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41、ベルラッド侯爵夫妻との面会
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ベルラッド侯爵はその書類をその場で読んで、フー……と重い溜息を吐いた。
「……もしこの冬を領民が乗り切れなかったら、グラシエール公爵閣下に願い出ようと思ったことがありました」
手にしていた書類をテーブルに丁寧に置くと、ベルラッド侯爵はそう切り出した。隣に寄り添っている侯爵夫人は青い顔をしながらもしっかりと侯爵の腕を支えている。強いな、と思った。そして、アラン様の見立て通り、この二人はいい人だ。
ベルラッド侯爵は侯爵夫人の手にしっかりと自分の手を重ねてから、頭を下げた。
「グラシエール公爵領に近い、森で分断されている土地を、グラシエール領に組み込んでもらおうと思います。我々では、もう管理は難しく……けれど今まではグラシエール領もさらに厳しかったため、願い出ることも出来ませんでした。けれど、今はグラシエール公爵御夫君がおられる。であれば、もう我々の手を離れてもいいのでは、と」
確かに、アラン様の領が貧しかったときに言い出されても難しくて、頷けない内容だった。けれど、今の言葉は人手が欲しい俺たちにとっては喉から手が出る程嬉しい提案で。
目を輝かせていると、兄さんが口を開いた。
「領地の分割は、王家からの許可を得ないと動かすことのできない分野です。引き受けたいとは思いますが、こればかりはすぐに返事をするわけにはいきません。難民となった彼らは私たちの領で引き受けたので、そのまま希望を聞きたいと思いますが、そうですね……新年の王家主催のパーティーには出席しますよね」
「はい、それは出るのが義務ですので……ただ、王弟派と呼ばれる我々はご挨拶を申し上げたら早々に領地に帰ってきますが……」
兄さんの問いに、ベルラッド侯爵は一応頷いた。
あの陛下が大きな顔をしている場所は確かにアラン様派の人達には肩身が狭いよね。
思い出す忌々しい顔に、出そうになる溜息を必死で呑み込む。
「その場で、領地分割の話をいたしましょう。王家を踏まえて。我々の方で手配しておきます」
「わかりました。よろしくお願いいたします。我々は、たとえ冷遇されようとも、グラシエール公爵閣下が良いようにしていただければ、それほど喜ばしいことはありません。閣下が王宮を出てからずっと支えようと思っておりましたが、我々の方が閣下に支えていただいていて……本当に、御夫君が来て下さったこと、感に堪えません」
「そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。俺が押しかけ妻をしたようなものなので」
本当に、アラン様の言葉は信用できる。この人たちはずっとここでアラン様を支えてくれていたんだ。けれど地力が少なく、伝手も少なかったため、共倒れになるかもしれなかったんだ。
チラリと兄さんとフェンリル様を見ると、フェンリル様は来るときに馬車の中で言っていた言葉を実行する気は無くなっているみたいだった。あの尻の毛までむしってしまえってヤツ。むしろむしるべきは王都にいる王家の人間かな。なんて思ったり。
兄さんはいつもの顔をしていたので、多分ベルラッド侯爵の進退も色々と考えているみたいだった。俺はあんまりいい案は思い浮かばないから、ここは兄さんにお任せしよう。むしろ土地を改良とかそういうのなら得意なんだけどなあ。
難民の保護の書類を取り交わした俺は、子フェンを遊ばせてくれたお礼を侯爵夫妻に渡して、帰路に着いた。
話し合い中に飛び出していった子フェンたちは、あらかたの魔物を蹴散らしてすっきりして帰ってきたらしい。久々に暴れられてとても満足したとにっこにこだった。
小さなくるんとした尻尾をぶんぶん振って侯爵夫妻の足にすり寄っていった子フェンたちを一通り撫でた夫妻は、最後は子フェンの魅力にとりつかれたように名残惜しそうな目で馬車に繋がれる子フェンたちを見ていた。可愛いからね。でもちゃんと返さないとサウスさんの活力がなくなるから。
ガーッとすごい勢いで走る馬車は、揺れも少なくかなり快適だった。
