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33、第二王子のその後

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 結局のところ、第二王子は降参した。
 フェンリル様相手に大分長時間粘ったけれど、最後は流石に気力だけでは体力が追い付かなかったようだ。それでも馬車の旅のすぐ後に勝負して、二時間ぶっ続けでフェンリル様にかかっていった第二王子はだいぶ頑張ったと思う。
 立ち上がれなくなった時ですら、第二王子の視線は真っすぐフェンリル様を見据えていて、フェンリル様も第二王子の粘り強さを認めざるを得なかった。もちろん一兵卒と同等の待遇だけど、北で身元を引き受けることになった。
 先程の部屋に戻ると、王子は黙々と部屋の片づけを始め、心配そうに付いていてくれた人に食事時間や食堂、活動の時間などを率先して聞いていた。
 一兵卒の部屋は結構狭く、ベッドと机とちょっとしたスペースがある程度。そこに思い思いの衣装入れを置いて部屋を使っている。ゴウドさんに言わせれば個室があるだけいい方なんだそうだけれど。
 一日くらいはと様子を見ていたけれど、その後は文句を言うでもなく、同じような歳の人たちとぎこちなく話をしながら普通に支給されるご飯を食べ、皆と大きな風呂に浸かっていた。
 安心して領事館に戻って来た俺たちは、書類を整えるために一緒に来て貰ったフェンリル様と兄さんと共に、応接室で向き合った。
 手にはグラス。もう夜も更けたので、仕事は終わりということにしよう、とアラン様も誘っている。

「それにしても、いきなりの申し出を受けていただき、ありがたく思う」
「いいってことよ。ここに来たかったんだよなあ。気候はいいし、酒は美味い。その酒を守るためにここに来るってのもなかなか面白い。メルは寒いの苦手だと言っていたが、マーレがいるから暖房も最新式だと言ったら問題なく頷いてくれたからな」
「フェンが来たいというのを断ることを私が出来るとでも?」

 フワッと笑う兄さんは、久しぶりに見てもとても美人で、どうしてアラン様は俺がいいと言ってくれたのか純粋に気になった。
 ちらりと横を見れば、いつもと同じ様子のアラン様がいる。
 普通俺たちがいれば、皆が兄さんに視線を奪われるんだけどね。
 酒を舐めながらアラン様を見ていると、アラン様が俺の視線に気付いたのか、こっちを向いて、表情を緩めた。その顔を見て、ああ、好きだな、と思う。つられるように俺も笑えば、フェンリル様が笑い声をあげた。

「それにしても今の王家はどうも愚かなやつらが多いな」
「どうしてそう思うか訊いてもよろしいか」

 フェンリル様の言葉に、アラン様が反応する。
 でも俺も同じことを思ってるよ。今日の第二王子を見ていると本当にそう思う。
 
「あいつら、上のをそのままに下の王子をこっちによこしやがっただろ。ありゃあ腐った性根を直す気がない証拠だな。下の王子はまあ、及第点だ。なかなかに骨のある奴みたいだから俺が可愛がってやるけどよ」

 ぐいっとグラスを仰いで、追加の酒を自分で次ぐと、フェンリル様は更にそのグラスもすぐにからにして、「やっぱうめえな」と頬を緩ませた。

「上のはダメだな。側近がメルにちょっかい出して俺が何度注意しようとも口だけで碌に対処もしねえ。自分は何もしてねえような顔をして、メルが困っているところを助けようと画策する。下のはそんな上の奴にずっと押さえつけられて、反旗を翻そうとマーレを手中に収めようと頑張ってここに跳ばされた口だな」

 やっていたことは俺を口説くだけ。強引な手に出ることもないし、既に第一王子が卒業したからか、学園内ではそれなりに楽しそうにのびのび活動していたらしい。ネーベルにちょっかい出すわけでもないし。
 第一王子が大分うまく行動していたので、ちょっとだけ直情型の第二王子が落ちこぼれのレッテルを王宮内で貼られていて、それを見返したくて俺を手中に収めようとしていたっていうのが実際の所らしいんだけど。
 フェンリル様にコテンパンにされて、何かが吹っ切れたんだろうな。

「まあ、様子見だな」

 これからが楽しみだ、と笑うフェンリル様に、王宮との鬱屈などはないようでホッとした。これ、第一王子がここに更迭されてきていたりしたら嬉々として今までのあれやこれやをぶつけていたかもしれないよね。



 一週間後、第二王子は、すっかり元傭兵たちの騎士団に馴染んでいた。
 笑顔が絶えず、フェンリル様にしごかれながら下っ端の仕事も文句も言わずにこなす。豪華ではない食事に文句も言わず、美味いと食べる。そして、自分が王子であることなど忘れたかのように、皆と肩を組んで酒を酌み交わしている。
 俺が砦に顔を出すと、少しだけ気まずそうに顔を顰めた王子は、俺の立場が上だとでもいう様に頭を下げた。

