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第二章

42、編入先の学園は

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 そんなこんなで、私たちはダンジョンを出てきた。
 風の精霊様は、私たち五人に『風のアミュレット』という、風の守りが付与されているアクセサリーをくれた。ドリームキャッチャーを小さくしたような、何にでも付けられるお守りで、かなり可愛い。ちょこんとついた宝石は周りに飛んでいた小さな精霊たちが笑った声が固まったものらしい。幸せをはこんできてくれるんだとか。帰りの馬車ではグロリア様と一緒に可愛いを連発して、男たちを辟易させていた。
 三人は腰の剣に飾り紐として風のアミュレットをくっつけて、私とグロリア様は髪飾りにすることにした。
 これを付けると風の魔力が強くなるし、風系の魔法防御も高まるのでとてもいい。
 ついつい口角を上げながら外を見ると、入る前よりも強い風が吹いていた。
 
「殿下、ちょい風が強いんでゆっくり帰りますね」

 バールさんの声に殿下が是の返事をする。
 
「風の精霊様の力が戻ったってことかな」
「危険がなかったのは何よりだが、少し物足りないな」

 殿下も風の力で斜めになる木を見ながら口元を緩める横で、ザッシュ様が何やら脳筋な言葉を呟いている。
 シーマ様はグロリア様の髪飾りを褒めることに余念がなく、全ては丸く収まったってところだろう。
 あの悪魔も、たとえ力を取り戻したとしてもどう考えても精霊様には勝てないだろうし。これで学園が平和だったらなんの問題もないのにね。

 ――なんて思っていたのがフラグになったのか。
 制服も無事届き、とりあえず学園から指示された日程だけは登校するのが決まりだったからとバールさんに送って貰って学園に行くと、何やら編入生のことでやたら噂になっていた。
 その噂の内容とは、『隣国の勇者たちの追っかけをしている没落間際の貧乏伯爵令嬢がこの学園に編入してくる』というもの。
 どうやら、この国に入ったときの夜会でザッシュ様と踊ったのが私だけだったことからきた悪い噂らしい。あの夜会に来た人達の中に、この学園に通う生徒が何人もいたらしい。
 いやいや、よく考えて欲しい。単なる貧乏なご令嬢が隣国に編入なんかするもんか。そんなお金はうちにはない。ありがたくも王宮から出して貰っている身だ。少し考えればわかるだろう。
 突っ込みどころ満載な噂は、ただただ馬車で登校しただけの私の耳に入ってくるほど、声高にさえずられている。
 だって降りた瞬間ご丁寧にそんなことを大声で言った女生徒がいたんだもの。思わず吹き出しそうになってしまった。我慢した私を誰か褒めて欲しい。
 一種異様な雰囲気の中、バールさんにひたすら心配されながら、私は学園に足を踏み入れた。

「指定のクラスは……1-A組か」

 合格通知とともに送られてきた書類には、ちゃんと所属クラスも書かれていた。
 けれど、教員室もA組の教室もわからない状態で、誰かに訊こうにも周りの人の視線がやたら敵意溢れるエキスが入っている状態だったので訊くに訊けなかった。
 どうしたもんかな、と足を止めて考えていると、前から見たことのある顔が歩いてきた。
 せめてここで声を掛けないで欲しいという想いは空しくも散り、目の前に歩いてきた人は笑顔を見せて私に声を掛けてきた。

「あなたはこの間のお客さん! うちの学校だったんだ。違う制服だったし隣国の家名を言ってたからここで会うとは思わなかった」
「あ……本屋さん。あの時はお世話になりました……」

 超いい笑顔で話しかけてきた本屋にいたリュビさんは、あの時ステータスで見たスルースキルどこ行った状態で私を見下ろした。
 どうでもいいけれど、未だに攻略中の文字が燦然と輝いているんだけど、こんなところをここのヒロインさんに見られたら……と視線を逸らした瞬間、殺気らしきものが飛んできた。魔物の殺気とは段違いに可愛らしいものだけれど、確かに殺気だった。
 そっと殺気のもとを伺うと、すっごく顔が可愛らしい女生徒が柱の陰からこっちを覗いていた。あれがヒロインだと一発でわかる可愛さだった。けれど、やっぱりというか性格はあんまり良くなさそう。だって私をすっごく睨んでるもん。
 怖くはないけど不快には違いなく、私はそっとヒロインさんから目を逸らした。
 ヒロインってアレじゃないの? けなげで可愛くちょっとドジとかそういう属性で周りをたぶらかすものじゃないの? 
 ここの世界のヒロインみんな肉食女子なんだけど。草食代表のような私は恰好の餌? 
 溜息を呑み込みながら、もう一度本屋リュビさんを見上げた。

