これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
768 / 830

765、小さな参列者が現れた

しおりを挟む
 心臓が口から出そうなくらいドキドキしながら、ヴィデロさんの横を進む。

 足元の床がピカピカで、踏ん張らないと滑りそうで怖い。

 案の定二歩目でするっと行きそうになって冷や汗をかいていると、ヴィデロさんが笑いながら腕を差し出してくれた。

 本当は二人でしずしずと歩く場所なんだけど、俺はその腕が嬉しくて、手を掛ける。

 本当はどんなか知らないけど、まるで偉い人の夜会のように腕を組んで歩き、神主さんの前に辿り着くと、目の端に映るのは、笑いを堪える母さんと、目が真っ赤になった父さん。

 アリッサさんは手にハンカチを持って、それを顔に当てて、ヴィルさんに肩を抱かれている。



 巫女さんに声を掛けられて、参列している人たちが立ち上がる。神主さんの手にある大幣おおぬさと呼ばれる棒が振られ、神主さんが最初に穢れを落とすという祝詞を唱え始める。大幣がサラサラと鳴り、空気が張り詰める。



「掛けまくもかしこき 伊邪那岐の大神……」



 難しい言葉が並び、聞いていても意味は全くわからない。

 でも神主さんがその言葉を唱えるごとに、空気が綺麗になっていく気がする。気持ちの問題だとは思うけど。

 簡易式だから、色々と短縮された式だけれども、それでもやっぱり気持ちは昂る。

 頭を下げて目を閉じていると、逆に周りの雰囲気がよくわかる気がする。



「祓へ給ひ清め給へと もうすことを聞し召せと かしこかしこみももうす」



 大幣の動きというか音が止まり、巫女さんが皆に顔を上げる様伝える。

 ちらりと横を見れば、ヴィデロさんが真剣なまなざしで前を向いていた。

 神主さんが俺たちにやっぱり意味の解らない祝福の言葉をくれて、三々九度は俺がまだ18ってことでお神酒じゃなくて聖水と呼ばれる水で行った。

 誰もが無駄口を叩かず、静かに俺たちを見守っている。時折すすり泣くような声が聞こえてくるのは、多分うちの父さんと、アリッサさん。あ、違う。アリッサさんは最初っから号泣していた。

 「誓詞奏上」という声と共に、ヴィデロさんが一歩前に出る。

 一度俺の方に顔を向けて、ふわっと微笑むと、口を開いた。



「私、ヴィデロ・オルランド改め、ヴィデロ・ラウロと、郷野健吾は、様々な困難を乗り切り、今日この時を迎えました」



 穏やかな、でも力強い声が、神殿に響く。



「ケンゴを伴侶とし、私はこの幸せな日々を、満ち足りた日々を、この命果てる時まで、護り抜くことをこの胸に、そして亡き父に、剣に誓います」



 ああ、と肩から力が抜ける。

 いつも守ってもらってるよ。本当にその命を懸けて。

 思い出すのは、目の前でお腹を裂かれたヴィデロさん。そして、泣きそうな顔をしながら、その手に結晶を掲げたヴィデロさん。もし俺と出会わなかったら、トレの門番としてもっと平穏な日々を送れたかもしれないのに。魔王となんて戦うことなんてなかったのに。こんな、全く知らない世界に来て、慣れない暮らしを甘受したりしなかったのに。

