これは報われない恋だ。

朝陽天満

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690、回り回って

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 目当ての本を借りてアリッサさんの所に戻った俺は、話は終わったというアリッサさんと別れて、ヴィデロさんと共にジャル・ガーさんの洞窟に向かった。相変わらず獣人の村に行きたい人で賑わっていたけれど、最近ではそんなにここで省かれる人もいないみたいでちょっとだけ安心した。

 ケインさんがひとまとめに獣人の村に連れて行った後に残ったのは、まだ酒の匂いの漂うジャル・ガーさんと俺たちの三人だけだった。

 ジャル・ガーさんはじっと俺たちを見ると、いきなりつかつかと寄って来て、俺とヴィデロさんの肩をバンバン叩いた。地味に痛いけど、なんかすっごくいい顔をしてるから止められない。



『お前ら!! ホントによくやった!!』



 半分泣き笑いな声で、俺たちを称賛するジャル・ガーさんは、魔王を討伐したことを心から喜んでいた。

 途中酒が渇いてきて身体が動かなくなってきたことでようやく俺たちと距離を取ったジャル・ガーさんは、俺が魔法陣魔法で石化を解くと、いの一番にヴィデロさんにその大きな身体でハグをした。



「正直、どうなるかはわからなかった。ヴィデロが無事異邦人の身体になってここに来た時もだ。賢者たちは頑張ってるが、それでもあのでか物をここまで綺麗に消せるとは思わなかった。でも、お前ら……ほんとよくやった」

「ジャル、苦しいから。それにマックが見てる」

「俺なりの労わりだ。悪い許せマック」

「マックにはやるなよ」

「ヴィデロに斬り殺されかねねえからやらねえよ」



 半分冗談のような言葉のやり取りに、思わず笑いそうになってしまう。でもそろそろヴィデロさんを離してくれてもいいんじゃないかな。抱き着きすぎじゃないかな。

 そう思っていると、ようやくジャル・ガーさんがヴィデロさんを解放した。



「荷物を預かっていてもらって助かったよ。それに、色々と助言も助かった。今は兄の元であらゆる手続き中だ」

「なんか向こうは難しそうだもんな。でも大丈夫だろ。お前の兄ちゃんがいるんだ。それに、アリッサもマックもそばにいるんだろ。今のお前からは幸せな色がにじみ出てる」

「ああ」



 幸せな色。

 ジャル・ガーさんはその人のオーラみたいな物が見えるんだっけ。



「そうだった。ここに来たのは、アリッサさんからのお使いで。ちょっと通信トラブルがあったらしくて。こっちはどんな感じなのかなって」

「通信トラブル……? ああ、あれか。一時期あのでか物の力がでかくなって、ここいらの魔素が染まりそうになったんだ。ヨシューがケインに引き摺られてきて事なきを得たが。もしかしてそっちの世界にも異変が起きたのか」

「どんなトラブルかは詳しくはわからないんですけど、そうみたいです。でも、正常になったんですね」

「ああ。すげえいやいや来たぜ、ヨシュー」

「想像つきます」



 めんどくさい、とか言いながら聖魔法唱えたんだろうなあ。そう思って笑うと、ジャル・ガーさんが宙を指で弾く仕草をした。



「あの手の異変はもうねえと思ってくれていい。何せ大元が消え去ったからな。それにしても、ほんとによくやったな、二人とも」

「俺はほぼ何もしていないな。止めは勇者が刺したから」

「それに力をクリアオーブに封じ込めたのはセイジさんだしね。俺はヴィデロさんと違って足手まといだったし」



 真顔で俺たちが返せば、ジャル・ガーさんが「違うだろ!」と首をぶんぶんと振った。



「お前らが行かなきゃやられてた。多分一人欠けててもダメだった。それは、あのハーフエルフの兄ちゃんに聞いてる。お前らが前線に行ってる時にここにきて飲んでったぞ。あとで顔出してやれよ。俺もそうだが、あの兄ちゃんも「こうして感じることしか出来ないのは歯がゆい」って思ってたんだよ。それをヴィデロはまあ……他のやつには使えねえ手を使ってまで前線まで突っ込んで行きやがってよ。最高じゃねえか。流石だよ。マック、お前の選んだ男は最高の男だ」

「そんなの知ってます。レガロさんがここに来たんですね」

「一緒に酒盛りしたぜ。あいつも何かしら未来を繋ぎたくて奮闘した一人だからな。しかも、自身ではほぼ何も出来ねえ役回りだったらしいじゃねえか。その状態でどう動いても道は途切れるから何も出来なかったって歯ぎしりしてたぜ。でもな、お前らのお陰で、しっかりと道は繋がったらしい。マックがきっかけだとか」



