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42、王都へ移動
しおりを挟む兄さんは帰ってくるなり数カ所に手紙を書いて出した。
そして、アラン様と打ち合わせをしていた。俺は夜だったけれど魔力をノームたちに渡していたので、魔力切れでぐだぐだしながらその場にだけはいた。ただし、あまり話は頭に入ってきてはいない。
アラン様の太ももに頭を乗せて長いソファで横になっている俺を、兄さんがすごく微笑ましい顔で俺たちを観察していた。
「マーレがそこまでくつろぐなど、我が家以外ではなかなかなかったんですよ。ここがとても居心地が良くて本当に安心します。それもこれも閣下のお人柄なんでしょうね。私もここに骨を埋める覚悟を決めました。何より、ここはとても地酒が美味しい。フェンが気に入るわけです」
「こうして酒を大盤振る舞いできるのも全てマーレのおかげだ。農地を耕し、麦を増やし、そして酒蔵を増やしてくれた。出て行く者は減り、雪の季節に魅入られ花の季節を迎えられない者も減り……私は一体マーレにどれほどの借りがあるのだろう」
ゆったりと俺の髪を指で梳きながら、アラン様がしっとりと呟く。
「そんなの、全然借りじゃないですよ。俺がしたいからしてるだけ。俺が一番したいことは、アラン様が満ち足りること。まだ足りないから、もっと頑張りますよ……」
たったそれだけ言うだけでも魔力枯渇で胃が震える。それでもアラン様が治める地が豊かで、アラン様のもとにいる領民が笑顔だったら、アラン様も笑顔になるから悔いはない。
「だって大好きなんですもん」
「マーレの惚気は聞いていてとても楽しいよ。今までマーレはそういうことに縁がなかったからね」
「興味がなかったと言って。これ! って人、アラン様が初めてなんだ」
最近の盟約はちょっとヴィーダ家にとっては重い枷のようなものと成り果てるところだったけれど、アラン様がいてくれたからこそ、俺たち一族が本当に救われたんだ。俺だけじゃなくて、多分一番それを感じているのは母さんだと思う。幻獣として、人の世に身を寄せる者として、今代の王家はとても近寄りたくないような雰囲気だったから。
それに幻獣の血が入っている俺たち一族は、どうも人間性に欠ける人には好意を持てないらしいんだ。
でもそれは別に善性の問題じゃなくて、悪の道を進むにしてもちゃんと信念があれば惚れて手伝ったりはする。
他の国の幻獣の血が入った人達だって同じようなもんだ。中には、王子に毒を盛ったご令嬢を助けたという幻獣までいたらしいから笑っちゃう。その女性の心根が強くて気に入ったとか言って。だからこそ、陛下や第一王子みたいな姑息な手段を使う人をどうしても好きになれない。それよりもアラン様のように民のため不遇でも腐らず頑張る人はどの幻獣も大体好きだったりする。俺もね。
「まったく……兄がいるというのにそういうことをおおっぴらに……照れるから少し控えてくれないか。代わりに私が言うから。マーレ、いつも助かる。ありがとう。愛している」
「アラン様、キスして下さい!」
穏やかな、本当にゆったりとした顔で愛してるなんて言われたら、キスを強請るよね。目の前に兄さんがいようとも、魔力枯渇で気持ち悪かろうとも!
