平凡次男は平和主義に非ず

朝陽天満

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プロローグ、王子はウザい

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「今日もマーレ殿は麗しいな。一緒にご飯を食べよう」
「間に合ってます」

 学園食堂。
 生徒たちの憩いの時間である昼休み、昼食の載ったトレイを抱えた俺の横には、白銀の髪を一つに結んだ美丈夫が並んで歩いている。
 別に待ち合わせて一緒に飯を食うわけじゃない。
 待ち伏せされたのだ。
 
「そう連れないことを言わずに。私と一緒に昼食を食べる栄誉を手に出来る生徒は少ないのだよ」
「だったらその少ない席を他のどうしても欲しがっている生徒に渡したらいいと思われますよ、殿下」

 視線を向けることもせずに、俺は平たんな声でそう返した。
 隣に並んでいるのはこの国の第二王子。俺より身長が高いけれど、二つ年下だ。
 いかにも俺を口説いているように見えるけれど、俺はそこまで鈍くない。
 こいつは、立太子するために、我が家の後ろ盾かもしくは駒が欲しいだけだ。
 何せ、入学初日に俺の弟に突撃して、速攻で振られているのを遠目に見ていたから。
 そこからすぐ俺に来るあたり、俺がいいわけじゃなくて俺の家がいいんだろう。
 端っこのテーブルにトレイを置くと、第二王子も目の前に座ろうとするから、そっと中央にある階段を指し示す。

「殿下のための特別席は、二階です。そちらに昼食も用意されているはずですので、わがままを言わずにそちらへどうぞ」
「我が儘など……っ、いや、マーレ殿がここで食べるなら、私もここで頂こう」
「もうすでに二階席で殿下の昼食は用意されていると私は言いました。それでもここで食べるということは、我が儘以外の何物でもありませんし、殿下のそういう思い付きで食事をここまで移動させるためだけに食堂の職員たちの手が止まらざるを得ません」

 一瞬だけ激高した表情を見せるも、理性でそれを押しとどめたらしい。第二王子は先程までの表情を顔に乗せて俺の言葉を聞いている。

「そのことがどうなるか、殿下はおわかりですか」

 椅子に座らず顔を上げて、まっすぐ第二王子を見ると、第二王子は目を細めて「そうだなあ」と口を開いた。

「給金の問題ならば、私のポケットマネーならば問題も解決だろう?」

 余計な仕事をさせてしまうことになるしな、と人好きのする笑顔で答える第二王子に、俺は話にならないと首を横に振った。

「違います。殿下を満足させることが出来なかったと、この食堂の職員たちが叱責を受けます。叱責を受けると、軽ければ給金の低下、悪くすれば離職もあるかもしれません。王族であれば、そのようなことも考えて、きちんと民のことを考えて発言をしてください」

 どうぞ、ともう一度階段に手を向けると、第二王子は小さく舌打ちしてから、爽やかな笑い声をあげた。

「仕方ないな。ではマーレ殿。明日の予約をしてもいいだろうか」
「ダメです」

 はっきりきっぱりと断る。曖昧に断るとそれを逆手に取られかねないから。
 こういうやり取りもようやく終わるかと思ったのに、と少しだけ遠い目をする。
 お付きの人を従えて、第二王子はではまたなと階段の方に足を向けた。
 ようやく椅子に座ると、若干醒めてしまったランチにがっくりする。
 冷めても美味しいからいいか、と昼食を食べ始めると、目の前の席に人が座ったのが視界の隅に映った。

「兄さんお疲れ。また来たんだ王子様」
「何とかしてほしいよ。鬱陶しいったら」

 目の前に座ったのは、弟のネーベルだった。そう、あの第二王子を速攻振ったその人だ。
 ネーベルの隣には、オレンジ色の跳ねた髪を一つに結んでいる美人が腰を下ろす。

「フェニックス様もご機嫌麗しく。今日も美人だね。麗しいって言ったら、ネーベルとかフェニックス様とかのことを言うのにな」

 はぁ、と溜め息を吐くと、ネーベルが面白そうに眼を瞬かせた。

「今日はそんなこと言ってたんだ。麗しい、ねえ。確かに麗しいっているのはフェニにこそふさわしいけどさ、兄さんだって十分可愛いっていうか、癒しっていうかそんな感じで僕は好きだよ」
「癒しとか可愛いとか、麗しいからは対極じゃないか」
「あの方は人への褒め方を麗しいとか美しいとかそういう言葉しか知らないんじゃない?」
 