 お前らにはそういう強さがあるってことだ、なんて簡単に言うけど、なんかすごくさらっと凄いことを言われた気がする。

 俺はただ単純にこの世界を楽しんでただけのいちプレイヤーでしかないから。

 俺がきっかけとか、もしそのきっかけを逃したらなんて思うと、いきなり重くなるからちょっと怖い。

 身震いすると、ジャル・ガーさんがカカカと笑った。



「んな構えることじゃねえんだ。そういうのは自然体じゃねえと掴まえられねえもんだからな。偶然に偶然が重なると、それは必然になる。そんな感じなんだよ。だからこそ、何も手を出せねえ俺たちは歯がゆかった。きっかけすら掴めねえからな。でも、マックに関わったことで、俺も、あの兄ちゃんもちょっとだけ軌道がズレて、こうして少しでも手を出すことが出来るようになったんだ。それは、あの道を真っすぐ行くか、曲がって行くか、そんな何気ない分岐点かもしれねえ。でも、マックは俺らに関わる道を通ってくれた。ただそれだけのことが、俺らにとってはとてつもない変化になるんだ」

「なんか……これから先の選択が怖くなります」

「怖がるな。しり込みしてると今度こそその分岐で間違いかねねえ。お前はお前でいい。お前だからこそ、今の道が繋がったんだ」



 ジャル・ガーさんは大きな手の平で、俺の頭をひと撫でした。

 頭をすっぽりと包んでしまいそうなほどに大きなその手の平は、昔手放したはずの最愛の手を取るための物で。

 その手を取るきっかけは。

 脳裏にヴィデロさんの姿が浮かび、身震いする。

 何度、後悔したか知らない選択肢の数々。どうせ選ぶならヴィデロさんが絶対に安全な選択肢を選びたかったけれど、アレがなければジャル・ガーさんは獣人の村に行かず、ユイルがジャル・ガーさんの匂いに気付くこともなく。ここまで獣人たちと仲良くなることも、もしかしたらなかったかもしれない。そう考えると素直に喜べない。そんなことが沢山。

 隣にあったヴィデロさんの手を無意識に握ると、思った以上に力強い感触が返って来た。ぐ、と手を握られて、顔を上げると、ヴィデロさんが薄く微笑んでいた。



「……いまだに、ヴィデロさんが死にかけたこと、後悔してます。でも、それが今に繋がってたっていうのもわかるから……」

「あの頃のヴィデロは、まだ『縁エッジ』が『縁えにし』ではなかったんだな。でも、あれは俺らの落ち度だ。本当に申し訳なかった」

「ジャル・ガー」



 頭を下げたジャル・ガーさんを、ヴィデロさんが制止した。

 無言で首を振り、俺の肩に腕を回す。

 俺の中でトラウマになりかけてるヴィデロさんの姿が、力強い腕の力でかき消されていく。



「ジャル・ガーがそれを謝るのなら、俺は人族がしでかしたことを謝らないといけなくなるから」



 あまり謝りたくないって顔に書いてあるヴィデロさんは、苦笑したジャル・ガーさんと拳をぶつけ合って話を終わらせた。



 



「ハーフエルフの兄ちゃんの所に顔を出せよ。報告、待ってるはずだから」

「っていうかクエスト貰っちゃってるんですけど、魔王討伐してからもめちゃくちゃ頑張って仕事してると思います」

「色々仕込んでるからなあ」



 よろしく伝えてくれ、というジャル・ガーさんと別れて、俺とヴィデロさんはクワットロの裏路地に跳ぶことにした。レガロさんは魔王討伐の立役者の一人だしね。そもそもレガロさんがいなかったらセイジさんが力を手に入れることはなくて、サラさんを迎えに行くのももっと難しくなっていて。って考えるとレガロさんがどこからどこまでを見通せていたのかすごく気になる。

 ドアをノックしようとしたところで、後ろから声がかかった。



「なんだよマック。ヴィデロさんも。二人ともクエスト貰った口か?」



 そこには雄太がいた。しっかりと『高橋と愉快な仲間たち』の皆と『白金の獅子』もいて、雄太の口ぶりからこのメンバーも何らかのクエストを貰ったんだと気付く。



「うん、まあ。ここに来たのは偶然みたいなものだけどね」

「高橋もクエストが来たのか?」



 ヴィデロさんの問いに、雄太がちょっとだけ驚いたような顔をしてから、破顔した。



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