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44、思わぬ人材が手に入ったよ

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 飲み屋のカウンターには、珍しい瓶がズラリと並んでいた。
 色んな国の名産の酒が置かれているらしい。
 店主は若い頃色々な国を歩いて、そこで各国の酒の味の違いに感動し、集め始めたらしい。
 それから常連になり、違う国に行っても商会を通じてそこの酒を買い取り、腰を落ち着けて店を出した今でも、各国の酒造屋とは取引をしているらしい。
 北の酒も飲んだことはあったらしいけれど、店主が北に顔を出した時はまさに貧困時。酒など悠長に作っていられる時期じゃなく、外に出すことも出来ない時だったんだそうだ。それでも、泊まった民宿とも言えない民家で一杯だけと飲ませてもらった酒は、店主が感動する程美味しく、どうにかしてその酒を手に入れられないかと考えていたらしい。そのせいでこの国に腰を落ち着けてしまったという。
 本格的だ。でもうちの酒は美味しいから仕方ないよね。
 アラン様と共にその話を聞いて、俺は思わずニコニコしてしまった。
 これからもっと人を集めて、もっと大きな酒蔵を作りたいんだもん。

「こちらが南の方の酒精の強い酒です。北の酒がまろみがあるものだとすると、こっちはパンチがあってドカンとくるヤツですね。でも不思議と後に残らず、深く酔いたい場合は北の酒がいいというね。ほんと、奥が深いっすよ」

 まだまだ若い分類に入る店主は、ネーベルの飲み比べの言葉に、そんなことを言いながら小さなグラスに注いでくれた。

「だったらもうグラシエール領に来て酒屋をやってくれたらいいのに」

 そうすればうちの領でも飲み比べできるし、気分で飲みたい酒を変えることもできるじゃん。まあ、うちの酒が一番美味いんだけど。
 にこやかに「ね、アラン様」と手を握ると、南の酒を口に含んでいたアラン様がフッと目もとを緩ませて「そうだな」と答えた。

「北に!? それは、信じても!?」

 店主が俺たちの言葉に即座に反応した。
 いやいや、ここに店持ったばっかりでしょ。俺が王都にいたときはこんな酒屋なかったよ。
 そもそもネーベルが懇意にしている酒屋なんて、悪い人のはずないじゃん。

「ただし、うちのほうはまだ流通があまりないんだ。ヴィーダ領からとベルラッド侯爵領を通して下の伯爵領から来るくらい。ああでもヴィーダ家から他国へ交易してるから、仕入れ自体は難しくはないと思うけど、使ってる商会次第だね」
「あ、うちは全国に支店を持つフォロアール商会使ってますが、ヴィーダ領にも支店ありましたよ」

 にこやかにそう答える店主に、アラン様が感心したような顔を見せた。

「商会の支店場所まで把握しているとは……勤勉で感心なことだ」
「お褒めいただきありがとうございます。俺、フォロアール商会の副会頭の三男坊なんですよ。上二人がとても優秀なんで、こんな風に自分の好きな物を扱える商売してます」
「その割には店に商会の名を掲げてないな」
「そりゃあ。自分の力でどれだけ出来るかの挑戦でもあるんで。まあ流通を兄や親に頼ってる時点で自分のとは言いがたいんすが。そんな自分ですが、グラシエール領の小さな商店でもやらせて貰えないでしょうかね」

 悪くないね、とアラン様と顔を見合わせていた俺たちに、ネーベルと母さんからのストップが入った。
 
「せっかく懇意にしようと思ってた酒屋を誘惑するなよ!」

 口を尖らせるネーベルと、隣で頷く母さんとフェニックス様。
 皆この店主が気に入ったらしい。残念。

「まあでも、北からの酒はこの店になら出してもいいかも。悪いようには扱わないでしょ」
「そうだな。前に出荷してみたときには王都で足下を見られて、粗悪な酒と同等の値段でしか売れなかったからな……」

 アラン様がふぅ、と遠い目をする。それは絶対に王家から横やりが入ったよね。北は潤わさない感満載すぎてイラッとする。

「ええええ!? あの酒を粗悪品と同等? そんなだったら俺、全部買い占めて高級品として売りに出したかった……だってあれほどまろやかで品のある味はなかなかないですよ。うわーそれは……むしろぜひ北に行きたいです! 一応フォロアール商会の血筋ではありますが、ベルラッド侯爵領に向かう商会はうちとはそもそも商品が被らないので仲がいいんですよ」

 やる気を見せる店主に、母さんとフェニックス様が酒屋取られた……と嘆いている。

「まあ、この店は他の者に任せることもできるんで、よろしくお願いします!」

 そんなこんなで、ただ酒の飲み比べに行っただけのはずなのに、うちの領に商会が建つことが決まってしまった。
 悪い人じゃなさそうだから、大歓迎。何より他国なんかに太いパイプがあるのが素晴らしいと思う。一番の決め手は、俺たちの領の酒をちゃんと味わって飲んでくれたことかな。

「親方-」
『なんじゃい』

 その場で親方を呼ぶと、すぐ様現れてくれた。
 酒屋が目をまん丸にしている間に、親方に店主を紹介する。

『おお! 北に来てくれるのかの! んじゃあ建物がどんなもんがええか相談するか。酒がたんとおける棚と倉は必要じゃろ?』

 早速店舗建設の相談をし始めた親方に、店主は一瞬だけ戸惑ったものの、すぐにああだこうだ意見を出し始めた。その機転の利いた行動力が全国を回ってもやって行けたんだなと感心しながら、南の酒をじっくり味わう。美味いなあ。

「めまぐるしく我が領が発展していくな……」

 アラン様も俺と同じ酒を味わいながら、何やらしみじみと呟いた。

 
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