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752、誹謗中傷と白馬の騎士再び
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※胸くそ表現がありますので、苦手な方はすぐに閉じてください
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「お店の中の物を壊して笑っているような人は客じゃありません。それに私は売り物じゃありません。不愉快です! すぐに出ていってください!」
ドアからロミーナちゃんが姿を見せて、中に向かって声を出す。
店の中からは悪態を吐く声が聞こえてくる。揉め事かな。
ヴィデロさんも警戒したような顔つきで、店の方に足を進めた。
店の中から手が伸びて、ロミーナちゃんの腕を掴み、ロミーナちゃんの口から「キャッ」という悲鳴が零れた瞬間、ヴィデロさんが素早く二人に近付いた。俺もそっちに急ぐ。
ヴィデロさんはすぐにロミーナちゃんを掴んでいた腕を取り、力任せに引きはがした。
「乱暴ですまない、痛くはなかったか?」
「いいえ……大丈夫。ありがとう、ございます」
「いてててて、何するんだよ!」
ギリギリと手首を握りながら、ヴィデロさんが店から誰かを引きずり出す。
出てきたのはプレイヤーで、そこそこ装備の整ってる人だった。
「お前たちは一体何をしている」
ロミーナちゃんを背中に隠してヴィデロさんが険しい声で問いかける。
俺もそっとロミーナちゃんの前に回って目隠しになると、引き摺られた人の他に、中から二人ほどプレイヤーが顔を出した。
「ちょっとお前なにいきなり暴力振るってんだよ。通報するぞ」
「その手離せよ。そいつ俺らの仲間なんだよ」
「いたたたた、頼む、通報してくれ、俺の手が砕ける!」
ヴィデロさんに捕まれてる人が騒ぎ、他の仲間と思われる人が宙を弄る。
通報してるみたいだった。でも通報ってこの状態で……。
俺とヴィデロさんは顔を見合わせて、呆れた溜息を吐いた。この状態で通報するなんて、自首してるような物なんだけど。
「ロミーナちゃん、大丈夫? 何かあったの?」
俺が声を掛けると、ロミーナちゃんはホッと息を吐いて、泣きそうな顔で「ありがとう」と呟いた。
「俺らそのNPCの子が可愛いからって声掛けただけだろ! その子が暴れたから店の物が壊れたんだって! お前なに俺たちのせいにしてるんだよ!」
「お前らこの子に無理やり手を出したのか」
「はぁ!? ナンパしただけだっての! 反応が過剰すぎんだよ! 触ったくらいで大騒ぎとか。興覚めだって……いたたた、離せよ!」
よし、通報。
通報と同時にユキヒラに「ロミーナちゃん緊急事態」とチャットを飛ばす。
ヴィデロさんはそのナンパ男の手を離すことなく、顎をしゃくって他の人たちも店の外に出るように指示した。
「なんだよ、こいつもNPCじゃん。おいおいてっちんいつまでNPCに捕まってるんだよ」
「だってこいつ力強すぎてびくともしねえんだよ!」
手を振り払おうとしても、ヴィデロさんの握力に負けて全然振りほどけないてっちんと呼ばれたプレイヤーの顔が歪む。
「異邦人は俺たちの大事な客だ。が、一定のルールがあるのは知ってるか? そのルールを守らないやつは、俺たちの仲間じゃなくなるんだ」
「その子をナンパしただけじゃん! っつうかあの掲示板でたらめ書いてんのかよ!」
「掲示板?」
「NPCは知らなくていいんだよ……いてえって! そろそろ離してくれよ!」
「その掲示板というのはなんなんだ。この子の誹謗中傷でも書かれてるのか?」
「なんでてめえなんかに教えねえといけねえんだよ! って、いたたたたた! シャレになんねえ! 手首の骨砕けるから離せよ!」
「その掲示板にはなんて書かれている」
「言う、言うから! 手首が!」
ヴィデロさんは容赦なくプレイヤーの手首を握っている。すごく絶妙な力加減で握ってるみたいで、捕まってる人は騒ぐだけで骨が砕ける音とかはしない。こういう荒事、ヴィデロさんは慣れてるからなあ。
「王宮の街の雑貨屋の子はちょろいって! 甘い言葉と態度で押せばちょろいからすぐやらせてくれるって誰かの個人掲示板に書かれてたんだよ! 花街行かなくても普通に楽しめるからお薦めだって! 俺は悪くねえよ、その掲示板のやつが書いてるんだからな! って言ってもてめえにはわからねえだろ!」
