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番外編
想定外です。
しおりを挟むメルボン伯爵は、只今王宮の閑職とも言われる部署で、ごく簡単な仕事を任されているらしい。
ツヴァイト閣下が「あいつどっかの国と繋がってるっぽいぞ」とヴォルフラム陛下に告げ口した時から、領地から王宮の方に出仕してもらい、監視していた。
家を継ぐ子息ももういい歳らしいので、領地の方も監視されていたけれど、俺が刻魔法を発動させてからは更に厳しく監視されている。
けれど、王宮に来るよう命を受けたメルボン伯爵本人は、能力を買われたと思ったのか、毎日張り切って出仕しているようだ。
俺の姿を見て、にこやかに頭を下げる。
何度か言葉を交わしたことはあったけれど、第一印象は「すごく気さくでいい人」だった。こういう人が裏切るのか、とちょっとびっくりしたんだ。
「お疲れ様です。今日は中央棟は立ち入り禁止の通達がありませんでしたか?」
「ああ、そういえば……今日でしたかな。サリエンテ殿はどうしてこちらに?」
しまったなあ、という顔をして、踵を返しながら、伯爵が俺の隣に並ぶ。
「僕も陛下と兄に用があったのですが」
そう言って肩を竦めると、伯爵がなるほど、と苦笑した。
「伯爵はどうなさったのですか?」
「領地の名産品であるワインが先程王宮に届いたのですが、どうやら息子の手違いで最上ではないランクの物が届いてしまったようで、慌てて陛下にお目通りをと思いまして」
「そうだったのですね。ワイン……いいですね。伯爵の所のワインはとても味わい深くて」
「それは嬉しいことを。この後どうされますか。よろしければ、私の秘蔵ワインを一つお届けしてもよろしいですか?」
「わぁ、それは嬉しいです。これから少しだけ自室に戻るつもりなので、是非」
すぐにお持ちしますね、とにこやかに階段を下っていく伯爵を見送り、俺はそのまま奥に足を進めた。
すぐに連れ去られるのかと思ったけれど、ちょっと拍子抜けだ。
言われた通り王宮の自室に向かおう。きっと移動中に何やら動きがあると思うし。
……なんて思っていた時もありました。
無事自室に辿り付いて拍子抜けした。
部屋には王宮で俺の部屋についてくれるメイドさんがいて、「おかえりなさいませ」と挨拶してくれる。
「メルボン伯爵様から、ワインが届いておりますが、いかがいたしますか」
「あ、ありがとう。持ってきてください」
早速届いたらしい。
豪華な箱に入ったワインをメイドさんがテーブルに置いて、グラスをセットしてくれる。
「少し疲れたので、これを飲んで休みます」
俺の言葉に、メイドさんはかしこまりました、と頭を下げて、俺の上着を脱がしてくれた。それを丁寧に持ち、部屋を辞する。
一人になった部屋で、俺は届けられた箱を持ち上げた。
「そっか、皆俺が光属性持ちで『鑑定』を使えること、知らないんだよね」
必死で鑑定のレベルを上げて、今はもうツヴァイト閣下にお墨付きをもらえるくらいには詳細な情報を手に入れることが出来るようになっている。
箱には何の細工もなし。
ワインは……ラベル裏に、魔術陣が描かれている、と。
使われると消える仕様になっているのか。
ワイン自体にも、少し睡眠を導入する薬が入れられているみたいだ。そのまま飲めば鎮痛剤になる薬も、アルコールと共に飲むとちょっとした睡眠導入剤になる。だから、アルコールとの併用は控えるように言われる類の薬だ。一緒にしちゃだめなんだよ。
コルクを開けて、ワインをグラスに入れる。
香りはいいのに、まったく飲みたいと思えないのが面白い。
俺はそっと胸元の蝶に触れて、魔力を流した。
「例の方から差し入れを頂きました。これを空けると僕は寝て、見知らぬところに飛ぶようです」
兄様に報告を入れると、蝶が飛びあがり、俺の周りをフワッと一周回ってまた同じところに落ち着いた。
