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655、相談はしかるべき人に
しおりを挟む次の日、仕事をしててもログインしても、ソワソワと落ち着かなかった。
明らかに挙動不審と佐久間さんに突っ込まれて、「自分でもそう思います!」と答えたら爆笑されたけれど、だって仕方ない。
ヴィデロさんはいつ決行するんだろ。
今朝はちゃんと門に向かっていたから、仕事はそのままなのかな。
あまりにも何も手につかなくて、俺は工房を飛び出していた。
そして門に向かう。
今日の門番はマルクスさんと、名前を知らない顔見知りの門番さんだった。
「よ、マック。今日はヴィデロ、外回りしてるぜ」
「こんにちはマルクスさんたち。ヴィデロさんは今日外回りなんだ。しらなかった」
「それにしてもマック、最近ここの門から全然出ねえな。もしかしてヴィデロに出して貰えねえとか? 独占欲丸出しで閉じ込められてたりしないか?」
「ヴィデロさんはそんなことしないよ」
マルクスさんはニヤリと笑うと、俺の頭に手を乗せた。
そして、身を屈めて顔を覗き込んでくる。このパーソナルスペースは健在なのか。
「でもな、最近、ヴィデロ何やら団長たちと深刻な話をしてるみたいでよ。マックは何か聞いてねえか?」
「深刻な話……?」
もしかして、ヴィデロさんはここを辞めようとしてるのかな、と少しだけ眉を寄せて首を傾げると、マルクスさんは俺が何も聞いていないからそんな顔をしてるんだと勘違いしたのか、顔を覗き込んだまま頭をわしわしと撫でた。
「まあ、気のせいだろ。ヴィデロだったらきっとマックの悪いようにはしねえよ。あいつは出来た男だからな。俺の間違い。気にすんなよ」
「あ、うん……」
マルクスさんが身を起こして手を放すと、隣からプッと笑い声が聞こえたので、俺の頭は鳥の巣になったんだろうと推測された。鳥の巣頭で道を歩かないといけないのはちょっとやだなあ。
それにしても、ヴィデロさんはどれほどの情報を得て、決心したんだろ。勝算があるからこそ、俺に伝えたんだよね。
ヴィルさんは知ってるのかな。アリッサさんは?
ふと、アリッサさんに詳しく聞きたいな、と思って、フレンドリストを開いた。
忙しいのは知ってるから、ダメもとだったんだけど、アリッサさんも、ヴィルさんも、ログインしているのか、名前が白くなっていた。
聞きたいことがあるとチャットでアリッサさんにメッセージを送ると、「じゃあ気晴らしをしたいから、迎えに来て欲しい」という旨のメッセージを貰った。
マルクスさんにまたねと手を振って、アリッサさんの所に跳ぶ。一応ユキヒラに「アリッサさんお借りしますって宰相さんに伝えておいて」とメッセージを送ってアリッサさんの部屋をノックすると、すぐにアリッサさんが顔を出してくれた。
「お迎えありがとう。場所はヴィルの建物ね。了承を得たから」
「はい」
「あそこだったら、ヴィデロが帰って来てもすぐわかるでしょ」
「そうですね」
さ、と手を差し出すと、アリッサさんは笑顔で俺の髪の毛に手を伸ばした。
「どうしたの、ぐちゃぐちゃよ」
「ヴィデロさんの同僚の人にやられました」
「あら」
くすくす笑いながら、アリッサさんが俺の手を握る。
すぐにヴィルさんの建物の中に跳ぶと、そこにはヴィルさんが椅子に座っていた。
「待ってたよ」
俺、思い立ってすぐにアリッサさんに連絡を取って飛んだよね。
待ってたってどういうこと? と思わず怪訝な顔でヴィルさんを見つめると、ヴィルさんは苦笑して椅子に座るよう促した。
「今日は健吾、一日挙動不審だっただろ。もしかして、とうとう弟が一大決心を健吾に告げたのかと思って」
「その通りです……」
バレてた、と小さくなると、2人は声を出して笑った。
佐久間さんにまで突っ込まれるほどの挙動不審だったもんな……。
ヴィルさんはインベントリからお茶の入ったカップを取り出すと、俺たちの前に置いて、ついでに茶菓子をテーブルの真ん中に置いた。それは見事に和洋折衷っぽいお菓子で、誰が作ったのか一発でわかった。
ヴィルさんはどうやってエルフの里に向かってるんだろう。一人であの魔物の群れを突破するのかな。
