これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
639 / 830

636、助けてお兄ちゃん

しおりを挟む

 たとえ笑顔で送り出されても、俺たちは笑顔というわけにはいかなかった。

 あんな酷い行為を目の前で見せられて、気分がいいはずがない。



「……こんな時にだけ頼るのもどうかと思うけど」

「でもこういう行為を何とかしてくれる可能性があるのは、兄しか思い浮かばない」



 二人で顔を見合わせると、周りも関係なくトレに跳んだ。

 工房に戻ってくると、俺は早速フレンド欄を見た。名前は灰色になっている。仕事でもしてるのかな。

 ヴィデロさんに断って、ログアウトすることにした。

 寝室に向かってベッドに転がってログアウトすると、俺はヴィルさんにメッセージを送った。「たすけて、お兄ちゃん」と……送りたかったけど自重した。でも気分は助けてお兄ちゃん。



 ヴィルさんはすぐに返事をくれた。

 そして、すぐにログインする様に言われて、ホッとしながらログインすると、ヴィデロさんがベッドサイドに座って待っていた。



「ヴィルさん、すぐにログインしてくれるって」

「そうか」



 ホッとしたような顔をするヴィデロさんは、すっごくヴィルさんを頼りにしてるように見えた。兄弟羨ましい。

 俺もすぐに起き上がってキッチンの方に向かうと、同時くらいに連絡通路のドアがノックされた。



「何かあったのか? ヴィデロも健吾も顔つきがいつもと違うぞ」



 俺たちの表情を見た瞬間、ヴィルさんは顔を曇らせた。そんなに表情に出てたのかな。でも今はニコニコなんてできない。

 俺がお茶を淹れている間に、ヴィデロさんがヴィルさんにさっきの工房のあらましを話した。しかも前から起こっているみたいだってことも。

 ヴィルさんは俺が差し出したお茶を手に、視線を少しだけ落とした。

 俺が席に着いたのを見て、「健吾は『USM』というゲームを知ってるか?」と訊いてきた。

 名前だけは知ってると答えると、ヴィルさんはそうかと頷いた。



「あのゲームは昔のレトロゲームと同じシステムを採用しデータ容量を節約しているんだ。その他の容量はほぼモンスターデータにつぎ込んでいると言っても過言じゃない物だ。俺はやったことがないが、あれはモンスターを倒して手に入れて合成して自分だけの最強モンスターを育てる育成ゲームだな。最大の魅力が、モンスター同士を戦わせる闘技場。強さランクがあり、強ければ強いほど名誉とされて、称号が与えられる。そのために『USM』ユーザーはモンスターの討伐と合成をひたすら繰り返しているという。そういう育成物が好きなユーザーにとってはとんでもなく面白いゲームだそうだな」



 そういうのは聞いたことがある。俺は戦い自体が苦手だったから、食指は動かなかったけど、雄太がしっかりと持っていて、一度だけ招待枠でやらせてもらったことがあるんだ。でも一日で止めたけど。だってモンスターを合成ってなんかどうも好きになれなかったから。可愛いモンスターを手に入れても、強くするために合成して全く違うモンスターにしちゃうんだよ。しかも懐かせた方が強くなるとか言って、可愛がったモンスターを躊躇いなく合成させちゃうっていうのが苦手で。雄太もあんまりハマれなかったのか、早々に止めていたけど。

 でもなんでここでそんなゲームの話が出て来たんだろ。

 神妙に聞きながら、内心首を傾げた。



「そのゲームは、飲食店の壁に貼ってある依頼書で、クエストを受けることが出来るそうだ。その中に、こういうものがある。『このモンスターを隣の店の男性に渡して来てくれ』。依頼を達成するとその依頼の人物からモンスターの餌を貰えるらしい。でもその餌は他の店でも売っている餌で、通貨があれば買える物だ。依頼は一度受けるとクリアして消えていくんだが。たった一度餌を貰うために隣の男にモンスターを届けるのは馬鹿らしい、と考えたとあるユーザーが、裏技を考え出した。どういうものかわかるか?」



 ヴィルさんに質問されて、俺は首を横に振った。全然わからないっていうか、裏技ってそんな簡単に思いつくもんなのかな。

 ヴィルさんは『USM』の話自体に顔を顰めているヴィデロさんに、「君には信じられないような話だとは思うよ」と苦笑して見せた。



「さて、このクエストなんだが。レトロゲームのシステムを採用していると言ったよな。だから、依頼を受けてもキャンセルをすれば、また同じ依頼が掲示板に乗るわけだ。そのユーザーは、一度依頼を受けて、依頼人からモンスターを受け取った。そこでどんな行動をとったと思う?」

「……全然わかりません」



 俺が答えると、ヴィルさんは嬉しそうに笑った。



「それこそが、健全な精神が宿る子の反応だな。いいか、真似はするなよ。そのユーザーは依頼を受け、モンスターを受け取った。そして、あろうことか、モンスター商会にそのモンスターを売りに出したわけだ。ちょっとしたレアモンスターだったからか、モンスターはそこそこの値段になる。そこで金を手にして、依頼をキャンセルする。すると、また掲示板には同じ依頼書が貼られる。また依頼を受けて、モンスターを受け取る。それをまた売って、と繰り返して、財を築いたようだ」

「最悪な稼ぎ方だ……」

「しかもそのユーザーは裏技サイトにその方法を載せた。そのせいか、『USM』で通貨を得ることは難しいことじゃなくなったそうだ。あくまで、『USM』での話だぞ。その話があったからこそ、母はその点を問題視して色々と対策を講じている。多分、君たちが見たプレイヤーは、確実に『USM』のユーザーでもあると思われる」

「納得はしますけど、何とかならないんですかああいうの」



 ゲームと銘打って売り出してるわけで。だからこそ、プレイヤーは皆ゲームだと思って行動してるわけで。そうなるとこういうのもアリって言われちゃうとなんかもやもやする。

 ヴィデロさんも苦い顔をしている。



「『USM』はもちろん、それで文句を言うようなNPCはいない。店側は依頼モンスターもにこやかに何度でも買い取るし、依頼人も何度でもにこやかにモンスターを渡す。でも、それは『USM』でのことだ。『ADO』ではハラスメント関係は厳しく取り締まることは、しっかりと明言している。双方納得済みのPVP、及び、非道な敵対する者に対する攻撃はまた違った規約等あるんだが、それとこれとはまた別問題だな。教えてくれてありがとう。具体的な行動を把握できてよかった」



 ニコ、と微笑むヴィルさんが、とても頼もしかった。俺たちじゃ波風立てることしかできないから。

しおりを挟む
感想 508

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...