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754、セィ雑貨屋の看板聖獣
しおりを挟む専門家に任せてしまうと、素人の俺はやることがなくなる。
佐久間さんが本部と連携を取って調べてもらったら、結構他の街の可愛い子たちがセクハラまがいのことをされていることもあるらしく、こういう案件は調査も人手を割いているらしい。専門的に調べる人までいるんだとか。
「俺が本部にいた時手掛けてたのは通信バグとかそっち方面だから、こういうのは得意じゃねえんだけどな」
そう言いつつも、佐久間さんが個人的にそのサイトのログを保存している。証拠っていうのは何個保存していても余分ってことはないらしい。
別モニターを開いて、王宮が映っている画面の下に英語で文字を打っていく。
相手はヴィデロさんらしくて、俺のポンコツ翻訳が「サイト見つけたからあとは専門に任せてそこから離れていいぞ」的なことを書いているのを読み取った。「まだやることあるんだろ」みたいなことも。そういえばアリッサさんに逢いに行くって言ってたしね。俺も一緒に行くんだった。
「お、健吾も王宮行くことになってたのか? だったらあとはこっちで連携取るから行ってきていいぞ。その代わり鳥さん連れてけよ。女史がどれだけおこか確かめてえから」
「あきちゃん鳥ですか? っていうかアリッサさん今ログアウトしてるんですよね。あのサイトのせいで。行ってもいなかったらどうするんですか」
「約束すっぽかすような女史じゃねえよ。多分ログインするから大丈夫。それに、湧き上がる怒りは健吾とヴィデロを愛でることで解消してくるんじゃねえかな」
「……差し入れでも持ってった方がいいかな」
「ログアウトしてから飯作ってくれとか頼まれそうだよな」
ハハハと笑った佐久間さんは、鳥をトレの工房付近に飛ばしとくから回収して向かってくれ、と充電中のギアを指さした。あ、ここでログインするんですかそうですか。
「俺今日仕事休みなんですけど。部屋に戻ってログイン……」
「仮眠室でヴィデロがログインしてるけど隣に転がらないのか?」
「行ってきます」
キリッとしてギアを手に佐久間さんに手を上げると、佐久間さんは大爆笑をして、仮眠室に向かう俺を涙目で見送ってくれた。
仮眠室に入ると、暗めの部屋の奥のベッドでヴィデロさんがギアを被って転がっていた。流石に仮眠室に数個置かれたベッドは幅が狭く、一緒のベッドでログインするのは無理そうなので、隣のベッドを陣取る。もう少し広ければ一緒にログインできるんだけど、仮眠室だから仕方ない。
ギアを被ってログインすると、俺はキッチンのインベントリから果物を取り出して、手早く切った。クリームと果物の簡易フルーツパフェを数個作ってインベントリに詰め込むと、俺は工房の玄関から外に出た。まだあきちゃん鳥は見当たらない。玄関先で待つこと1分ほど。ようやく鳥が隣の建物の窓から飛び出してきた。あ、中にいたんだ。
鳥を待つ間ヴィデロさんの位置確認をチャットでしていた俺は、鳥が肩に停まったのを確認すると、俺は鳥の首もとをひと撫でしてからヴィデロさん目掛けて魔法陣魔法を展開した。
ヴィデロさんがいたのはセィ城下街の大通り。丁度詰所から大通りに出たところだった。すぐ先にさっき揉めた雑貨屋がある。
「今いいところかもしれないけど、ちょっと寄って行っていいかな」
「ああ。なんとかなりそうなんだろ。まずはそれを教えて安心させた方がいいかもしれないな」
「うん」
二人で頷いて、雑貨屋の前に立つと、いつもとは違う人のざわめきが街中から聞こえて来て、そっちに目を向けた。
「あれ、ネーヴェ」
避ける人波の間を、まるでモーゼの十戒の様に割りながら足早にこっちに向かってくるのは、王宮の教会にいるはずのネーヴェだった。
ネーヴェは俺たちを見つけると、たたたと走り寄り、頭を寄せた。大きさは成獣の虎くらいで、普段の姿よりも二回りほど小さくなっていた。
『主らもここに呼ばれたのか?』
「呼ばれたってことは、ネーヴェはユキヒラに呼ばれたの?」
「俺たちはユキヒラを呼んだ側だな」
ヴィデロさんの一言で、ネーヴェはある程度何かを察したらしい。
そしてユキヒラの想い人がここのロミーナちゃんだということも知ってるらしい。
『このドアを壊すわけにはいかぬから、開けてくれないか?』
