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8、片棒担いでもらいます。

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 向かい合わせて座り、改めて手に持ったグラスを少しだけぶつける。
 グラシエール公爵がグラスを傾け、酒に目もとを緩める。
 確かにとても美味しい。ちょっと強いし辛いけれど、俺は甘いのよりこっちの方が断然好きだ。そしてノームたちも北に行くと言ったら「酒が美味いところか!」と大興奮で賛成してくれた。それくらい美味しい。

「この酒も、ここの特産なんだが、原料が育ちにくい。初日からこんなことを言うのはどうかと思うけれど、もし暮らすのが困難だと思ったら、王都に帰りなさい」

 まっすぐ俺を向いている。文通の間、ずっとごねていたのが俺を想ってのことだったのはわかっている。ここに来てもまだ。それだけこの地は厳しいんだ。

「それなんですけど、俺、しばらくこの領地の中を好きに歩いてみていいですか?」
「それは構わないが、雪が解けてからの方がいい」
「え、そんなん待ってらんないです。後ろの聖山とかめっちゃ気になるし、ノームたちもそこら辺が見たいって言ってたし。何やら美味い酒を沢山造る手伝いをしたいみたいなんですよ」
「それは……ありがたいが。マーレ殿の魔力は大丈夫なのか?」
「全然問題ないっす。それと、殿止めて呼び捨てで。俺、グラシエール公爵閣下の部下になったわけですし」
「……では、私のこともアラン、と」
「だから、俺部下ですってば」
「ここでは私のことを家名で呼ぶ者はいない。『領主さま』か『旦那様』だ。せめて一人くらい名前で呼んでくれる人がいてもいいだろう」

 王宮に行っても叔父上か公爵閣下だからな。とグラシエール公爵改めアラン様は肩を竦めてグラスを呷った。

「じゃあ遠慮なく。アラン様」
「様はつけなくていい。君の家格は王家と同等だ」
「でもまあ俺は部下ですし。ね」

 アラン様は目を細めると、少しだけ口角を上げた。

「名で呼ばれるのは一体いつ振りか」

 しみじみと呟くその声には、ちょっとだけ嬉しそうな響きが混じっていた気がした。


 次の日。朝食を食べて早速土地回りをしようと外に出ると、昨日アラン様の隣にいた側近の一人が馬車を用意していてくれた。初老に近い年齢のその人は、俺を見るとゆっくりと頭を下げた。

「今日からしばらくヴィーダ様の案内を申し付かりました、サウス・ナザーレと申します」
「え、案内? そんな申し訳ないです」
「この地はまだ雪に埋もれており、村から村への道を少しでも逸れてしまうと遭難の恐れがあります。私めのような慣れた者が案内に付けば遭難も減るので、旦那様の安心のためにもぜひ私をお連れ下さいませ」

 なるほど。道なき道を行くからか。
 納得して頷くと、サウスさんが早速御者台に座った。
 待って。そこ? 座るのそこ?
 驚いていると、サウスさんは片目をつぶって慣れておりますので、と宣った。
 なので、御者はお任せすることにして、俺もその隣に座った。

「さあ、出発!」

 俺が掛け声をかけると、サウスさんは驚いたような顔をして俺を見た。

「ここは寒うございます。どうぞ、私のことは構わず馬車の中へ」
「え、でも中に入っちゃうと外の様子は見れないし話も聞けないじゃないですか」
「しかし……」

 言い淀むのはよくわかる。馬車なのに現在誰も馬車に乗っていないから。
 領主の館が人不足なのは昨日聞いたので、流石にサウスさんを中に詰め込んでさらにもう一人借り受けるなんてできないから仕方ない。

「人が乗ってないのが気になるならちょっと待っててください。親方、ちょっと観察に自信あるやつらを三人くらいよろしく!」

 俺の言葉と共に、目の前にノームの親方が現れる。

「よう。目がいい奴らを連れて来たぞ。今日は何をすればいいんじゃ?」
「馬車に乗って一緒に視察」
「ほう。馬車は……主の馬車か。良かろう」

 サウスさんが驚いている間に、親方は連れて来たノームたちと共に馬車に乗り込んだ。これがうちの馬車じゃないとやれ造りが悪いだの乗り心地が最悪だの文句を言って、最後には解体されて作り直されることもあるので、下手な馬車は使えない。
 でもそのおかげでうちの馬車の乗り心地は多分王都一。お尻が痛くならない仕様になっている。サウスさんもそのうち中に乗せよう。
 もともと御者台に乗って進む予定だったので、着ぶくれするほどに着こんでいてたとえ外でもそれほど寒くはない。これが雪の季節だったらこうはいかないけど。
 改めて出発の合図をすると、サウスさんは諦めたように溜息を吐いて、馬車を進め始めた。