腕を伸ばしてんー、と唇を突き出すと、アラン様は少しだけ耳を赤くしながら俺の唇を掌で押さえた。
「……二人きりのときにな……」
とても微かな声だったけれど、俺も兄さんも耳がいいから、きっちりと聞こえた。嬉しい。
雪が降りしきる中、俺たちは新年を迎えるパーティーに出席するため、王都を目指すことになった。
今年は例年よりも少しだけ雪が多いようだ。豪雪にならないといいねと領事館の人達と話しながら、荷造りをする。北の豪雪とは、頭まですっぽり埋もれる程の雪が積もることだそうだ。規模が違う。そうなると、馬車なんて動かせるわけもなく、歩くとほんの数歩で遭難してしまうこともあるそうだ。厳しいね。
アラン様とおそろいで作った豪華な服はしっかりと防水の箱にしまい込み、荷物だけの馬車と俺たちの乗る馬車、そして雪の季節仕様となった馬具を乗せ、雪仕様の装備を着た騎士団の面々が馬車の周りを囲む。
雪の季節には金属製の鎧は着ない。凍傷になってしまうから。魔獣の毛皮を加工して防御力を上げた物を身に着ける。見栄えはあまり良くないけれど、防寒対策はバッチリなので、王都に入るまではボワボワの毛皮を纏う。もちろん雪の中を向かうから、馬も大変だ。
一応新年の祝いは春の季節の初めの日だけれど、出発は雪の季節のど真ん中だから、グラシエール領から行く場合は雪の中を進まないといけない。
アラン様の横で座りながら、俺は馬車の外を眺めた。
ゴワゴワの毛皮を身に着けて、ニール殿下が外を守っている。鼻の頭が赤くなっているけれど、防寒用の布を鼻まで覆ってしまうと呼吸が苦しくなるので、仕方ない。頭にも毛皮を使った帽子を被っている。
今はまだ後ろから見ると魔獣か? と見まがう姿だけれど、王都に入る直前に、もっと格好いい毛皮に交換する。王都まで行くとそこまで寒くはないから。それに去年大量に出てきた魔銀狼の毛皮がたくさんあるので、領民総出で騎士団のコートに仕立てたんだ。並んだ姿は壮観の一言。めちゃくちゃ格好いい。並んで歩く姿を見たときは皆歓声を上げていたし、アラン様も満足げだった。とはいえ、まだ全員に渡す分には足りないから、王都に来る騎士に支給で精一杯なんだけど。
「ニールは大丈夫だろうか」
アラン様はこんな雪の中馬を進めるニール殿下をハラハラしながら見守っている。すっかり気のいい叔父さんの顔になっている。むしろ息子を見守るお父さんのようだ。
「大丈夫そうですよ。立派になりましたね。最初にきたときとは全然違います。今ならニール殿下もとても頼りになります」
「そうなんだが……ほら、王都は雪がほぼ降らないから、身体を悪くするんじゃないかと」
「その時はフェニックス様に癒やして貰いましょう。フェニックス様は癒しの魔法が得意ですから。ニール殿下からきちんと警護の任につかせて欲しいと言われたんじゃないですか」
アラン様の様子を楽しみながら、俺も一緒にニール殿下を見守った。
雪の中なので、太陽に季節などよりも移動速度は遅い。馬車は子フェンが引いているけれど、周りの馬に合わせるように言い聞かせているから。
いつもアラン様は雪が減ったところで若い村人に御者をしてもらって二人で王都に向かっていたらしい。けれど、今はこんな立派な状態になっているというのもなかなか慣れないようだ。そんなところも好感が持てると同時に、王都に残っている王族への失望が大きくなる。
道中何事もなく、ニール殿下も体調を崩すことなく、俺たちは無事一週間で王都に着いた。騎士団の皆も誰一人体調を崩すことはなかった。途中の野営は親方に即席で簡易ロッジを作ってもらったので、全然寒くなかった。次の日には崩すからね。
新春の祝いは三日後。うちの両親と弟夫婦、俺たちと護衛としてニール殿下も王宮に向かうことになる。
ニール殿下もうちに滞在だ。外で馬の世話をしているニール殿下に、 ネーベルがさっそくちょっかいを出しに行く。
「ニール殿下、立派な体つきになりましたね!」
同じ学年だったし、それなりに交流はあったらしい。
ニール殿下は少しだけ困ったような顔をしたあと、ふっと笑みを浮かべた。
「ネーベル殿。ご無沙汰している」
「北はどう? 楽しい?」
「とても。今までにない充足感を感じている」
「それはよかった。兄さんをよろしくね」
「もちろん」
軽く手を上げその場を離れたネーベルはまっすぐ俺のところに来て、どうやって調教したの、なんてそっと失礼なことを訊いてきた。
「フェンリル様に揉まれてさ」
「そうなんだ。何分持った? 五分? 十分?」
「二時間」
あのやられては立ち上がりやられては立ち上がるニール殿下を思い出しながら伝えると、ネーベルは驚愕を顔に乗せた。
「すごいね。見直した」
「ほんとだよ。でもって一般兵と同じ大きさの部屋と飯で文句も言わないし、もともと素養は高かったからって騎士団の中でも実力派だよ」
「そうなんだ。ここだけの話ね、第一王子はフェンリル様にかかってこいと挑発されたとき、色々と言い訳を言いながらあの忠犬騎士に代役を頼んで逃げたんだよ」
うわー……と声に出さずに眉をしかめる。
その時点でニール殿下のほうが第一王子に勝ってるってことだ。
そして、忠犬騎士という言葉に笑いが込み上げる。
それはそれは。ぼこぼこにやられた想像しかできない。
ネーベルはその後の奴のことを何も言わなかったけれど、口元が緩んでいたから俺が想像したのと同じようなことが起こったっていうのはわかる。
二人でならんで肩を震わせていると、廊下の向こうからアラン様と親父が並んで歩いてきた。
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