 ネーベルの言葉に吹き出しかけて、咽る。ランチを食べてる時に笑わせないでくれ。本当にそういう風にしか言わないから可笑しすぎる。

「僕の時は一日で諦めたのに、マーレ兄さんにはしつっこいねえ」
「メル兄さんの時も同じパターンだったからなあ。ほんと疲れるしウザい」
「メル兄さんも第一王子殿下を速攻振ったんだっけ」
「ああ。その後は俺が入学した瞬間から纏わりつかれて、ようやく卒業してったと思ったらこれだよ……あの兄弟ウザすぎる。しかも王族なんだから偉くて当たり前みたいな考えが透けて見えるから無理」
「まあ、王族は偉そうだからね」
「ベル、『偉そう』と『偉い』はとてつもない隔たりがあるぞ」
「あはは。火の精霊王のフェニにそう言われるとめっちゃ説得力あるね」
「そもそも人間は権力を履き違えている。使命がありそれをやり遂げるから偉いのであって、偉いからどうのとういうのは腐敗の第一歩だ」

 オレンジ美女のフェニックス様が力説する。
 彼女は人間ではなく、ネーベルが召喚して契約した幻獣で、火の精霊をまとめるフェニックス様だ。
 俺の家が王家に乞われている理由がまさにそれ。
 幻獣の力を欲しいがために、俺にウザがらみするのだ。


 我が家の血筋。
 それは、召喚師という、幻獣を幻獣界から召喚する力を持つ血筋だ。
 この国では唯一の召喚師一家になる。もっと幻獣たちと親和性の高い国はもう少しいるようだけれど、この国では残念ながらうちだけ。
 現当主が俺たちの父で、俺は直系次男。目の前のネーベルは直系三男。そして、去年学園を卒業した兄が一人いる。召喚師三兄弟だ。
 この召喚師という立場、直系以外は力を受け継がないし、長男が家を継ぐとは限らない。実際、父も四男だったらしいし。伯父さん伯母さんたちはちゃんと交流もある。
 そして、この国が興った時に手を貸したのが、俺たち召喚一族の先祖だったらしいということで、一応うちは公爵という爵位がある。国から金が出るアレだ。優遇してるよっていう建前。
 では何で更に俺を邸にいれようと王子が近付いてきているかというと、現在誰も立太子しておらず、王子二人がバチバチに王位のことでやり合っているからだ。
 俺からしてみるとどっちもどっちなんだけど、そろそろどっちもダメ出ししたくなっている。だって王家ウザい。
 話を戻そう。
 その幻獣というのは、一人で一国を更地にすることが出来る程の力を持っている。高位の幻獣なんかもう住む世界が違うというかなんというか。目の前に座る美女のフェニックス様然りなんだけれど。
 その力を後ろ盾に、王位を手に入れようとしている王子二人に、俺はまんまと巻き込まれているわけだ。

「ああいう人の言葉を全く聞かない人種はどうやったら追い払えるんだ」
「私が吹き飛ばそうか」
「気持ちはありがたいけど、フェニックス様が吹き飛ばしたらこの学園と王都も火の海になるでしょ。気持ちだけ貰っとくよ。ありがと」
「そうか。もし酷いことをするようなら、私が消し炭にしてやる。大事なネーベルの兄だからな」
「もう僕と契約したんだから、フェニにとってもマーレ兄さんは兄さんだよ」
「そうだな」

 ね、と顔を見合わせるネーベルとフェニックス様は周りが砂糖を吐くくらいラブラブである。
 召喚師と契約幻獣はもともと相性がいいからこそ召喚されてくるけれど、齢十歳にして召喚獣を呼び出し、フェニックス様に一目ぼれしたネーベルは土下座する勢いで惚れたの結婚してだの大好きだの召喚陣の目の前で盛大に叫んだことで、面白く思ったフェニックス様に気に入られたという漢だから、ラブラブなのも仕方ないのだ。
 
 僕たちもご飯食べよう、とフォークを手にしたネーベルに合わせてランチを再開した俺は、またしてもランチを中断しなくてはいけない事態に陥ったのだった。

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