これは報われない恋だ。

朝陽天満

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775、聖獣たちの住めない場所

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 浄化は順調に進んだ。途中お昼休憩を挟み、先へ先へ進んでいく。大きな森の場所や岩場などいろいろな場所があるけれど、進む方向は一本。他の場所は大丈夫なんだとか。

 リザが生まれたのがこの岩場の場所で、魔物に追われて他の聖獣に外に逃がしてもらったんだってディーが教えてくれた。そのままふらっと聖域の外に出てしまって、はるか向こうの花畑でエリモさんたちに出会ったのは、逃がした聖獣たちもびっくりだったらしいけど。ブルーテイルはさらに奥が住処だったけれど、穢れた魔素に追われて外に逃げ出して、あの滝で巣を作って産卵したんだって。今は穢れた魔素に侵されていない場所で休息をとっているって。めちゃくちゃ落ち込んでるって、そうだよね……。残酷すぎて胸が痛い。



『この先が、もう聖獣の住めない場所だ』



 ネーヴェが足を止めて俺たちに教えてくれる。

 そこは段差があり、奥に通じる穴が斜め下に向かって伸びている場所だった。穴の大きさは、だいたい5メートルくらい。そんなに広い穴じゃない。

 覗き込むと、確かに奥から魔大陸で感じるような嫌な感じが漂っていた。ここで怪我して寝てたら確かに魔素にやられそうだ。



「この上に伸びる道は大丈夫なの?」



 下に向かう穴じゃなくて、横に通じる道を指さすと、聖獣たちは一斉に頷いた。



『向こうは大丈夫だ。この下に住んでいた聖獣は皆そちらに逃げている。もしそちらにもこの汚らしい魔素が行けば何かしらの連絡が周り全てにいくから、今は大丈夫だ』

「なるほど。聖獣ネットワークでわかるんだね」



 俺が頷くと、レガロさんがふふっと笑った。



「聖獣ネットワークですか。とても魅力的な響きがしますね。さて、この先は気を引き締めていかないと、ちょっと苦戦しそうですよ」



 その言葉に身が引き締まる。確かに、この嫌な感じだったら強い魔物が出てきてもおかしくない。



「魔大陸くらい強い魔物が出て来たらどうしよう……」

「俺が斬るから大丈夫だ。マックは卵と猊下を頼むな」

「うん……気を付けてね。怪我しないでね。怪我したら秒で治すから絶対に教えてね」

「頼もしいな。わかった。怪我したら秒で治してもらうか」

「マック君、私のことも是非秒で治してくださいね。頼りにしています」

「でもマックさん、無理は禁物ですよ。私も多少なら回復魔法を使えますから、手分けして何とかしましょう」

「ニコロさんは浄化が大変なので回復は俺が受け持ちます」

「じゃあ、浄化も手分けというのはどうでしょうか」



 胸を張る俺に、ニコロさんはくすっと笑いながらそんな提案をしてきた。俺がぜひ、と頷くと、ニコロさんは破顔して、「冗談ですよ。私も先見の方に見込まれたわけですから、先見の方の満足いく程度には頑張らないといけないのです」と俺の肩を優しく叩いた。

 ニコロさんが入り口付近を浄化すると、俺たちは聖獣の背中に乗って下に移動を開始した。

 坂道がきつすぎて歩いて降りると滑落しそうなほどだったから、軽々と降りていく聖獣たちがとてもありがたい。

 今度はヴィデロさんが起爆剤をセットする役目に着くことになった。

 さすがのレガロさんも、これ以上濃い魔素の中にいるとちょっと魔物化しちゃいそうなんだって。ちょっと魔物化ってそんな軽いノリだっけ。

 ニコロさんも浄化した場所から先には進まず、ギリギリでまた先を浄化、綺麗になったら進む、ということを繰り返した。

 持っててよかった起爆剤。一回の浄化魔法で範囲が広がるって、こういう時本当に便利だった。

 もちろん魔物も次々出て来た。それをヴィデロさんが一刀両断して、何事もなかったかのように起爆剤をセットする。頼もしい、かっこいい、好き。

 俺の出番は、もちろんない。起爆剤提供者兼卵温め係だ。

 相変わらず中の子はコツコツ殻を叩いてたので、「ここは危ない場所だよ、ちょっとだけ我慢してね」と声を掛けるのも忘れない。どうせなら綺麗な魔素の所で生まれて来て欲しいし、安全な場所で見守りたい。