 領都を抜けると、閑散とした林が続く。
 森という程の木がなく、緑は少ない。
 領地は広いけれど、まず人口が少なくて、町や街と呼べるほど人口のある場所は領都の他はほんの二、三。あとは転々と村があり、どこも自分の村の食べる分の食料を確保するだけでいっぱいいっぱいらしい。それでも税は徴収されてしまうので暮らし向きは一向に上向かない。

「それでも、旦那様がここに赴任なさってからは、冬を乗り切るための燃料を支給したり魔物討伐を無償で行ったりと、民の負担を少しでも減らそうと努力してまいりましたし、そのおかげで雪の季節に凍死する民の数も格段に減りました」

 その分旦那様の負担は増えてしまいましたが。とサウスさんが締めくくる。
 分厚い手袋で上手いこと手綱を操るサウスさんは、俺から見てもベテランの御者のようだった。いつもはピシッとした姿でアラン様の横にいるらしいけれど、全くそうは見えない。

「ちょっと漏れ聞いたところによると、国に治める税は変動なしってことなんですよね?」
「……それはどこで」

 俺たちの馬車以外誰も見当たらない雪景色の中、どうせならと突っ込んでみると、サウスさんは苦い顔になった。

「ちょっと知り合いに税務の人がいるんですけど、その人がアラン様の待遇に腹を立てていまして。そこでちょっと」
「そうでございますか。……陛下がおっしゃるには、旦那様がこの地を盛り上げ、育て上げた時にこの地の税が上がることがなければ必ず富むだろうと。けれど、実際には減税措置を取らせないための方便だというのはすぐにわかりました」
「あーー……」

 ちょっと北の地を調べた俺でもよくわかる。北の厳しさ。
 大分前から北の地はこの国で持て余されていて、捨て置かれていた場所だ。
 アラン様がここに赴任する前は、領主は名ばかりで何もしないようなやつで村が一つ寒さで消えようとなんの対策もしなかったとか。
 特産になるような物もない場所だと仕方ないのかもしれないけれど、そんな地に弟を送るってどうなんだ。

「アラン様も色々と動き回り手を尽くしてきましたが、第一王子殿下が学園卒業と同時にいくつかの案件を請け負い始め、その中の一つである燃料の値段を上げられてしまい、今年はなんとか乗り切れた、という状態にあります」
「あのクソ王子……ゴホン、失礼。殿下は最悪ですね」
「名ばかり訂正しても、その後の言葉が不敬でございますね」

 不敬と言いながらも、サウスさんはくっ、と肩を震わせた。
 王宮にいた時からアラン様の側にいて、北の地に送られた時も躊躇いなく着いてきてくれたというサウスさんは、王宮の闇も全て網羅しているらしい。

「そういえば俺、北に来ることを陛下に一度も報告してないんです。んでもって、アラン様にも言っちゃダメってお願いしていて」
「知っておりますよ。旦那様も溜息を吐いておりましたが、報告は致しておりません。知られたら最後、暗殺されかねないので」

 そこまでだったのか、とちょっとだけ遠い目をする。
 
「そだ。サウスさんは王家とヴィーダ家の盟約って知ってます?」
「はい。知っております。ヴィーダ家は王家と共に力を尽くす、でしたかな?」

 馬車は迷いなく雪の林の中を進む。
 領都を出て半刻は過ぎているのに、いまだに人の集落につかないこの地は、雪の季節になると隣の村への移動も出来なくなるという。
 俺はサウスさんの言葉に「ちょっとだけ違う」と訂正を入れた。

「正しくは、王家の血筋の者と共に立ち、尽力するって感じなんです。だから、俺がアラン様の所にいてこの力を使う限りは、盟約に反しないんですよ。もうすぐ兄さんも王宮から辞する予定なんで、俺だけが王家の血筋の横に並び立つってことなんですよね。だから、仮契約とはいえ、辞めさせないでくださいね」

 本当は、アラン様はこの地の貧しさを俺に見せて、王都に帰るように仕向けたいんだと思っている。だからこそ、右腕でもあるサウスさんをつけて、目をそむけたくなるような地を回らせようとしているんじゃないかと予想している。
 残念ながら帰る気はないよ。ようやく見つけたまともな王家の血筋。
 どうせならこの人、と思う人の隣に立ちたいじゃん。
 ニヤリと笑ってサウスさんを見れば、サウスさんは呆れた様な顔をした後、がっくりと肩を落とした。

「これは……厳しいところなのでお帰りなさい、とは言えなくなってしまいましたな」
「そうそう。ヴィーダ家の命運を俺が今背負ってるんです。んでもって、アラン様に片棒を担いでもらおうとしてます」
「はは、片棒を担ぐ、でございますか」

 参りましたな、とサウスさんが肩を竦めたところで、馬車の窓がコンコンと叩かれた。
 
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