これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
682 / 830

679、もしも俺が『魔王』になったら

しおりを挟む

「ねえマック。なんかたくさんの人で食べれる食べ物ってある?」

「食べ物? 鍋とかなら作り置きあるけど、どれくらいの量?」



 クラッシュがそんなことを言い出したので、俺はキッチンのインベントリから野菜たっぷりのスープを取り出した。大鍋に大量に作ってある。そのうち門番さんの所にでも差し入れしようと思ってたやつ。

 それを見ると、クラッシュは顔を綻ばせた。



「今はおじいちゃんとおばあちゃんがいるし、母さんも来るし、あと二人も来るだろうから、6人で食べるんだ。皆でご飯食べるのって、俺の夢だったんだ。良かったら売ってくれない?」

「ああそっか。フォンディアさんたちが来てるから。前に良くしてもらったんだよね、クラッシュ不在の時。いいよいいよあげるから持ってって。他にもあるから待ってて」



 クラッシュの言葉を聞いて、今度こそ堂々とセイジさんもただいまって言えるんだろうなぁとほっこりした。約束守ったぞって言えるんだ、セイジさん。

 皆で囲む食卓、クラッシュはどう思うんだろ。夢だったって、そうだよね。クラッシュもなんだかんだと結構大変な人生だもんね。

 ちらりとクラッシュを見ると、すごくワクワクした顔をしていたので、なんとなく嬉しくなって色々取り出した。すごく楽しく皆でご飯を食べて欲しいから。



「特製ケーキと温野菜サラダと魚料理も持ってって。果物もあるよ。聖水茶、ポットに入れとこうか? あ、パンは? パンはそこのお店で買った物なんだけど」

「パンは途中で買って帰るよ。うわ、こんなにいっぱいありがとう。ほんとに貰っていいの? 後で対価とか言わないよね」



 笑いながら「言わないよ」と返事すると、クラッシュは嬉しそうにカバンにすべてをしまい、そのまま席に着くことはなく、またね、と帰っていった。

 一瞬だけちらりとヴィデロさんに視線を向けたけれど、何も言わずに玄関を出ていった。



「彼には今度色々説明しないとな。ヴィデロのこととか」

「ああ、そうだな。でも、今はクラッシュも皆の帰りを待ちたいだろ」

「ああ……それにしても健吾。いいところで死に戻ったな。ヴィデロが凄い形相でマックを迎えに行くと言っていたんだぞ」



 はははと朗らかに笑うヴィルさんと苦虫をかみつぶしたような顔のヴィデロさんがすごく対照的なのがちょっと和む。けれど、ヴィルさんの言葉は俺の胸をかなり抉った。



「……いいんです。いつもこんななんです。皆が無事だったから、いいんです」



 がっくりしながらそう呟くと、ヴィデロさんが俺に何かを握らせた。

 視線を向けると、そこにはとてつもなく綺麗な赤い宝石のような魔石があった。



「魔王を倒した際に貰ったドロップ品だ。俺まで戦闘の場所を抜けたらこれが手に入らなくなるからと、どうせならドロップ品をゲットしてマックにあげたほうが絶対にいいと兄が」

「え、待って。でもこれ、ヴィデロさんがゲットしたものじゃん。貰えないよ。すっごく貴重なものだし」

「あれだけ戦闘に貢献したのに経験値もドロップ品も貰えないのはきっと一番堪えるだろうからって。だから、これを」

「ヴィデロさん、でもそれは」

「マック」



 ヴィデロさんがゲットした物だから貰えないよ、と断ろうとした瞬間口を口で塞がれた。

 そして、その魔石ごと俺の手がヴィデロさんの大きな手に包み込まれる。これ、振り払えるわけないよね。



「ん……」



 キスは気持ちいいし、握られた手は温かいし。

 好き。

 ちゃんとヴィデロさんの無事を確かめられてよかった。

 どこもなんともなく、ちゃんとログアウトしたらヴィデロさんの身体があるってことかな。

 ずっと待ってたけど。

 改めてそう考えると。

 ドキドキしてきた。



「健吾、ログアウトしたら、俺の部屋に来いよ」



 まだヴィデロさんに口を離してもらえない俺は、ヴィルさんのその言葉に視線で応えた。お兄ちゃん苦笑するだけで弟のキスとか全然気にしてないんだね。ヴィデロさんもサッと手を上げながらも全然キスをやめないのがちょっとおかしくて嬉しい。好き。

 二人きりになった工房で、俺は空いている手をヴィデロさんの腰に回した。

 前と全然感触が違わないのに、これでアバターなのかな。どこも何も違わないのに。違うのは、マップに表示されるマークだけ。前は現地の人マークだったけど、今はプレイヤーマークになってる。

 そのマークの色が、ヴィデロさんが俺の世界で生きてくれるっていう覚悟を決めたんだっていうことを俺に伝えてくれる。

 じわじわと実感が沸く。



「あ、んん……」



 絡められた舌が気持ちよくて声が洩れる。久しぶり過ぎて心臓が止まりそうだった。

しばらくお互いの口をむさぼり合ったところで、ようやくヴィデロさんの口が離れて行った。



「ドロップ品、しまって……」



 耳元で囁かれて、あまりのいい声に蕩けそうになりながら、半分諦めて「ありがと」と同じように耳元でお礼を言った。



 



 改めてドロップ品を見てみると、闇系の魔法攻撃を吸収できる魔石だった。そのまま鎧とか武器に着けるやつ。でもこれ、錬金で更にいい物に出来ないかな。

 そう考えていると、ヴィデロさんが俺の腰に腕を回して、椅子に座った。そのままひょいと俺を膝の上に乗せてしまう。

 離れがたかったので、俺はそのままの格好で取り出した錬金の本をテーブルに広げた。ヴィデロさんは慣れない手つきで宙に指を這わせている。あ、確かに目に何か映ってる。

 思わずヴィデロさんの目を覗き込むと、フッとその目が細められた。ちゅ、と軽くキスをされて、二人で笑い合う。こういう穏やかな時間、すごく久しぶり。

 ヴィデロさんの膝の上で錬金の本を捲っていくと、やっぱりというかなんというか、さっきの魔石を使う錬金レシピがあった。でも素材が一つだけ抜けてる。まだできないのかあ。残念。

 溜め息を吐きながら本をしまうと、ヴィデロさんが首を傾げていた。何その仕草可愛すぎか。



「マックはスキルというものは結構持ってるのか?」

「スキル……? うん。かなり持ってる。少ない方だとは思うけど。ヴィデロさんもたくさんあった?」

「ああ。主に剣技の方に関してのスキルが多いな。でも、驚いたのは、俺にも『錬金』というスキルがあることだ」

「ヴィデロさんが錬金……?」



 確かにそれは驚くかも。でもさ、今まで釜に魔力を注いだり、一緒にグルグルしたりとかたくさんしてたんだから、当たり前と言えば当たり前だよね。ってことは。



「一緒に錬金沢山出来るね。嬉しい」



 顔を綻ばすと、ヴィデロさんも顔を綻ばせた。



「そういうことを言ってくれるマックが好きだな。錬金というものは『魔王』を生み出したものだろ。もし俺が欲望のままに『錬金』というものを極めて次の『魔王』になったらとか考えないのか?」

「それを言ったら俺が先じゃん。ヴィデロさんは俺が欲望丸出しで『魔王』になるとか考えなかったの?」

「マックが魔王……」



 そう声に出したヴィデロさんは、肩を揺らし始め、最後には「可愛い」とか言いながら声を上げて笑った。そうだよね、こんな弱弱しい魔王なんて、ありえないよね。小さくて力の弱い魔王なんて、一撃でやられるよ絶対。魔王無理。それに可愛い魔王とか、響きからしてダメダメじゃん。

 でもヴィデロさんが『魔王』になったら。

 そう考えて、俺は唸った。



「めっちゃかっこいいんじゃ……」



 絶対最強で最高にかっこいい魔王が出来上がるよ。そう考えただけで胸がドキドキする。今のままでも十分かっこいいのに、これ以上かっこよくなって、どこまで俺を惚れさせる気なんだろう。ヴィデロさん、恐ろしい子。

しおりを挟む
感想 508

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

処理中です...