 本当はダメなのかもしれないけれど、俺は、たまらずにヴィデロさんの袖をそっと掴んだ。

 神様。ヴィデロさんを幸せにします。だから、永く、永く、この大好きな人を俺にください。







 簡易式なので、巫女さんの舞いはなく、玉串と呼ばれる物を奉納すると、神主さんが無事二人の神前式が終わりましたと言う挨拶をして、式は終わった。

 最後に境内を並んで歩いて、神社の外に出たら、本当に式は終わり。

 神主さんが退場すると、皆が促されて外に出ていった。俺たちは最後に移動して、花道を歩くらしい。

 それまでの間、俺はずっとヴィデロさんの袖をギュッと握っていた。なんだか離し難くて。

 皆が移動しながらガヤガヤしているので、俺と親たちはちょっと中で待ち時間。

 泣きはらした赤い目をした父さんが、「水合わせはしないんだな、今の神前式は」と気になるワードを呟いた。



「仕方ないわよ。簡易式だもの。ああ、上乗せして通常式にしてもらえばよかったかしら。巫女さんの舞い、見たかったわ」

「時間もかからないし費用もそこまで高くないから、悪くないとは思うけど、ちょっと寂しいな」



 そうね、と頷く母さんと父さんに、ヴィデロさんが首を傾げながら「水合わせとは何ですか?」と訊く。

 父さんはヴィデロさんを見上げると、目をごしっと擦ってから説明してくれた。



「お互いの家から持ち寄った水を、一つの杯に注いで二人で飲む儀式のことだよ。環境の違う二人が一緒に暮らすということは、想像以上に今までとは違っていて苦労もするだろうから、その環境にしっかりと二人で馴染んで行けるように、という儀式なんだけど」

「父さんがね、健吾朝うちに寄る時間がないだろうから、用意しないと、なんて言ってお水持ってきたのよ。出番がなかったけれどね」

「それは……素敵ですね。でも、うちからは持ってきていないから……」

「そうよね。案内にも書いてなかったから、万が一、ってことで持ってきただけなのよ。ヴィデロ君、喉乾いたなら飲む? 外はもう少し時間がかかるでしょうから」



 母さんがカバンの中から小さな水筒を取り出すと、蓋のコップに水を注いだ。

 ヴィデロさんはそれを礼を言って受け取って、ふと動きを止めた。



「もしかして、ここは」



 小さく呟いて、俺を見下ろす。



「ケンゴ、水合わせ、出来るかもしれない」

「ヴィデロさん?」



 多分、出来る、と口元を持ち上げたヴィデロさんは、小さなほぼ誰も聞き取れないような声で、何かを呟いた。

 途端に、水筒の蓋の水が増す。

 あ、もしかして今、水魔法使った? もしかして、ここも魔素ポイントだったってこと?

 増えた水をドキドキしながら見ていると、ヴィデロさんはそれを一口含んだ。

 そして、そっと俺に差し出す。

 え、凄い。ヴィデロさん特製水合わせだ。

 ドキドキしながら俺も水を一口飲む。味は普通の水と変わりないけれど、なんかそれだけで胸が温かくなった。



「新郎様方、お外の準備が出来ました」



 巫女さんが俺たちに声を掛けると同時に、外から何かが飛び込んできた。

 そして、俺の手にある水筒の蓋の縁にちょこんととまる。



「鳥?」

「迷い込んじゃったのかしら」



 それは、小さな青紫の鳥で、人を怖がることなく、俺の手の上から、蓋の中の水を突いて飲み始めた。

 この鳥、あの神社にいた鳥とそっくりだ。



「ヴィデロさん」



 蓋を持ったまま、俺はヴィデロさんを見上げた。

 ヴィデロさんは驚いたような顔をして、その後目を細めて鳥を見下ろした。

 ヴィデロさんも、この鳥が何なのかわかったみたいだった。



「鳥も健吾たちを祝福しに来たのかな。君はあの山の子だね」



 ひょこっと俺たちの間から顔をのぞかせたヴィルさんが、にこやかに水を飲む鳥に指を差し出す。

 鳥は顔を上げてピィと鳴くと、ヴィルさんの手に乗った。そして、そこに付いていたボタンをくちばしで突いて、攻撃し始めた。

 フンスと鼻息を荒くすると、鳥は水の所に戻ってきた。後には、ボロボロになった袖のボタン。ヴィルさんは笑いを堪えている。



「噛みつき方が君とそっくりだね」

「俺がいつお前に噛みついたんだよ」

「健吾で遊ぶとこんな感じになるよ、君は」



 くくくと笑ったヴィルさんは、外で待ってるから、と険しい顔をしたヴィデロさんの肩を叩いて、逃げるように先に外に出ていってしまった。

しおりを挟む
感想 508

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...