お菓子をじっと見ながらそんなことを考えていると、ヴィルさんは何を思ったのか、一枚のレシピを俺に差し出した。
「エルフの里でこのお菓子のレシピを貰ったんだけれど、健吾に進呈しよう。俺の中で一番のおすすめお菓子だ。現実世界でもこれを作れない物か……」
レシピを貰うくらいなんて、よほど気に入ったらしい。ヴィルさんは早速そのお菓子を切り分けて、俺たちの前に差し出してくれた。
「これ、こっち特有の果物を使ってるので難しいです。あとこの素材、エルフの里でよく見かけますけど、実際にはどんな素材が代用できるのかさっぱりです」
でもレシピはありがたく受け取りますね。今度作ってみます。というと、ヴィルさんは何とも複雑な顔をした。
「健吾が作ってくれるのは嬉しい。沢山作ってくれ。でも、向こうでは食べられないのか……」
はぁ、と溜め息を吐いたヴィルさんはよほどこのお菓子が気に入ったらしい。美味しいもんね。
「前にね、あの子と二人で話した時、どうやってここから向こうに帰ったのか聞かれたことがあったのよ。私はしっかりと魂のつながりがあったし、携帯端末もあった。それの電波が繋がってるから、ちゃんと道があるってわかってたの。だから、あの子にはジャルさんの場所から帰ったって教えたわ。そしたら今度は通信の魔道具で具体的に教えてくれって連絡が来て。初めての魔道具の連絡がそれなのよ。あ、何かやらかす気ねってすぐピンと来たわ」
「教えたんですね」
「教えたわ。詳しく。私の知りうる限りね。だって、中途半端な知識でことを為そうとすると、高確率で失敗するから。だからすべてを事細かに教えたの。携帯端末の電波が通じていたこと、ヴィルが向こうで私を見捨てないで待っていてくれたこと、ちゃんと繋がりある人がいること、そして、向こうとの身体的関わりがあること。最大の要因は、私が『幸運』という稀なスキルを持っていたことと、こっちに魔素があることね。魔素と電波が絡み合うと本当に奇跡が起きるのよ。私たちがログインできているのも、その力。沢山の人がログインしているおかげで、そのつながりは前よりも強固になってるの。だから、確率的に私が渡った時よりも上がってるはずなのよ。ただ、あの子は向こうに行ったことがない。私の血を継いでいるけれど、でも向こうで生きた証がないから、それが不安と言えば不安ね」
アリッサさんが教えてくれた内容で、俺はソワソワした気分を落ち着けることが出来た。
危なくないかなってドキドキしてたけど、そっか。前よりもっと確率上がってるのか。
「携帯端末は二人とも持ってるだろ。基本、あれを手にすればもう片方の端末へと道が繋がるようだから、出てくるのは間違いなく俺たちの会社だな」
「そうね、前に帰った時はヴィルの所に出て、ほんとに驚いた顔をして私を出迎えてくれたものね」
「ああ。あれは人生で一番驚いた。きっともうあれ以上驚くことは今後もないと思う」
和やかに話す二人に、そんな不安にすることないんだ、とホッとする。
ヴィルさんが俺の肩にポン、と手を置いて、「安心したか?」と訊いてきたので、頷く。
「健吾はどんと構えて弟を待っていてくれ。希代の英雄とレガロさんの話によると、健吾が揺らげば道も揺らぐ。もちろん俺たちの絆もしっかりしていると信じてはいるが、君たちが一番しっかりと絆を育んでいるんだろ」
「はい」
それだけは自信あります。ヴィデロさんのお母さんとお兄さんに向かってそう言えるのが、なんだか嬉しかった。
そして、2人ともしっかりとヴィデロさんのやりたいことを知っていて、サポートしようとしているのが見えて、ホッとした。
二時間後にセィに戻るから、迎えに来てくれる? とアリッサさんに頼まれて、俺は工房に戻った。
心が軽くなった気がした。そして、不安がなくなってくると、今度は湧き上がってくる、喜び。
ヴィデロさんが、同じ世界で生きていける。
じわじわとその喜びは胸に浸透していって。
どうしよう、今度は違う意味で挙動不審になりそうだ。
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