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7、やってきました北の地。
しおりを挟む北の地は寒さが厳しい地だ。
一年の約三分の一が雪に覆われ、後にそびえたつ山々は常に雪を纏い人の住む地とはなり得ない。農地も土地が凍えているので育ちが悪く、税率を変えることが出来ないのでいつまでたっても富むことがない。
それをまとめているグラシエール公爵もまた、常に眉間にしわを寄せ、絶対に受け取っては貰えないだろう税への嘆願書を時間が空く限り書き続けている。
民のために。
俺は学園の卒業と同時に家を飛び出した。
グラシエール公爵領の領事館で事務員として働くためだ。
何とかかんとかグラシエール公爵には内定をもらっていたので、やっぱりやめると言われる前に行ってしまえと卒業の余韻もなく文字通り飛び出し、一路北へ馬車で向かった。
ちなみに、御者はネーベルとフェニックス様なので、御者台に二人、馬車の中に俺一人となっている。
卒業の時期は『花の季節』。雪解けの栄養豊かな水を吸い、一面に花の咲く季節。気温が上がってくると『太陽の季節』になり、その後『実りの季節』を経て、『雪の季節』となり、一年が巡る。
今王都は花が満開の花の季節。
山を越え谷を越え、片道十日の道をひた進み、着いた土地は……
「すごい……まだまだ『雪の季節』だ……」
そう。一面の銀世界。
雪深い北の地は、太陽の季節目前でようやく雪が融け、太陽の季節もまるで花の季節のような気温にしかならない。
花の季節なんてあってないようなものなのだ。
知識としては知っていたけれど、見ると聞くとは大違い。
家令に言われるままに雪の季節の衣類を詰め込んできてよかった。
山には雪の中にも木々は生えているのである程度の薪は手に入るだろうけれど、総てを山から手に入れるとなると、数年ではげ山が出来上がりそうだ。
うちに泊まりに来た時、グラシエール公爵は「薪の半分は王都から買い付けないといけない」と言っていた。この地で薪を買い付けるとなると、やっぱり富むことは難しいと俺ですらわかる。
馬車をグラシエール公爵の館に付けると、俺を出迎えるために館の者たちがずらりと並んでいた。
その先頭には、久しぶりに顔を見るグラシエール公爵が立っていた。
モコモコが首元に付いた何かの皮で出来た様な上着を着ている公爵は、王宮にいる時の気取ったような恰好とは違って、とてもワイルドに見えた。公爵家の服を着ている俺の方が恥ずかしい気がしてちょっとだけ肩を竦めた。
「遠い中、よく来てくれた。我ら一同歓迎しよう」
「ありがとうございます。今回は無理言っちゃってほんとすいません」
「ここは厳しい土地柄、暮らすのが難しいと思ったらすぐに言って欲しい。身体を壊してからでは大変だからな」
「はい」
御者をしてくれていたネーベルたちは、次期当主としてキリッと挨拶すると、邸に入ることなく馬車を邸の人に託し、一路王都へと帰っていった。置いて行かれた馬車に邸の皆が呆然としていたけれど、既に空に消えていった二人にとってはそもそもデートの延長だから気にしないで欲しい。それにこの馬車は俺専用として既にグラシエール公爵に許可を得ているから。
グラシエール公爵はちゃんと二人のことも招待してくれたんだけれど、ネーベルに「今日の僕は単なる御者なので、お構いなく。これから愛する妻と夜のデートへしゃれこみますので、兄さんをどうかよろしくお願いします」と言ってさっさと帰っていった。馬車で一週間の道のりは、フェニックス様の空の旅だと明日の朝には王都の家に着くらしい。背中に乗せるのはネーベル限定だけれど。馬車に入ることなく二人で御者台でイチャイチャしていたので申し訳ないとはあまり思わなかったけれど、フェニックス様が存在することで馬車全体が温かくなったのはとても助かった。
早速館に招き入れられて、温かい部屋に通される。
そこまで大きくはない公爵家の館だけれど、同じような大きさの別館も同敷地内に建っており、そこが領事館となるらしい。市井で部屋を借りて通うからという俺の言葉を笑って突っぱねたグラシエール公爵は、俺の部屋をわざわざ館に作ってくれた。
「それにしても……本当に大丈夫なのか?」
「勿論。だって盟約に違反しているわけじゃないし。俺はここに来たかったんです。どんなことができるかはわからないですけど、雇ってくれてありがとうございます。っていうか持参金は突っぱねちゃってよかったんですか?」
そう、俺の家族は皆グラシエール公爵を気に入ったので、俺が北に行きたいと言った時は全く揉めることもなく全員一致で賛成してくれた。ついでに俺が世話になるんだからと多大なる金銭も持たせようとしていたんだけれど、それはグラシエール公爵がいらないと受け取ってくれなかったんだ。
そして、このやり取りは俺とグラシエール公爵の間で行っていたので、一切王宮には話を通していない。そこらへんは母さんに確認してもらい、俺が誰の下につくかはとくに王宮の許可はいらないと太鼓判を押してもらったので、文句を言われても大丈夫。
ネーベルが王都の館に着いたら、兄さんは何らかの理由をあげて王宮を辞することになっている。王が文句を言っても、母さんが父さんと並んでいる限り盟約は破棄されていないとの一番の証明になるので、陛下が騒いでも問題はないんだそうだ。俺が首にならない限り。
頑張るよ。この凍えた北の地で。
着いたその日は、グラシエール公爵が晩餐会という名の懇親会を開いてくれた。
とは言っても、近くに貴族というものが本当にいなくて、陸の孤島状態なのをいいことに、数少ない領都の市民に館の大広間を開放して食事をご馳走しつつ俺の顔を皆に広めてくれたのだ。これで俺も北の住民の仲間入りらしい。
このフレンドリーさはとても好きだな、と思った。
そしてふと気になる、グラシエール公爵が北の地に追いやられた理由。
父さんが言うには、『多数の女性を弄ぶ王家の恥』だという。
そもそも十三歳で多数の女性を弄ぶなんて、よほど周りの環境がアレじゃないと普通は出来ないんじゃないかな。王宮に住んでいるなら余計に。出入りする女性だって限られているんだから。
そんなことを考えていたら、どうやら難しい顔をしていたらしい。
グラシエール公爵に酒を継ぎ足されながら、奥の休憩室に案内されてしまった。
手にグラスを持ったまま廊下を歩くなんてなかなかないので、少しだけ楽しくなる。
「こちらにも食べ物は用意している。こうして、何かがあればここに招いて皆の表情を見ることにしているんだ。王宮では出来ないことだが、なかなか悪くない」
「確かに。関係の構築とかめっちゃいいですね。フレンドリーっていうか。歓迎されてるみたいで、嬉しいです」
「勿論皆歓迎している。なかなか北に来ようという若者がいないからな。近年では全体的に貧しく、こちらから出て行く若者ばかりだ」
「そうなんですね」
確かにそうだ。ここに居ても仕事自体がなかったり、畑を耕すにも土地が瘦せていて一家が食べるのにも苦労するほどしか生産できていないから。職を求めてまだ動ける若者は王都に向かってしまうんだ。
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