その人の言葉を聞いて、カッと怒りが沸く。酷い。そんなことが書かれた掲示板があったなんて。
個人掲示板って、公式の物じゃないってことか。
なんだそれ。誹謗中傷どころの話じゃない。
そんなのを見てNPCとやれるって本気にするなんて信じられない。
ロミーナちゃんもプレイヤーの言葉を聞いて、酷い、と声を震わせた。
しかも本人がいる目の前でそんなことを言うなんて。
「わかったのは、お前らが最低な奴らだってことだ」
ヴィデロさんはさっきより一段低い声で呟くと、懐から笛のような物を取り出して吹いた。
甲高い音が響き、程なくして衛兵が顔を出した。
「どうした。何かあったのか」
衛兵数人が俺たちを囲む。俺の後ろで泣いてるロミーナちゃんを確認すると、衛兵の一人がヴィデロさんに掴まっているプレイヤーと、その姿をニヤニヤとみていた同じパーティーメンバーと思われるプレイヤーたちを見回す。
だいたい状況が把握できたのか、サッと手を上げて、「三人確保しろ」と指示を出した。
すぐさまプレイヤーが三人が衛兵に取り押さえられる。
「何俺らを捕まえてんだよ! そいつが俺に暴力を振るったんだよ! 手首折られるところだったんだよ!」
「何を言ってるんだ。こいつは騎士だ。ならず者の異邦人を俺らに引き渡すのが仕事なんだよ。わかったら大人しく詰所に来い。ヴィデロ、久しぶりに見たが、いい顔してるじゃねえか。こいつらは俺が預かる。その子のケアは……こういう時に聖騎士様がいないなんてな。あの聖騎士様はタイミングが悪いっていうかなんて言うか」
「そいつらを頼んだ。あとはこっちに任せてくれ」
ヴィデロさんは衛兵の知り合いだったらしい。そうだよね。この街に住んでいたし、赴任もしてたもんね。
こつんと衛兵と拳を合わせるヴィデロさんにホッとしながら、俺は後ろを向いた。
「ロミーナちゃん……」
ロミーナちゃんは、口を押えて涙を零していた。
とりあえず店に入ろう、と声を掛けたところで、馬を駆る蹄の音が聞こえてきた。
その音の方に目を向けると、白馬に乗ったユキヒラが、赤いマントをはためかせてすごい勢いでこっちに向かってきている光景が見えた。
白馬の王子再来だった。
ユキヒラは俺たちの目の前で急停止させると、その勢いのままひらりと飛び降りて、俺の後ろで泣いていたロミーナちゃんの前に立った。息が上がってるけど、王宮にいたのにこの短時間でここまで来るってどんだけ飛ばして来たんだよ。
「ロミーナちゃん」
一言ユキヒラが声を掛けると、ロミーナちゃんが顔を上げる。その目には沢山涙が溜まっていて、瞬きするごとにぽろりと零れていく。
「何かあったんだな。中に入ろう。その可愛い泣き顔を皆に見せるのはもったいない」
ふわっと微笑んでロミーナちゃんの涙を指で拭うと、ロミーナちゃんが「う……う……っ」と嗚咽を漏らし始めた。
ロミーナちゃんの手を取って店に向かうユキヒラは、俺たちに一緒に来るように促して、店の外の札を「CLOSE」に替えた。
店の奥までロミーナちゃんを誘導したユキヒラは、椅子にロミーナちゃんを座らせると、その頭に軽くキスをした。
「ごめん、ロミーナちゃんの危機にまた間に合わなかった」
「……マック君たちに、助けてもらったから」
「うん。でも、何かで傷ついたんだろ、ロミーナちゃん。笑った顔も可愛いけど、泣き顔も可愛いからどんなロミーナちゃんでも俺は眼福だけど。理由は……二人に聞いた方がいい? 家の奥で休む?」
「大丈夫、ユキヒラ君がいてくれるなら……私が、言う」
「う……ロミーナちゃん……可愛すぎか天使か……ゴホン、なら、いえることだけ教えて。二人も。教えてくれないか?」
ユキヒラ、今はそんなロミーナちゃんに悶える状況じゃないんだけどね。ここでロミーナちゃんを前にして泣いてる理由って俺は絶対に言いたくないよ。ヴィデロさんも同じことを思ったのか、さっきの状況だけ簡潔に説明した。
ちらりと店の方を見ると、カウンター前に置いていたと思われるポーション類の瓶が落ちて割れていて、店を飾っている観葉植物の鉢が倒れている。被害としてはそこまで大きくはないけれど、それがロミーナちゃんの抵抗の跡だと思うと、最悪だ。
