これは報われない恋だ。

朝陽天満

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666、出発の日がやってまいりました

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 恥ずかしくも雄太の前で泣き叫んで、いや、叫んではいないけど。でも、ヴィデロさんが現れないまま、魔大陸に行く日になった。

 既にヴィルさんには伝えている。もしログイン時間が長くなったら隙を見て一瞬だけログアウトを順番にするみたいな取り決めもプレイヤー間で行って、準備は万端……なんだけど。



「なんか、めっちゃ緊張する……」



 ギアを被る前にヴィルさんにそう零すと、ヴィルさんは声を出して笑った。



「あれだな。気負ってる状態だな。ほどほどの緊張はいいけれど、カチカチになると動けないから、これはゲームのラスボス戦だくらいの気持ちで行って来いよ」

「本物のラスボス戦ですよ!? っていうかヴィルさん覇王の剣と盾持ってるんだからメンバーに入ると思ってたのに」

「おにいちゃんがいないと寂しいか? そうだな。機会があれば後で参戦しようか。なんなら鳥を飛ばしてサポートしようか。ああ、ボス戦の録画はして欲しいな」

「一応動画オンにはしておきますけど。多分皆ワクワクしながら動画撮ると思いますよ。特に海里とか」

「その動画買い取りたいな……」



 ヴィルさんはうーんと唸って、考える顔つきをした。

 最初で最後の魔王戦……になるといいな。撤退したりしたら心が折れそう。



「負けちゃって、全員が……っていう考えは捨てよう。もし力が足りなかったら勇者たちを強引に避難させてもっと人海戦術で行けばいいわけだし。魔大陸活動中の人たちを連れて」

「その意気だ。天使はもし危険があれば二人の手を取って逃げ帰るように言っているから大丈夫だろ。村に寄れば教会がリスポーン場所になるが、寄らないでそのまま行った場合、元の大陸がリスポーン場所になるからな。死に戻り後の合流は遅くなるぞ。渡した魔道具は持ってるか? あれはユキヒラと健吾なら設置できる設定にしてあるから、2人で手分けして一番近い村に設置すること」


  笑いながら忠告してくれるヴィルさんに頷くと、ヴィルさんはじゃあ行って来い、と手を振ってから部屋を出ていった。鍵は閉めてくれるらしい。

 今日はヴィルさん公認の有給。上司公認って他の人から見るとすっごく贅沢だよね。
 
 そんなことを思いながら工房の寝室で起き上がった。

 持って行くものは、とチェック。大量の回復薬は、入るだけ入れる。蘇生薬も忘れずに。もしもの時のデバフ系錬金アイテム。インベントリ枠が大分ふさがった。これでも拡張したのに。もう一回課金してさらに大きくできないかな。

 さっきヴィルさんが言っていた魔道具とは、村に魔物が入って来れないようにするものだ。前にヴィルさんが設置した物。あれをアリッサさんから貰ったので、魔王対策に一番近い村に設置しろとのことだった。魔王のいる場所は大きな都市の中心で、そこら辺の教会は既に使えない状態らしい。何でヴィルさんがそんなことを知ってるのかは謎だけど。クラッシュも設置の時に見ていたらしいから、クラッシュは手伝ってくれるらしい。頼もしい。っていうかすでにクラッシュには打診しているので、セイジさんにも伝わってるんじゃないかとのこと。抜かりないなあ。

 あとは腹が減った時用に大量にサンドイッチセットを、とインベントリに詰め込んでいく。まるでピクニック。でも腹が減るとスタミナの減りが早くなるとか色々問題が起きるんだ。

 腕にはすでにヴィデロさんから貰ったブレスレットとニコロさんに貰ったブレスレットと、レガロさんに貰ったドイリーが装備されている。指には結婚指輪。首にはチョーカーで、胸元には愛情ゲージがカンストしたブルーテイルの羽根。そういえばヴィデロさん、ブルーテイルの羽根のアクセサリ付けていったのかな。っていうかアクセサリ類とかも持って行けるのかな。あの大量の薬類とか。ちょっと気になる。

