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番外編

誘拐騒動の顛末は。

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「そ、そいつが、男に腰を振って国外に連れてきてもらったのかもしれないだろう⁉ 何せ国王の寵愛を受けて秘宝華などと可愛がられて周りからちやほやされてあまりの醜聞に側近に下げ渡されたと! 側近にも飽きて外に逃げ出したがっていると!」

 追い詰められたような顔をした男は、とうとうとんでもないことを言い出した。
 最初、誰のことを言っているのかわからなかった。けれど、兄様の周りが一瞬にして寒くなったから、ああ、俺のことをこんな風に捉えている国もあるんだな、なんて少しだけ可笑しくなった。まるで他人事だけれど、他国の俺の噂まで気にしてる程暇じゃないから。
 でもそう思ったのは俺だけで、兄様は周りに冷気を出すほどに怒っているというのがわかった。

「それは誰が?」
「陛下がそうおっしゃっていたから、間違いはないはずだ! だったらうちに逃がしてやればいいだろうと!」
「なるほど……ドローワ国のテスプリ訪問は国の発展ではなく、国の衰退を希望したから、と……わかりました。相応のお返しをせねばいけませんね」

 兄様は綺麗に笑うと、スッと椅子から立ち上がった。

「今の会話は、全て我がテスプリ国王陛下に聞かれています。そんなゲスな噂に惑わされたあなたは残念ですが、手土産なしで王宮に帰っていただこう。そして」

 兄様は俺がお仕置きを受けながらも開発した魔術陣を手にすると、男の前に投げ捨てた。
 そこから、もくもくと薄い煙が出てくる。そして、程なくして、館全体に煙が充満していった。

 これは本物の煙ではなく、ちょっと闇属性の特性を利用した結界の魔術陣だ。
 この煙を浴びた者は特定の場所に差し掛かった瞬間身体から魔力が抜けてその魔力がまるで煙のように身体から立ち上るというもの。それが「ここに悪党がいるよ」という合図になる。煙が立ち上った人は魔力が抜けるので動けないし、逃げたとしても煙が立ち上り続けるので逃げられないという防衛用魔術陣だ。勿論魔力が残りわずかになったら煙は止まり、そのまま命に係わることはない。ここらへんはしっかりと検証したから多分大丈夫。
 その魔力が抜けて煙として立ち上り始める指定位置だけれども、うちの国の国境はしっかりと指定位置に入っている。他には、各街の門の詰め所前、衛兵が常時駐在する場所の前など、魔術陣の効果が発動したら一瞬で捕まえられる場所にした。まだ試験段階だからと、そこまで多くの場所は指定していないけれど。
 この一月で国民には安価で売り始めている。きちんと説明を受けて、使い方など納得してから買ってもらっているけれど、殆どが貴族や商家が買っている。使った場合これを解除するには正当な理由か解除金が必要だからと説明したら、一般の民は手を伸ばさなかった。
 もし使った場合は煙の魔術陣解除と人間用魔術陣解除専用の二種類の魔術陣を使わないと解除できず、詰所などにしか配布していない。そして使った記録も取っている。これを描くことが出来るのが、今現在で俺と室長だけなので、管理はそこまで難しくないんだ。もし不正に使った場合や賄賂で横流しが発覚したら有無を言わさず罷免になるので、滅多なことでは横流ししないだろう、と思いたい。
 実際にはまだ二度ほどしか使われたことはないけれど、その時はスムーズにいったのでホッとした。これからさらに要検証。
 この館の中で凍っている人たちも勿論煙を浴びることになるので、国境を超えた瞬間無力になるし、この館の煙はずっと立ち上っていることになる。きっとこの建物は捨てざるをえないんじゃなかろうか。
 この館はドローワ国の辺境伯が所持する砦だったんだって。最近領地の穀物が取れなくなってきたから、王様の言葉に乗って場所を提供しちゃったんだって。兄様が全て辺境伯から吐かせた。その辺境伯は、三階で足が氷漬けになって動けないでいる。兄様の魔法に呆然としていたから、抵抗はしないと思うけれど。

 この煙、俺と兄様にも容赦なく絡みついてくるけれども、俺たちは解除用魔術陣を持ち歩いているので、いつでも解除できる。けれど他国にはこの魔術陣を配布していないので、ここで煙を浴びたこの庶子の男は、二度とわが国の道を大手を振って歩くことが出来ないということだ。解除してあげる気はないし。
 
「この魔術陣は非常時に使う物なので、秘宝華の意思でここまで来たわけではなく誘拐されたという証拠になります。うちの宝を誘拐、そして汚そうとした罪は、腕の一本や二本で償えるようなものではない。ドローワ王がどう対処するのか、見させてもらおう」
「貴方はこれから先、我が国に足を踏み入れるのは止めた方がいいですよ。多分身動き取れずにそのまま捕まりますから」