「私が……簡単に、身体を許すからって、花街に行かなくても私で楽しめるからお薦めだって……異邦人の間に出回ってたんだって……ユキヒラ君、知ってた……?」
大きな瞳に大量の涙を溜めてユキヒラを見上げたロミーナちゃんは、さっきのプレイヤーが叫んだ言葉を震える声でユキヒラに伝えた。
途端に感じるユキヒラの圧。最大級に怒ってるみたいだった。
唇を噛みながら、押し殺した声で、「なんだそれ……」と零す。
「俺がそれを消す。ロミーナちゃん、安心して。俺が消すから。俺を……信用できるなら、安心して」
ロミーナちゃんの手を取って、ユキヒラは努めて優しい声でロミーナちゃんにそう言った。
信用できるなら……っていうところに、ユキヒラの気持ちがこもってる気がする。ユキヒラもプレイヤーだから。それでも信用できるなら、っていうその言葉は、優しい響きの中にユキヒラの様々な感情が込められていた。ユキヒラがロミーナちゃんに本気なのを知ってるから余計に感じる。
「今日はもう、お店は閉めて、奥でゆっくり休もう。俺は、ロミーナちゃんを傷つける全てのやつらを消してくるから」
な、と微笑んで立ち上がったユキヒラのマントを、ロミーナちゃんの手がギュッと掴んでいる。それは本人も無意識だったみたいで、「あっ」という声の後、慌てて手を開いていた。そして俯いて、「私がこんな態度だからあんなこと言われるのかな」と悲しそうに呟いた。
「ごめんね、駆け付けてくれてありがとう、ユキヒラ君。私、今日はもう休むね」
「うん。あ、そうだ。元気になって欲しい俺からのプレゼント」
ユキヒラはロミーナちゃんの前に、綺麗にラッピングされた焼き菓子をそっと置いた。
「これな、ニコロ導師のお手製のお菓子なんだよ。他では手に入れられないレアお菓子だからロミーナちゃんにおすそ分け。ニコロ導師の優しい気持ちの込められたものだから、きっと元気出るよ」
「ありがとう……うん。元気出す。ユキヒラ君のお陰で元気出た」
「そう来なくちゃ。でも、無理だけはするなよ。辛い時はいつでも胸を貸すから。だから、俺の前でだけ泣いて欲しい」
「もう……泣くのはいやよ」
笑っていたい……そう零したロミーナちゃんの目からは、またも涙があふれた。
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「お店の中の物を壊して笑っているような人は客じゃありません。それに私は売り物じゃありません。不愉快です! すぐに出ていってください!」
ドアからロミーナちゃんが姿を見せて、中に向かって声を出す。
店の中からは悪態を吐く声が聞こえてくる。揉め事かな。
ヴィデロさんも警戒したような顔つきで、店の方に足を進めた。
店の中から手が伸びて、ロミーナちゃんの腕を掴み、ロミーナちゃんの口から「キャッ」という悲鳴が零れた瞬間、ヴィデロさんが素早く二人に近付いた。俺もそっちに急ぐ。
ヴィデロさんはすぐにロミーナちゃんを掴んでいた腕を取り、力任せに引きはがした。
「乱暴ですまない、痛くはなかったか?」
「いいえ……大丈夫。ありがとう、ございます」
「いてててて、何するんだよ!」
ギリギリと手首を握りながら、ヴィデロさんが店から誰かを引きずり出す。
出てきたのはプレイヤーで、そこそこ装備の整ってる人だった。
「お前たちは一体何をしている」
ロミーナちゃんを背中に隠してヴィデロさんが険しい声で問いかける。
俺もそっとロミーナちゃんの前に回って目隠しになると、引き摺られた人の他に、中から二人ほどプレイヤーが顔を出した。
「ちょっとお前なにいきなり暴力振るってんだよ。通報するぞ」
「その手離せよ。そいつ俺らの仲間なんだよ」
「いたたたた、頼む、通報してくれ、俺の手が砕ける!」
ヴィデロさんに捕まれてる人が騒ぎ、他の仲間と思われる人が宙を弄る。
通報してるみたいだった。でも通報ってこの状態で……。
俺とヴィデロさんは顔を見合わせて、呆れた溜息を吐いた。この状態で通報するなんて、自首してるような物なんだけど。
「ロミーナちゃん、大丈夫? 何かあったの?」
俺が声を掛けると、ロミーナちゃんはホッと息を吐いて、泣きそうな顔で「ありがとう」と呟いた。
