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39、ベルラッド領へ出発
しおりを挟む次の日、俺はつやつやの肌で兄さんとフェンリル様と共に子フェンの引く馬車に揺られていた。
アラン様は心配そうに俺たちが見えなくなるまで見送ってくれたけれど、心配する要素がなさ過ぎると思う。
子フェンだって二匹もいるんだから。
「ああでも、色々と話の内容を交渉する前に魔獣を倒し切っちゃったら交渉難しくなるかな」
「有無を言わさず尻の毛までむしればいい」
「流石にそれは惨いですよフェン」
フェンリル様はカッカッカと笑い、兄さんはそんなフェンリル様に苦笑していた。
自領の民が逃げるほどになるまで放っておくのは、流石にどうかと思う。
魔物だって腕の立つ傭兵とか雇えば駆除することも出来るだろうし、色々と予防する道具なんかも出回っている。
グラシエール領だって魔物は出るけれど、そこまで強い魔物じゃなければ、若い村人数名いれば討伐だって出来ないことはない。ここら辺の脅威は魔物よりも寒さだから。魔物だって気温が低いとあまり活発化しないと言われているし、寒さに強い魔物以外はこっちの地にはいないと親方も前に言ってた気がする。
だったら、なんで隣の領に魔物の大群、それこそ村一つを潰すほどの魔物が出たんだろう。
「やっぱりこのままにしてたらうちにも来そうだしなあ。放っとけないよな。アラン様はベルラッド侯爵は悪い人じゃないって言ってたし。むしろ一緒に苦労しているという想いのほうが強いって。だからこそフェンリル様まで出していいって言ってくれたんだよね」
「……まあ、あそこと似たような情勢だったら、確かに魔物が集まったらどうしようもないな……」
「あの方は、苦労人というイメージがあるね」
フェンリル様も腕を組んでううむと唸る。兄さんは夜会で挨拶をしたことがあるらしい。純朴な人柄という印象だって。兄さんが言うならそれは多分正しい。
いやなやつだったりアラン様に敵対してたのなら遠慮なくぼったくるんだけどね。皆が悪い人じゃないっていうなら、やっぱりここは貸しを作る一択だね。
「とりあえずは魔物に会ったら蹴散らす方向で、かなあ。うちに来られたらやだし」
「魔物退治なら任せとけ。交渉はメルが受け持つから」
魔物退治に関しては全く心配はしてないんだけどね。
窓の外を見れば、どこまでも草ボウボウな草原が続いていた。見る限り魔物はいない。
あまり行き来もしていない道なので、ほぼ草原に埋もれていて、これは流石に他の馬車で通りたいとは思わなかった。こんな中をあの人たちは歩いてきたのか。心安まる間もなく。
「よく逃げ切れたよね」
窓の外を覗きながら呟けば、兄さんが「そうだね」と穏やかな声で相槌を打ってくれた。
草原からだんだんと木が増えていき、林が目立ち始める。
ここら辺は村もなく、人の営みの気配はない。
関所のようなものは設置しておらず、領間の通行税などは設置していないらしい。そんなものを取れば誰も行き来しなくなるから。そうでなくても貧しい村の農民が殆どだから。
「あーでも、魔物退治よりも王宮に行くのが億劫すぎる……」
俺の呟きに、兄さんがフッと笑った。
そういえば兄さんは今年は新年のパーティーに行かないんだった。だいぶ羨ましい。
「マーレはしっかりと陛下に釘を刺しておいで。こちらは私とフェンで必ず守るから」
「そこら辺は心配してないって。騎士団ができた安心感すごいよね」
「フェンが騎士団長だから大抵のことは突っぱねられるからね。ああ、それと、ニール殿下をどうしようかと思ったんだけど……」
「殿下、なんか言ってた?」
殿下の話題が出たので、顔を窓から室内に戻す。
兄さんが困った顔をしていないので、ニール殿下が何かを起こしたわけではないらしい。
「殿下が新年のパーティーに出るなら、騎士団として二人の専属騎士として出るって。それ以外だったら、まだ未熟だから浮かれた気持ちを捨てるため、出席は見合わせますって言っていたんだ」
「そっか……」
どうやらニール殿下は里心は付かなかったらしい。むしろ王宮に近寄りたくない雰囲気っぽいな。
俺たちの専属騎士ってことは、王族として参加はしないってことか。
どうしたもんかね、と首を捻るとフェンリル様がフンと鼻を鳴らした。
「好きにさせてやりゃあいい。あいつはこれからいい方に伸びるやつだからな。何なら俺の名前を使ってもいい。まだまだ未熟だから俺にしごかれてるってよ」
「そのほうがいいね。陛下が何か文句を言ってきたら、預けたのはそっちだって言っとけばいいか」
よしそれでいこう、と頷いたところで、オニキスが『マモノガイル-』と声を掛けてきた。
『コノママヤッツケルー』
『バシャデヒクー』
相変わらず馬車は快走している。
確かに強度バッチリなこの馬車は、小ぶりの魔物を轢くくらいわけないけれど。
窓から外に目を向けると、ほんの少しの振動と共に黒い何かが跳ね飛ばされるのが見えた。
「本当に轢きやがったな。マーレ。子フェンはのびのび育っているようだな」
「そりゃあもう。なにせ子フェン全肯定のサウスさんが飼育係だから」
そんな話をしている間にも、黒い塊がいくつか飛んで行く。
「……停まって対処しなくても大丈夫そうですね」
「馬車が壊れない限りはな。少なくとも、この馬車以外でこれをしたらもうそろそろバラバラになるところだぞ」
フェンリル様が呆れたような視線を俺に向ける。
俺はただ快適仕様を目指していただけなのに。親方力作の馬車の暖房も素晴らしいしね。
「でもなぁ、この馬車の技術を売り出すのは無理だからな……とりあえずはやっぱり酒蔵かな……」
きっと設計図はいい値段で売れると思う。けれど、作れるのは今のところノームたちだけだから。
むしろ馬車を特別受注生産すれば、だいぶ財政も潤うかもしれない。
まあ、それも移住が落ち着いてからだな。
『イナクナッタヨ-』
「よくやった」
『ワーイホメラレター』
子フェンの声に、フェンリル様がねぎらうと、子フェンたちは喜んでさらにスピードを上げた。
森の中なので道の状態は良くない。
うちの領はだいぶ道の整備をしたから余計に道の状態の悪さがわかる。
「子フェンたちのおかげで今日中に領主館に着きそうだね」
兄さんが持ってきた毛布を身体に巻き付けながら呟く。
着くといいねと答えながら、俺はベルラッド侯爵領の資料を思い出していた。
俺はベルラッド侯爵に会ったことがない。
兄さんは夜会で何度か顔を見たことがあるらしい。
ベルラッド領もこの国最北のグラシエール領よりは雪の量が少ないけれど、それでも雪の季節を乗り切るのが難しい場所の一つで、作物類があまり育たない。そして特筆した特産物などもない。ベルラッド侯爵夫人が資産家の伯爵家から嫁いで来たので、細々と支援をしてもらっているらしい。
その伯爵家は商才がある血筋らしく、領地自体はとても小さいのに伯爵家が運営する商会はかなり大手で、そこで財を築いているようだった。うちの領に細々ときてくれる商会は、実はこの伯爵家の商会の系列で、隣のベルラッド侯爵領に来るついでに来てくれている。
今うちの領から算出される酒と鉱石はこっそり伯父さんの領を通して売っているけれど、そのうちうちに来てくれる商会とももっと大々的に取引できればいいのに。
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