これは報われない恋だ。

朝陽天満

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634、ソファー、最高

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 ヴィデロさんと共に声を掛けて来た人に目を向けると、そこには、この間怒鳴りつけて来た人がいた。



「お前ら性懲りもなくうちに何しに来た!」



 俺たちを指さして怒鳴りつけた男は、次の瞬間、その隣にいた人に拳骨を落とされて地面に座り込んで呻いていた。

 その声を聞きつけたのか、店の中からはリーデンさんが顔を出している。



「い……ってぇ……っ」



 悶絶する人を見下ろして、リーデンさんがスッと目を細める。



「僕のお客さんに何怒鳴ってるのかな。どう見てもこの間来た異邦人とは違うでしょ。ちゃんと僕が仕事を請け負ったお客さんだよ」



 口調は変わらず、でも呆れたような響きをにじませて、未だ頭を抱えて呻いている男に冷ややかな視線を向けたリーデンさんは、俺たちと目が合った瞬間「不快な思いをさせてすいません」と頭を下げた。



「でも! こいつ俺の事三流って」

「てめえなんざ三流で十分だろ。大方あのクソッタレの異邦人の仲間と勘違いして追い出したんだろ。だからお前はいつまでたっても上に行けねえんだ。腕だけで上がれると思うなよ。もっとその目を養えっていつも言ってるだろ」



 さっき拳骨をくれた人も、腕組をして溜め息を吐く。

 クソッタレな異邦人。もしかして、『夕凪』はこの人たちを妨害してたりして。まさかね。



「ちゃんと素材も持ち込みしてくれたお客さんだよ。ごめんね、ほんとにこいつが嫌な思いさせちゃったみたいだね」



 ほらそろそろ立って、とリーデンさんが男の腕を掴んで結構乱暴に立たせる。



「でも! こいつらだって、俺らが精魂込めて作った家具をばらして素材として使おうとしてるかもしれねえだろ!」

「だから。素材は持ち込みしてくれたって言ってるでしょ」

「お前ら、こういう騒ぎは中でやれ。いい恥さらしだ。お客人、お騒がせしました。こいつにはよく言い聞かせますんで」



 無理やり男の頭を下げさせた人が、しっかりと頭を下げて、集団と共に店に入っていく。 

 それにしても、なんか、嫌な話を聞いちゃったんだけど。

 買った家具をばらして素材に……?

 そんなことしてる人がいるの? それは職人さんにとっては辛いと思う。

 ちょっとだけ顔を顰めていると、ヴィデロさんが俺の背中に手を添えた。







 三日後、ヴィデロさんの仕事が終わってから、俺たちはオットに跳んだ。

 幸いにも店はまだ開いていて、ノックをすると、リーデンさんが迎え入れてくれた。



「遅くにごめんなさい」

「いいよ。作業はまだやってるから、この時間ならまだまだ大丈夫。出来たよ。君たちの家具。座ってみて、触ってみて、気に入ったら買ってくれる?」



 気に入らなければ買わなくていい、というスタンスに、なんていうかちゃんと一流のこだわりを感じた俺。なんか、絶対気に入る気がする。

 ヴィデロさんと二人、早速用意してもらったソファーに腰を下ろしてみる。

 ちょっと明るめの木で足とひじ掛けが作られてて、布はあんまりつるつるしてない綿みたいな感じ。色は薄い水色で、けっこうな長さがあるのに部屋に置いても狭く感じないような色合いだった。

 ふわっとお尻が沈み、でも下の方がしっかりしてるのか、身体が斜めになることもなく。腰掛ける場所はちょっと深めでほんとにゆったりできる幅になってて、背もたれは高めでやっぱりフワッとしている。下部分より柔らかいかも。腰を下ろして思わず「はぁ……」って息を吐いちゃうような、そんなソファーが出来上がっていた。これが一流の仕事かあ。



「買おう」

「買います!」



 ヴィデロさんと同時に声を出すと、リーデンさんは満足げに頷いた。



「色違いのカバーもあるから、部屋の雰囲気に合わせて模様替えもできるよ。ただし、カバーは別料金発生しちゃうから買わなくてもいいからね」

「もちろん買います」



 薄いピンクと、濃いめの紺色のカバーも一緒に買い取り、俺たちはホクホクとお金を払った。そしてソファーとカバーをインベントリにしまい込んで、リーデンさんにお礼を伝える。

