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777、青い翼
しおりを挟む魔物のHPバーが黄色に変化し、魔物が地を震わせる咆哮を上げるころには、中央部以外はほぼ浄化された状態になった。ニコロさんは肩で息をしながらも、ひたすら浄化してくれる。もう何本マジックハイパーポーションを飲んだかわからないくらい頑張っている。お腹に溜まる物じゃなくて本当によかった。それでも服用しすぎでどこか支障をきたしているのか、疲労が溜まってしまっているのか、段々と足取りは遅くなっている。
俺は、やっぱり魔物の尻尾から飛んでくる魔法をいなして、時折聖魔法で皆のバフがけをするのが精いっぱいで、浄化の方までは手が回らなかった。聖獣の一人が俺たちの護衛に着いちゃったら前線が厳しくなるので、泣き言をいうわけにもいかない。
既に浄化範囲は92%まで増えた。あとは中央浄化と魔物を倒したら、100%になるってことだ。
ネーヴェとヴィデロさんが宙から攻撃し、レガロさんとノワールとディーが正面から魔物を引きつけつつ攻撃を加える。
ディーは回復も出来るらしく、たまに回復魔法が飛んでいるのが目に入る。ヴィデロさんはシャドウパペットを使って三人で攻撃していたけれど、闇属性のパペットではほぼダメージを与えられないとわかるとすぐさま消し去った。
皆魔法も織り交ぜた攻撃をするのに、魔物に弱点はないのか、大きくHPを削れる攻撃は今の所出来ていなかった。地道に削るしかないのかな。
「至高の神よ、その気高き神気で魔を打ち倒し給え、『聖球』!」
三度ほど連続で詠唱して、魔法を撃ち消して魔物に魔法を飛ばす。尻尾で打ち消されて悔しく思いながら、次の魔法を飛ばす。
さっきから魔法オンリーで、実は俺薬師じゃなかったっけ、とたまに我に返って思う。
卵を腕に抱いていると落としそうだから、と赤ちゃんを抱っこしてるみたいに布で包んで身体に縛り付けている俺は、長引く戦闘に気が抜けそうになる度に、胸で響くコツコツという振動に気合いを入れ直していた。この子のお陰でまだ集中してられるよ。ありがとう。
周りの穢れた魔素が大分浄化されたせいか、魔物の回復量は最初程ではなく、微々たるものになっている。
HPバーが赤くなった瞬間、今までとは比べ物にならないくらいの咆哮を魔物が放った。
俺もひるまないようにぐっと歯を食いしばる。
ノワールも一瞬足を止めてしまっていて、気合を入れさせるためか、ディーとネーヴェが共に咆えた。
後ろでカタリと音がしたので、ハッと振り返ると、ニコロさんが真っ青になって杖を取り落としていた。カタカタと身体が震え、咆哮がまるっと効いちゃった状態になっていた。
「ニコロさん!」
慌てて杖を拾い、ニコロさんに差し出すも、ニコロさんはまだ硬直が解けていなくて、受け取れない。
「あ……す、いませ……身体が、すくんでしまって……」
震える声で謝るニコロさんに、俺は首を振る。
「大丈夫です! 普通そうなりますから!」
言いながらニコロさんの方に目を向けていると、いきなり視界が黒くなった。
ギャン! とノワールの悲鳴が聞こえて、ハッとする。ノワールが身体で俺たちを庇ってくれたらしい。魔物はニコロさんの復活まで待つ気はないってことか。
「ノワール、ありがとう!」
インベントリから手元に出現させた瓶をすぐさまノワールにかける。
ノワールはすぐに立ち上がって、俺たちの前に立ちふさがった。
「ノワール、ごめん、もう大丈夫だから!」
『しかしまだ立ち直っていない』
ニコロさんのことを言ってたらしい。
確かに。もう大丈夫、と硬直が解けて俺から杖を受け取ったけれども、その手はやっぱり微かに震えていて、怖いんだってことが傍から見ていてもわかる。
それでも怖いから無理、と諦めずに震える声で詠唱を始めるニコロさんを守るため、俺は卵を手の平でそっと包んでから、短剣を構え直した。
「もう大丈夫!」
『それは心強い』
ノワールはチラリとニコロさんの様子を見てから、またも前線に走っていった。
「『浄化鎮魂歌』」
「『円状鎮魂歌』!」
二人で同時に浄化魔法を唱える。
俺たちのいる場所から、浄化魔法の光が広がる。
そこで気付く。俺の浄化魔法の方が範囲が広くなってることを。というかニコロさんの浄化魔法範囲が目に見えて狭まっている。
「ニコロさん、大丈夫ですか!?」
まだどこか不調なのかと声を掛けると、ニコロさんが「いいえ、まだやれます!」と力強い声で返してくれたので、ちょっと安心して追い打ちの聖魔法を唱える。
回復しつつちょっとずつ移動して、魔物の攻撃を何とか必死で押さえながら浄化をする。
大分魔物に近付いたのにそれが出来るのは、魔物も疲弊してきたのか、直接攻撃をしてくるヴィデロさんやレガロさんの方に行きがちだからだ。口からダラダラと黒い涎を垂らしてるのが見ていて怖い。地面が解けてるとかそういうのはないから酸ではないっぽいけど、思わず顔を顰めちゃいそうになる。
魔物は時折こっちに来ようとするけれど、巧みに皆が進路を塞いでくれる。跳躍してもヴィデロさんの剣の餌食になり、地面からだと3人に阻まれる。
魔物は常にこっちを気にしてる。視線が物凄い圧を持って感じる。
さっきの浄化がとうとう魔物の位置までかかったから。
っていうかこの圧のかかり方、もしかして狙われたのはニコロさんより俺?
さっきの範囲浄化、俺の方が伸びてたし。
圧に負けないように足を踏ん張り、胸の前に腕を構えて、少しでも卵にその威圧の余波が行かないように防御する。
そんな威嚇になんか負けないから。
「もう魔王は消えてなくなったんだ! これを倒したらもう二度とこんな魔物はここには出てこない!」
守護樹だってもう二度とこういう魔素を通したりしないって言ってたし。
これを倒したら、ブルーテイルだって今度こそ安心してここに住めるから。
この子だって、安心して仲間の所に遊びに来れるようになるなら。
コツ、と卵の中から振動が来る。
青い翼が目の前を横切っていく。
「え……」
顔を上げると、この広い空間の中を、一羽の大きな青い鳥が飛んでいた。
長い青い尾をなびかせて、大きな羽根をはばたかせて、魔物の上を旋回し始めた。
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