「そういえば兄さん、新年の祝いでなんかしようとしてる?」
ふと思い出してそう訊くと、兄さんはフッと口角を上げた。
「領地分譲手続きって、内容で揉めていなければ、王子の責務で行われる手続きなんだよ。ニール殿下がもしまだ王位継承権を持っているなら、陛下や第一王子殿下に邪魔されずに領地の受け渡しができるはずだよ」
流石王宮で働いていた兄さんは、そういう書類の流れ着く先がどこか、詳しかった。
王子責務ってことは、ニール殿下にはんこをもらえばオッケーってことか。
「俺、領地分譲の書類を出したら陛下が税を上げるとか言ってくるかもとか覚悟してたよ」
「ああ、陛下と閣下の約束事はグラシエール領のことだからね。でもねマーレ、たしか取り交わされた書類は、明確にどこからどこまで、とは書かれていないんだよ。森を開拓すればそれはグラシエール領の土地になるからってそこら辺を閣下はぼかしたはず。陛下もそうそうそんな貧しい土地が開拓できるとは思えなかったからそれで了承したはずだよ。前に税のことで揉めてたときに税務部の人からそう聞いたんだ」
「うわ、それ聞いちゃうとやっぱり陛下はあの王子の親だなって思うよね……でも今回はそれでラッキーって感じなのが悔しい」
「マーレがグラシエール領とその周辺を富ませればいいんだよ」
ニコニコと簡単そうに言う兄さんをじろりと睨んで、でもそうかと思い直す。
後でちゃんと契約書を見せてもらって、新年の祝いのときに対策を練ろうかな。どこまでを組み込めばいいかも相談しないとだしね。
「さっき範囲だけでも決めちゃえば良かったのに」
「グラシエール領はいいけれど、ベルラッド領が領地分割で収入を得たと見なされたらその分また税として支払わないといけないんだよ。でも、今ベルラッド侯爵領ではそんな余裕はないよね。新年明けてからの領土決定と分割を決めれば、少なくとも一年は猶予ができるんだよ。それにね、新年の祝いで魔物が出ても中央からの援助及び救援は来なかったと強く言えばもっとこっちの有利になるんだよ」
「なるほど」
それで逆に王家からむしり取るわけだね。兄さん最高。
兄さんと二人でニヤリと笑うと、フェンリル様が楽しそうに声を上げて笑った。
「……もしこの冬を領民が乗り切れなかったら、グラシエール公爵閣下に願い出ようと思ったことがありました」
手にしていた書類をテーブルに丁寧に置くと、ベルラッド侯爵はそう切り出した。隣に寄り添っている侯爵夫人は青い顔をしながらもしっかりと侯爵の腕を支えている。強いな、と思った。そして、アラン様の見立て通り、この二人はいい人だ。
ベルラッド侯爵は侯爵夫人の手にしっかりと自分の手を重ねてから、頭を下げた。
「グラシエール公爵領に近い、森で分断されている土地を、グラシエール領に組み込んでもらおうと思います。我々では、もう管理は難しく……けれど今まではグラシエール領もさらに厳しかったため、願い出ることも出来ませんでした。けれど、今はグラシエール公爵御夫君がおられる。であれば、もう我々の手を離れてもいいのでは、と」
確かに、アラン様の領が貧しかったときに言い出されても難しくて、頷けない内容だった。けれど、今の言葉は人手が欲しい俺たちにとっては喉から手が出る程嬉しい提案で。
目を輝かせていると、兄さんが口を開いた。
「領地の分割は、王家からの許可を得ないと動かすことのできない分野です。引き受けたいとは思いますが、こればかりはすぐに返事をするわけにはいきません。難民となった彼らは私たちの領で引き受けたので、そのまま希望を聞きたいと思いますが、そうですね……新年の王家主催のパーティーには出席しますよね」
「はい、それは出るのが義務ですので……ただ、王弟派と呼ばれる我々はご挨拶を申し上げたら早々に領地に帰ってきますが……」
兄さんの問いに、ベルラッド侯爵は一応頷いた。
あの陛下が大きな顔をしている場所は確かにアラン様派の人達には肩身が狭いよね。
思い出す忌々しい顔に、出そうになる溜息を必死で呑み込む。
「その場で、領地分割の話をいたしましょう。王家を踏まえて。我々の方で手配しておきます」
