これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
671 / 830

668、廃都市

しおりを挟む

 海里は髪をかき上げて、前にブレイブが贈ったイヤーカフを見せてくれた。見た目は変わりない。でも、前にそういえばゲージが溜まって刺青になったんじゃなかったっけ。でも。



「刺青がない……」

「ええ。ここのタトゥー、ブレイブの腕に移ったの」

「……はい?」



 海里が言ってることがちょっと理解できなくて、俺は間抜けな答えを返してしまった。



「ユイのはまだ胸元にハート型っぽいのがあるんだけどね。この間ブレイブが魔物に半分にされたときに、ここがいきなり熱くなって、ブレイブの腕にこんな模様が入ったの」

「半分に」

「蘇生薬とハイパーポーションで事なきを得たから大丈夫。そしてね」

「こういうことが出来るようになったんだ」



 海里の言葉を受け継いで、ブレイブはスッと腕を上げた。

 すると、その刺青からシュルシュルと蔦が伸びて、それはボウガンのような形になった。

 矢がセットされる場所に花が咲いて、その花がすぐさま矢になる。



「これ、『プラントパペット』っていうスキルみたいなんだ。海里から受け継いだ愛情ゲージの塊。海里のすげえ魅力的なタトゥーがなくなったのは滅茶苦茶残念だけど、でも愛情を受け継いだってのが嬉しいだろ」



 そう言って男らしい笑顔を見せたブレイブは、シュルっとそのボウガンを消した。今度は形を変えて、籠手のような物になる。うわ、便利。



「どうも愛情を注いだ相手の危機にこういうスキルになるっていう仕組みらしいっていうのは呪術屋に行って聞いてきたのよ。でもユイたちはあの通りのんびりカップルだから、あんまり危機的感覚にならないらしいのよね。すっかりゲージは溜まってるみたいなんだけど」

「へえ……熱くなった?」



 その言葉に引っかかって、俺はふと胸に手を当てた。

 俺の、愛情刺青は?

 もしかして、あの胸の痛み。

 俺は首もとを寛げて、胸元を覗き込んだ。



「……え、ない」



 あれだけ赤く存在を主張していた俺の刺青は、綺麗さっぱり消えていた。



「ほんと? じゃあ、もしかしてヴィデロさんに? あ、でも今、あれ……」



 海里は俺の愚痴を思い出して、言葉を濁した。

 俺の刺青がなくなったってことは、もしかしてヴィデロさん、危機的状況……?

 まさか。道は太いって。ちゃんと繋がってるって。

 呆然と何もなくなった胸元を覗き込んでいると、更にインナーを引っ張られて、海里も俺の胸を覗き込んできた。



「マックのはここにあったの? そっか。マント止めチャームだったもんね。ないってことは、そのタトゥー、ヴィデロさんの元に行ったのね」

「そう……なのかな。もしかして、俺があんなに愚痴言っちゃったから、ヴィデロさんの道が険しくなっちゃったのかな……」

「マック……」



 二人でシュンとしていると、ちょっと離れたところにいた雄太とユイがこっちに歩いて戻って来た。



「あ、海里が痴漢してる」

「公開浮気だなんてブレイブかなり寛容だな」



 のほほんとした二人の言葉に、俺と海里は顔を上げた。

 頭にブレイブの手がポン、と伸びる。

 わしわしと掻き混ぜられて、「大丈夫」と笑った。



「何せ門番ラッキー本家だ。マックのタトゥーをゲットしたら無敵だろ」



 やっぱり男らしいにやり笑いに、俺は冷えたはずの身体に少しだけ熱が戻った気がした。







 んじゃ、行くぜ。



 そんな簡単なセイジさんの掛け声で、俺たちは最終ボス戦の戦場となるこの大陸最大の廃都市に移動することになった。

 セイジさんの転移魔法で出た先は、思った以上に廃墟だった。

 建物はほぼ土台だけが残り、ほぼすべてが瓦礫に覆われてまともな道はなく、周りを見渡せるようにと高地に建てられた城は、見る影もなかった。ただ、そこから城下町を一望すると、所々に黒い木が生えていて、ちらほらと建物や道の名残が見えた。

 とても広い都市だったのはわかる。廃墟がずっと眼下に続いているから。

 このボロボロの都市を、勇者たちはずっと前にも一度歩いてきたんだな、と思うと、身が引き締まった。

 そして、土台しかない広大な城の敷地の中に、不似合いなものがひとつ存在していた。





「サラさん……」



 それを見上げて、思わず呟く。目を奪われるともう目を逸らすことが困難なほどに綺麗な水晶の中、試練の神殿でにこやかに笑って話していたはずのサラさんが、静かにたたずんでいた。







 とてつもなく綺麗な水晶。それが、黒い世界にとてつもなく不似合いで、それでいて、まるでこの黒い世界の中心であるかのような存在感を放っている。



「ようやく迎えに来たぜ、サラ」

「悪いな、遅くなって」

「待たせたわね、サラ」



 三人が並んで水晶を見上げている。

 その声にも反応しないサラさんが、違和感しかない。

 話に聞くサラさん、そして、俺自身が対峙したサラさん像が、目の前の静かに目を瞑っているサラさんと全く重ならない。

 多分それは雄太たちも『白金の獅子』メンバーも、クラッシュでさえも感じていたみたいで、険しい顔つきでサラさんの入った水晶を見上げていた。



 

「なあマック、あの水晶って鑑定できるか?」



 俺の隣に立っていたユキヒラが、小さな声でそう訊いてきた。

 鑑定。全く考えてなかった。

 できるのかな、と思いつつ鑑定眼を使ってみる。



「『純水晶の封印棺:とてつもない魔力を秘めた水晶を使った封印物。中に巨の魔が閉じ込められている。封印値65%』だって。大分封印が薄れてるみたい」

「なるほど。っつうか封印の棺って縁起でもねえな……」

「でも封印物ってしか書かれていないから。確か、高校三年の時に先生のお父さんがなくなった時、「棺」と「柩」っていう漢字の違いを教えてもらってさ。死体が入ってる箱が「柩」って字で、死体が入ってない空の棺桶を「棺」って書くんだとかどうとか。だから、この棺っていう字で表されてるってことは、誰も死んでないってことだよ。縁起悪くないよ」



 地面に「棺」と「柩」の文字を書きながらユキヒラに『絶望しないうろ覚えマメ知識』を披露していると、雄太たちも興味津々で俺たちの手元を覗き込んできた。



「ってことは、やっぱ魔王寝てんのか」

「どうやって起こすんだろうね。あの水晶を壊すとか?」

「そりゃセイジの魔法陣魔法だろ」

「ってかあの集めたクリアオーブをどうやって使うんだろうな」



 皆が足元の漢字を覗き込みながらひそひそと話を始める。きっと傍から見ると緊張感の欠片もない光景だよな、と頭を寄せる皆の輪に入りながら思う。

 それにしても、この雰囲気でよくユキヒラは鑑定なんて思いついたな、とちらりと視線を向けると、ユキヒラは真剣な顔をして、聖剣で切れるかどうかをガンツさんと討論していた。



 
しおりを挟む
感想 508

あなたにおすすめの小説

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...