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668、廃都市
しおりを挟む海里は髪をかき上げて、前にブレイブが贈ったイヤーカフを見せてくれた。見た目は変わりない。でも、前にそういえばゲージが溜まって刺青になったんじゃなかったっけ。でも。
「刺青がない……」
「ええ。ここのタトゥー、ブレイブの腕に移ったの」
「……はい?」
海里が言ってることがちょっと理解できなくて、俺は間抜けな答えを返してしまった。
「ユイのはまだ胸元にハート型っぽいのがあるんだけどね。この間ブレイブが魔物に半分にされたときに、ここがいきなり熱くなって、ブレイブの腕にこんな模様が入ったの」
「半分に」
「蘇生薬とハイパーポーションで事なきを得たから大丈夫。そしてね」
「こういうことが出来るようになったんだ」
海里の言葉を受け継いで、ブレイブはスッと腕を上げた。
すると、その刺青からシュルシュルと蔦が伸びて、それはボウガンのような形になった。
矢がセットされる場所に花が咲いて、その花がすぐさま矢になる。
「これ、『プラントパペット』っていうスキルみたいなんだ。海里から受け継いだ愛情ゲージの塊。海里のすげえ魅力的なタトゥーがなくなったのは滅茶苦茶残念だけど、でも愛情を受け継いだってのが嬉しいだろ」
そう言って男らしい笑顔を見せたブレイブは、シュルっとそのボウガンを消した。今度は形を変えて、籠手のような物になる。うわ、便利。
「どうも愛情を注いだ相手の危機にこういうスキルになるっていう仕組みらしいっていうのは呪術屋に行って聞いてきたのよ。でもユイたちはあの通りのんびりカップルだから、あんまり危機的感覚にならないらしいのよね。すっかりゲージは溜まってるみたいなんだけど」
「へえ……熱くなった?」
その言葉に引っかかって、俺はふと胸に手を当てた。
俺の、愛情刺青は?
もしかして、あの胸の痛み。
俺は首もとを寛げて、胸元を覗き込んだ。
「……え、ない」
あれだけ赤く存在を主張していた俺の刺青は、綺麗さっぱり消えていた。
「ほんと? じゃあ、もしかしてヴィデロさんに? あ、でも今、あれ……」
海里は俺の愚痴を思い出して、言葉を濁した。
俺の刺青がなくなったってことは、もしかしてヴィデロさん、危機的状況……?
まさか。道は太いって。ちゃんと繋がってるって。
呆然と何もなくなった胸元を覗き込んでいると、更にインナーを引っ張られて、海里も俺の胸を覗き込んできた。
「マックのはここにあったの? そっか。マント止めチャームだったもんね。ないってことは、そのタトゥー、ヴィデロさんの元に行ったのね」
「そう……なのかな。もしかして、俺があんなに愚痴言っちゃったから、ヴィデロさんの道が険しくなっちゃったのかな……」
「マック……」
二人でシュンとしていると、ちょっと離れたところにいた雄太とユイがこっちに歩いて戻って来た。
「あ、海里が痴漢してる」
「公開浮気だなんてブレイブかなり寛容だな」
のほほんとした二人の言葉に、俺と海里は顔を上げた。
頭にブレイブの手がポン、と伸びる。
わしわしと掻き混ぜられて、「大丈夫」と笑った。
「何せ門番ラッキー本家だ。マックのタトゥーをゲットしたら無敵だろ」
やっぱり男らしいにやり笑いに、俺は冷えたはずの身体に少しだけ熱が戻った気がした。
んじゃ、行くぜ。
そんな簡単なセイジさんの掛け声で、俺たちは最終ボス戦の戦場となるこの大陸最大の廃都市に移動することになった。
セイジさんの転移魔法で出た先は、思った以上に廃墟だった。
建物はほぼ土台だけが残り、ほぼすべてが瓦礫に覆われてまともな道はなく、周りを見渡せるようにと高地に建てられた城は、見る影もなかった。ただ、そこから城下町を一望すると、所々に黒い木が生えていて、ちらほらと建物や道の名残が見えた。
とても広い都市だったのはわかる。廃墟がずっと眼下に続いているから。
このボロボロの都市を、勇者たちはずっと前にも一度歩いてきたんだな、と思うと、身が引き締まった。
そして、土台しかない広大な城の敷地の中に、不似合いなものがひとつ存在していた。
「サラさん……」
それを見上げて、思わず呟く。目を奪われるともう目を逸らすことが困難なほどに綺麗な水晶の中、試練の神殿でにこやかに笑って話していたはずのサラさんが、静かにたたずんでいた。
とてつもなく綺麗な水晶。それが、黒い世界にとてつもなく不似合いで、それでいて、まるでこの黒い世界の中心であるかのような存在感を放っている。
「ようやく迎えに来たぜ、サラ」
「悪いな、遅くなって」
「待たせたわね、サラ」
三人が並んで水晶を見上げている。
その声にも反応しないサラさんが、違和感しかない。
話に聞くサラさん、そして、俺自身が対峙したサラさん像が、目の前の静かに目を瞑っているサラさんと全く重ならない。
多分それは雄太たちも『白金の獅子』メンバーも、クラッシュでさえも感じていたみたいで、険しい顔つきでサラさんの入った水晶を見上げていた。
「なあマック、あの水晶って鑑定できるか?」
俺の隣に立っていたユキヒラが、小さな声でそう訊いてきた。
鑑定。全く考えてなかった。
できるのかな、と思いつつ鑑定眼を使ってみる。
「『純水晶の封印棺:とてつもない魔力を秘めた水晶を使った封印物。中に巨の魔が閉じ込められている。封印値65%』だって。大分封印が薄れてるみたい」
「なるほど。っつうか封印の棺って縁起でもねえな……」
「でも封印物ってしか書かれていないから。確か、高校三年の時に先生のお父さんがなくなった時、「棺」と「柩」っていう漢字の違いを教えてもらってさ。死体が入ってる箱が「柩」って字で、死体が入ってない空の棺桶を「棺」って書くんだとかどうとか。だから、この棺っていう字で表されてるってことは、誰も死んでないってことだよ。縁起悪くないよ」
地面に「棺」と「柩」の文字を書きながらユキヒラに『絶望しないうろ覚えマメ知識』を披露していると、雄太たちも興味津々で俺たちの手元を覗き込んできた。
「ってことは、やっぱ魔王寝てんのか」
「どうやって起こすんだろうね。あの水晶を壊すとか?」
「そりゃセイジの魔法陣魔法だろ」
「ってかあの集めたクリアオーブをどうやって使うんだろうな」
皆が足元の漢字を覗き込みながらひそひそと話を始める。きっと傍から見ると緊張感の欠片もない光景だよな、と頭を寄せる皆の輪に入りながら思う。
それにしても、この雰囲気でよくユキヒラは鑑定なんて思いついたな、とちらりと視線を向けると、ユキヒラは真剣な顔をして、聖剣で切れるかどうかをガンツさんと討論していた。
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