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9、サウスさんと小動物。

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 止まった途端に中からノームたちが飛び出してくる。
 御者台に座ったままの俺たちの横に昇った親方は、林の奥の平地を指さして口を開いた。

「のう、あの平地は何も植わってないのかの?」

 ポツポツと生えている木が途切れると広がる一面の雪は、ここから見てもかなりの面積だった。

「あそこは太陽の季節に放牧する平地でございます」
「放牧か、勿体ないのう」

 の親方の言葉に、サウスさんが苦笑した。

「手を付けたくとも、領民がまず少ないので手を広げられないのでございます。もう少し人口が増えてくだされば、この広大な領地ももう少し潤うと思うのですが」
「人口か。なるほど」

 親方はうんうん頷くと、ちらりとこっちを見た。

「のう主。主の家族もこっちに越して来たらいいのではないか? のんびりできるし、水の精霊王様も雪が心地よかろう。逆に炎の精霊王様はお辛いかもしれんけどのう。炎の精霊王様が来たらこの雪も緩和されよう」
「成程? それいいな」

 ノームの言葉に頷いていると、サウス様が苦い顔をして首を横に振った。

「それはすぐにはおやめになった方がよろしいと思います。申し訳ございませんが私は旦那様がだいじでございます。ヴィーダ家の方々がこの地に来たら、きっとすぐにこの地はやんごとなき御方々に取り潰されておしまいになります」

 あー、とサウスさんの言葉を聞いて声を漏らしてしまった。
 確かに。今の王様ならそういうこともあり得る。むしろしない方がおかしい。
 統治の内容は悪いものじゃないし、国民たちにも評判はいい方なんだけどなあ、と溜め息を呑み込む。
 それはあのク……王子たちも同じで。俺に対する態度は思いっきりアレだけど、あれでいて他の生徒たちには人気があるし、人当たりもよく、確か生徒会とかしっかり運営してるはず。また聞きだけど。
 俺に対してはアレだけど!
 でもアラン様に対する仕打ちは俺の知りうる限りですらどうなんだよ、と思うし、実際その現場について「あれっ?」と思う人もちらほらいるのも確かで。
 うちの家族は代々の王様の人となりを知っているから余計にダメダメのレッテルを貼るんだよなあ。だから現在の陛下には家族が誰一人付いていない。
 そして歴史的に、王様にヴィーダ家の者が直々に付いていない時代は愚王時代と呼ばれているし、側近なんかに収まっている場合は賢王時代と呼ばれているとか。
 それはうちが付くかつかないかの問題ではなくて、王様がそばに侍るに相応しいかどうかが試されているんだということを、今の陛下たちはわかっているのかな。
 選ぶのは俺たちじゃなくて、召喚獣たちなんだよな。
 いい人だな、って思っても、契約獣が「無理」って言ったら無理だっていうそういう話。
 俺は特定の相手はいないから好きに決めて大丈夫だけど、だからこそ人を見る資質を問われるし、ずっと母さんに言われ続けて来た。人を見る目も養ってきたつもりだ。
 そんな俺の勘は、アラン様は最高に当たりだ、って思ってる。個人的な感情も入っているけど。

「アラン様の不利になることはしたくないなあ。ありがと親方。でもそれはおいおい。数年くらいかけないとね。それよりも俺はアラン様の有利になることをしたいよ。幸い、この地は税が上下しないし」
「了解じゃ。じゃあ早速じゃが、こっちの道を逸れて、向こうの山の方に馬車を走らせることは出来ぬか?」

 親方の指さした方に目を向けると、そちらは平地じゃなくて林の方だった。
 さすがに馬車は無理だろ、と肩を竦めると、親方は「じゃあわしらだけで行ってくるか」と馬車から降りていった。
 そしてすぐにサウスさんに近くの木を一本伐採していいか聞き、許可を得た瞬間皆でよって集ってその木を一つのソリにしてしまった。

「子フェンを連れて来るかの」
「子フェンならこんな雪へっちゃらじゃの」
「わしが御者をやろう」
「わしは子フェンの背に乗ろう」
「それはわしが」
「わしが」

 ワイワイを相談を始めたノームたちを、サウスさんは驚きを湛えながら見下ろしていた。
 ノームたちによってものの数分で作られたソリには、いつの間にやらノームの一人が連れて来た小さなフェンリル様の眷属が繋がれていた。

