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32、少しだけ見直した

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「後ろの人達、この荷物は送り返すから、馬車に運びなさい」

 俺の言葉に、第二王子の後ろにいた従者たちはオロオロするばかりだった。
 そこへひょいとゴウドさんが顔を出した。

「お、マーレ様、そいつが新入りですね。後ろの奴らはどうします?」
「どうしよう。殿下、従者がいないと何も出来なかったりします?」
「私を見くびるな! それよりもそいつは騎士団員だろう! 騎士団長に対する不敬だ!」

 ようやく我に返った第二王子が、俺が相手にしないからとゴウドさんに当たり始めた。
 ゴウドさんはクックッと笑うと、溢れた荷物を見て更に肩を振るわせた。

「騎士団長は、只今演習場でお待ちだ! 新人、早くしろ! 待たせるなよ!」

 ゴウドさんの怒声にも近い号令に、第二王子が固まった。
 その姿に、アラン様がこれ見よがしに溜息を吐く。

「ニール、お前は兄上にどのような説明を受けてここに来た? 私はお前を騎士団長として受け入れたわけではない。ただし、私達がぜひとお願いした方に剣で勝てればお前が騎士団長の地位に就けることは、既にお待ちいただいている方に話をつけてある。勝てなければ一兵卒と同じ扱いをする。そのことは聞き及んでいるのだよな?」

 じろりとアラン様に睨まれ、第二王子は目を座らせながら、フンと鼻を鳴らした。

「私が勝つに決まっているだろう。このような寂れた北に赴任するだけでもありがたいと思いこそすれ、このような扱いを受けるとは聞いていないが? 叔父上」
「では、王都に帰って貰おうか。この領地は使えない者を置いておくほどの余裕はない」

 お帰りはあちらだ、とアラン様に指さされ、第二王子がその手を力任せに払う。パン、と乾いた音が廊下に響いた。

「叔父上たちが用意したヤツが待っているのであればすぐに始める! せいぜい騎士団長室の荷物をまとめておくのだな!」

 肩をいからせながら、第二王子は廊下を進んでいった。既に溢れている荷物は放置するらしい。
 その背中を見送ってから、アラン様の叩かれた手を掬い上げる。
 少しだけ赤くなった手に、王宮への怒りが第二王子へのものに移行した。

「アラン様、手は大丈夫ですか?」
「平気だ。それにしてもニールのあの感情の豊かさは王族としては問題があり過ぎるな」
「あはは。だから王太子の候補から即座に外されたんですよ。あの王子、腹芸が苦手だから。ああ、そっちの人達。この溢れた荷物は俺たちがここに戻るまでに下着と外套以外は全部持ち帰ってね」

立ちすくんでいた従者に荷物を運び出すよう指示してから、俺とアラン様も第二王子の後を追った。

 演習場に着くと、既に第二王子はど真ん中に立っており。
 ……見事に、立ちすくんでいた。
 第二王子の目の前には、楽しげに第二王子を見下ろす、我らが兄さんの番、フェンリル様。腰には剣を刺しており、特注のグラシエール騎士団隊服を身に着けている。胸についているのは、グラシエール領の紋章であり、騎士団長を示す証だ。
 
「お前が俺に勝つっつー若造か。どこかで見たことあるが……人違いか? 匂いが似てるな。リヒトとか言う王族に」

 ニヤリと獰猛に笑うフェンリル様の雰囲気に吞まれ、第二王子の顔色は笑っちゃうほど白い。
 そう。今回騎士団長をお願いしたのは、フェンリル様だったんだ。
 北の酒を流通させ始めた時から、フェンリル様はすごく北に来たがっていて、兄さんがいいよと言えばすぐにでも飛んできそうな勢いだったのを思い出した俺は、ダメもとで騎士団長になってと打診したんだ。
グラシエール領は酒は美味いし、気候は幻獣界の住処に似ているから、フェンリル様なら問題なく暮らせるだろうし。兄さんは寒いのが苦手だけれど、フェンリル様が喜ぶならと、北に移住するのを了承してくれた。
 そして、フェンリル様なら陛下だって文句は言えない。幻獣様たちはもともと俺たちの地位なんて関係ないから。
 美味い酒を守る仕事なんてこの世で一番やりがいがあるだろうって大笑いして、今回の打診を快く受けてくれたフェンリル様は、王家が指名した騎士団長候補であるニール第二王子との一騎打ちもやる気満々だった。メルを手籠めにしようとしたやつの弟かってそれはそれは嬉しそうに。
 ヤル気というのはきっと、殺る気っていう意味だと思う。

「合図は適当でいいぞ。俺にそのなまくらをブチ当てることが出来たら、ここにいることを認めてやるよ」
「ば、ば、バカなことを……っ、騎士団は、私が率いるべきなのだ……っ」

 反論する言葉は勇ましいけれど、ガクガクしている第二王子は、フェンリル様の威圧に既に腰が引けていた。奥の方で兄さんが苦笑しているのが見える。
 このまま兄さんは副騎士団長として事務方の方をまとめて貰う予定となっている。とはいえ、兄さんだって魔法も剣も使えるから、騎士団員としては申し分ないんだけどね。ゴウドさんもそこは納得済みで、流石はヴィーダ家の領地で活動していた傭兵団、幻獣様がトップに立つということに、残念がるどころか最高潮に盛り上がっていた。一緒に酒盛り出来てもう思い残すことがない、という者まで出る始末。ゴウドさんに拳骨を貰っていたけれど、ゴウドさん自身もフェンリル様を見る目つきは憧れの人を見る目そのものだった。
 これで第二王子が泣いて王都に帰ってくれればもう問題なしなんだけどね。

「ウィンド」
「うわああああああ」
「氷のつぶて」
「ひぎゃあああああ」
「水流」
「うわああああああ」

 剣を使うまでもなく、フェンリル様の魔法でボロボロにされている。けれど、何度吹っ飛ばされようとも立ち上がってまた剣を構えるのだけはちょっと見直してしまった。
 隣でアラン様も「なかなか頑張るな」と目を瞠っている。

「次はどうする」
「なんでもいい! 私が! 勝うわああああああああ」

 剣を振りかぶる第二王子を爪一本で転がしたフェンリル様は、それでもまた立ち上がってくる第二王子の態度を、かなり楽しんでいるようだった。
 何度転がってもまた立ち上がっていく第二王子に、いつしか周りの騎士団員たちが「ニール!」「ニール!」とエールを送り始める。
 
「正直初めのうちに文句を言うか降参すると思ってました」
「私もだ。使えなかったと兄上に送り返そうと思ったが、そうもいかなくなりそうだな」
「何より、応援されて王子めっちゃ嬉しそうですよ」
「あいつはリヒトの影に隠れてなかなか頭角を表せなかったからな」
「陛下が北に投げて来たこととか、そういうことを聞いちゃうと、第二王子殿下が不憫になる……第一王子を見返したくて学園で俺に絡んでいたんだろうし」
「絡んでいた……」
「本当は俺なんて好みでも何でもないのに、必死で口説こうとしてましたね。あれはちょっと大変だなって思いました。全力で逃げましたけど」
「口説く……」

 あの時はアラン様と手紙のやり取りをしていたから、俺頑張れたんですよ、と横を向けば、アラン様の目は座っていた。

「やはり送り返すしかないか」
「あーやきもち妬いてくれるアラン様好き」

 ヤバい嬉しいと胸を押さえたら、アラン様が少しだけ恥ずかしそうに「失言だったか」と手の平で口を覆った。



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