 そんなこんなですでに浄化した範囲は73%になった。

 あと4分の1。

 曲がりくねった道を進んでいく。



「この先が本番ですよ」



 ニコロさんの声で、皆が前を向く。

 視線の先には、道の向こうに広い空間への入り口が見えた。

 あそこが昔ブルーテイルの巣だった場所らしい。そこの地面から魔素が発生したんだって。

 ディーが説明してくれたけれど、確かに中央にある大木の途中途中に鳥の巣みたいな物がちらりと見えた。っていうかここ、山の中だよね。広すぎる。

 街とまではいかないけれど、村一つ分なら簡単に入るくらいには広いんじゃないかっていう空間は、天井もとても高く、ここが洞窟の中だってことを忘れさせるほどだった。

 中央にそびえた大木の根元からは、魔大陸と同じような薄黒い色のついた何かがもやもやと出続けている。



「あれだけの魔素が出ているのに、上の方まで穢れていないのが不思議だ」



 ヴィデロさんの呟きの答えは、ディーがくれた。



『ここより先に、前は道が繋がっていたのだ。外に出るための。そこから蒼獣は逃げ出し、その入り口を岩でふさいだのだ。外に吹き出すと人族の街の在り様が変わってしまうと。だが完璧には塞ぐことが出来ずに漏れ出ているようだ。だからこそ聖域全てにこの魔素が回ることなく、我らは助かっていた。蒼獣の機転に感謝よ』

「そうか。助かるな……ここからだと、クワットロ付近か」

『もう少し進むと獣人の守り主が立つ祠がある場所だな』



 街の人たちも聖獣たちも、ブルーテイルに助けられていたんだ。もしこんな魔素が外にすべて漏れ出ていたら、クワットロとかトレとかが魔大陸のような強い魔物が跋扈する場所になってたはず。たまに出るユニークボスはきっと、この魔素が作り出したものだったんじゃないかな、と思うとなぜか納得してしまう。最初にADOを始めた時はユニークボスの話を聞いたとき、そんな設定なんだなあ、強くなりたい人は喜ばしいかもね、なんて気軽に考えていたけれど、こんな意味があったなんて。

 魔物が出るのもボスが現れるのも、全てゲームの仕様かな、なんてそんなことは全然なかった。全てに意味があって、色んな過去がある。きっとヴィデロさんと出会わなかったら絶対に知り得なかった内容の数々。

 レガロさんが「俺たちがまっすぐ進めば道が開ける」と事あるごとに言っていたけれど、こういうことだったんだって、終わってみるとわかる。そんな大げさな、なんて思ったこともあったけれど、大げさでも何でもなかった。



 もやもやと揺れている薄黒い魔素を睨みながら、卵を抱く腕にギュッと力を入れると、いつの間にか隣に立っていたレガロさんが俺の肩に手を置いた。



「こんな状況ですが、とても笑いたくなってしまいました」

「へ?」

「マック君、あなた方はまた、とても楽しいことをしてくれたのですね」

「え?」



 笑いを堪えるように口に手を当てたレガロさんを怪訝な目で見ると、レガロさんは「先が見えました」とあっさりと告げた。



「先? 先って……もしかして『先見』!?」

「はい。詳しくは後ほど。私も出ないといけないようですので」

「あ、でも魔素が」

「まあこのくらいの濃度でしたら、1時間ほどなら持ちます。ヴィデロ君がいるので、そこまで時間はかからないでしょう。念のため、マック君は猊下と共に下がっていて下さいね。その卵にはこの魔素はあまりよくないので」

「……ってことは、ボスがいるってことですよね。すっごい嫌な気配がするもん。感知したら鳥肌が立つくらいの」

「ええ。鳥肌が立つほどの嫌な魔物がいます。念のため、これを持っていて下さい。猊下も」



 レガロさんは、懐から2つのアミュレットを取り出すと、手ずから俺とニコロさんの首に掛けてくれた。ヴィデロさんには手渡しし、リボン付きの物を聖獣たちの首に巻く。

 レガロさんに断って鑑定眼で見てみると、「身代わりのアミュレット」という超レアアイテムだった。一度だけ、その命を繋いでくれるもの。命尽きると、そのアミュレットに内包された蘇生の魔法陣が発動し、蘇生してくれるという代物だった。蘇生薬のように誰かが掛けるという手間が省けた超便利アイテム。っていうかこれ、絶対高いやつ。

 いいのかな、とレガロさんを見上げると、レガロさんは口角を上げた。



「大丈夫、私の趣味の手作りですから」

「全然大丈夫じゃないです。こんなのが手作りできるなら教えて欲しいくらいです」



 真顔で突っ込むと、レガロさんは声を上げて笑った。



「お教えしましょう。まずは『彫金』と『装飾』のスキルレベルを100まで上げてください。そうしないとこれは作れません」

「うぇ……ハードモードだった……俺まだどっちもレベル15くらいです……」

「スキルを持ってはいるのですね。それは素晴らしい。100を超えたら教えてくださいね。『身代わりのアミュレット』のレシピをお渡ししますので」

「はい……頑張ろう」



 レシピって聞いたらやらないといけない気がするよね。

 よし、と心の中で握りこぶしを作ると、レガロさんは満足げに頷いた。







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