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連載
762、黄金果実、言い値で買おう
しおりを挟む工房に帰ることなく、セッテの街に跳ぶ。
フレンド欄をちらっと見ると、今日は輪廻はログインしていないみたいで、灰色になっていた。
農園の入り口のベルを鳴らすと、もう夜なのにも拘わらずトレアムさんが畑の方から顔を出した。
「マックか。元気そうだな」
「トレアムさん。あの、油と果物を売って欲しくて」
「まずは向こうで茶でも飲まないか」
早速入用な物を口に出すと、トレアムさんは苦笑して母屋に案内してくれた。
そこで、タルト依頼を受けたこと、油と果物が欲しいことを伝えると、トレアムさんは口もとを綻ばせた。
「マックは輪廻と同じ職だと思っていたんだけどな」
「そのはずなんですけどね。なんか依頼が全部タルトで。トレアムさんから教えてもらったタルトレシピが思わぬところで役立ってます」
「変な役立ち方だが、マックの役に立つなら教えた甲斐もあるというもんだな」
すごくいい香りのするお茶を俺の前に置くと、トレアムさんは肩を揺すった。
「前にマックが買っていった果物はもうないのか?」
「まだあるんですけど、トータルで23個くらいタルトを作らないといけないので、足りなくなったら困るかと思って。果物の場合他にも使いたいから」
「そうか。タルトと言えば、砂漠都市の『カクトゥス』類もタルトに出来るっていう話は知ってるか?」
「マジですか」
ここに来ての新情報に目を輝かせると、トレアムさんは紙を取り出してきて、そこにサラサラと書き込んだ。それを俺の前に差し出す。
「カクトゥスタルトのレシピだ。いつもご贔屓にしてくれているからな。マックならきっと美味く作れると思う。人の好みはあるけどな」
「え、いいんですか!?」
うわあうわあ嬉しい! と紙を手にした俺は、それのお礼と言ってテーブルにハイパーポーションを3本置いた。魔大陸バージョンだから効果抜群。トレアムさんがそのハイパーポーションを見て変な顔をしていたけれど、俺は目の前のレシピに釘付けだった。
サボテンタルトとかスゴイ。作ってみたい。確かあれ、根が漢方薬みたいに色々効くんだった気がする。そこも混ぜればちょっとした効能付きのタルトとかできるかもしれない。
ワクワクしながらレシピの手順を見ている間に、トレアムさんは注文したものを取りに行ってくれた。
バターの塊をどんと目の前に置かれる。花の香りがめちゃくちゃいい。果実はピエラとアランネを。メイレはまだ沢山在庫があるし、ピエラは非公式で手に入れてるから、本格的に売り始めたら大量買いする予定で注文した。大きめの箱二つにびっしり入った果実はどう考えても重そうなのに、トレアムさんは涼しい顔で二つ一緒に抱えている。
「注文の品だ。あと、これは極秘なんだが、この間輪廻が作ってくれた薬品の力で、黄金果実が出来る割合が上がったようなんだ。これは厳選された相手にしか売るつもりのない果実なんだが、マック、買う気はあるか? ただし、これだけはまけることは出来ないし、値段もかなり高い」
「買います」
トレアムさんの話に、俺は一も二もなく飛びついた。
え、黄金果実売ってもらえるの? ピエラを一つだけ持ってたけど、あれ、かなりレアだよ。
嬉しい。言い値で買おう。
ワクワクしていると、トレアムさんは即答した俺に声を出して笑いながら、待ってろと言って奥に消えていった。
すぐに小さめの箱を抱えて持ってくる。
「これは一つ50万ガルで売っているんだ。売れるのは5個まで。あるのは、アランネとピエラのみなんだが、どうする」
パカっと開けられた箱の中には、五つの金色に輝く果実が収められていた。傷がつかないように、ちゃんと下にクッションが入れてある。
「5個ください。現金は……さっき冒険者ギルドで引き出してきたのですぐ払えます」
「なんとも豪快だな」
トレアムさんは苦笑すると、蓋を閉じて、そのまま俺に渡してくれた。
俺も今日買った分すべてのお金をすぐにトレアムさんに渡す。
トレアムさんは現金の袋を手にすると、それの中身を確認するでもなく、テーブルに置いた。
「黄金果実のレシピも数点ある。かなり古いが買っていくか?」
「買います」
「ははは、マックに話を持っていくと面白いほど俺の懐が潤うな。毎度あり」
「だってトレアムさんの提案ってどれもすごい物ばっかりなんですもん」
レシピ代金もしっかりと払って、俺はホクホクとレシピを手にした。
「その顔。薬師ってのはレシピを手にすると皆そういう顔をするのか?」
トレアムさんの苦笑と共に零された声に、俺はレシピから顔を上げた。
っていうか俺、どんな顔してるんだ。
思わず頬を手で押さえると、トレアムさんが「玩具を貰ったガキみたいな顔をしてる」と教えてくれた。
そんな顔してたんだ。確かに、嬉しさ的には似たようなものかもしれないけど。薬師ってことは、輪廻もそういう顔をしてるってことかな。それをトレアムさんはずっと見てたんだ。
「輪廻も同じような顔をしてるんですね」
「ああ。奥の書斎で新しいレシピを見つけた時なんか、宝物を見つけたような顔で知らせに来るんだ」
「へえ」
「それで早速そのレシピを作り始めるんだが、見ているこっちまでわくわくしてくるような顔で作るもんだから、俺までドキドキしてきちまうんだ」
優しい顔つきで微笑むトレアムさんは、フッと目を伏せ、少しだけ陰りを帯びた表情になった。
でもすぐにその表情は戻り、なんでもなかったかのような雰囲気になる。気のせいかな、なんて思うくらいの一瞬。
また黄金果実が生ったら取っておくからマメに顔を出せ、というトレアムさんに挨拶して、俺はちょっとだけトレアムさんのさっきの一瞬が気になりながらも、その場を辞した。
俺一人だけ、ヴィデロさんが世界を跨いで来てくれたっていう状態なのが、なんだかよくわからないけれど、心にずしんと来た。
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