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635、こんなんでいいのか入社
しおりを挟むヴィルさんに、明日から10時に会社に来て、と言われて、出社する。
いつもの通り普段着で行くと、ヴィルさんと佐久間さんがいた。
そして、奥の部屋から、アリッサさんも出てきた。
「おはよう健吾君。そして、これからもよろしくね」
「え? あ、はい。よろしくお願いします」
改めてそんなことを言われて、どうしたんだろうと首を捻ると、ヴィルさんが大きな封筒を俺に渡してきた。
「これに、契約書類が入ってる。あとはそっちの端末で署名してもらうことになるが、この紙の書類も一応保管しておいてくれ。ちゃんと法的効力を発揮する様にしてある。もし俺たちが健吾の意に沿わないことをし始めたら、その書類を持って裁判所に駆け込めばいい。今日から正式な社員として扱うからそのつもりでいてくれ」
「正式な、社員」
書類を受け取りながら、俺はヴィルさんを見上げた。
あれ、今日からだっけ? っていうか、ものすっごい普段着なんだけど。カーゴパンツに長そでTシャツと厚手のパーカーなんだけど。
こんなんで今日から社員、なんて、いいの?
「……今日からでしたっけ?」
いつものバイト感覚で出て来ちゃったよ。っていうかまだ4月1日じゃないんだけど。あと3日くらいあるんだけど。
呆然としていると、佐久間さんが俺の肩にポンと手を乗せた。
「あのな健吾。これはヴィルの我が儘だから気にすんな。どうせこのまま社員になるなら、早く書類を渡して正式に登録してもいいじゃないかっていうこいつの我が儘だ。4月まで待つことないと気付いたらしい。っていうかあと数日くらい待てよ、って俺は思うんだけどな」
「健吾が正式に来る分には佐久間だって文句なかっただろ」
「ただ単に弟嫁を確保しておきたかったと正直に言えよ兄馬鹿」
「悪いか」
二人のやり取りに目を白黒させていると、アリッサさんも手に書類を持ってきた。
「こっちの書類は、隣の研究棟に関する書類よ。向こうはこことはまた別会社を私とヴィル連名でやっているの。だから、そっちに関しても別口で契約して欲しいのよ。私とヴィルが稼いで研究にお金を掛ける、って感じね」
「簡略しすぎだろ、母さん。何にせよ、この会社は俺と佐久間の二人しかいないから、気楽にな」
「研究棟の方にはたくさん人がいるんだけどね。おいおい紹介していくわね」
はい、とアリッサさんにも書類を渡されて、あ、はい、と間抜けな返事を返してしまう。
ってことは、今日から本格的に俺、正社員? 実感が全くない。
「そのうち色々と教えるから、よろしくな」
「ところで健吾、入社式ってしたいか?」
「それを入社する本人に訊かないで下さいよ」
じゃあお祝いに何か美味しい物を食べに行きましょ、というアリッサさんの言葉で、佐久間さんが車を出すことになったのだった。今日から俺、会社員だ。びっくりだね。
10時から7時までが俺の仕事の時間となった。途中一時間の休憩が入るけど、その間は会社のギアを使ってログインしてもいいとの許可をもらって、タイムスケジュールをヴィルさんと改めて決めていく。俺のメインは佐久間さんの餌付けとのことで、職場に行ったら、ご飯の下ごしらえ、お昼を一緒に食べて、ヴィルさんたち仕事の雑用。休憩を挟んで夜ご飯作り。今まで通り一緒にご飯を食べて、7時までに片付け。残業は基本なし。ある場合はちゃんと事前に言ってくれるらしい。学校の時よりも時間に余裕が出来た気がするので、ヴィデロさんの朝の見送りはしっかりとできるのが嬉しい。
「そういえば健吾ソファーを買ったんだって?」
「あ、はい。めっちゃ最高のソファーゲットしました」
いつもの席に座りながら、ヴィルさんが話を振ってくる。
そういえば俺が寝てる間にヴィルさんが来たんだっけ。