「では、時間もないので、私は行きますね」
「ああ、うん。そうだ。君が探していた本、一冊だけ入荷したから取り置いておいたよ」
「!!」

 踵を返そうとしたところで爆弾発言をかましてきたリュビさんの言葉に、私は思わずその手を取った感激を露わにしてしまった。

「絶対に今日行きます! 絶対です! ありがとうございます! 親切な店員さん!」
「ほんと? 俺今日は放課後バイトに入るから、一緒に行く? 店主だと多分取り置き場所わからないから」
「だったら馬車で送らせて貰ってもイイですか!?」
「ほんとに? それは嬉しいかも」

 すぐにでも取りに行きたい衝動を堪えながら本屋さんの手を握ってぶんぶん振ると、さっきよりもさらに強い殺気が私に降り注いだことに気付いた。けれど、全く気付いていないリュビさんを見習って私もスルーすることにした。
 放課後楽しみ過ぎる。
 るんるんしながらリュビさんと別れた私は、結局はとんでもなく大回りをして教員室に辿り着き、大遅刻をしながら担任とともに教室に向かったのだった。
 
 クラスメイトにガン無視されながらも鼻歌を歌いそうな気分で1日を終えた私は、入り口付近で待っていてくれたリュビさんと合流してから馬車止まりにいるバールさんのところに向かった。

「お、本屋の兄さんじゃないか」
「っす! あの時の御者さんじゃないっすか。ローズさんが乗せてくれるっていうんで、ありがたく乗せて貰うことにしました。よろしくお願いします!」
「お? おお。ローズ嬢、いいのかい?」

 ちょっとだけ心配そうな顔のバールさんに、めっちゃいい顔を向けて、サムズアップする。

「我が心の師匠ドッケン氏の本を、彼が取り置きしてくれていたそうなんです! なのでいてもたってもいられず」
「ははぁ……なるほどな。じゃあ、本屋の兄さんもどうぞ」

 バールさんは紳士のように手を貸して私を馬車の中にエスコートしながら、リュビさんに笑顔を向けた。

「馬車から帰るなんて、初めてです」
「そうなんですね。私も一応貴族の端くれなので、歩いて行くのはいい顔をされないんです。たまには歩いて本屋巡りをしたいのに」
「本屋巡り! あはは、本当に本が好きなんだねえ……じゃなかった。貴族様だったっけ。ですね」
「敬語なしでいいですよ。また情報を流してくださるなら」
「それなら全然」

 流石攻略対象者というかなんというか、とても気さくでいい人で、気まずいことなく本屋までついた。 
 バールさんが差し出してくれた手を取り馬車から降りると、それを見ていたリュビさんが口をパカッと開けて所作を見ていた。一応ね、飛び降りたりはしないよ。
 リュビさんの後ろから本屋に足を踏み入れると、落ち着いた雰囲気のおじいさんがカウンターに座っていた。

「いらっしゃいませ。お探しのものがありましたら探しますよ、そちらの店員が」
「俺かよ!」
「今日は早いじゃないか。シャキシャキ働け」
「このお嬢様に馬車に乗せて貰ったんだよ。昨日取り置いた本渡したくて」
「お前、お客様に送って貰ったのか! すいませんお客様、うちの店員のしつけがなっておらず……」

 まるでコントのようなやりとりが、仲の良さを表している。
 リュビさんは早速取り置いてくれたドッケン氏の本を出してくれた。

「これこれ。もう持ってる?」

 そう言って差し出してくれたのは、なんとマリウス国の旅行記だった。
 我が国の旅行記は学園の書庫にもなかったから、初めてのお目見えだ。
 相変わらずめちゃくちゃ上手な描写で描かれた街並みは、とても懐かしい王都のものだった。
 そして、学園内で噂されていた美味しいお菓子の店や、王都の見所の食べ物屋、裏路地の美味しい茶葉屋など、知らなかった情報が満載だった。

「ありがとうございます。大事にします。あ、料金は前と一緒でマリウス国のマーランド伯爵家にお願いします」

 ぎゅっと本を握りしめてリュビさんを見上げると、リュビさんは照れたように笑った。
 ああ、今日もまた、最高の日だった。
 その呟きを聞いたバールさんは、困ったように苦笑していた。

 

 
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