平凡次男は平和主義に非ず

朝陽天満

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36,視察中のハプニング

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 北の地で収穫を手伝い、その実りを村の中心で調理し、皆で豊穣を祝う。
 俺とアラン様もその輪に交ざって、今日収穫したばかりの作物を使った料理をご馳走になった。
 芋の汁や麦のパン、近くの森で獲れる獣の肉はこの地にとってとても贅沢品だ。
 麦はパンにする前に税として出さないといけないから。主食は芋のほうなんだ。
 けれど、今年はノームたちがあらゆる村に出張して、畑に土の魔法を掛けたので、いつもより二割増しで収穫できているらしい。
 雪の季節の食料もなんとかなったと、村の者たちは笑顔を浮かべていた。

「本当であればこの村を放棄して領都に合併されるべきなのはわかっているのですが……やはり生まれ育った場所で一生を終えたいのですわ」
 
 村長は芋汁を啜りながら、楽しそうに鍋の中身をよそっている村人たちを目を細めて見ている。
 アラン様も同じように芋汁を口にして、「そうだな」と口角を上げた。

「むしろ、この村はこれから重要になる。外から人が来たら、この村を中心に集めることになると思う。その時は頼む」
「……ここが、重要に……?」

 アラン様の言葉に、村長が驚いた様な声を上げた。
 今までずっと寂れたカツカツの状態でなんとか村という体裁を保っていた場所だから、そんなことを言われるとは思っていなかったみたいだ。

「そう。ここがいいんだ。聖山に一番近く、領都からもそこまで離れていないから。何年も先だけど、ここに大きな第二の街を作りたいんだ。そして、領都と大きな舗装された道で繋ぎたい」

 アラン様のすぐ隣に座っていた俺が口を挟むと、村長はしばらく何かを考えるように目を瞑り、そしてゆっくりと頷いた。

「マーレ様がそうおっしゃるのであれば、きっとここはとても大きな街となることでしょう。わしも生きてその都を見てみたいものです」
「人が来れば数年で実現できるんだけどね。村長さんには頑張って移住して来た人をまとめて貰わないと」
「わしには荷が重くありませんかの……?」

 少しだけ困ったような顔をして、村長さんがチラリとアラン様に視線を向けると、アラン様は鷹揚に頷いた。

 すべての収穫を見届けることなく、俺たちは次の村に向かった。
 馬車の中で、村の様子を手元の紙に書き入れて、頷く。今の村が鉱山を取りまとめ、領都への橋渡しするのに一番丁度いい位置にあった。畑とは反対側に大きな道を作れば、作物も今のまま育てられる。
 この紙には、村の見取り図が書かれていて、その周辺の地形も親方監修の元書き入れている。正確な地図だ。
 ブツブツと独り言を呟きながら、計画している事柄を書き入れていく。

「河付近に大きめの壁を作って、道は広く……」
「その川付近は斜傾がきつい場所があるから、大きな道は少しこう、緩やかに内側にした方が危なげない」

 目の前から手が伸びてきて、アラン様が指で指し示す。

「なるほど。斜傾かぁ。考えてなかった。家建てるにも少し工夫が必要になりますね。でも街の規模にするなら、どれくらい人が必要になるか……それが問題」
「北に自ら来る者たちは一癖も二癖もある者が多いからな。街とするなら、騎士団も作らないといけない」
「何が足りないって、ここで一番足りないのは人ですね……」
「そうだな。けれどマーレが来てからは少しずつ南に出ていってしまう者が減ったんだぞ」
「そうなんですね。じゃあ俺の名前でも兄さんの名前でもニール殿下の名前でも何でも使ってここに人を呼びましょうか」
 
 きっと俺たちの名前を使えば、つられて来る人の一人や二人いそうだし、と拳を握れば、アラン様は笑いながらほどほどにな、と自分の書類に視線を戻した。
 そんな感じで穏やかに村巡回は順調に進んだ。
 
 そして、隣の領との境目にさしかかったところで、道ばたに踞る人達を発見した。
 皆痩せ細って、これから雪の季節に差し掛かるというのにまともな上着も着ていない人が十数人ほど。中には子供も数人いる。
 小さな子供がよろよろと道に飛び出してきて、馬車を引いていたオニキスが子供の服を口に咥えることで難を逃れていた。これが馬だったら蹴られて馬車に轢かれて終わりだったよ。無事でよかった。
 ほっとしながら、止まった馬車からアラン様と共に降りていく。
 戦々恐々とした顔で俺たちを見上げる人達は、初めて見る顔ぶれだった。

「お前たちは、ベルラッド侯爵領の者たちか?」

 アラン様の言葉に、ボロボロの人達が頷く。
 ベルラッド侯爵領とは、ここグラシエール公爵領のすぐ隣にあり、ここと似たような気候の場所だ。ベルラッド侯爵もまたかなりの苦労人で、頑張ってもなかなか貧困から抜け出せない状態だ。
 その状態に耐えられなくて、とうとうこっちに逃げてきたようだった。

「どうか……見逃してください……もう食べるものもなく……」

 一番年上と見られる老人が深々と頭を下げる。それを支えるように隣に寄り添う青年も、疲れ切った顔をしていた。

「逃げ出すほどにベルラッド侯爵領が荒れているとは聞いていないが……」
「実は……」

 老人に寄り添った青年の話によると、この領の境からほど近い貧村に、魔獣が出てしまったらしい。侯爵に助けを求めるも、侯爵も村一つを救うほどの力がなく、捨て置かれていたんだそうだ。傭兵ギルドに申し込めばいいとだけ言われて、頼む金もない村人たちはどうしようもなく、村を捨てて逃げ出したらしい。それが数日前。
 魔獣は畑を食い荒らして満足していたので、その隙に村を出たんだそうだ。侯爵領都への道は魔獣の住処になってしまったので、こちら側にしか逃げることも出来ず、ここまで来て力尽きてしまっていたらしい。
 その話を聞いて、アラン様と俺は顔を見合わせた。
 もうそろそろ雪もちらつく。そんな中子供連れで村から逃げだすなんて、無謀もいいところだ。けれどきっと村に留まっていたら魔獣の腹の中に一人また一人と消えて行くしかないんだろう。

「……まずは、その身柄をこちらの領で預かろう。ベルラッド侯爵には連絡をする。それまではとにかく身体を休めることだ」
 
 アラン様は溜息を呑み込みながら、物資の入っていた荷馬車を一台空けた。
 その一台に隣領の村人全員を詰め込んで、ラズリを繋いだ。

「ラズリ。この者たちを領都の騎士団本部まで連れて行ってくれ。フェンリル殿にお願いしよう。ベルラッド侯爵と連絡が付いたら、その後の話し合いの場を設ける」
『ワカッタ! イマフェンリルサマニツタエタ!』
「……もう伝えたのか?」
『ツタエタ! ネンワベンリ! ラズリベンリ!』
「……ラズリは優秀だな。ありがとう。頼んだぞ」
『ハイ!』
 
 ぴょんぴょん跳びはねながら喜ぶラズリを、他の二匹が「いいなあ」という顔で見ている。御者台にはゴウドさんの右腕の人が座ることになった。
 身を寄せ合っていた人達は、馬車に乗りながら涙を流してアラン様にお礼をしていた。
 助かった、これで生きていける、食われなくて済む、という人々の呟きを拾ってしまった俺は、どうせならあの人たちもこの領に移住してくれないかな、なんて思いながら走り出す馬車に手を振った。
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