「俺らそのNPCの子が可愛いからって声掛けただけだろ! その子が暴れたから店の物が壊れたんだって! お前なに俺たちのせいにしてるんだよ!」
「お前らこの子に無理やり手を出したのか」
「はぁ!? ナンパしただけだっての! 反応が過剰すぎんだよ! 触ったくらいで大騒ぎとか。興覚めだって……いたたた、離せよ!」
よし、通報。
通報と同時にユキヒラに「ロミーナちゃん緊急事態」とチャットを飛ばす。
ヴィデロさんはそのナンパ男の手を離すことなく、顎をしゃくって他の人たちも店の外に出るように指示した。
「なんだよ、こいつもNPCじゃん。おいおいてっちんいつまでNPCに捕まってるんだよ」
「だってこいつ力強すぎてびくともしねえんだよ!」
手を振り払おうとしても、ヴィデロさんの握力に負けて全然振りほどけないてっちんと呼ばれたプレイヤーの顔が歪む。
「異邦人は俺たちの大事な客だ。が、一定のルールがあるのは知ってるか? そのルールを守らないやつは、俺たちの仲間じゃなくなるんだ」
「その子をナンパしただけじゃん! っつうかあの掲示板でたらめ書いてんのかよ!」
「掲示板?」
「NPCは知らなくていいんだよ……いてえって! そろそろ離してくれよ!」
「その掲示板というのはなんなんだ。この子の誹謗中傷でも書かれてるのか?」
「なんでてめえなんかに教えねえといけねえんだよ! って、いたたたたた! シャレになんねえ! 手首の骨砕けるから離せよ!」
「その掲示板にはなんて書かれている」
「言う、言うから! 手首が!」
ヴィデロさんは容赦なくプレイヤーの手首を握っている。すごく絶妙な力加減で握ってるみたいで、捕まってる人は騒ぐだけで骨が砕ける音とかはしない。こういう荒事、ヴィデロさんは慣れてるからなあ。
「王宮の街の雑貨屋の子はちょろいって! 甘い言葉と態度で押せばちょろいからすぐやらせてくれるって誰かの個人掲示板に書かれてたんだよ! 花街行かなくても普通に楽しめるからお薦めだって! 俺は悪くねえよ、その掲示板のやつが書いてるんだからな! って言ってもてめえにはわからねえだろ!」
その人の言葉を聞いて、カッと怒りが沸く。酷い。そんなことが書かれた掲示板があったなんて。
個人掲示板って、公式の物じゃないってことか。
なんだそれ。誹謗中傷どころの話じゃない。
そんなのを見てNPCとやれるって本気にするなんて信じられない。
ロミーナちゃんもプレイヤーの言葉を聞いて、酷い、と声を震わせた。
しかも本人がいる目の前でそんなことを言うなんて。
「わかったのは、お前らが最低な奴らだってことだ」
ヴィデロさんはさっきより一段低い声で呟くと、懐から笛のような物を取り出して吹いた。
甲高い音が響き、程なくして衛兵が顔を出した。
「どうした。何かあったのか」
衛兵数人が俺たちを囲む。俺の後ろで泣いてるロミーナちゃんを確認すると、衛兵の一人がヴィデロさんに掴まっているプレイヤーと、その姿をニヤニヤとみていた同じパーティーメンバーと思われるプレイヤーたちを見回す。
だいたい状況が把握できたのか、サッと手を上げて、「三人確保しろ」と指示を出した。
すぐさまプレイヤーが三人が衛兵に取り押さえられる。
「何俺らを捕まえてんだよ! そいつが俺に暴力を振るったんだよ! 手首折られるところだったんだよ!」
「何を言ってるんだ。こいつは騎士だ。ならず者の異邦人を俺らに引き渡すのが仕事なんだよ。わかったら大人しく詰所に来い。ヴィデロ、久しぶりに見たが、いい顔してるじゃねえか。こいつらは俺が預かる。その子のケアは……こういう時に聖騎士様がいないなんてな。あの聖騎士様はタイミングが悪いっていうかなんて言うか」
「そいつらを頼んだ。あとはこっちに任せてくれ」
ヴィデロさんは衛兵の知り合いだったらしい。そうだよね。この街に住んでいたし、赴任もしてたもんね。
こつんと衛兵と拳を合わせるヴィデロさんにホッとしながら、俺は後ろを向いた。
「ロミーナちゃん……」
ロミーナちゃんは、口を押えて涙を零していた。
とりあえず店に入ろう、と声を掛けたところで、馬を駆る蹄の音が聞こえてきた。
その音の方に目を向けると、白馬に乗ったユキヒラが、赤いマントをはためかせてすごい勢いでこっちに向かってきている光景が見えた。
白馬の王子再来だった。