「座ってみたいところだが、寝室にあるんじゃ頼めないな」
「え、いいですよ。最高ですよ。あ、でもヴィルさんってほとんど家具を『ロウラー』で買い集めてたんでしたっけ。だったら負けるかもしれないですけど」
「俺が勧めたオットの家具屋で作ったんだろ。知ってるか? あの工房、名前がないんだ。家具職人になりたい人たちが集まって切磋琢磨して、今があるらしい。売るのも作るのも、その仕事を請け負った人の自由で、そして責任になるんだそうだ。だから、どの人も自信に満ちててなかなかいい仕事をするんだ。面白いだろ。あの共同工房で一人一人が個々の職人という形らしい」
「そうだったんですか。凄いなあ」
でもそれにしてはお客さんに怒鳴りつける人もいたけど。
どうして怒鳴りつけるほどに怒っていたのか、俺たちはその後すぐ知ることとなった。
ソファーの目の前にローテーブルが欲しいよね、という話になったのは、それからすぐのことだった。
だって座りながら飲み物を飲みたいし、そうするとコップとか置く場所が欲しいし。どうせなら抓むものとかも置きたいよね、という話になって、次の二人の休みの日に、リーデンさんご指名でオットの工房に注文しに行くことにした俺たち。工房をノックして店に入ると、数人のお客さんが家具を見ていた。
リーデンさんを呼んでもらっていると、奥の方で「ふざけんなよ!」と、今度は前に怒鳴ってた人じゃない人の怒鳴り声が聞こえて来た。
何だろう、とそっちに視線を向けると、2人のプレイヤーの手には、木の棒が。
そして、地面には今まで家具の中に入っていたと思われる素材が山になっていた。
「買ったのは俺だから、その後どう使ってもいいだろ」
「だったらこんなことしないで素材だけ集めればいいだろ!」
「こっちの方が簡単に手に入るじゃねえか」
な、と隣の人と笑いながら素材をしまっていくプレイヤーに、他の職人さんもお客さんも顔を顰める。
ああ、もしかして、あの人たちはここの家具を素材を取れる物としてしか見てないのかも。
「ところでこの木、買い取って貰えんのかよ。俺らが欲しいのは『羊羽毛』だけなんだよな」
「……くっ……ふざけんな……!」
「買い取って貰えねえなら他の所に売りに行くか。金は払ったんだ、文句ねえだろ」
「二度と売る気はない!」
出て行け! と叫ぶ職人さんに、そのプレイヤーは「素材は手に入ったから言われなくても出てくよ」と笑いながら俺たちの横をすり抜けていった。最低だ。
その職人さんは、悔し涙を流しながら奥に行ってしまった。
丁度リーデンさんも出てきて、困ったような顔つきで笑った。
「いやなところ見せちゃってごめんね。今日はどんな用? 注文?」
「この間買ったソファーにあうテーブルが欲しかったから頼みに来たんだ、が……」
ヴィデロさんも不快そうに顔を顰めている。
確かに、素材取りのためだけに家具を買うとか、人としてどうかと思う。職人さん泣いてたよ。
「ああいった手合いはほんと極稀だから気にしないでね。テーブルね。どんなのがいいかな」
リーデンさんは肩を竦めて、腰に下げたカバンからファイルを出した。
テーブルの場所を開いて見せてくれるんだけど、なんていうか、集中できなかった。だってなんかほんと酷い。あんなことされる方の気持ちは、考えないんだろうなあ。
「ほらほら、最高の家具を作りたいから、こっちに集中して。どんな感じがいい? 大きいの? それとも小さめ? 可愛くしたい? ソファーとおそろいにしたいなら、同じ木を使うけど明るい色合いでいい?」
矢継ぎ早に質問されて、否応なく家具に集中させられた俺たちは、シンプルで飽きのこなそうな小さめのローテーブルを注文して、リーデンさんに笑顔で送り出された。
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