 また家具が必要になったら、絶対にリーデンさんに頼みたいな。そう思ってヴィデロさんを見上げた。

 そっか。だから最初に指名しないか聞かれたのか。なるほど。次は絶対リーデンさん指名で。





 お目当てのソファーを寝室に置くと、単なる寝室が寛ぎ空間的な物に変わった。

 ソファーの前に小さなテーブルでも置いたら、こっちの部屋の方がキッチンよりも寛げるんじゃないかななんて考えていると、ヴィデロさんが早速ソファーに座って寛いでみていた。

 背もたれに両手をかけて、長い足を投げ出して、ぐだーっと。可愛い。

 俺も一緒にぐだーっとしよう。

 そう思って、ヴィデロさんの横に座って、ゴロンと転がる。ヴィデロさんの太腿枕最高。

 寝っ転がったまま足を持ち上げてブーツを脱ぐと、解放された足をひじ掛けに乗せてみた。これぞ最高のダラダラだね。

 そんなだらしない恰好の俺を見下ろしたヴィデロさんは、肩を揺らして笑っている。膝枕、すごくいいんだよ。見上げればヴィデロさんのかっこいい顔があるし。頭の下には最高の筋肉があるし。



「このまま寝たいくらいだな」

「ほんとにね。買ってよかった」

「俺の脚の上で無防備なマックも、最高だな」

「ヴィデロさんの膝枕も最高。今度俺も膝枕するね」

「それは楽しみだな」



 くすくすと笑うと、ヴィデロさんはスッと俺の髪を指で梳いた。その優しい手つきにうっとりする。これはアレだ。睡魔が襲ってくるやつだ。心地よすぎて起き上がれなくなりそう。

 寝るなよ、なんて聞こえたけど、ここで寝たらいい夢見そう。



 



 いつの間にやら、俺は本当に寝ていたらしい。熟睡まではいかなかったみたいで強制ログアウトはしなかったけど、気付いたらローブと胸当てが外されていた。

 そして、ヴィデロさんの膝は今も枕になっている。ふと上を見ると、ヴィデロさんが手に本を持って、読んでいた。



「起きたのか」

「あ、うん……ごめん。気持ちよすぎて。足痺れない……?」



 身体を起こすと、まだ覚醒してない頭がもっとヴィデロさんの太腿に転がれと指令を下してくる。それを何とか振り切って背もたれに身体を預けると、転がった時とはまた違った心地よさが身体を包み込んで、更に眠気を誘った。



「眠いならベッドに行くか?」

「ううん、起きる……っていうか、ヴィデロさん夜ご飯どうしたの?」



 時間は既に、ログアウトアラーム直前だった。もう夜中だよ。

 その間ずっと俺に膝を貸していてくれたのかな。と申し訳なく思っていると、ヴィデロさんは大丈夫と微笑んだ。



「途中兄が来たのは覚えてるか?」

「え……と覚えてない、かも。ヴィルさん来たの?」

「ああ。一緒にご飯を食べないかってさっき来たんだけど、マックが寝ぼけながら俺はソファーの魅力に抗えないからとか答えてて、兄を笑わせてたぞ」

「そんなこと言った覚えない……」



 ヴィルさんが来た事すら認識してないのに、と頭を捻っていると、ヴィデロさんが声を出して笑った。



「すごくぽやんとした顔が可愛かった。その時俺は飯を食べて来たんだけど、戻って来た時にはマックは夢の中だったから」

「ううう……」



 恥ずかしい、そんな寝ぼけた覚えないのに。



「本当はベッドに運んで寝かせればよかったんだろうけど、膝枕したくてそのままにしてたんだ。身体は大丈夫か?」

「うん。最高の寝心地だった。ベッドじゃなくて、ソファーで寝てもいいくらい気持ちよかった」

「そうか。じゃあ、今度は俺が膝枕をしてもらう番かな」



 ふざけてそんなことを言うヴィデロさんに、俺は笑いながら「もちろん」と太腿を叩いた。ブーツ脱いだから寝心地は悪くないよ。



 
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