42 / 47
41、ベルラッド侯爵夫妻との面会
しおりを挟む
ベルラッド侯爵はその書類をその場で読んで、フー……と重い溜息を吐いた。
「……もしこの冬を領民が乗り切れなかったら、グラシエール公爵閣下に願い出ようと思ったことがありました」
手にしていた書類をテーブルに丁寧に置くと、ベルラッド侯爵はそう切り出した。隣に寄り添っている侯爵夫人は青い顔をしながらもしっかりと侯爵の腕を支えている。強いな、と思った。そして、アラン様の見立て通り、この二人はいい人だ。
ベルラッド侯爵は侯爵夫人の手にしっかりと自分の手を重ねてから、頭を下げた。
「グラシエール公爵領に近い、森で分断されている土地を、グラシエール領に組み込んでもらおうと思います。我々では、もう管理は難しく……けれど今まではグラシエール領もさらに厳しかったため、願い出ることも出来ませんでした。けれど、今はグラシエール公爵御夫君がおられる。であれば、もう我々の手を離れてもいいのでは、と」
確かに、アラン様の領が貧しかったときに言い出されても難しくて、頷けない内容だった。けれど、今の言葉は人手が欲しい俺たちにとっては喉から手が出る程嬉しい提案で。
目を輝かせていると、兄さんが口を開いた。
「領地の分割は、王家からの許可を得ないと動かすことのできない分野です。引き受けたいとは思いますが、こればかりはすぐに返事をするわけにはいきません。難民となった彼らは私たちの領で引き受けたので、そのまま希望を聞きたいと思いますが、そうですね……新年の王家主催のパーティーには出席しますよね」
「はい、それは出るのが義務ですので……ただ、王弟派と呼ばれる我々はご挨拶を申し上げたら早々に領地に帰ってきますが……」
兄さんの問いに、ベルラッド侯爵は一応頷いた。
あの陛下が大きな顔をしている場所は確かにアラン様派の人達には肩身が狭いよね。
思い出す忌々しい顔に、出そうになる溜息を必死で呑み込む。
「その場で、領地分割の話をいたしましょう。王家を踏まえて。我々の方で手配しておきます」
「わかりました。よろしくお願いいたします。我々は、たとえ冷遇されようとも、グラシエール公爵閣下が良いようにしていただければ、それほど喜ばしいことはありません。閣下が王宮を出てからずっと支えようと思っておりましたが、我々の方が閣下に支えていただいていて……本当に、御夫君が来て下さったこと、感に堪えません」
「そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。俺が押しかけ妻をしたようなものなので」
本当に、アラン様の言葉は信用できる。この人たちはずっとここでアラン様を支えてくれていたんだ。けれど地力が少なく、伝手も少なかったため、共倒れになるかもしれなかったんだ。
チラリと兄さんとフェンリル様を見ると、フェンリル様は来るときに馬車の中で言っていた言葉を実行する気は無くなっているみたいだった。あの尻の毛までむしってしまえってヤツ。むしろむしるべきは王都にいる王家の人間かな。なんて思ったり。
兄さんはいつもの顔をしていたので、多分ベルラッド侯爵の進退も色々と考えているみたいだった。俺はあんまりいい案は思い浮かばないから、ここは兄さんにお任せしよう。むしろ土地を改良とかそういうのなら得意なんだけどなあ。
難民の保護の書類を取り交わした俺は、子フェンを遊ばせてくれたお礼を侯爵夫妻に渡して、帰路に着いた。
話し合い中に飛び出していった子フェンたちは、あらかたの魔物を蹴散らしてすっきりして帰ってきたらしい。久々に暴れられてとても満足したとにっこにこだった。
小さなくるんとした尻尾をぶんぶん振って侯爵夫妻の足にすり寄っていった子フェンたちを一通り撫でた夫妻は、最後は子フェンの魅力にとりつかれたように名残惜しそうな目で馬車に繋がれる子フェンたちを見ていた。可愛いからね。でもちゃんと返さないとサウスさんの活力がなくなるから。
ガーッとすごい勢いで走る馬車は、揺れも少なくかなり快適だった。
「そういえば兄さん、新年の祝いでなんかしようとしてる?」
ふと思い出してそう訊くと、兄さんはフッと口角を上げた。