『くれぐれも危ないことはしないように。魔力を通せば、この蝶が氷の膜でアルバを守るから、すぐに使うんだよ。使った瞬間僕にわかるようになっているから。それと、差し入れは口に入れてはいけないからね。きっと彼の産地のワインだろう。陛下も今、飲んだふりをして、必死で魔力を揺らしているよ。こういうのは苦手だと文句を言いながらね』
「陛下も下がられたのですね。妃殿下は大丈夫でしょうか」
『妃殿下は陛下の代わりにご立派に皆をもてなしているよ』
流石ミラ妃殿下、と感嘆の思いを抱きながら、俺は瓶を持ち上げて中を覗いてみた。
ワインのなくなった場所から、魔術陣が反応していく。魔術陣を覆うワインがなくなったら発動するようになっているみたいだ。
「魔術陣、まだまだ奥が深いなあ……」
じっくりとその魔術陣を観察してから、グラスの中身をレストルームに捨てに行く。
もう一杯グラスに注いだところで、魔術陣がじわじわと発動し始めた。
「時差がある……なるほど、グラスを空ける時間を考えたものか……! この魔術陣を描いた人、天才か……?」
思わず声を出してしまったけれど、そうだった、寝たふりをしないといけないんだった。
そっとグラスを置いて、目を瞑る。途端にフワッと浮遊感が身体を包み、転移したことがわかった。
重力に逆らうことなく、その場に身体を横たえる。
空気が変わったから、きっと陛下が必死で魔力を揺らしている間に外に転移したんだろう。
周りに何人も人がいる気配がするけれど、目を開けることが出来ないのでされるがまま。
腕を縛られ、何やら袋に入れられ、木箱に入れられ、何かに積まれた。手口がプロっぽい。
そのままゴトゴト運ばれた。
きっとこの荷馬車にも人攫いは乗っているから、声を出すことは出来ない。
息苦しいけれど、ちゃんと空気は入ってくる。ここで窒息させるなんて愚は犯さないらしい。これはもう慣れた人たちの手口だ。
微かに会話も聞こえるから、身動ぎも躊躇われる。
「こいつあれだろ。『刻属性』持ちなんだろ」
「って話だな。伯爵さまが言うには。なんだか、ここの国の王様が大事に大事に囲ってるってよ。側近に宛がって傍に置くくらいによ」
「給金もよくてこんな希少属性を娶るとか、その側近羨ましいねえ。顔も可愛らしいしよ。夜も楽しんでるんだろうよ」
「一回くらい味見してもいいんじゃねえのか。どうせうちの王様の慰み者になるんだろ」
卑下た嗤い声が聞こえて来る。
へえ、件の王様は俺を慰み者にする気なのか。陛下に囲われて、兄様に宛がわれたとか思われてるんだ。
「今は止めろよ。目が覚めて逃げられたら事だ。せめて国境を過ぎてからにしろ」
「わかったよ。庶子に明け渡す前にしとくよ」
「その頃には薬が切れるだろうから、もう一回眠らせろよ。騒がれても事だから」
「でも刻属性だろ。未来を視る以外の何も出来ねえじゃねえか」
「ああ、それもそうか。ひ弱そうだしな」
「くそ、早く砦に着かねえかな。こういうお綺麗な奴をヒーヒー言わせてえ」
なるほど。俺はこの人攫いたちに輪姦されるということか。……どうしよう。確かに俺はひ弱で、攻撃魔法は使えないから。うん。一気に逃げたくなってきた。
あの時の俺は冷静だったけれど、もしや輪姦された事後、なんてことはないよね。そうしたら兄様にもう顔を向けられない。こんな事態になるなんて想定してなかった。
どうしよう。
転移魔術陣はポケットに入っているし、いざという時に下着の中とかにも仕込んでいる。
いつでも逃げようと思えば逃げられるんだけれど。
言い出しっぺは俺。
だったら、こんなところで逃げるわけにはいかない、よね。
縛られた手をぐっと握って、湧き上がる嫌悪と恐怖を必死で抑え込んだ。
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