これは報われない恋だ。

朝陽天満

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672、おかえりなさい

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 それからの俺は、マジックハイパーポーションを浪費しまくった。

 聖魔法を唱えまくり、攻撃しまくり、自分が薬師であることを忘れた。

 途中ルミエールダガーが光り輝き、一回り小ぶりの短剣になった時はどうしようかと思ったけれど、チラッと見ると『オーロ』から『プラーティノ』に代わっていたから、魔王に攻撃って結構な経験値になるらしい。すっかり刃の部分は蔦で覆われたデザインになって、何も切れないような本当の装飾的意味合いの短剣になったけれど、特に不便はない。それに腕にはドイリー、MP半減の状態でも一度で3分の2くらいMPを消費する魔法をガンガン撃ってるから成長もするよね。前よりももっと綺麗になったよ。花も増えたし。

 ユキヒラはそれほどデカい魔法は使えねえ! と喚きながら、剣を振り回し魔法を飛ばしてとわけわからないことをしている。

 皆の剣には前みたいに聖属性が付くように魔法をかけたから、HPの減りが全然違うし、魔王が誰に狙いを定めるか決めあぐねているように全体攻撃ばっかりをしてくる。俺は毎回「ひいっ」ってなるけど、皆はもうそのパターンを読んじゃったみたいで、楽々避けてるのが頼もしい。俺もあんな風にヒラっと躱したい。攻撃前には独特の音が鳴るから、皆より早く避難できるんだけどね。

 サラさんは、ブランクを感じさせない動きで、ユイと共に特大魔法を連発していた。

 途中ユイが「やった! 連結魔法覚えた!」って声を上げてから、サラさんの魔法と連結してえげつない攻撃を始めた。皆ドン引きしていた。勇者なんか、「平時はこの二人を一緒にするなよ! 街が壊滅する!」とか場を和ませようとしていた。顔は引きつってたけど。

 大笑いしながらいいぞもっとやれとか言ってたのはユーリナさんくらいじゃないかな。女性陣強い。

 そして今。魔王のHPは青ゲージに突入した。

 瞬間、『オオオオォォォォォオオォォォオオ‼』と咆哮を上げる魔王。

 黒から白に変わった時にも咆哮を上げていたけれど、その時も結構な人たちが威圧されて動きが悪くなってた。

 今回もそれで、しかも前よりもさらにビリビリしてる気がする。これがラスボスの咆哮かあ。ってかホント動けないし油断すると「怖い」っていう気分が湧きだしてくる。

 ここでいち早く動けるようになるのが、勇者たち。流石この国を一度救った人たちだよね。俺はまだ身動き取れない。

 魔王の剣が迫ってるけど、身動き取れないんだよ。魔王の手数が増えてるから、動けるようになった4人だけでは全部の攻撃を止められるわけもなく、せめてHP1くらい残っててくれたら即座に回復するのに、って思わずにいられない。

 魔王の剣が動けない雄太に当たるのを見ながら、迫りくる黒い剣を目を逸らすこともできずに見ていた。視線一つ動かせない威圧って凄すぎだろ。

 と諦めた瞬間、目の前に誰かの鎧が割り込んできて、キン! と黒い剣を弾いていた。

 その鎧の色は黒くて。見上げるほどの大きさは。



「ごめん、待たせたな」



 そして、この声は。



「ヴィデロさんんんん……っ!」



 振り返って笑顔を見せたその人に、俺は戦闘中にも拘わらず、抱き着いた。

 黒い鎧を着て、背中には漆黒のマント。そして手にはお父さんの形見の剣。

 ずっと逢いたくて逢いたくて仕方なかった人が、目の前にいた。

 しかも、絶対に来れないと思ってたこの場所に。

 んんん、と声を殺して腹筋に力を入れる。

 目から落ちそうになった涙を気合いで押しとどめ、出そうになった鼻水を啜る。

 再会を喜びたかったけれど、状況はそれを許してくれず、俺はただ小さく「おかえりなさい」とだけ呟くと、ヴィデロさんの身体から腕を解いた。

 ヴィデロさんはフッと笑顔になって素早く俺の額にキスすると、そっと俺の背中に腕を回して、小さく「ただいま」と呟いた。



「まずはアレを片付けよう」

「うん……っ」



 頷いた俺を確認すると、ヴィデロさんは前の方に走っていった。

 ヴィデロさんが走っているのを見た皆が、信じられないものを見ているような顔をしている中、魔王の攻撃で飛ばされながらも普通に立ちあがった雄太と、サラさんと、一緒に来たヴィルさんクラッシュは普通の顔をしている。クラッシュなんか呆れたような顔をしているけど、道中色々説明を受けたんだろうな。