 にっこり笑って追い打ちをかける俺の腰をサッと抱いて、兄様がもう一枚の魔術陣を手にする。
 景色が一瞬で変わり、俺は我が国の王宮に戻って来た。すぐに警報魔術陣の無効化をしてから、乱れた衣類を申し訳程度に治して、すぐに陛下の所に兄様と共に向かう。
 歓談室にいた陛下は、まだ残っていた南西の国の方と話をしていた。
 すぐに通されたけれどよかったのかな。
 ヴォルフラム陛下は俺を見ると、立ち上がって手を広げた。

「アルバ! 無事でよかった!」
「ご心配をおかけしました。この通り無事です」
「途中オルシスが消えたからどうなるかと思ったが」
「オルシス様に助けていただき、事なきを得ました」

 その時の兄様がとてもかっこよくてですね、と伝えようとして、一緒にいた方が視界に入り、口を噤む。
 俺の視線を追った陛下は、俺を労ったあと、一緒にいた方を紹介してくれた。

「こちらは、我が国とドローワ国に隣接しているガレイド国の国王陛下だ。今回の話に一番乗り気で、陛下本人が来てくださったのだ」
「この度はとても面白い話を聞けて、とても有意義だった。我が国も大分宝玉の力が弱まっていたので、どうすべきか悩んでいたところだったのだ。そんな中の、秘宝華の誘拐騒ぎだろう。気が気ではなかった。無事で、良かった」
「ありがとうございます。我が伴侶のオルシスが助けて下さったからこそ、こうして無事にいられます」

 そっと兄様の腕に手を添えると、兄様の腕が腰に回った。
 チラリと見上げれば、何やら嬉しそうに目を細めている。うわあ、優しい顔いただきました。最高。

「見ているだけで胸が焼けてしまいそうな仲睦まじさだね。私もサリエンテ殿と彼の国の庶子の話は聞かせてもらったけれど、噂とは当てにならないものだね」
「この二人は我々には計り知れない絆で結ばれていますからね」

 ヴォルフラム陛下が、苦笑しながら付け足す。
 その言葉は褒め言葉だよね。陛下以外の人が言ったら嫌味なのかなって思うけれど陛下だからちゃんと褒め言葉だよね。
 
「私も君の噂は我が国で聞いたことがある。とても君の耳に入れられるような内容ではないので口を閉ざすがね。本人たちを見た私はそんな噂を信じないと言えるが、まだまだ世界は広い。我々はこの広大な大陸のほんの一部のまとめ役に過ぎないし、宝玉の管理者に過ぎない。それを忘れて君を手に入れようとしてくる者たちも後を絶たないと思う」

 まだそれほど歳のいっていない南西の国の国王陛下は、座っていた椅子から立ち上がり、俺の前に来た。
 兄様と同じ程の高さの視線を俺に落とし、目を細める。

「世の中には、刻属性を欲しがる者が多い。けれど、慈しむ者は決して多くはない。気を付けることだ」
「ありがとうございます」
「とはいえ、君の護りは誰よりも堅い様だけれどな」

 にこりと笑ったガレイド国王陛下は、兄様に視線を移して胸元をトンと軽く叩いた。
 兄様が「恐縮です」と無表情で頭を下げる。

「その笑顔も、気心の知れた者のためだけにあるか。どうやらテスプリ国王陛下はとても恵まれているようだ」

 その後、何故か俺たちもテーブルを同じくしてお茶を飲んだ。
 会話は決して和やかではなかったけれども。
 あの時の状況を報告する兄様の言葉に王二人が頷き、これからのドローワ国との取り引きをどうするか、関税をどうするかを相談し、ついでに兄様とレガーレ飴の輸入の話をして、俺はもうまったくのお荷物状態。何も答えられる事はないけれど、ここに居ていいのかな。
 ある程度まとめてしまうと、茶も飲み干して、ガレイド国王陛下は部屋を辞していった。俺たちが去らなくていいのかなとも思わなくはなかったけれど、機嫌はよさそうだったからいいのかな。

「さて……あの部屋に行くか」
 
 ヴォルフラム陛下は徐にそう言うと、俺と兄様の手を取っていつもの報告の部屋に魔術陣で飛んだ。廊下で誰かに出会いたくなかったらしい。
 出た先では、ミラ妃殿下が優雅にお茶を飲んでいた。
 俺と兄様の姿を見た瞬間、はぁ、と苦笑気味に溜め息を吐いた。
 
