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3、散々な書類

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「よっし。ノームたち」

 グラシエール公爵の返答を聞いた俺は、立ち上がるとぐっと手を握り、その手を空に伸ばした。

「追加―。三十くらいよろしくー」

 俺の呼び出しと共に、更にノームが溢れ出した。そして口々に話し始めた。

「はいよー追加料金は酒なー」
「酒は金にならんよ」
「なに、金で買えぬ酒が飲めると?」
「わしが」

 わしがわしがといきなり地面が光り、さらにノームたちが溢れ出した。
 酒と聞いて、出てくる予定の数よりも多くが呼び出し召喚陣に詰め寄ったらしい。
ぎゅうぎゅう詰めで、手や足が召喚陣から生えただけの状態でじたばたしているノームも見えたけれど、陣の光の消失と共にその一部たちは消えていった。

「俺そんなこと言ってないよ。酒じゃなくて魔力でよろしく。酒より美味いんでしょ」
「そうじゃの。でもわしは酒が」
「わしは金で買えぬ酒が」
「買えぬ酒……」

 しょぼんとする皆にパンパンと手を叩いて「はい散った散った」と作業を促すと、人数が増えたからか、瓦礫は一気に片付いた。
 まだ砂や石の細かいゴミはあるけれど、大きな物はほぼ消え去り、そこから出て来たのは……。

「これは……書き直し、だな」

 汚れたり破れたりと損傷の激しい書類の束だったらしき物が一面に散らばっており、まともな書類は一枚も残っていないような状態となっていた。
 グラシエール公爵はそれでも丁寧に拾い始めたので、俺も一緒になってその紙を拾う。兄さんとフェンリル様も一緒に拾い始めた。
 拾っていく中で気になるのは、書類の中身。勝手に見るのはよくないとはわかっていても、それはどう見ても税に関する陳情書のようなものだった。
 使える書類は半数にも満たない。ということはこのボロボロの書類をまた一から書かないといけないということだ。
 というか、春もようやく終わるという状態で税に関する書類を持って歩くって、ちょっとおかしくなかろうか。
 無言で書類を拾いながら、同じように無言で拾うグラシエール公爵をちらりと見る。
 これは冬に出して、春には決算される物だと思う。商業の学科で習った。北の地をまとめる公爵がこんな書類を持ってこの時期にここを歩くなんて。
 最後の一枚まで拾うと、グラシエール公爵は俺から受け取り、またしても目をスッと細めた。

「ありがとう。手を煩わせてしまったな」
「いいえ。こういうのは大勢の方が早いですから」
「確かにな」
「内容を見てもいいのかはちょっとだけ悩みましたけどね」
「それは、まあ」

 仕方ない、と肩を落とすグラシエール公爵は、王族特有の威厳は全く見当たらなかった。

 グラシエール公爵はボロボロの書類を抱えて、去っていった。下敷きにしたノームたちに酒を後で渡すと約束をしてから。わしもわしもと増えていくノームに苦笑して、北にはとても強い酒があるんだと少しだけ雰囲気を和らげたのが、印象に残った。
 兄さんたちもまたグラシエール公爵と共に職場の方に戻っていった。
 現場監督として残った俺は、積み上がっていくレンガを見上げながら、苦笑していたグラシエール公爵の顔を思い出していた。
 なんていうかこう、嫌悪を抱かない銀髪もあったんだな、と思うとちょっとだけ気分が上向きになる。
 