カリ……と傷がつかない程度にドアノブを爪で突いたネーヴェに苦笑して、ノックしてからドアを開ける。
開けた瞬間ネーヴェがするりと中に入っていった。
中では、鎧を脱いだユキヒラがロミーナちゃんを抱き締めていて、ロミーナちゃんの顔には少しだけ笑顔が戻っていた。
『主。呼んだか』
そんな二人の間に、堂々と入っていったネーヴェは、慌てて目元を拭いてユキヒラから離れようとするロミーナちゃんにぐいぐいと鼻を擦りつけた。まるで撫でてとでも言うように。
「ネーヴェ。来てくれてサンキュ。あのさ、頼まれて欲しいことがあるんだ」
『主の頼みであれば叶えるのはやぶさかではない』
「ここの看板聖獣になってくれないか?」
『ほう、我にここに住めと。主の想い人の身を守ればいいのか。任された』
「サンキュ。俺も出来る限りここに顔を出すことにするし」
ネーヴェはロミーナちゃんを見つめて、ユキヒラの胸を必死で押している手をぺろりと舐めた。
『よろしく頼む』
「本当にいいの……? ユキヒラ君の大切な聖獣なんでしょ。こんなところで」
『我の本質は護る者だ。問題ない。餌もいらぬから、手間も金もかかるまい。邪魔になるようであれば、姿を消そう。主の大切な者を護れるのは願ったりだ』
「……ありがとう」
ロミーナちゃんは既にネーヴェがここで暮らすことをユキヒラに言われていたのか、戸惑いつつも受け入れてたみたいだった。看板聖獣って変な人気でそうだねこの店。
「ところでサンキュ、二人とも」
ユキヒラは顔を出していた俺たちの方を見ると、ちょっとだけバツが悪そうな顔をして、照れ隠しに礼を言った。
「マックが例のサイトを見つけたようだ。そして、本部で本格的に動き始めたらしい。それだけを伝えたくてな。もう、安心していい。もしまた同じことがあれば、渡した呼び笛を活用してくれていい。でもネーヴェがいるならその心配はなさげだな」
「二人とも、本当にありがとう。さっきは何も出来なかったけれど、お茶でも飲んで行って」
ユキヒラからそっと離れると、ロミーナちゃんは仄かに笑顔を浮かべた。
ちらりとユキヒラの顔を見上げるロミーナちゃんは、フッと目元を緩めて、「ユキヒラ君も、待ってて」と言って俺たちが断る前に奥のドアに消えていってしまった。
ロミーナちゃんの背中を見送ったユキヒラは、ドアが閉まるとこっちに視線を戻して、「さっきの話、本当か」と再確認してきた。
「これだけ短時間に見つけるとか……マックの本体にもヴィルさん並の探知機が仕込まれてるのかよ」
「俺が見つけたんじゃないよ。ヴィデロさんが頑張ってくれたからだよ。あと、佐久間さんっていうヴィルさんの友達が一瞬でパッと見つけてた」
ヴィデロさんからの助言がある前にしばらく二人で探しまくったのは省く。
「アリッサさんが動いてくれたならもう安心だな。俺はネーヴェにロミーナちゃんを任せることしかできないから」
「この短時間であの顔に笑顔を戻したのは、ネーヴェじゃない、ユキヒラの力だろ」
腕を組んで、ヴィデロさんが物凄くかっこいいことを言っている。でも、俺もそう思う。
「でも俺、この姿でいること自体、彼女を騙してる気がして。本来の俺はほら、あれだろ。この見た目とは全く正反対だろ」
ぐいぐい行っても肝心なところで引くのは、それが原因らしい。
自分の本来の姿じゃない姿でロミーナちゃんと距離を詰めても、ログアウトするとそこには現実が待っているわけで。
俺的にはアバターのキラキラしい王子様然とした姿よりも、短髪眼鏡のユキヒラの方が好感度高いんだけど。ヴィデロさんはユキヒラの実際の姿を見たことはないから、そういう物か? と首をひねっている。
「俺は、マックがどんな姿でもよかったけどな」
「うわ、久々惚気……」
「実際にはマックよりも数段可愛かったわけだけど。もしマックが熊のような男でも本質が変わらないから変わらず好きだと思う。もしあの子の気持ちが気になるなら、試してみればいいんじゃないか?」
ヴィデロさんに真顔で言われて、ユキヒラは考え込むように俯いた。サラリと垂れる金髪ががっつり王子様に見える。あのおっさん王子よりよっぽど王子様だよ。そういえばおっさん王子はどうなったんだろ。あんまり現状を知りたくもないから忘れることにしよう。
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