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650、感動の再会もそこそこに
しおりを挟む無言で見つめ合うっていうか睨み合ってるお爺さんとセイジさんの異様な雰囲気を察してか、街のおじさんは「また来るから」とそそくさと退散していった。パタン、とドアが閉まった瞬間、お爺さんがつかつかとセイジさんの方に歩いていき、ガッと被っていたフードを持ち上げた。
「……」
無言でセイジさんのローブの胸倉を掴み、お爺さんがギリギリと奥歯を噛みしめる。
おばあちゃんも椅子から立ち上がったまま口もとを押さえて震えていた。
「ルーチェ……なの?」
セイジさん、お爺さんたちにも生きてたことは言ってなかったんだ。
それにしてもこのタイミングで。
「……よ、元気そうだな」
盛大に溜め息を吐いた後、セイジさんは口元を歪めて、おばあちゃんに視線を向けた。途端にお爺さんの手が更に胸倉を締め付ける。
「苦しいって……」
「今までどこをほっつき歩いとった」
お爺さんは締めあげたまま、怒ったような口調でセイジさんを見上げた。
「旅が終わったなら、帰って来ると、あれだけ約束しただろうにこのバカ息子」
お爺さん一人くらいだったら難なく逃げられるはずのセイジさんは、されるがままの状態で、困った顔で二人に視線を向ける。
そして、自分の顔を片手で覆い、天を仰いだ。
「くそクラッシュ、やってくれた……」
生きてたんなら早く帰ってこい馬鹿もん! と怒鳴り散らすお爺さんと、泣いてしまったおばあちゃんを宥めながら、セイジさんは小さく魔法陣を描いた。
そして、宙に向かって声を上げる。
「クラッシュ、聞こえるか」
『あ、セイジさん。おかえりなさい』
「今どこにいる」
『その声音は……無事おじいちゃんとおばあちゃんに会えたんですね。よかった』
「よくねえよ! じじいには怒鳴らればばあには泣かれてどうしろっていうんだよ!」
『前に言ったじゃないですか。俺が店を留守にする間、おじいちゃんたちにもう一度店に戻って来てもらうって。最近セイジさんの顔を見てなかったから、そのままお願いしちゃいましたよ。顔を出さないセイジさんも悪いんですからね』
強気なクラッシュの言葉に、セイジさんは溜め息しか出なかったみたいだった。
ったく、と吐き捨てたところで、スッと真顔になる。
「クラッシュは、どこにいるって……?」
セイジさんは二人を交互に見た後、ひっそりとその場にいた俺に視線を向けた。
そして、しっかりと目が合った状態で、はっきりと訊いた。
「クラッシュは、どこに行ってるんだ?」
「ばかもん。自分の足で立ってるガキの行動はそうやって無粋な詮索をするもんじゃない」
お爺さんはようやくセイジさんから手を放して、ものすごくしかめっ面になった。
その顔でセイジさんもクラッシュがどこにいるのかわかったのか、口を開こうとして、お爺さんの無言の制止で口を閉じる。
その目が、俺に「後で全部説明してもらうからな」と言っている。怖い。何で俺はこんな恐怖の親子再会場面にいるんだろう。クラッシュのドッキリは心臓に悪すぎだろ。全員にとって。しかもクラッシュは本気で善意しかないから怒るに怒れない。
お爺さんから離れたセイジさんは、おばあちゃんにもハグして、更に泣かせていた。
「商人たるもの信用が一番なんだから、約束だけは破るなと教え込んだんだが」
「あのなじじい」
おばあちゃんの背中を優しく撫でながら、セイジさんは、未だ怒りの冷めやらぬお爺さんの言葉を止めた。
「俺の中では、まだ終わってねえんだよ。心配させてんのは悪いと思ってる。でもな、俺の中では、まだ終わってねえんだ。だから、まだ約束を反故にしたわけじゃねえ」
「そうやって屁理屈を」
「じじいが言ったんだろ。あいつと並んで元気に帰って来いって。だから、まだだ。心配すんなよ。ちゃんとじじいとの約束は守るからよ」
「……だが、サラちゃんは」
「じじい。いいか、俺は、約束は破らねえ」