 俺の指で鎮座している指輪にちゅ、と口づけて、俺はインベントリを閉じた。



「あんまり待たせるから先に行っちゃうよ。俺のかっこいい姿見れないよ」



 指輪に向かって呟くけれど、口に出した言葉に自分で苦笑する。活躍なんて出来ないけど。ただサラさんを助けて逃げまどうだけ。でもそれだけでも俺にとっては無理難題に近いと思う。

 だから。ヴィデロさんが来てくれてたら百人力。

 でも、そんなことより、なによりも、俺の願いはただ一つ。



「早く、逢いたいなあ」



 呟いた瞬間、胸がカッと熱くなった。



「え、何……っ、熱……っ」



 立ってられないほどに胸全体が熱くなり、しゃがみ込んで胸を掻きむしる。

 必死に指を動かしてステータス欄を開いても、バッドステータスは付いてないことにちょっとだけパニックに陥る。

 こんな大事な時にどうなってるんだ。

 口から呻きのような声が洩れて、ほんの少しの間に、冷や汗がドッと出る。



 そして、唐突に、フッと熱が消えた。

 もう熱くも痛くもなくて、違和感が全くなくなる。

 そのことが逆に違和感ありまくりで、俺は意味もなくステータスを開いたり辺りを見回したりと挙動不審になった。



「なんだったんだろ……」



 ホッと息を吐いて、健康そのものの体調に戻ったアバターを見下ろす。

 ローブの上から痛いほど熱かった場所を撫でても、何もない。

 何かステータスが減ってるのかと思っても、どこもなんともなく、全快。バッドステータスもなく、しっかりと伴侶補正もついてる。

 伴侶補正の欄を見て、フッと顔が綻ぶ。こうやって、いなくてもヴィデロさんはしっかりと俺を守ってくれてるんだね。

 嬉しいな、と思いながらステータス欄を閉じて、ローブをうさ耳に替えた。こっちの方が性能がいいし防御力高いし状態異常かからないし。一時の恥よりラスボス戦。

 とんでもなく気持ちいい手触りをちょっとだけ堪能した俺は、さっきの異変を頭の隅に追いやって、工房から辺境に跳んだ。





 そして辺境で、俺は勇者とエミリさんにたかられている。

 原因はローブだ。

 雄太たちはその状況に腹筋を鍛えている。



「本当にすげえ手触りだな。スノウイーターラビットの上毛皮なんて、初めて触った……これは確かに欲しいと思わせる一品だ」

「しかも魅了が解除されてる……さすがヴィルね。デプスシーカーに死角なし……これ、私も欲しいわ。魅了にかかるのはさすがに勘弁って思ってたけれど、どうやったのかしら……」

「これはジャスミンに贈りたい一品だ。エミリ。次これが入ったら俺に売ってくれ。言い値で買おう」

「滅茶苦茶高いわよ」

「構わん」



 背中を撫でられ、耳を触られ、しかも皆が呟く声が全て拾える集音能力……。勇者をも魅了するこの手触りといい、このローブ違った意味で怖い。



「わはは、耳がめっちゃピンとしてる!」

「あれは兎が警戒してるんだよ」



 可愛いよね、っていう雄太たちの会話まで拾ってしまって、居たたまれない。中身俺だから。中身は兎じゃないから。ユキヒラ、頼むから白けた目でこっちを見ないでくれ。心が萎れる。



「魔王戦であんな恰好してるのって和むねー。私もやったわ。他のゲームでネタ防具付けたわ」

「俺もやった。すっげえ緊迫した中のカボチャ頭は緊張感なくなるよな」



『白金の獅子』までこの装備をネタ装備扱いしている。確かにね! ネタっぽいよね!



「俺の装備品の中では一番防御力が高いんだけど! 素早さアップ、状態異常耐性、魅力アップなんだからな! 手触りも抜群で、獣人並みの聴覚になるんだからな!」



 負け惜しみの様に叫ぶと、皆が一斉に笑った。そこ笑うとこ!?





 落ち着いたところで、セイジさんとクラッシュが現れた。



「そろそろ行くぞ。準備はいいか」



 セイジさんの声に、皆が一斉に頷く。

 後ろの方で控えていた王女様が、微笑んで俺たちを見送ってくれる中、俺たちはセイジさんに連れられて、魔大陸に跳んだ。

 
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