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15、この嬉しいが溢れたら

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 まだ雪の季節には早い時期。
 けれど、北の領地は既に雪に覆われている。
 こうなると、気楽に村を渡り歩くことが困難になる。
 
「今年は余裕をもって回れたな。これもマーレのお陰だ。ありがとう」

 紐でくくられた、領地内の村の様子をまとめた書類を見ながら、アラン様が俺に向かって頭を下げた。
 雪が積もると、俺は本来の仕事である文官となる。
 ノームや子フェンたちは雪も別に苦にならないので、冬場は単独で動いては俺に色々と報告してくれるのがありがたい。
 俺はその報告をアラン様に囁くだけ。
 ちなみに、うちの実家からの王都の様子もしっかりとノーム経由で知ることができるので、それもアラン様にリークしている。
 今年の北の領の収益は、定められた税を払ってもだいぶ余裕があるほどだった。
 その収益で隣国から備蓄を買い、備える。まだまだ色々始めたばかりなので、備蓄は雪の季節なら何とか全領民分あるよ、という程度しかないけれど、今まではカツカツの状態で雪の季節に突入していたので、雲泥の差なんだそうだ。
 よくここまで生き永らえた、と親方と二人感嘆の声を上げたものだ。
 雪が多すぎて建物が崩れる被害も多かったけれど、今年はノームたちによってとても頑丈に作り直され、間に合わなかった分は皆が避難できる建物を一つ建てて来たので、凍死する者や雪で圧死する者はかなり減るだろうとのこと。

「そんな土地なのに今まで王都からの救済はなかったのかよ、ってツッコんでいいですか」
「捨て置かれた地だったからな」

 ふぅ、と溜め息を吐くアラン様は、多分きっとダメもとで毎年嘆願しては絶望して帰って来たのだろう。表情が陰った。
 『雪の季節』に入るまでまだあと半月。今はまだ『実りの季節』だ。
 ノームたちが頑張ってくれたので、ある程度はこの領の土地を耕したけれど、まだまだ農地は少なく、農業に従事できる人数も全く足りない。
 けれど北の地への移住希望はほぼ皆無に等しく、募集は常時しているけれど、芳しくない。

「来年の目標は、領民を増やすことですかね」

 温かい酒の入ったグラスを両手で包むように持ちながらそう言うと、アラン様はくすっと笑った。

「増えるといいな。それにしてもマーレのその持ち方、可愛らしいな。それでいて酒豪だとは面白いな」
「だって手が冷えるんですもん。これ温かいんですよ。アラン様もやってみればいい」
 
 かっこよく片手でグラスを持っていたアラン様は「そうかもな」と頷いて、俺が持っていたように両手でグラスを包み込んだ。
 結構大きなグラスが、アラン様の両手で隠れる。 
 そしてその恰好が。

「確かに可愛らしい」

 あざとい! 両手でグラスを持つイケメン、思った以上に可愛らしかった。やってみろと言った俺が撃沈したので、アラン様が声を出して笑う。

「この持ち方の可愛らしさがわかったか。私のような可愛げのない者が持っても可愛らしいんだ。マーレは可愛い」
「褒め言葉の趣旨が違って来てますって! 俺可愛くないし」

 つられて笑うと、アラン様はいいや、と首を横に振った。

「この『雪の季節』を超えれば、マーレがここに来て一年が経つ。私は、マーレのその気さくなところも笑い上戸なところも、まっすぐ私を見てくれるところも好ましいと思う。こんな閉じた地に勿体ないと何度思ったかわからないけれど、来てくれて、素直に嬉しいと思う」
「うわー……アラン様ずるい」

 そんな優しそうな顔で、声で、好ましいとか。
 嬉しくて心が弾む。
 もちろん今まで告白とか俺が欲しいとか言われたことは結構ある。けれど、それは全部俺を、じゃなくて、ヴィーダ家の血を、に換算されて来たから、こうして俺自身を好ましいなんて言って貰えるのは本当に嬉しい。
 見た目だってそう。兄弟並ぶとどうしても兄と弟に視線がいって、父さんそっくりの俺の顔はほんと地味で平凡だったから、どうせなら幻獣と契約していないのが兄さんか弟だったら良かったのに、なんて陰口は日常茶飯事。
 手に入れられるのが俺しかいないから、仕方なく俺を口説くやつらが多すぎて辟易していた。特に王子二人。あの二人は外面がいいから、俺が王子に口説かれるのを嫌がると、お高くとまってるとか家を笠に着ているとか、平凡な見た目なのに王子の方が可哀そうとかかなり周りから責められる。あれも辟易していた。
 だからかな、アラン様にこうして好意的な言葉を貰うと、それが嬉しくて心の中で積もっていく。
 これがもし心の容量いっぱいまで積もってしまったら一体どうなるのか。
 頬が熱くなったのは、珍しく酒に酔ったのかそれとも……

 雪の季節の間に、俺たちは色々な書類をまとめた。今年は新しいことに手を付けまくったので、アラン様も領事館の人たちもめっちゃ忙しい雪の季節を過ごした。
 雪の季節は農地を休ませているから、その分のノームたちを召喚することがないので、魔力の減りが少なくてとても快適だった。ほとんど魔力枯渇で手を付けられなかった文官の仕事を、ようやく身を入れてできるようになったので、仕事が覚えられてちょっと嬉しい。
 それに、ノームたちは酒蔵が出来ればその酒を魔力と同等の対価とすると言ってはばからず、アラン様が酒蔵の建造に力を入れてくれたんだ。
 移動も仕事中もぐったりしている俺を見かねて、魔力以外にどうにかならないかとアラン様が自ら親方に掛け合ってくれて。
 優しい。
 アラン様の横にいると、なんていうか、肩肘を張らなくていいというか自然体でいてもいいというか。アラン様がそういう態度でいてくれるので、領事館で働いている人たちも俺をちゃんと歓迎してくれていて。召喚師としてじゃなくて、単なるマーレとしていてもいいんだという実家と同じ空気を吸えるんだ。
 もう二度とここ以外では暮らせないんじゃないかとまで思う。まだ住み始めて一年にも満たない新参者だけど。

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