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685、お兄ちゃんに冗談は通じなかった
しおりを挟む皆がぞろぞろと解散する中、雄太がそっと近寄って来て、今度リアルで会おうぜと言ってきた。
そういえばヴィルさんの所に住み始めてから、あんまり外にも行ってないから、雄太にもばったり会うってことしてないしな。
いいよと頷けば、雄太は隣のヴィデロさんをじっと見つめた。
「今度、ファーストフード奢ります」
「俺が奢られるのか? 確かに向こうでは俺は何一つ持ってないけど、学生なんだろ」
苦笑を浮かべるヴィデロさんに、雄太が「ファーストフードくらいなら全然問題ないです」と微笑して答える。
ああ、そうか。俺と会うってより、ヴィデロさんの存在を確認したかったのか。
納得のいった俺は、「じゃあ」と口を開いた。
「社会人の俺がヴィデロさんの分を買えばいいんじゃん」
「それ名案」
雄太が真顔で答えると、ヴィデロさんは苦笑を微笑に変えた。
「こういう時に頼りになるのは、兄だな」
ヴィデロさんは表情をちょっとだけ弟の顔に変えて、ヴィルさんに声をかけた。
「なあ、兄さん。金をくれ」
あけすけなおねだりに、俺は思わず吹き出した。
ヴィデロさんは完璧に冗談で言ってるのが、その顔つきでわかる。でも、でもさ、ヴィデロさん。ヴィルさんはそれを本気にしちゃうよ。
だって、すっごくお兄ちゃんしたい人だから。
案の定、目をキラキラさせてすごく楽しそうな顔になった。
「いいとも。いくら欲しい? お兄ちゃんがお小遣いをあげよう。マックとデートするなら、数万は必要か。ついでに見立ててもらって衣服も沢山買ってこいよ。そうなると……わかった。マック、20万で足りなかったら後で請求……いや、最初から足りる分だけ渡したほうがいいか……?」
「小遣いの規模が違う……」
ヴィルさんの言葉に、雄太が戦慄した。
まだ建物を出てなかった人たちもヴィルさんに注目していた。
「いいなあ。何十万もポンと出せちゃうお兄ちゃん。あたしもそんなお兄ちゃん欲しいなあ」
「流石にパパは探すなよ?」
「もうそんな歳じゃないですー。20歳超えちゃったら誰もパパになんてなってくれないよ」
「いや、だから探すなって」
ガンツさんに突っ込まれながら、ユーリナさんは「じゃあねえ」と手を振ってドアを出ていった。外で待ってる月都さんとドレインさんは最後の言葉だけ聞いてたみたいで、外の方から「パパって? ユーリナ婚活してるの? 学生で出来ちゃった婚?」というドレインさんの言葉が響いて、ユーリナさんに即座に弓を構えられていた。
雄太たちも二人が冗談でそんな会話をしてるんだと思ったのか、笑いながら「じゃあお小遣いを貰ったら外で待ち合わせますか」とヴィデロさんに声をかけて、建物を出ていった。
そして、最後に出て行こうとしたユキヒラは、一言ヴィルさんに「研究、応援してます」とだけ残して、ドアから出ていった。いつもよりも真剣な表情だったのは、もしかして転移装置のことを聞いたから、かな。
同じような気持ちを味わっていたことのある俺は、ユキヒラに手を振ると、溜め息を呑み込んだ。
俺は、ヴィデロさんが奇跡を起こしてくれたから、一緒にログアウトできるようになったけど。ユキヒラは。真剣なのがわかるだけに、ちょっと胸が痛い。
「……冗談だからな?」
皆が消えた後、ヴィデロさんは真顔でヴィルさんに突っ込んだ。でもそんなことで引くようなヴィルさんじゃなかった。
「でも真面目な話、服だって日用品だってまだまだ君の分をそろえてないんだ。スーツだって必要だろ。健吾の家に行くのに、普段着で行くのはさすがにタブーだろ。スーツは君の場合吊るしじゃ着れないし、どうせ頼むならオーダーメイドの所でしっかりと身体にあった物を作りたいし、だったらある程度金をかけて、生地のしっかりしたものを頼んだ方が逆に経済的だしな。普段着くらいしか揃えなかったから」
「その普段着がタンス一つ分まるまるあったんだが。買いすぎじゃないか? あんなに服いるか? 上下5着くらいあれば、事足りるだろ」
「それはこの世界での常識だろ。俺は君に不自由させる気はない。今はまだ色々な手続きをしていないから、ただでさえ不自由させてしまうんだ。服くらいは思う存分用意してもいいだろ」
「いや、ダメだろ」
小遣いをおねだりした本人とは思えない冷たい眼差しで、ヴィデロさんはお金を出そうとするヴィルさんを牽制しにかかった。二人のやり取りがおかしい。思わず声を出して笑ってしまうと、二人が俺に視線を向けてきた。
「健吾もなんか言ってやってくれ。上下5着って、少なすぎだろ」
「ケンゴたちの世界はそんなに服が脆いのか? 何でそんなに服が必要なんだ?」