ユキヒラは俺たちの目の前で急停止させると、その勢いのままひらりと飛び降りて、俺の後ろで泣いていたロミーナちゃんの前に立った。息が上がってるけど、王宮にいたのにこの短時間でここまで来るってどんだけ飛ばして来たんだよ。
「ロミーナちゃん」
一言ユキヒラが声を掛けると、ロミーナちゃんが顔を上げる。その目には沢山涙が溜まっていて、瞬きするごとにぽろりと零れていく。
「何かあったんだな。中に入ろう。その可愛い泣き顔を皆に見せるのはもったいない」
ふわっと微笑んでロミーナちゃんの涙を指で拭うと、ロミーナちゃんが「う……う……っ」と嗚咽を漏らし始めた。
ロミーナちゃんの手を取って店に向かうユキヒラは、俺たちに一緒に来るように促して、店の外の札を「CLOSE」に替えた。
店の奥までロミーナちゃんを誘導したユキヒラは、椅子にロミーナちゃんを座らせると、その頭に軽くキスをした。
「ごめん、ロミーナちゃんの危機にまた間に合わなかった」
「……マック君たちに、助けてもらったから」
「うん。でも、何かで傷ついたんだろ、ロミーナちゃん。笑った顔も可愛いけど、泣き顔も可愛いからどんなロミーナちゃんでも俺は眼福だけど。理由は……二人に聞いた方がいい? 家の奥で休む?」
「大丈夫、ユキヒラ君がいてくれるなら……私が、言う」
「う……ロミーナちゃん……可愛すぎか天使か……ゴホン、なら、いえることだけ教えて。二人も。教えてくれないか?」
ユキヒラ、今はそんなロミーナちゃんに悶える状況じゃないんだけどね。ここでロミーナちゃんを前にして泣いてる理由って俺は絶対に言いたくないよ。ヴィデロさんも同じことを思ったのか、さっきの状況だけ簡潔に説明した。
ちらりと店の方を見ると、カウンター前に置いていたと思われるポーション類の瓶が落ちて割れていて、店を飾っている観葉植物の鉢が倒れている。被害としてはそこまで大きくはないけれど、それがロミーナちゃんの抵抗の跡だと思うと、最悪だ。
「私が……簡単に、身体を許すからって、花街に行かなくても私で楽しめるからお薦めだって……異邦人の間に出回ってたんだって……ユキヒラ君、知ってた……?」
大きな瞳に大量の涙を溜めてユキヒラを見上げたロミーナちゃんは、さっきのプレイヤーが叫んだ言葉を震える声でユキヒラに伝えた。
途端に感じるユキヒラの圧。最大級に怒ってるみたいだった。
唇を噛みながら、押し殺した声で、「なんだそれ……」と零す。
「俺がそれを消す。ロミーナちゃん、安心して。俺が消すから。俺を……信用できるなら、安心して」
ロミーナちゃんの手を取って、ユキヒラは努めて優しい声でロミーナちゃんにそう言った。
信用できるなら……っていうところに、ユキヒラの気持ちがこもってる気がする。ユキヒラもプレイヤーだから。それでも信用できるなら、っていうその言葉は、優しい響きの中にユキヒラの様々な感情が込められていた。ユキヒラがロミーナちゃんに本気なのを知ってるから余計に感じる。
「今日はもう、お店は閉めて、奥でゆっくり休もう。俺は、ロミーナちゃんを傷つける全てのやつらを消してくるから」
な、と微笑んで立ち上がったユキヒラのマントを、ロミーナちゃんの手がギュッと掴んでいる。それは本人も無意識だったみたいで、「あっ」という声の後、慌てて手を開いていた。そして俯いて、「私がこんな態度だからあんなこと言われるのかな」と悲しそうに呟いた。
「ごめんね、駆け付けてくれてありがとう、ユキヒラ君。私、今日はもう休むね」
「うん。あ、そうだ。元気になって欲しい俺からのプレゼント」
ユキヒラはロミーナちゃんの前に、綺麗にラッピングされた焼き菓子をそっと置いた。
「これな、ニコロ導師のお手製のお菓子なんだよ。他では手に入れられないレアお菓子だからロミーナちゃんにおすそ分け。ニコロ導師の優しい気持ちの込められたものだから、きっと元気出るよ」
「ありがとう……うん。元気出す。ユキヒラ君のお陰で元気出た」
「そう来なくちゃ。でも、無理だけはするなよ。辛い時はいつでも胸を貸すから。だから、俺の前でだけ泣いて欲しい」
「もう……泣くのはいやよ」
笑っていたい……そう零したロミーナちゃんの目からは、またも涙があふれた。
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