はっきりと言い切ったセイジさんに、お爺さんは口を噤んだ。
そして、セイジさんの肩をバン、と叩いた。
「その言葉、信じるぞ」
「信じろよ。……母さんも。もう少し待っててくれ。俺にはまだやらなきゃならねえことがあるんだ。それが終わったら、堂々と村に顔を出してやるよ」
ひとしきり泣いて、ようやく笑顔を見せたおばあちゃんにお茶を勧められたセイジさんは、それを断って、俺に目配せした。
「ちょっとそこの薬師を借りるぜ。頼みてえことがあるからさ」
「借りるって、マックさんは物じゃないのよ」
「わかってるって。俺もアイテム頼みてえんだよ」
そう言って店を引っ張り出された俺は、居たたまれない想いでセイジさんをチラ見した。
セイジさんは真顔になると、「エミリの部屋を借りるか」と俺の手を掴んで一瞬で跳んだ。
目の前にいきなり雑多な部屋が現れ、その部屋の机には、エミリさんが座って何か書類を書いている。
そして、俺たちが現れた瞬間に「あら」と笑みをこぼした。
「珍しい組み合わせね。どうしたのセイジ」
「どういうことか説明しろ。クラッシュは、魔大陸に行ったのか?」
「ええ」
「ええってお前……」
笑顔で肯定したエミリさんに、セイジさんががっくりと力を抜く。
「あの子ちゃっかり雑貨屋の魔大陸支店を開いてるわよ」
「エミリは心配じゃねえのかよ!」
ダン! とセイジさんが机を叩くと、エミリさんは動揺したそぶりもなく、面白そうに「あら」と声を上げた。
「マックも一緒にいるからてっきり色々聞いてたんだと思ったのに」
「これからここで聞くんだよ。店にはクソじじい達がいたから」
「だからここから派遣した子が帰って来たのね。あとで挨拶に行かないと」
「そうじゃなくて!」
イライラしているセイジさんに、エミリさんはくすくすと笑う。
「たまには顔を見せてあげてもいいんじゃないかとは私も思ってたわ。でもあなたの気持ちも知ってるから強引に連れていくことはしなかったけど。今回はあなたよりクラッシュの方が一枚上手だったみたいね」
ふふふ、と笑うエミリさんは、心底嬉しそうだった。
笑い事じゃねえよと口を尖らすセイジさんに、更に笑みを深めている。
「前に一緒に魔大陸に行くってクラッシュに言われてたんじゃないの?」
「でも魔力の適正値がわかればって条件つけたぞ」
「しっかりと魔道具で見てもらったわよ」
「は……? どうやって」
王宮の魔道具だろ、と呟くセイジさんは本気でクラッシュを魔大陸に行かせたくなかったようで、エミリさんからも「ほんとセイジってクラッシュを可愛がってるわよね」と突っ込まれた。
「私今、王宮魔道具技師と個人的にやり取りする仲なの」
にこやかにエミリさんが宣言すると、セイジさんは半眼になった。
「子供を死地に送るのかよ」
「あら、精鋭たちが周りを囲んでるわ。そして、村の中は安全よ」
「安全?」
「ええ。だって村の中は浄化されてるもの」
ね、とこっちにウインクしてくるエミリさんに、俺は帰っていいですか、と言いたくなった。詳しくはエミリさんに訊けばいいと思うんだ。
エミリさんは事細かに浄化された村のことをセイジさんに話した。クラッシュは魔王討伐に参加するわけじゃなくて、そこで店を開くから危なくはないということも。もちろん、魔力は適正値だったことと、俺作アイテムで補助していることも。
「アルが育てた子たちなんて、魔大陸の魔物を簡単に倒しちゃう様になってるのよ。それに、向こうに行く子たちは、私がちゃんと厳選してるから、安心して背中を預けられるわ。補助アイテムも充実してきてるしね。特別に、クラッシュが売ってるアイテムをあなたにあげるわ。使ってみて。面白いわよ」
エミリさんに魔大陸アイテムセット一式を渡されたセイジさんは、わけがわからねえ、と小さく呟いた。展開が怒涛過ぎたからね。エミリさんと宰相さんとアリッサさんが仕事早すぎるんだよ。賢者が話題に乗り遅れるくらいに。
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