一気に二人で口を開くので、更におかしくなる。
「俺もそんなに服を持ってないからなあ。シャツと上着とズボンを着回してるから」
仕事も普段着だから、仕事用って新たに服を手に入れることもなかったしな、と考えて、ふと気付く。
ヴィルさんって、いつもオシャレな服を着てるけど、あんまり同じ格好なの、見たことない、かも。少なくとも、俺みたいに同じ組み合わせで仕事をする、なんてことはしてない気がする。
ああ、わかった。ヴィルさんは服装にすごく気を使う人だったんだ。なるほど。
納得したところで、二人にどう答えたらいいのか迷った。
買ってもらえばいいじゃん、とは俺が買うわけじゃないから簡単にいうわけにもいかないし。っていうかすでにタンス一つ分の服が揃ってるなら、諦めて着るしかないんじゃないかな。ヴィルさんとはサイズが違いそうだし。
それにしても。
「ヴィルさん、ただ待ってるだけなんて言いながら、服とか買いそろえてたんですね。俺そこまで全然気が回らなかった……」
「それは仕方ないだろ。俺は経験者、健吾は初心者。しかも待ち人はヴィデロだ。いっぱいいっぱいだったのは見ていてわかっていたからな」
「マック……ケンゴ」
ヴィデロさんはそっと腕を伸ばして、俺を抱き締めた。
「その気持ちがとても嬉しい」
「ヴィデロさん……好き」
髪にチュッとキスをしてくれたので、俺もついつい抱き着く。
ヴィルさんは呆れた様な顔をした後、苦笑した。
「じゃあ、健吾。ログアウトして、夕飯を頼んでいいか?」
「はい。もちろん」
「佐久間を上に呼ぶから、俺の部屋で」
はい、と返事して、ヴィデロさんと共に工房に足を向ける。ヴィルさんに手を振ってドアを閉めると、ヴィデロさんと一緒に寝室に入った。
ベッドに腰掛けながら、ヴィデロさんが「それにしても」と宙を見上げる。ステータス画面を開いているようだった。
「この間はゆっくり見れなかったけれど、これは凄いな。異邦人たちは皆こういうものを見て、弄っているのか」
ヴィデロさんの目には、英語表記の文字が鏡文字で映っている。そっか、文字は英語以外無理って言ってたもんね。でもそれにしても凄すぎて感服する。
俺はいまだに英会話はあんまり出来ないのに。テストではかなりいい点を取れるようになったのに、話すとなると、途端にダメになるんだよ。発音が下手すぎて。ヴィルさんの流暢な英語を聞いてると、俺のカタコト英語は全て半角カタカナ変換されそうな勢いなんだよなあ。佐久間さんなんて横で笑い転げてたし。ちゃんと会話は成立はしていたけど。それは日本語をわかってるヴィルさんだからこそかなって思ってたんだよ。ヴィデロさんに通じるかなって。でもヴィデロさんは、アリッサさんが話せる言語は大分マスターしていたらしいし。っていうかそんなに何か国語も話せて、しかもグランデの言葉もマスターしたアリッサさんが凄すぎるんだけど。それだけでは飽き足らず、ヴィデロさんに英才教育をしたのがまたすごい。それをしっかりとマスターするヴィデロさんもすごい。
結論、この親子の頭脳は国宝級だと思う。
親の特性は子も継ぐっていうし、そういうものなのかな。俺、性格は父さんにそっくりだけど見た目はまんま母さんだよね、とかよく親戚のおじさんたちに言われるから。どうせなら身長も父さんの方に似て欲しかった。一応父さんは平均値はあるらしいから。
先にベッドの上に乗りながら、『健吾の身心的特徴ステータス』のことを考えて溜息を呑み込んでいると、ヴィデロさんがスッと指を動かしてから、俺の横に転がって来た。
「この、ログアウトというところを押した後に感じる、意識を持って行かれるような感覚がいまだに慣れないんだ」
「意識を持ってかれる?」
「強制的に気絶させられるみたいな、そんな感じがして。引っ張られるというか無理やり引き摺られるというか、そんな感覚に陥るんだ」
「そっか……俺は何も考えずにログアウトしてたからなあ……。もしかして苦手?」
「どっちかというと。手を、握ってもらってもいいか?」
ヴィデロさんの数少ない甘えに、俺は一も二もなく頷いた。
何なら、抱きしめてログアウトしても全然かまわないよ! っていうかむしろどんとこい。
手を繋いで、一瞬だけ不快な顔をしながらスッと意識をなくしたヴィデロさんを見送ってから、俺もログアウトする。すっかりおなじみの感覚なせいか、特にヴィデロさんが言ったようなことを感じることもなく、部屋で目覚めた。
繋いだはずの手は、こっちにはなくて、それがちょっと寂しいっていうのはあるかもしれない。いつになったら同じベッドでログインログアウトできるかな、とそんな不埒なことを考えながら、俺はヴィルさんの部屋に急いだ。
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