「わかりました。よろしくお願いいたします。我々は、たとえ冷遇されようとも、グラシエール公爵閣下が良いようにしていただければ、それほど喜ばしいことはありません。閣下が王宮を出てからずっと支えようと思っておりましたが、我々の方が閣下に支えていただいていて……本当に、御夫君が来て下さったこと、感に堪えません」
「そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。俺が押しかけ妻をしたようなものなので」
本当に、アラン様の言葉は信用できる。この人たちはずっとここでアラン様を支えてくれていたんだ。けれど地力が少なく、伝手も少なかったため、共倒れになるかもしれなかったんだ。
チラリと兄さんとフェンリル様を見ると、フェンリル様は来るときに馬車の中で言っていた言葉を実行する気は無くなっているみたいだった。あの尻の毛までむしってしまえってヤツ。むしろむしるべきは王都にいる王家の人間かな。なんて思ったり。
兄さんはいつもの顔をしていたので、多分ベルラッド侯爵の進退も色々と考えているみたいだった。俺はあんまりいい案は思い浮かばないから、ここは兄さんにお任せしよう。むしろ土地を改良とかそういうのなら得意なんだけどなあ。
難民の保護の書類を取り交わした俺は、子フェンを遊ばせてくれたお礼を侯爵夫妻に渡して、帰路に着いた。
話し合い中に飛び出していった子フェンたちは、あらかたの魔物を蹴散らしてすっきりして帰ってきたらしい。久々に暴れられてとても満足したとにっこにこだった。
小さなくるんとした尻尾をぶんぶん振って侯爵夫妻の足にすり寄っていった子フェンたちを一通り撫でた夫妻は、最後は子フェンの魅力にとりつかれたように名残惜しそうな目で馬車に繋がれる子フェンたちを見ていた。可愛いからね。でもちゃんと返さないとサウスさんの活力がなくなるから。
ガーッとすごい勢いで走る馬車は、揺れも少なくかなり快適だった。
「そういえば兄さん、新年の祝いでなんかしようとしてる?」
ふと思い出してそう訊くと、兄さんはフッと口角を上げた。
「領地分譲手続きって、内容で揉めていなければ、王子の責務で行われる手続きなんだよ。ニール殿下がもしまだ王位継承権を持っているなら、陛下や第一王子殿下に邪魔されずに領地の受け渡しができるはずだよ」
流石王宮で働いていた兄さんは、そういう書類の流れ着く先がどこか、詳しかった。
王子責務ってことは、ニール殿下にはんこをもらえばオッケーってことか。
「俺、領地分譲の書類を出したら陛下が税を上げるとか言ってくるかもとか覚悟してたよ」
「ああ、陛下と閣下の約束事はグラシエール領のことだからね。でもねマーレ、たしか取り交わされた書類は、明確にどこからどこまで、とは書かれていないんだよ。森を開拓すればそれはグラシエール領の土地になるからってそこら辺を閣下はぼかしたはず。陛下もそうそうそんな貧しい土地が開拓できるとは思えなかったからそれで了承したはずだよ。前に税のことで揉めてたときに税務部の人からそう聞いたんだ」
「うわ、それ聞いちゃうとやっぱり陛下はあの王子の親だなって思うよね……でも今回はそれでラッキーって感じなのが悔しい」
「マーレがグラシエール領とその周辺を富ませればいいんだよ」
ニコニコと簡単そうに言う兄さんをじろりと睨んで、でもそうかと思い直す。
後でちゃんと契約書を見せてもらって、新年の祝いのときに対策を練ろうかな。どこまでを組み込めばいいかも相談しないとだしね。
「さっき範囲だけでも決めちゃえば良かったのに」
「グラシエール領はいいけれど、ベルラッド領が領地分割で収入を得たと見なされたらその分また税として支払わないといけないんだよ。でも、今ベルラッド侯爵領ではそんな余裕はないよね。新年明けてからの領土決定と分割を決めれば、少なくとも一年は猶予ができるんだよ。それにね、新年の祝いで魔物が出ても中央からの援助及び救援は来なかったと強く言えばもっとこっちの有利になるんだよ」
「なるほど」
それで逆に王家からむしり取るわけだね。兄さん最高。
兄さんと二人でニヤリと笑うと、フェンリル様が楽しそうに声を上げて笑った。
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