「どうですか、殿下。砦の生活は」

 俺の質問に、第二王子は少しだけ考えてから、周りの新米騎士たちに視線を向けてから口を開いた。

「今まで、このように楽しいと思ったことは、なかったように思う。何より、フェンリル様に稽古をつけていただいて、日に日に自分が強くなるのがわかるのが嬉しい。それと、兄と私を比べることなく、まるで友人のように話をしてくれるここの者たちがとても得難いものだと思う」
「それはよかったです」

 本心からそう言うと、第二王子は少し視線を外してから、もう一度真っすぐ俺を見た。

「学園でのこと、申し訳なかった」
「いいです。本心からじゃないのは知ってましたから」
「それはそれで心に来るものがあるな……」

 そうだろうね、と溜め息を吐く第二王子を見ると、周りの人たちは「こいつフラれたのか」と勘違いをして慰め始めた。

「そりゃマーレ様はすっげえ頼りになるけどよ。アラン様の伴侶だぞ。諦めろよ」
「そうだぞ。傭兵だった俺らを正式な騎士として雇ってくれたのもこの砦を作ってくれたのもマーレ様だから最高だと思うけど、アラン様の伴侶だから見込みねえぞ。諦めろよ」
「王都にいた時からアラン様とは文通してたらしいし、諦めろよ」
「アラン様溺愛してるから、諦めろよ」

 次々背中をポンポン叩きながらそんなことを言う人たちは、自分が今叩いているのがこの国の第二王子だってわかってるんだろうか。

「煩い! 諦めるとかそういうんじゃない! 違うんだ! 私はマーレ殿には惚れてない! 私の好みはどちらかというともっと美人で……」
「メルみたいな顔か?」

 いきなり王子の肩にぐい、と腕を回したのは、ニヤリと悪い顔で笑っているフェンリル様。真横に牙が見えて、王子もビクッと身体を震わせた。

「ち、ちが、違います。メルクリオ殿も確かに美人だけど、そういう気持ちは一切ないので」
「だろうな。俺の番にちょっかい出そうってやつはここの土地にはいないと思うが」

 食堂の入り口では、兄さんが苦笑しながら立っている。
 王子の肩にフェンリル様の腕が回っているけれど、許容範囲らしい。心が広いな。と思ったら、フェンリル様を見る目は笑っていなかった。あれは怒っている時の目だ。多分この肩を組むのがダメなのかもしれない。
 そっと兄さんから視線を外し、その場を後にする。
 給料だって王子さまのお小遣いからすれば雀の涙だけれど、ここはお小遣いを使うような場所もまだないから、問題はないだろう。

「そっか。安定したら娯楽施設か」

 でもそれはまだまだ先になるんだろうな、と溜め息を呑み込みながら食堂を後にする。
 馬車でアラン様の元に帰りながら、外の景色を見た。
 俺がここに来た時は、もっと荒れ地と雪しかない景色が広がっていた。
 けれど、今は建物立ち並び、遠くには農地が広がっている。
 また来年も村の移動を手伝いながら、今度は鉱山の方にも力を入れていく。
 村人を移動させて廃村となった場所は建物を取り壊し、魔物が住みつかないように注意して、そのうちちゃんと領地の隅々まで潤うといいなと道端で話をする領民を見ながら思う。
 領民たちの顔は、去年よりも輝いており、楽し気な声も聞こえてくる。
 アラン様はこの領民たちの姿を見て、どう思っただろう。
 少しはアラン様の力になれたんだろうか。
 
「早く顔見たいなあ……」

 小さな独り言は、どうやら馬車を引いていたオニキスに聞かれていたらしく、そこから馬車のスピードが速くなった。

 アラン様は執務室で仕事をしていた。
 ひょこッと顔を出した俺を見ると、厳しい顔つきをフッと緩めて、笑みを浮かべる。

「ニールはどうだった?」
「馴染んでました。おいておいても大丈夫じゃないですかね」
「そうか……よかった」
 
 ホッと息を吐くアラン様は、なんだかんだで甥っ子が可愛いらしい。こっちに来る前に遊んであげた第二王子はその時まだ二歳。おじたんおじたんと甘えて来てとても可愛かったんだとか。

「確かに、そんなチビに懐かれたら可愛いですよね……あ、でもアラン様は第一王子殿下の方には大分塩対応ですよね」
「そうだな……マーレを連れ込んでも悪びれないリヒトを見ていると、兄陛下を見ているようでな……さすがにあれだけ性格が似ているとどうも寛大にはなれないようだ。私もまだまだだな」
「いいんじゃないですか。俺がもし同じようなことをされたら腹立ちまぎれにノームにお願いして城破壊くらいしますし」
「破壊か……想像すると胸が空くな」
「でしょ。またなんかあったら俺が城破壊してきますね」

 にこやかに言えば、アラン様は声を出して笑った。

「マーレが言うと本当に聞こえるな。たしかにノームたちに頼めば城を粉々にするなどわけないだろうな。そうだな。その時は頼む……ないと思うが」
「どうかなぁ」

 つられて笑いながらそう答えると、更にアラン様の笑みが深くなった。

 
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