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第二章
30、風の国カロッツ
しおりを挟む私の出身国マリウス国の東隣に位置するカロッツ国。
カロッツ国の北と南には大きな山脈があり、その山の間を通る風が吹きつけるので、いつでも強めの風が吹く国だ。
マリウス国よりも標高が高く、夏場でもそこまで暑くはならないので、風が気にならなければ住みよい国だそうだ。カロッツ国を更に東に抜けると、憧れのセルゲン国がある。青い海、白い雲、美味しい魚介類の国だ。残念ながらマリウス国もカロッツ国も海に面したところはない。なので、今世ではまだ一度も魚介類を食べたことはない。
あああ、もう一つ向こうの国に早く行きたい。
緑が流れる景色を馬車の窓から見ながら、私は溜め息を呑み込んだ。
只今王宮が出してくれている馬車でカロッツ国までの国道を移動中だ。
ちなみに先程のカロッツ国の知識は全て尊敬するドッケン氏の本に書かれていたりする。王都の書店でこれから行くと思われるカロッツ国とアクア様に頼まれたトレバー国の本だけがラッキーにも売っていたので、今まで必死に溜めていた小遣いを使ってゲットしてきたのだ。只今兄さんに貰ったマジックバッグの中に入っている。
美味しい店や絶対に外せない劇場、とても綺麗な丘など情報が盛りだくさん。これだけは下着を忘れようとも忘れてはならない。
「そろそろ国境ですわね」
「そうですね。道がしっかりしているから移動が楽ですね」
グロリア様も私と同じように外を見ながら、ニコニコと呟く。
ちなみに他の三人は違う馬車で移動している。シーマ様が「婚約者と同じ馬車に乗りたい」と少しだけ駄々を捏ねたけれど、アレックス殿下とザッシュ様と私の組み合わせなんてちょっとかなり嫌だったのでお断り申し上げた。「嫁入り前の令嬢が男性二人と密室に入るとか無理です」と言って。
普通に夜会とかでエスコートして貰って二人っきりで馬車に乗ったりするけどね、それはそれ。これはこれ。
ケダモノ扱いされた殿下とザッシュ様はちょっとショックを受けていたようだけれど、どうせなら長い道中目に嬉しいグロリア様と一緒にいたいよね。ついでに馬車に揺れて跳ね飛ばされそうになったグロリア様をキャッチしたりしたいよね。キャッと悲鳴を上げてぽよんと弾むグロリア様は滅茶苦茶可愛いのですよ。
国境付近から山があるので、カロッツ国に入った途端に風が強くなるらしい。
「そういえばカロッツ国の言い伝えでは、王都に風が吹かない時は何かとても恐ろしいことが起こる前兆だとか」
「そうなのですね……」
言い伝えなので本当かどうかはわからないけれど。
スピリットクリスタルでは、カロッツ国は一つの神殿に寄っただけで単なる通り道だったからあまり詳しいことは憶えていない。その神殿が北側の王都に近い山にある小型ダンジョンの奥にあるので、多分レベル上げ要因だったように思う。神殿の開放で風の精霊が復活するとかしないとか。
画面上のマップを走って移動していただけだから、実際にそこが強風の国だったとか全然わからなかったし。
「あ、ガイドブックありますよ。一緒に見ましょう」
まだ読み込んでいなかったドッケン氏著のカロッツ国旅行記を取り出して、はしたないけれど走行中に席を移動する。
グロリア様の正面から横に移動して、本を開いた。
「あら、絵まで入っているのね。素敵な本ね」
「そうなんですよ。私、この方の本を全部読みたくて」
「素敵ね。読んでいるだけでその国に行ったような気分になりますわね」
「本当に。『風と共にあり、風と共に発展した国』なんだそうですよ。素敵ですねえ」
「ええ。風が弱いと逆に国民たちは不安になるなんて、不思議な感覚ですわね」
二人で文字を追っていく。馬車は揺れるし下を向いているはずなのに酔わないこの身体って実はすごいんじゃないだろうか。とチラッと思ったけれどそれは口に出さない。
真剣に本に目を落としているグロリア様につられるように、私もまだ読んでいないページを開いた。
「近年、風が弱まってきているのですって。そのため、この国独自の乗り物が禁止されてしまったそうよ」
「わ、本当だ。この本っていつ書かれた物なんでしょうね。今の状態を伝えているんでしょうか。それとも前はこうだったということでしょうか」
「文字も絵もくすんでいないから、ごく最近だと思いますわ。この独自の乗り物、ちょっと気になりますわね。禁止されてしまって残念です」
「ホントですね」
相槌を打ちながら、ページをめくっていく。
風を利用した空を飛ぶ乗り物、という名でハンググライダーのような物が描かれているのがとても気になった。ぜひぜひやってみたかった。
夢中になって本を見ていたら、馬車がゆっくりと止まった。
国境だ。
窓から外を見ると、護衛の人が国境の砦を守る人に紙を見せていた。
すぐに何事もなかったように馬車が進み始める。
暫く行くと、馬車の窓がカタカタと鳴るほどに風が強くなった。
「なるほど風の国……」
とてもしっかりした造りの馬車でも、風で窓が震えている。
進む速度は先程よりも遅く、慎重に進んでいるようだった。
「これで風が弱くなったっていうのが驚きですね」
「本当に。元に戻ったらどれほどの風になるのかしら」
外に立つ木々は、葉が片側に寄るようにして斜めに生えている。これも風の弊害なのかもしれない。
向かうのはカロッツ国の王都。その中にある学園に向かって、編入試験を受けるのが、目下の私の予定。
王都までは馬車で一週間ほど。途中村や街を介して向かうことになっている。
今日の宿泊はここからそう遠くない国境の街だ。まだ陽は高いけれど、今日の行程はもうすぐ終わる。
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