「小さくてカッワイイ……!」
「これはこれは……可愛らしいでございますな……!」
 
 小さなコロコロした真っ白な子犬は、やる気一杯で尻尾をブンブン振っている。

『マカセロ! ヤママデヒトッパリシダ!』
「頼もしいのう子フェン。じゃあ主。ちょっと山までひとっ走り言ってくるからしばらくは用事は違うやつらで対応してくれ。酒造りなんかだと張り切って沢山出てくるでの。気を付けるんじゃぞ」
「わかった。親方たちも気を付けて」
「お気をつけください。生えている木はほんの数本なら好きに伐採してくださっても何の問題もありませんので。特にここから山の方は魔物が強くて手付かずなのでございます」

 サウスさんが目を細めて親方に語り掛け……と言いつつ視線は子フェンに向かっている。
 どうやら小動物が好きらしい。好き好きオーラがとても出ている。

「時にノームのお館様、この子フェン様は終わったらやはり住処に帰っておしまいになるのでしょうか……」

 視線が釘付け状態のサウスさんの問いに、親方はそうだのう、と顎を撫で、子フェンのふっさふさの背中を撫でた。

「どうするよ子フェン」
『ユキスキ! ユキキモチイイ! ユキハシリマワルノスキ! ユキノトコロイタイ!』

 ソリを引くロープを身体に付けながらも、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる子フェンに、サウスさんの目は既に蕩けまくっている。

「でしたら、この地はいかがでしょうか。年の半分近く雪に覆われる、白銀の地でございます。我が家でフワフワの寝床も用意いたしますし、お食事もご用意させていただきたく思います」
『オレユキタベル! セイチノユキキットウマイ! ユキ、モラッテモイイ?』
「沢山余るほどありますので、お好きなだけ食べてよろしいですよ。お腹を壊すのだけお気を付け下さいませ」
『ゲンジュウハラコワサナイ!』

 尻尾ブンブンに目じりが下がりまくっているサウスさんは、子フェンの言葉によかった……! とまるで乙女のように手を合わせた。

 じゃあ行ってくる! と言って山に向かって飛び出していったノームたちと子フェンを見送った俺たちは、予定通りの道を進むことにした。御者台に座って。

「それにしても、あまり間近で見たことがありませんでしたが、幻獣様の毛並みと来たら、最高級のビロードもかくやという程の素晴らしい毛並みでございましたな……! 一度でいいのでこの手で触れて、撫でてみたい……」

 独白のような言葉なっていて、俺がじっと見ているとハッとしたように表情を取り繕った。
 
「フェンリル様たちはもともと寒い地方に住んでいるらしいから、子フェンもこの地は暮らしやすいんじゃないかな。手紙で子フェンがここに住めないかフェンリル様に訊いてみるよ」
「ありがたき幸せ……!」

 真面目堅物じゃなかったな、なんて微笑ましくサウスさんを見ていた俺は、しばらくは子フェン談義で道を進み、陽が真上にかかったころに、領都の周りの村に着いた。
 村はやはり雪に覆われており、けれど、働き手の男たちが外で雪をかいていた。
 馬車で近付いていくと、俺たちに気付いた村人たちが驚いたような顔をしていた。

「本当であれば、このような雪の中馬車を走らせることはそうそうないのです。なので皆様びっくりされていますね」
「成程。何もないのに馬車が来たら驚きますよね」
「今日はもう二つ先の村まで行き、そこで一泊し、西寄りの道を進み、途中の町を経て明日の夜に館に帰ろうと思っておりますが、外泊は大丈夫でしょうか」

 馬の歩みをゆっくりにしながら、サウスさんが予定を教えてくれる。
 もちろん俺に否やはないので、頷く。
 宿屋代を聞くと、村長の家に泊めてもらうので大丈夫と言われてしまった。いいのかな。
 村で交流し、サウスさんへの差し入れと大きな白菜をどんと渡してくれたとても気のいい村人たちは、俺たちが村を出る時に、一斉に頭を下げた。

「今年も、領主さまのお陰で誰一人欠けることなく雪の季節を乗り切ることが出来ました。ありがとうございます」
「いいえ。皆様が健やかに暮らすことが、旦那様の悲願でございます。どうかこれから我々を支えてくださいますよう、お願いしますね」

 サウスさんは村人にも腰低く頭を下げると、優しい笑みで皆に別れを告げた。
 気付くと馬車の中は村で作られた白菜で一杯になっていた。
 寒いので雪の下でも育つ白菜や大根などしか作れないんだそうだ。それを渡しちゃっていいのかな、と後ろの窓から馬車の中を見ると、サウスさんが「これは我らが頑張らないといけないですね」と真面目な顔で呟いた。
 頑張っても富まない地。
 何やら視線がそう言っている。
 サウスさんの瞳には、アラン様と同じような憂慮の影が見え隠れしている気がした。



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