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679、もしも俺が『魔王』になったら
しおりを挟む「ねえマック。なんかたくさんの人で食べれる食べ物ってある?」
「食べ物? 鍋とかなら作り置きあるけど、どれくらいの量?」
クラッシュがそんなことを言い出したので、俺はキッチンのインベントリから野菜たっぷりのスープを取り出した。大鍋に大量に作ってある。そのうち門番さんの所にでも差し入れしようと思ってたやつ。
それを見ると、クラッシュは顔を綻ばせた。
「今はおじいちゃんとおばあちゃんがいるし、母さんも来るし、あと二人も来るだろうから、6人で食べるんだ。皆でご飯食べるのって、俺の夢だったんだ。良かったら売ってくれない?」
「ああそっか。フォンディアさんたちが来てるから。前に良くしてもらったんだよね、クラッシュ不在の時。いいよいいよあげるから持ってって。他にもあるから待ってて」
クラッシュの言葉を聞いて、今度こそ堂々とセイジさんもただいまって言えるんだろうなぁとほっこりした。約束守ったぞって言えるんだ、セイジさん。
皆で囲む食卓、クラッシュはどう思うんだろ。夢だったって、そうだよね。クラッシュもなんだかんだと結構大変な人生だもんね。
ちらりとクラッシュを見ると、すごくワクワクした顔をしていたので、なんとなく嬉しくなって色々取り出した。すごく楽しく皆でご飯を食べて欲しいから。
「特製ケーキと温野菜サラダと魚料理も持ってって。果物もあるよ。聖水茶、ポットに入れとこうか? あ、パンは? パンはそこのお店で買った物なんだけど」
「パンは途中で買って帰るよ。うわ、こんなにいっぱいありがとう。ほんとに貰っていいの? 後で対価とか言わないよね」
笑いながら「言わないよ」と返事すると、クラッシュは嬉しそうにカバンにすべてをしまい、そのまま席に着くことはなく、またね、と帰っていった。
一瞬だけちらりとヴィデロさんに視線を向けたけれど、何も言わずに玄関を出ていった。
「彼には今度色々説明しないとな。ヴィデロのこととか」
「ああ、そうだな。でも、今はクラッシュも皆の帰りを待ちたいだろ」
「ああ……それにしても健吾。いいところで死に戻ったな。ヴィデロが凄い形相でマックを迎えに行くと言っていたんだぞ」
はははと朗らかに笑うヴィルさんと苦虫をかみつぶしたような顔のヴィデロさんがすごく対照的なのがちょっと和む。けれど、ヴィルさんの言葉は俺の胸をかなり抉った。
「……いいんです。いつもこんななんです。皆が無事だったから、いいんです」
がっくりしながらそう呟くと、ヴィデロさんが俺に何かを握らせた。
視線を向けると、そこにはとてつもなく綺麗な赤い宝石のような魔石があった。
「魔王を倒した際に貰ったドロップ品だ。俺まで戦闘の場所を抜けたらこれが手に入らなくなるからと、どうせならドロップ品をゲットしてマックにあげたほうが絶対にいいと兄が」
「え、待って。でもこれ、ヴィデロさんがゲットしたものじゃん。貰えないよ。すっごく貴重なものだし」
「あれだけ戦闘に貢献したのに経験値もドロップ品も貰えないのはきっと一番堪えるだろうからって。だから、これを」
「ヴィデロさん、でもそれは」
「マック」
ヴィデロさんがゲットした物だから貰えないよ、と断ろうとした瞬間口を口で塞がれた。
そして、その魔石ごと俺の手がヴィデロさんの大きな手に包み込まれる。これ、振り払えるわけないよね。
「ん……」
キスは気持ちいいし、握られた手は温かいし。
好き。
ちゃんとヴィデロさんの無事を確かめられてよかった。
どこもなんともなく、ちゃんとログアウトしたらヴィデロさんの身体があるってことかな。
ずっと待ってたけど。
改めてそう考えると。
ドキドキしてきた。
「健吾、ログアウトしたら、俺の部屋に来いよ」
