706 / 830
703、前線ジョークついてけません
しおりを挟む「あー、やっぱいきなりは難しいか」
そんな声が聞こえてきて、俺たちは一斉に後ろを振り返った。
大きめの瓦礫の奥から、セイジさんがちらりと顔を出す。
そして近付いてきたと思ったら、そこからさらにサラさんとエミリさんと勇者が出てきた。
「俺たちが触れるのはまずいとは聞いていたが、本当にヤバそうだなこれは」
覗き込むようにさっきのプレートを見下ろす勇者は、何かを感じるのか、顔を顰めた。
「ブレイブ、どこに道が見える?」
「このプレートを挟んだ先……地面の方に伸びてる感じです」
「聞いたか、ユイ。魔法陣の転移場所の所に、『任意の開けた空間』『次元の先』の単語を組み込め。そうすれば、普段は行けない空間に潜れるようになる。そこからどの方向にどう伸びているかを見定めて、その先に行けるように転移魔法陣を完成させる。『超える』『跨ぐ』等の文字を入れ忘れるなよ。帰りも『次元の先』を忘れなければそこまで難しいことじゃない」
「はい。やってみます」
二人の返事に満足したのか、セイジさんはニヤリと笑った。
そして、俺たちを見回して、頷いた。
「俺らの後始末をまかせっきりで放置も後味悪くってよ。来てみた甲斐があったな」
あ、でもアルは絶対に触るなよ、とけん制された勇者の顔は、非常に険しかった。
「言われなくてもこんな物に触れようとも思わない。でもな、これにとてつもない嫌悪を示しているモノがあってな、さっきから煩いんだ」
そう言うと、勇者の手には『覇王の剣』と『覇王の盾』が現れた。あ、結局対で勇者が持つことになったのか。
『覇王の剣』は現れた瞬間から何かと共鳴するかのように金属音を鳴らしていて、それが不思議と心地いい気がした。金属音のはずなのに耳障りがいいというかなんというか。
ビリビリと震えながら勇者の手の中で暴れようとする剣に反応したのは、俺たちの他にもあった。
さっきまでは瓦礫にくっついた単なる紋章みたいな物だったそれが、金属音を聞いた瞬間淡い光を放ち始めたんだ。
「極上の餌に食いついたわね」
にこやかにそう言ったのはサラさん。
そういえば餌をぶら下げるとか言ってたもんね。餌って……うん。勇者を餌とか、人としての次元が違うよ。そしてそれを聞いて吹き出すセイジさんとエミリさんもきっと俺より一段も二段も上の次元で生息する人たちだよ。俺には恐れ多くてそんなこと出来ない。って、雄太たちも腹を抱えて笑ってる。そして勇者に拳骨を貰ってる。手加減されてないみたいで、雄太のHPは拳骨ひとつで約3分の1くらい減っていた。いまだに勇者は最強なのか。
じっと見ていると、じわじわと紋章から黒い塊が溢れてきて、周りの瓦礫を巻き込み始めた。
瓦礫が何かを形作っていく。長光さんがそれを見て目を輝かせた。
「すげえ、ゴーレム作ってやがる」
その呟きに目を輝かせたのは、雄太とドレインさん。
一気にテンションが上がったみたいだった。何でゴーレムでテンション上がるんだよ。
「大剣でブッ叩いたらばらばらにならねえかな!」
「っていうかどうやって瓦礫をゴーレムに出来るんだろ! あの黒いの魔素だよね! だったらそういう魔法もあるかもしれないってことだろ! ヤバい覚えたい!」
「ったくこいつらは……」
呆れた様に苦笑した月都さんは、剣を構えつつ、後ろの方にいる勇者に視線を向けた。
「アルさんは……戦っちゃダメなんだよな……」
ガードしようとする動きに、勇者は剣を構えたまま、「いや」とこともなげに答えた。
「別に戦うことは出来る。ただ、あの似非女神に触れなければいいだけの話だ。何が女神だ。女神というのはジャスミンの様な女のことを言うんだ。そんなどす黒い腹で女神を騙るな! 俺のジャスミンが穢れる!」
「うわあ勇者なんかヤバい発言してるよ。嫁至上発言聞くと和むー」
雄太のツッコミの方がだいぶヤバいと思うんだけど、と思いつつ俺の前にサッと身を挟むヴィデロさんを見上げる。
いつの間にか黒い鎧を着ているヴィデロさんはそれはそれはかっこよくて。インベントリから装備する方法で鎧を身に着けたらしい。これで羽根なんか生えた日には、天使かな? って錯覚する。好き。そういえばまだ背中を確認してなかった。工房に帰ったら見せてもらおうそうしよう。
「なかに入るやつらは……ブレイブとユイは外せねえから、『高橋と愉快な仲間たち』、それとユキヒラ。長光はゴーレム攻略に付き合え。俺らはここで、アルさんガードな。マックとヴィデロさんは……」
目の前の背中に見入っていたら、月都さんが的確な指示を出してきた。
俺たちはシークレットダンジョン的なところに行って、クエストを消化するらしい。そして、ガンツさんたち『白金の獅子』は外で『欠片の暴走阻止』をするんだって。
月都さんの言葉に、ヴィデロさんは首を少しだけ捻った。
「俺は中だな。『魔王の核となる物を確保』しないといけないらしいから」
「了解。じゃあ、マックも中な。聖魔法期待してるぜ。外はドレインに任せとけ」
「え、俺限定指名!?」
「頑張ってドレイン」
「待って! ユーリナ何俺一人に対ゴーレム戦させようとしてるんだよ!」
「だってゴーレム大好きなんでしょ。戦えるの嬉しいでしょ」
「嬉しくないよ! ゴーレムとか、魔法効きにくいじゃん!」
「そこを何とかしてこそ最高の魔法使いじゃん。ユイみたいに。この子魔法耐性強い魔物も一人で殲滅するんだから」
うん。ユイ怖い。素直に怖い。笑顔の裏側が怖い。そして笑顔でドレインさんの背中を押すユーリナさんも怖い。俺が怖がってる横で、雄太たちはそのやり取りに声を上げて笑ってる。ツワモノどもよ……もっと笑える冗談を言ってくれ。
「お、ドレイン。一人でやるのか。それは楽しみだな」
それに乗るようにして、勇者がニヤリと笑う。俺にはそれが本気の笑いに見えた。
やっぱり俺には前線は向いてないよ。このノリはついていけないから。
930
お気に入りに追加
9,305
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる