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694、勇者と『覇王の剣』
しおりを挟むいいかな、とレガロさんに視線を向けると、レガロさんは笑顔で頷いてくれた。
「とりあえず工房にある素材を持ってきます」
そう断って、工房にしまってある素材を取りに転移魔法陣で跳ぶと、すぐに素材を手にして呪術屋に戻って来た。
ドイリーを敷いて、錬金釜をインベントリから取り出す。
次の瞬間、勇者の手に『覇王の剣』が現れた。
勇者の腕に力が入り、剣を持つ手に血管が浮いているのが見えた。
「ちょ、アル、どうしたのよ! こんなところで剣を抜くなんて!」
「これが勝手に出てきた。どうやら錬金術が気に入らないと見える。ふん、俺を舐めるなよ」
勇者は自分の手にある剣をじっと見つめた。ドン、と辺りの空気が重くなったような気がする。威圧でも使ってるのかな。息苦しい。
錬金釜をしまった方がいいのかな、と釜に手を添えると、サラさんの手が伸びてきて、釜を押さえた。そして、そっと首を横に振る。
「このままでいましょ。今、アルが何とかしてくれるから」
すごい威圧の中にっこり微笑むサラさんは、このとんでもなく重苦しい空気を全く気にしていないみたいだった。
「てめえは何見当違いのやつに殺意向けてるんだよ。よく考えろ。お前の持ち主が堕ちたのは、欠片のせいじゃねえ。責任転嫁するなよ。そいつが闇に落ちるのはそいつが弱いからだよ。お前の持ち主は弱かった。ただそれだけだ。覇王になったからってそこで慢心したんだろ。覇王になったら、一度国の天辺に立ったら、そこからは落ちるだけだと己に負けたんだろ。違うんだよ。国の天辺に立ったら、それこそそこから上に向かって下の者たちを引っ張り上げねえといけねえんだよ。それを怠ったんだろ。何八つ当たりしてるんだよ」
威圧の込められた低い声を、剣に向ける勇者。お互い力比べでもしているかのように、微かに震えている。
誰もが、固唾を呑んで勇者と覇王の剣を見守っていた。
「誰かにそのなまくらな刃を向ける前に、己を磨け! このたわけ!」
耳がキーンとなるほどの大声で、勇者は剣に「たわけ!」と怒鳴りつけた。
途端にシュン、と圧がなくなる。ええと、覇王の剣が勇者に打ち負けた?
スッと勇者の手から剣が消える。どこに消えたのかはわからないけれど、勇者の勝ちらしい。あれが調教かあ……。確かにあんな風に怒鳴られたらへこむ。それが図星突かれてたら余計に。
ふん、と鼻を鳴らし、今まで剣を握っていた手をグーパーした勇者は、ちらりと俺の方を見て「続けろよ」と顎をしゃくり、腕を組んだ。
「ほらね、大丈夫でしょ。さ、やりましょ」
鼻歌でも歌いだしそうなサラさんが俺に椅子を勧めてくる。
っていうかちょっと状況についていけないんだけど。
勧められるまま椅子に座ると、レガロさんが俺の目の前の席にヴィデロさんを促した。手伝って貰えってことなのかな。
ヴィデロさんもちょっとだけ戸惑ったような顔をした後、俺と目が合うと苦笑した。
二人で釜に手を触れて、MPを注ぎ込む。
並々と謎液体で釜が満たされると、俺は釜の隣に素材を一つ一つ並べていった。反対側にはレシピを開いて置いておく。
いつも通り上から順に入れて行く。
三つ目を入れた辺りでやっぱりというか粘度が高くなり、上腕二頭筋が悲鳴を上げ始める。まだ素材入れないといけないんだけど。
ぐぐぐ、と奥歯を食いしばって掻き混ぜていると、ヴィデロさんがそっと俺の手に自分の手を重ねた。
軽くなった棒をグルグルと回す。中身が消え去ると、次の物を入れる。
最後、前にも使ったことのある『無魔石』を入れると、液体が粘度を増して、最後にはコロン、と固形になった。
釜の中からその固形を拾い上げる。
店の光に照らされて、その出来上がった物は綺麗な翡翠色エメラルドグリーンを輝かせた。
ふう、と息を吐いた俺は、すぐに釜とドイリーをインベントリにしまうと、翡翠色の石を鑑定眼で見た。
『聖翠石:聖属性 聖なる魔素に包まれた場所から稀に採れる聖石 聖力が減っていくと『聖蒼石』と『聖黄石』に分離する レア度5 魔力値458』
「出来た」
ちゃんと『聖翠石』となっていたのでホッとしながら呟くと、サラさんが俺の頭をひと撫でして、エミリさんの横に戻っていった。
俺が確認をしている間に、ヴィデロさんは慣れない手つきでアリッサさんにチャットを送っていたらしい。
ピロン、とメッセージが届いた。
『出来上がったものを届けてくれれば土台はあるからすぐに作れるわ』
アリッサさんの頼もしいメッセージを皆に伝えて、手元の『聖翠石』を見下ろす。