「領地分譲手続きって、内容で揉めていなければ、王子の責務で行われる手続きなんだよ。ニール殿下がもしまだ王位継承権を持っているなら、陛下や第一王子殿下に邪魔されずに領地の受け渡しができるはずだよ」
流石王宮で働いていた兄さんは、そういう書類の流れ着く先がどこか、詳しかった。
王子責務ってことは、ニール殿下にはんこをもらえばオッケーってことか。
「俺、領地分譲の書類を出したら陛下が税を上げるとか言ってくるかもとか覚悟してたよ」
「ああ、陛下と閣下の約束事はグラシエール領のことだからね。でもねマーレ、たしか取り交わされた書類は、明確にどこからどこまで、とは書かれていないんだよ。森を開拓すればそれはグラシエール領の土地になるからってそこら辺を閣下はぼかしたはず。陛下もそうそうそんな貧しい土地が開拓できるとは思えなかったからそれで了承したはずだよ。前に税のことで揉めてたときに税務部の人からそう聞いたんだ」
「うわ、それ聞いちゃうとやっぱり陛下はあの王子の親だなって思うよね……でも今回はそれでラッキーって感じなのが悔しい」
「マーレがグラシエール領とその周辺を富ませればいいんだよ」
ニコニコと簡単そうに言う兄さんをじろりと睨んで、でもそうかと思い直す。
後でちゃんと契約書を見せてもらって、新年の祝いのときに対策を練ろうかな。どこまでを組み込めばいいかも相談しないとだしね。
「さっき範囲だけでも決めちゃえば良かったのに」
「グラシエール領はいいけれど、ベルラッド領が領地分割で収入を得たと見なされたらその分また税として支払わないといけないんだよ。でも、今ベルラッド侯爵領ではそんな余裕はないよね。新年明けてからの領土決定と分割を決めれば、少なくとも一年は猶予ができるんだよ。それにね、新年の祝いで魔物が出ても中央からの援助及び救援は来なかったと強く言えばもっとこっちの有利になるんだよ」
「なるほど」
それで逆に王家からむしり取るわけだね。兄さん最高。
兄さんと二人でニヤリと笑うと、フェンリル様が楽しそうに声を上げて笑った。
「……もしこの冬を領民が乗り切れなかったら、グラシエール公爵閣下に願い出ようと思ったことがありました」
手にしていた書類をテーブルに丁寧に置くと、ベルラッド侯爵はそう切り出した。隣に寄り添っている侯爵夫人は青い顔をしながらもしっかりと侯爵の腕を支えている。強いな、と思った。そして、アラン様の見立て通り、この二人はいい人だ。
ベルラッド侯爵は侯爵夫人の手にしっかりと自分の手を重ねてから、頭を下げた。
「グラシエール公爵領に近い、森で分断されている土地を、グラシエール領に組み込んでもらおうと思います。我々では、もう管理は難しく……けれど今まではグラシエール領もさらに厳しかったため、願い出ることも出来ませんでした。けれど、今はグラシエール公爵御夫君がおられる。であれば、もう我々の手を離れてもいいのでは、と」
確かに、アラン様の領が貧しかったときに言い出されても難しくて、頷けない内容だった。けれど、今の言葉は人手が欲しい俺たちにとっては喉から手が出る程嬉しい提案で。
目を輝かせていると、兄さんが口を開いた。
「領地の分割は、王家からの許可を得ないと動かすことのできない分野です。引き受けたいとは思いますが、こればかりはすぐに返事をするわけにはいきません。難民となった彼らは私たちの領で引き受けたので、そのまま希望を聞きたいと思いますが、そうですね……新年の王家主催のパーティーには出席しますよね」
「はい、それは出るのが義務ですので……ただ、王弟派と呼ばれる我々はご挨拶を申し上げたら早々に領地に帰ってきますが……」
兄さんの問いに、ベルラッド侯爵は一応頷いた。
あの陛下が大きな顔をしている場所は確かにアラン様派の人達には肩身が狭いよね。
思い出す忌々しい顔に、出そうになる溜息を必死で呑み込む。
「その場で、領地分割の話をいたしましょう。王家を踏まえて。我々の方で手配しておきます」
「わかりました。よろしくお願いいたします。我々は、たとえ冷遇されようとも、グラシエール公爵閣下が良いようにしていただければ、それほど喜ばしいことはありません。閣下が王宮を出てからずっと支えようと思っておりましたが、我々の方が閣下に支えていただいていて……本当に、御夫君が来て下さったこと、感に堪えません」
「そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。俺が押しかけ妻をしたようなものなので」
本当に、アラン様の言葉は信用できる。この人たちはずっとここでアラン様を支えてくれていたんだ。けれど地力が少なく、伝手も少なかったため、共倒れになるかもしれなかったんだ。
チラリと兄さんとフェンリル様を見ると、フェンリル様は来るときに馬車の中で言っていた言葉を実行する気は無くなっているみたいだった。あの尻の毛までむしってしまえってヤツ。むしろむしるべきは王都にいる王家の人間かな。なんて思ったり。
兄さんはいつもの顔をしていたので、多分ベルラッド侯爵の進退も色々と考えているみたいだった。俺はあんまりいい案は思い浮かばないから、ここは兄さんにお任せしよう。むしろ土地を改良とかそういうのなら得意なんだけどなあ。
難民の保護の書類を取り交わした俺は、子フェンを遊ばせてくれたお礼を侯爵夫妻に渡して、帰路に着いた。
話し合い中に飛び出していった子フェンたちは、あらかたの魔物を蹴散らしてすっきりして帰ってきたらしい。久々に暴れられてとても満足したとにっこにこだった。
小さなくるんとした尻尾をぶんぶん振って侯爵夫妻の足にすり寄っていった子フェンたちを一通り撫でた夫妻は、最後は子フェンの魅力にとりつかれたように名残惜しそうな目で馬車に繋がれる子フェンたちを見ていた。可愛いからね。でもちゃんと返さないとサウスさんの活力がなくなるから。
ガーッとすごい勢いで走る馬車は、揺れも少なくかなり快適だった。
「そういえば兄さん、新年の祝いでなんかしようとしてる?」
ふと思い出してそう訊くと、兄さんはフッと口角を上げた。
「領地分譲手続きって、内容で揉めていなければ、王子の責務で行われる手続きなんだよ。ニール殿下がもしまだ王位継承権を持っているなら、陛下や第一王子殿下に邪魔されずに領地の受け渡しができるはずだよ」
流石王宮で働いていた兄さんは、そういう書類の流れ着く先がどこか、詳しかった。
王子責務ってことは、ニール殿下にはんこをもらえばオッケーってことか。
「俺、領地分譲の書類を出したら陛下が税を上げるとか言ってくるかもとか覚悟してたよ」
「ああ、陛下と閣下の約束事はグラシエール領のことだからね。でもねマーレ、たしか取り交わされた書類は、明確にどこからどこまで、とは書かれていないんだよ。森を開拓すればそれはグラシエール領の土地になるからってそこら辺を閣下はぼかしたはず。陛下もそうそうそんな貧しい土地が開拓できるとは思えなかったからそれで了承したはずだよ。前に税のことで揉めてたときに税務部の人からそう聞いたんだ」
「うわ、それ聞いちゃうとやっぱり陛下はあの王子の親だなって思うよね……でも今回はそれでラッキーって感じなのが悔しい」
「マーレがグラシエール領とその周辺を富ませればいいんだよ」
ニコニコと簡単そうに言う兄さんをじろりと睨んで、でもそうかと思い直す。
後でちゃんと契約書を見せてもらって、新年の祝いのときに対策を練ろうかな。どこまでを組み込めばいいかも相談しないとだしね。
「さっき範囲だけでも決めちゃえば良かったのに」
「グラシエール領はいいけれど、ベルラッド領が領地分割で収入を得たと見なされたらその分また税として支払わないといけないんだよ。でも、今ベルラッド侯爵領ではそんな余裕はないよね。新年明けてからの領土決定と分割を決めれば、少なくとも一年は猶予ができるんだよ。それにね、新年の祝いで魔物が出ても中央からの援助及び救援は来なかったと強く言えばもっとこっちの有利になるんだよ」
「なるほど」
それで逆に王家からむしり取るわけだね。兄さん最高。
兄さんと二人でニヤリと笑うと、フェンリル様が楽しそうに声を上げて笑った。
556
お気に入りに追加
3,349
あなたにおすすめの小説

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる