感があったのに、あの時の兄様よりも年上になった今、ちょっと心細かったりするのはなんでなんだ。リコル先生だっているのに。リコル先生もちゃんと鍛えればめちゃつよになるのに。鍛え方によっては杖で殴る物理回復キャラになるという美味しいとこどりキャラになるんだ。今現在は回復特化だけれども。
思わぬ心細さについ呟く。
「森の中を歩くのは、ドキドキしますね」
「大丈夫ですよ。ここら辺に魔物は出てきませんから」
「それより私はアルバ様の発作が心配です。無理なさらずにね」
「その時はなんでも言ってくださいね。僕たちが出来る限り頑張りますから」
俺の一言に、ジュール君始め皆が励ましてくれる。
最後のアーチー君の一言に慌てて首を横に振った。
「今の所、絶好調です。ありがとうございます。僕たちのサポートメンバーはどんな方がご一緒するんでしょうね」
にこやかに返すと、アーチー君がそうですね、と口を開いた。
「僕の兄が今年高等学園に入学したのですが、兄が中等学園生の時はとてもサポートが素晴らしかったとべた褒めしていました」
「そうなんですね。僕の兄様は二班合同でテントを二組組んだそうで、とても楽だったと教えてくれました」
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