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745、ドレスは着ません
しおりを挟む卵は元気に育ってる割りにはまだ孵る気配はない。
ただ、貰った時よりも一回り大きくなった。
「この籠じゃあ小さくなっちゃうかな」
大分手狭になったように見える籠を見下ろしてそう言うと、ヴィデロさんがくすっと笑った。
「それはいいな。大きな子だと育てやすい、とフランに聞いたことがある」
「フランさんに? そうなんだ」
「人族の赤子の事だから、この子が当て嵌まるかはわからないけどな。大きくて元気に越したことはないだろ」
「ふふふ、そうだね。楽しみ」
「楽しみだな」
ソファーに並んで座りながら一緒に卵を撫でる。
珍しくログイン中のヴィデロさんが横にいるのは、仕事の合間に丁度3時間くらい時間が空いたからなんだって。今日は夜中までログインしないといけないらしくて、というか、仕事内容的に夜中にログインしないといけないからって時間を貰ったらしい。その3時間って夜のための仮眠の時間だと思うんだけど。そう言ったら、今日は朝までしっかりと寝たから仮眠はいらないんだそうだ。だから、その3時間をログインしてきた俺の横で過ごすんだって。
俺はこれから辺境に行って、雄太たちと約束があるんだけど。それにも同行してくれるっていうから、プチデート。
約束時間10分前になったので、ギュってしたりちゅってしたりしながら卵に回復魔法を掛けていたのを中断して、立ち上がる。
卵はヴィデロさんが持ってくれて、俺はMPを回復させてヴィデロさんと手を繋いだ。
魔法陣を描いて雄太たちが借りているログハウス的な家に跳ぶ。俺たちが姿を現すと、寛いでいた辺境の騎士の人たちが挨拶してくれた。っていうかもうここ、誰が借りてるのか全く分からない状態になってるよ。騎士団の人たちでごった返してる。第二の詰所って言った方がいいかもしれない。
でも俺たちが姿を現すと、2階に向かって「おーい。待ち人来たぞー」なんて声を掛けてくれる騎士の人もいて、呼び鈴いらずだった。
雄太が二階から顔を出したので、その後を付いて雄太たちの部屋に行く。
なかなか普段会えないから、こうしてログインして会えるのは貴重なのかも、なんて思う。
ヴィデロさんと共に雄太たちの部屋に入ると、『高橋と愉快な仲間たち』全員が勢ぞろいしていた。
「マックいらっしゃい。ヴィデロさんも」
大歓迎でソファーを勧められて、ヴィデロさんと並んで座る。
卵の籠はヴィデロさんの膝の上に置かれて、皆が興味津々でその卵に視線を向けている。
ここに来たのは、リアルでの予定が全く合わなかったからなんだけど。
色々と積もる話もあるからなあ。
「それが噂の聖獣の卵ね」
「噂?」
「もうすでに聖獣スレに載ってたわよ。リザとディーと一緒に卵ちゃんの写真も載ってたから見てみたかったの」
「あ、この間の。楽しかった、聖獣の集い」
「うわあいいなあ、聖獣。私も欲しい」
ユイと海里がヴィデロさんに「触ってもいい?」と訊いて、了承を得てから指で優しく撫でる。
温かいね。生きてるね。とニコニコする女の子(?)二人を見てるとこっちまでつられる。
「そういやマック。用事ってのはリアルの事か?」
雄太がズバリ訊いてくる。
俺は頷くと、ヴィデロさんと顔を合わせてから口を開いた。
今、俺とヴィデロさんは一緒に住んでいる。でも、今はまだ書類を提出していない状態。
せめてけじめをつけようか、ってことで、簡易式を上げることにしたんだ。
きっかけは俺が一晩ヴィデロさんと離れ離れになったあの神隠しだったんだけど。
こっそりとヴィデロさんに教えてもらったことによると、なにかしらの「縁」を結んだ方がいいんじゃないか、ってアリッサさんがかなり焦っていたんだとか。
今はまだ赤の他人だけど、書類を提出すればここで「縁」が生まれる。
でも、ただ書類を提出するだけじゃなくて、ちゃんと周りからも証明、祝福してもらった方がより強くなるんじゃないかって。
アリッサさんの言葉だからこそ、考えさせられて、俺はそれを言われたその日のうちに、ヴィデロさんと共に実家に相談しに行ったんだ。
簡易式を挙げたいって。
父さんも母さんも超乗り気で、早速アリッサさんに費用関係の連絡をして、実家のリビングがプチ会議みたいになったんだ。アリッサさん、すぐにヴィルさんにも連絡して、パソコンで通話繋いじゃったから。父さんがちょっと緊張していたけれど、俺も似たようなもんだったから人の事笑えなかった。
簡易式だったら披露宴的なものもないし、俺の貯金で普通に支払いできるからって選んだんだけど、簡易式より盛大にしたい勢力が強くて、俺はそれを押さえるのにかなり気力を使ったんだ。なんとか簡易式で納得してもらったけれど、いまだに母さんからは「式の様式は今からでも変更可能よ」と誘惑される。
ヴィデロさんのタキシードは何枚でも見たいけど!
だってそんなに呼ぶ人いないもん。せいぜい雄太たちくらいだもん。ヴィデロさんにしても、こっちに知り合い自体があんまりいないって困ったように言ってたし。
簡易式を上げる場所だけはいい場所をヴィルさんが選ぶってことで、何とか話はまとまったんだ。
今日は、それの招待と出席してもらえるかどうかの確認。詳しくは招待状を送る予定だけど、その前に直接言いたいじゃん。
「今度、俺とヴィデロさんの簡易結婚式をあげるから、4人に出席して欲しいんだ」
「日程と場所はまだ決まってないんだけどな。打診だけ」
ヴィデロさんもそう付け足すと、4人は満面の笑みで「もちろん!」と頷いてくれた。
口々にお祝いを言われて、顔が綻ぶ。とはいえ、ログイン中の今は既に婚姻の儀を受けてちゃんとパートナーだけど。
「わあ、やっぱり先を越されたかあ。ねえマック君、どんなドレス着るの?」
「え?」
「私はマックって水色っぽいドレスが似合うと思うの。お化粧なら任せて。何ならスタッフ引き受けるわよ」
「ちょ」
「俺も微力ながら手伝うよ。でもマックはドレスよりも白無垢の方が似合わないか?」
「あの!」
「だよなあ。タキシードなんか着た日には七五三……」
「待ってってば! 俺ドレス着ないし!」
俺の渾身の突っ込みに、4人全員がマジ顔で「えー」と答えていた。待ってくれ。本気で俺にドレスを着せようとしてなかったかお前ら。
確かにね、俺がタキシードなんか着たら雄太の言うように「七五三」ってなるよ。知ってるよ。でもドレスはない。ないよ。ないわ。
否定をすると、ユイが残念そうな顔で「そうかなあ」と呟いた。
「絶対可愛いのに」
「ドレス着ません」
一生一度の式だからね? 一生の黒歴史にはしたくないからね俺。
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