 第一王子と兄さんは同学年で、二人が二年に上がった時に俺が学園に入学した。
 第一王子はどうしても召喚師を手に置きたかったらしく、フェンリル様に威嚇されながらも兄さんにちょっかいを出し続けていたらしい。けれど、兄さんと俺が兄弟だと知ると、態度を一変し、俺の所に来るようになった。
 銀髪、蒼眼の見た目だけはいい第一王子は、人好きのする爽やか笑顔をのせて俺に愛を囁き始めたんだ。
 はっきり言って茶番。
 綺麗だだの麗しいだの、バリエーションが兄さんに迫った時と全く同じで、前からその行動を兄さんから聞いていた俺は、失笑するしかなかった。
 兄さんと弟は、母さんに似て物凄く美人だけれど、俺はとても日和見と言われるような外見の父さんにそっくりで、そこら辺に立っていたら埋没しそうな見た目なんだ。眠そうとか騙されやすそうとかよく言われる外見と、特に秀でてもいない学業と魔法の成績。どこをとっても目立つところがなく、ただ家名だけが独り歩きしている状態。しかもフェンリル様のような契約獣も連れていない。家名を名乗らなければヴィーダ公爵家の子供だということも認識されない程。
 それを麗しいとか綺麗だとか。何かの試練かと思うよ。
 でもそれら全部をひっくるめて、俺は第一王子にちょろいと思われたらしい。
 俺がどれだけ拒否しようと「照れてるんだな」と取り合って貰えず、卒業までの二年間、ひたすら絡まれ続けたんだ。先程の第二王子と同じように。ちなみに今回兄さんの陰口をたたいていたイキリ騎士団長子息は、学生時代も同じように兄さんと俺の陰口を叩いていた。
俺を口説こうとするならそういうところちゃんと注意しとけと思ったのは秘密だ。
 卒業まで俺が第一王子に落ちなかったことで兄王子が諦めたと思ったら、弟と共に入学した第二王子が兄と全く同じ手段に出たという暴挙。そして今ココ。
 かといって、建国時に何やらうちのご先祖と王家が約束を取り交わしたとかなんとかの契約が残っていて、ヴィーダ家の誰かは王族に付かないといけないらしい。
 王族の下に下るとはいえ、伴侶に限定されたわけではないのに口説いてくるというあの王子二人は基本的に自分に落ちない者はいないと思っているのかもしれない。うちの兄弟に瞬殺されていたけれど。それは召喚獣と契約しているから仕方ないと自分の都合のいいように解釈しているらしい。
 今はメルクリオ兄さんが王城で働いているからと何とかギリギリすれすれ契約内らしいけれど、王家から離れたら何やら契約不履行が発動するとか。余りに昔の契約過ぎて、内容はあまり伝わっていない。そこらへんは幻獣様方の方が詳しい。
 これで俺があの王子二人のどっちかに付けば、兄さんは晴れて王城から逃げることができるんだろうけど。
 そうなると王子間の熾烈な王位争いが勃発するのはわかり切っているから、絶対に諾の返事は出来ないしする気もない。勿論、俺はあの二人が苦手だ。そして、はっきり言って顔も見たくない程には嫌いだ。ハッキリ言っちゃうと不敬になるから言えないけど。


 王子たちのことを思い出して眉間にしわを作っていたら、上から一枚はらりと紙が落ちて来た。
 どうやらどこかに引っかかっていたらしい。
 これは届けないとな、と溜め息を吐いて、城の壁を見上げた。
 ノームたちが増えたので修繕作業はとても捗り、城の外観だけはどこもなんともないように見える。
 あとはノームたちが魔法で硬度を上げると仕上がりだ。
 
「沢山呼んじゃったから大分魔力減ったなー……」

 俺の中の魔力が減っているのが、少しだけムカムカする胃の状態でわかる。
 親方に終わったら帰っていいよと伝えると、俺はグラシエール公爵を探すべく、執務棟の入り口に向かった。

「税の書類だったし、落ちて来たのは四階からだから……」

 入り口で名を告げて税関係の部屋の場所を聞くと、やはりというか四階の奥のとのこと。
 俺は書類をカバンにしまい、四階に向かった。
 税関係の部屋を見つけ出し、入り口で声を掛けると、既にここにはグラシエール公爵はいないという。
 対応してくれたのは、兄さんと同じ歳に卒業した先輩だった。
 書類を拾ったから届けに来たというと、何で一枚だけ、と怪訝な顔をしたので、さっきのことを説明する。
 
「さっきの崩落に巻き込まれた⁉ え、閣下は大丈夫だったのか?」
「フェンリル様が来て治癒魔法を使ってくれたんで問題ないっすね。でも書類が見るも無残な姿になっちゃって。内容はわかると思うんで、受け取って貰えるんですよね」
「ああ、いや……」

 先輩はバツが悪そうな顔をして、ちょっとこっちにこい、と俺の腕を掴んで奥まった方に引っ張っていった。
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