まるで大きな翡翠の宝石の様なその魔石は、手の上にあるだけなのになぜか存在感が凄かった。これが魔力が強いってことなんだろうな。
ブレイブの『時空破眼』で欠片の在処を見つけたら、アリッサさんの結界の魔道具でそこらへんを覆って浄化する。
魔素が綺麗になったところで、餌となる物をちらつかせる。
欠片が自ら出てきたところを皆で押さえて、何とかする。
ざっと打ち合わせしたけど、餌となる物って何。何とかするってどうするの。ツッコミどころ満載の打ち合わせだった。
この件に関しては、勇者たちは関わってはダメだとレガロさんから忠告されてしまったので、手を出せなければ口を出す、とばかりに皆バンバン色々教えてくれた。
こと魔大陸に関する内容は、4人ともどこで知ったのか、ヴィルさん並に詳しかった。っていうか俺たちよりもよほどあとから参戦したヴィルさんがあの知識を手に入れたって方がまずおかしいんだけど。
長光さんも参戦して話し合いをしたんだけど、どうやらあの魔石を出した段階でクエストを貰っていたらしい。特殊な武器を作れっていうやつ。すっごく楽しそうな顔をして、こうでなくちゃな、なんて言ってたから、きっとヤル気満々だ。
雄太たちも日程を合わせて、またしても皆で魔大陸に行くことになったんだけど。
ここにヴィルさんとユキヒラが混じってないのが不思議だった。
二人ともログインしていないからクエスト確認してないだけなのかもしれないけど。
勇者は雄太たち2パーティーと共に辺境に帰ると言って、ユイの肩に手を置いた。ユイは凄い人数をくっつけて、何の問題もなく辺境へと跳んでいった。魔力ヤバすぎだろ。
エミリさんはついでにクワットロのギルドを覗いていくと単独で席を立ち、セイジさんとサラさんはどこに行くとも言わず二人で手を取って、俺たちに手を振って消えていった。
残ったのは、俺とヴィデロさんとレガロさんと長光さん。長光さんは転移の魔法陣が使えるから大丈夫なんだよな。
「それにしても、面白いことに巻き込まれたな」
楽しそうに笑いながらそんなことを言う長光さんに、レガロさんが微笑しながら何かを差し出した。
「押し売りをしたいと思いますが、買い取っては貰えないでしょうか」
押し売り。一番この店に似合わない言葉だ。あれ、でも必要な物を見つけたら買わないといけない気にさせる辺り、押し売りに近いから日常的な感じなのかな。首を捻っていると、長光さんが値段も聞かずに即頷いていた。
「ここで断ったら後々後悔しそうだしな」
「こちらからの押し売りなので、お値段は据え置きですのでご安心ください」
レガロさんの言葉に、今度こそ吹き出した。
お値段据え置き、こっちでもそんな言葉使うのか。違和感ありすぎて怖い。
笑いを堪えながら、俺たちもアリッサさんの元に向かうことにした。
そのことを伝えると、レガロさんは長光さんからお金を受け取りながら、「少々お待ちくださいませ」と俺たちを止めた。
「ヴィデロ君に渡したい物があります。私からのエールとでも思っていただければ」
今度は押し売りじゃなかった。
何に対するエールかは言ってないけれど、なんとなく、レガロさんは俺たちの世界に来たヴィデロさんにエールを送るつもりなんじゃないかな、なんて思った。
レガロさんは一度奥に入って行くと、恭しくトレイを抱えて戻って来た。
そのトレイの上には、小さな石のついた耳用アクセサリ―が載っていた。
ピアスだ。ヴィデロさん、ピアスの穴は開いてないはずだけど。
そう思ってヴィデロさんの耳を見上げると、ヴィデロさんも困ったように眉を少しだけ下げた。
「これは」
「呪を施した私の作ったアクセサリーです。最近とても隠密が優れているように感じましたので、さらに磨きをかけていただこうかと思いまして」
まっすぐなのか遠回しなのかいまいち判断に困る言葉で差し出されたそれを、ヴィデロさんは礼を言って受け取った。
そして、それを耳に近付けた。
刺すの? 痛くないの?
ドキドキしながらアクセサリーを耳につけるヴィデロさんをガン見していると、特に何の抵抗もなく、それはスッとヴィデロさんの耳に収まった。
「ヴィデロさん、痛くない?」
「アクセサリーをつけるのにどうして痛くなるんだ?」
不思議そうな顔をしたヴィデロさんに、それ以上に困惑した顔を向けた俺は、確認のため、とヴィデロさんの耳たぶに手を触れた。
裏を見ると、ちゃんと刺さっていて、小さな金具で抑えられている。
「不思議アクセサリーだ……」
呟いた瞬間、長光さんとレガロさんが笑った。
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