 俺も気合い入れよう。元気出た。

 ずず、と鼻水を啜ると、魔王よりも視界にとどまるヴィデロさんの背中を見ながら、聖短剣を構えた。



「ヴィデロどうした! ここに来ても大丈夫なのか!?」



 勇者がヴィデロさんに声をかけながら、魔王の攻撃を打ち消していく。

 魔王の魔法は容赦なくヴィデロさんにも襲い掛かるけれど、ヴィデロさん、それは全く気にもせずガンガン魔法攻撃を受けてもびくともしなかった。闇魔法を打ち消す装備を二つも装着してるからかな。



「もう大丈夫です。俺も、異邦人の仲間になりましたから」

「はぁ?」



 ヴィデロさんの言葉に、プレイヤーの皆が一斉に視線を斜め上にした。マップ確認したらしい。俺も同じく。ヴィデロさんのいる位置には、しっかりとプレイヤーマークがついており、ああ、無事向こうに着いたんだなってことが、じわじわと実感を伴って俺の脳に浸透していった。そうだよね。そうじゃなかったらここに来てないよね。ううう、嬉しい。

 ぐいっとローブの袖で目元を拭うと、ポンと肩を叩かれた。

 ちらりと横を見ると、ヴィルさんが鎧を装備して立っていた。

 腰には覇王の剣、腕には覇王の盾がある。



「お待たせマック。予定通り連れて来た」

「はい……! 元気そうで何よりで!」

「君も元気そうで何より。ところでマック。俺たちのパーティーに入らないか?」 



 いきなりの場違いなセリフに、俺は頭に疑問符を浮かべながらヴィルさんを見上げた。

 途端にピロン、と何かの通知が来る。

 開こうとして、クエスト欄にびっくりマークがついてるのが見えた。でも今は届いたパーティー招待通知。

 俺がYESの返事を送ると、パーティー欄が並んだ。そこで見つけた、ヴィデロさんの名前。

 リーダー、ヴィル。その下に、ヴィデロ。俺の名前がその下に並んでる。

 ドキッと心臓が高鳴った。



「ヴィデロさんが……プレイヤー……」

「ああ。色々操作方法を教えていたら、天使が迎えに来てくれたんだ。あとでヴィデロの名前を工房に登録してやってくれ。環境が変わったせいか、工房に入れなかったから、俺が鎧をとって来たんだ」

「そっか。そっかあああ。絶対すぐに登録します。あ、あとフレンド登録も。あ、でも婚姻の儀を受けたのはどうなったんだろ。俺、ちゃんと伴侶補正まだついてる」

「それはヴィデロもついてるよ。何度も確認していた。器用さがかなり高かったらしいな。あと、ラックが母以上に高くて笑った。ってそうだった。フレンド登録は戦闘が終わってからゆっくりな。アレを倒そう」

「はい」



 ヴィルさんも、覇王の剣を抜きながら前衛に混ざっていった。ヴィルさんのレベルは、193だった。いつの間にそんなに上げてたんだろ。そして、ちらりと視線を動かすパーティー欄。

 ヴィデロさんのレベルも出ていた。こっちでの行動がちゃんと反映されるっていうのはアリッサさんから聞いて知ってたけど。

 思わず声を上げそうになる。

 だって。ヴィデロさんのレベル、軽く雄太を越してるんだもん。強いはずだよ。『300』って、カンストってこと?

 頼もしい背中を見ながら、俺はそっとステータスを閉じた。

 同じパーティーにヴィデロさんの名前があるのがすごく新鮮で胸が温かい。

 帰って来たんだ。お帰りなさい、なんてこんなところで言うべきじゃないけど。おかえりなさい。

 俺は聖短剣を構えながら、もう一度鼻をスンっとすすった。



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