これは報われない恋だ。

朝陽天満

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776、ボス戦と浄化

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「流石にこの広さは一度じゃ浄化出来ないですね」



 ニコロさんはマジックハイポーションを飲みながら溜息を吐いた。

 一回ごとに飲まないと魔力がなくなるのです、と申し訳なさそうに呟いたニコロさんに、「とても助かっています」と次々マジックハイポーションを渡すレガロさんがちょっと怖い。

 魔力回復はしていても、ニコロさんの顔には明らかに疲れが出ていた。そんな中のボス戦と、広い領域の浄化。

 大丈夫かな、とニコロさんを盗み見ると、目が合ってしまった。

 ニコロさんはにっこり笑って「マックさんは疲れていませんか」なんて俺の心配までしてくれる。

 疲れてるのは何もしてない俺よりニコロさんだよ。

 気配がするとは言っても、まだボス魔物は出て来てない。

 今のうちに有利な場所を広げよう、ということで、そっと外側から浄化していこうということになった。絶対に真ん中付近になんかいるから。



「これが高橋たちだったらボスだーボスがいるーってまずは真ん中に走ってって討伐するんだろうなあ」



 少しずつ外側を浄化しながら歩くニコロさんの後ろをついて歩きながら俺が呟くと、レガロさんとヴィデロさんが二人で笑いを零した。





 浄化率81%。

 この真ん中のボスを倒してここを浄化すれば多分クエストクリア。

 報酬が全く何なのかわからないけれど、でもこれはやらなきゃいけないやつ。

 俺も円状鎮魂歌でちょこちょこと浄化して、魔素を綺麗にしていく。でもやっぱりというか俺が浄化するよりニコロさんが浄化する方が空気が綺麗な気がするのは、きっと薬師と聖職者の違いなんだろうなと思う。



「さて、だいぶ私たちの逃げ場もできたことですし、ヴィデロ君、そろそろやっちゃいましょうか」

「はい」



 レガロさんはにこやかに中央に視線を移した。

 ヴィデロさんもキッと視線を上げて、嫌な気分の方を向く。

 聖獣たちもそれぞれに身体の大きさを本来の大きさに戻し、戦闘態勢に入る。

 ニコロさんはもともと戦えないし、俺も戦力外ってことで、ちょっと離れた位置に着いた。

 レガロさんが剣を手に、無造作に中央の木に近付いていく。それを追うようにヴィデロさんも。

 皆が近付いていくごとに、樹の中央の鳥の巣に黒い靄が集まっていく。アレがユニークボスかな。

 集まる穢れた魔素に圧迫感を感じる。吼えられても硬直しないようにぐっと手を握る。

 ユニークボスに聖属性の攻撃魔法って効くかな。それよりも魔法陣で皆をバフがけした方が。

 思いつく限りのバフを歩いている皆に魔法陣で飛ばす。

 ヴィデロさんがスッと手を上げて俺に何か合図をしたから、多分ちゃんとバフが掛かったはず。

 皆が樹を囲むように立った瞬間、集まった黒い魔素は立ち上がり咆哮を上げた。

 肌がビリビリする。空気も震えてる気がするし、ズン、と身体が重くなる。でも動けないほどじゃない。魔大陸のボス戦ほどじゃない。よし。メンバーは少ないけど、魔王程強いわけじゃない、と思う。

 ヴィデロさんもレガロさんも、聖獣たちも平然と動き始めた。

 ヴィデロさんの背中から羽が生え、飛び出す。

 ネーヴェは器用に樹を駆けあがって行って、初手を魔物に加える。二人とも速攻が速すぎる。

 初っ端からHPを減らされたボスは、バランスを崩して下に落ちた。けれど、体勢を立て直しつつ普通に着地している。落下ダメージはなかったみたいだ。

 ユニークボスの姿は、前にセィに行く途中で会ってしまったユニークボスの形と似ていた。

 4足歩行で頭はライオンのような鬣があり、背中には羽、そして尻尾は蛇。違うところは、大きさと、色。前は色とりどりだったのに、今回は黒一色。そして、大きさはこっちのほうが一回り小さいんだけど、弱くなったわけじゃなくて、何かヤバい物がギュッと凝縮されてる、という感じだった。

 剣がぶつかる音と、獣の咆哮、そして辺りにある障害物が破壊される音が響く中、俺たちはただじっとしていたわけじゃなくて、ニコロさんと二人で少しずつ、少しずつ周りを浄化していた。中央に寄らないように、少しでも戦ってる皆が有利になるように。

 ニコロさんは最初の咆哮で硬直してしまったけれど、すぐに我に返って、青い顔をしながらも「彼らが戦いやすいように我々も動きましょう」と杖を構えた。強い人だと思う。戦闘はほぼしたことがないはずなのに。



「『浄化鎮魂歌ピュリファイレクイエム』」

「『円状鎮魂歌サークルレクイエム』」



 二人の浄化魔法が重なって、浄化範囲が広がっていく。

 少し移動しては、MPを回復してまたも浄化する。

 ボスのHPは、削られてもじわじわと回復していく。周りをしっかり浄化しないとこの魔素で回復しちゃうんじゃないだろうか。ヴィデロさんも今はあのHPバーが見えているはずだから、きっと気付いている。

 だったら俺たちは、間接的に敵の弱体化をしよう。

 魔物が咆哮するたびに、ニコロさんは身体を振るわせ、足を止める。たまに杖を握る手が震えてるけれど、しっかりと自分の足で立って、周りを浄化している。

 俺は自分の手を見て、震えてないのを確認すると、絶対にこの人を守ろう、と気合を入れた。



 時折魔物の視線が俺たちを捉える。

 その都度遠距離攻撃魔法を仕掛けて来る。俺は必死で聖魔法を飛ばして何とか相殺することに成功しているけれど、これ一つでも外したらヤバいよね。緊張で硬くなる身体を解すように深呼吸をした俺は、浄化魔法を掛けるのを全てニコロさんに任せることにして、聖属性の防御魔法を展開し始めた。この戦闘、肝は戦ってる人たちじゃなくてニコロさんだよ。



「一旦離脱します!」



 レガロさんの声が聞こえて、ハッとそっちを向くと、レガロさんが息を乱しながら俺たちの方に向かってくるのが見えた。

 魔物が後を追おうとするのを、聖獣たちが全力で止めにかかっている。



「……っ、マック君、すいませんが、秒で私の身体を元に戻してもらえないでしょうか」

「はい!」



 険しい顔をしてるのは、多分魔物化する一歩手前まで来てるから、だと思う。普段のレガロさんからは考えられないほど息が乱れ、表情が険しくなっている。身体の傷はほぼないのに。



「至高にして最上の神よ、その聖なる気でこの者の心の奥の底に眠る邪気を吹き飛ばし給え。『ヴァイスブロフ』。至高の神よ、その気高き聖なる力でこの尊き者を癒し給え『聖治癒ホーリーヒーリング』」



 二連続で聖魔法を唱えると、レガロさんが光り輝いた。そして、光が収まると、穏やかな顔のレガロさんが出て来た。



「素晴らしい。確かに秒で治してもらいました。では、また参戦してきますね」



 にっこりと微笑んだレガロさんは、またしても前線に走っていく。そして、涼しい顔でまた魔物と対峙し始めた。



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