まだヴィデロさんに口を離してもらえない俺は、ヴィルさんのその言葉に視線で応えた。お兄ちゃん苦笑するだけで弟のキスとか全然気にしてないんだね。ヴィデロさんもサッと手を上げながらも全然キスをやめないのがちょっとおかしくて嬉しい。好き。
二人きりになった工房で、俺は空いている手をヴィデロさんの腰に回した。
前と全然感触が違わないのに、これでアバターなのかな。どこも何も違わないのに。違うのは、マップに表示されるマークだけ。前は現地の人マークだったけど、今はプレイヤーマークになってる。
そのマークの色が、ヴィデロさんが俺の世界で生きてくれるっていう覚悟を決めたんだっていうことを俺に伝えてくれる。
じわじわと実感が沸く。
「あ、んん……」
絡められた舌が気持ちよくて声が洩れる。久しぶり過ぎて心臓が止まりそうだった。
しばらくお互いの口をむさぼり合ったところで、ようやくヴィデロさんの口が離れて行った。
「ドロップ品、しまって……」
耳元で囁かれて、あまりのいい声に蕩けそうになりながら、半分諦めて「ありがと」と同じように耳元でお礼を言った。
改めてドロップ品を見てみると、闇系の魔法攻撃を吸収できる魔石だった。そのまま鎧とか武器に着けるやつ。でもこれ、錬金で更にいい物に出来ないかな。
そう考えていると、ヴィデロさんが俺の腰に腕を回して、椅子に座った。そのままひょいと俺を膝の上に乗せてしまう。
離れがたかったので、俺はそのままの格好で取り出した錬金の本をテーブルに広げた。ヴィデロさんは慣れない手つきで宙に指を這わせている。あ、確かに目に何か映ってる。
思わずヴィデロさんの目を覗き込むと、フッとその目が細められた。ちゅ、と軽くキスをされて、二人で笑い合う。こういう穏やかな時間、すごく久しぶり。
ヴィデロさんの膝の上で錬金の本を捲っていくと、やっぱりというかなんというか、さっきの魔石を使う錬金レシピがあった。でも素材が一つだけ抜けてる。まだできないのかあ。残念。
溜め息を吐きながら本をしまうと、ヴィデロさんが首を傾げていた。何その仕草可愛すぎか。
「マックはスキルというものは結構持ってるのか?」
「スキル……? うん。かなり持ってる。少ない方だとは思うけど。ヴィデロさんもたくさんあった?」
「ああ。主に剣技の方に関してのスキルが多いな。でも、驚いたのは、俺にも『錬金』というスキルがあることだ」
「ヴィデロさんが錬金……?」
確かにそれは驚くかも。でもさ、今まで釜に魔力を注いだり、一緒にグルグルしたりとかたくさんしてたんだから、当たり前と言えば当たり前だよね。ってことは。
「一緒に錬金沢山出来るね。嬉しい」
顔を綻ばすと、ヴィデロさんも顔を綻ばせた。
「そういうことを言ってくれるマックが好きだな。錬金というものは『魔王』を生み出したものだろ。もし俺が欲望のままに『錬金』というものを極めて次の『魔王』になったらとか考えないのか?」
「それを言ったら俺が先じゃん。ヴィデロさんは俺が欲望丸出しで『魔王』になるとか考えなかったの?」
「マックが魔王……」
そう声に出したヴィデロさんは、肩を揺らし始め、最後には「可愛い」とか言いながら声を上げて笑った。そうだよね、こんな弱弱しい魔王なんて、ありえないよね。小さくて力の弱い魔王なんて、一撃でやられるよ絶対。魔王無理。それに可愛い魔王とか、響きからしてダメダメじゃん。
でもヴィデロさんが『魔王』になったら。
そう考えて、俺は唸った。
「めっちゃかっこいいんじゃ……」
絶対最強で最高にかっこいい魔王が出来上がるよ。そう考えただけで胸がドキドキする。今のままでも十分かっこいいのに、これ以上かっこよくなって、どこまで俺を惚れさせる気なんだろう。ヴィデロさん、恐ろしい子。
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