「結局はオルシス様が助けに行って折角練った作戦がパァなのよね」
「アルバに危機が迫った際には動くと、最初にお伝えしたはずです」
「そうね。聞いてたわね。こんなに早く動くとは思わなかったし、一人で砦一つ制圧するとも思わなかったけどね。向こうにとっては対テスプリに対する重要な砦なんだろうけど、一瞬で制圧されたわよね」
「動けない人間は置き物と同じですから」

 しれっと答える兄様に、ミラ妃殿下は声を出して笑った。

「私もあいつヤな感じがしてたからいいんだけど。ヴォルを舐め腐ってた国をどう料理してあげようかしら。アルバ君の言う様に、私が好きにしちゃっていいかしら。それともヴォル、国土を広げたい?」
「流石に宝玉二つの管理はごめんこうむりたいな。隣は隣で何とかしてもらおう。だから、ミラ、君は無茶苦茶しないように」
「無茶苦茶なんてしないわよ。失礼ね。ちょっと礼儀という物を教え込んであげるだけよ」
「それが無茶苦茶というんだよ」

 ヴォルフラム陛下の言葉に、ミラ妃殿下の隣に立っていたアドリアン君がうんうん頷いている。
 
「次の説明にはドローワは呼ばない。レガーレの輸出も保留。いいなオルシス」
「勿論です。それと、ドローワはもうすぐ宝玉の力が切れるようです。砦付近の作物の状況と魔物の状態でわかりました。努力をするわけじゃなく手っ取り早く秘宝華を手に入れて国を何とかしてもらおうという考えが透けて見えるので、徹底的に潰しましょう」
「潰すって」
「陛下、そろそろ国土拡大しませんか」
「待て、オルシス待て」

 はぁ、と盛大に溜息を吐いたヴォルフラム陛下は、笑顔で青筋を立てる二人を必死で宥めた。
 そして、助けを求めるように俺の方を向いた。

「アルバの意見はどうだ」
「俺が陛下とヤリまくって醜聞流したのを呆れられて兄様に下げ渡されてそこでもヤリまくって飽きたから国を出るとかいうおかしなことを言い出す国は、きっと王様も普通じゃないいかれた国なので存在しても害悪でしかないと思います。これだけ兄様一筋なのに他と散々遊んでるとかなんとか頭おかしいので話し合いも無理なんじゃないですか。もう妃殿下の意見を採用します』

 俺が思ったままを口に出すと、目を点にする陛下と声を出して大笑いする妃殿下が目に入った。
 兄様が陛下の次とかどう考えてもおかしいでしょ。あの庶子はどこに目を付けてるのか本当にわからない。どこから見ても兄様が一番に決まってるよね。可笑しいんじゃないの。
 
「というわけで、多数決でぶっ潰す方向で」
「お前たちに意見を求めた私が間違っていた」

 キリッと真顔を向けるとヴォルフラム陛下はもう一度溜息を吐いた。



 二国間を結ぶ国道は立ち入り禁止の札が立ち、新しい道はテスプリ国が主軸で敷かれていった。国境の関税は前よりも厳しいものとなり、ドローワ国を追い詰めた。
 旧道に今もそびえたつ氷の砦は常に煙が上がり、その煙を浴びた者はテスプリ国に入った瞬間魔力がなくなり動けなくなることから、周辺の民たちに恐れられた。
 宝玉の魔力がなくなりつつあるドローワ国は、厳しい状況の中でも隣国であるテスプリ国とガレイド国からの輸入を規制され、苦しい状況となる。
 その状況を作ったのが当のドローワ王だとテスプリ国が声高に訴えたため、現在ドローワ国に手を伸ばそうとする国はひとつもなかった。
 この状況を打開する方法は、ただただ国王が宝玉に魔力を満たせばいいだけ。宝玉に魔力が満ちれば、他の国からの輸入に頼ることなく、自国だけで民たちは生活できるのである。ちなみにドローワ国には兄様たちのような高魔力量保持者はいない。

 そんな感じで、舐め腐った隣国に特大のお灸を据えて、俺の誘拐騒動は終わりを告げた。
 その後の王族の会合はトラブルもなくスムーズに進み、知識は満遍なく世界に浸透していった。
 そのノートラブルの背後には、何か問題が起こると国土が凍るから真摯に話を聞かなければいけないという暗黙の了解があったのを、俺は知っている。
 この誘拐事件は、兄様の実力を全世界に轟かせる為のイベントだったのだと言わざるをえない。

 そして俺は、ヴォルフラム陛下から「一番過激なのはアルバ」という不名誉なレッテルを貼られたまま、今日も魔術陣描きに勤しむのだった。
 早く仕事を終えて兄様を拾って家に帰ってイチャイチャすることを目標に!
 目指せ、週一エロス兄様堪能! 

            おわり。
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