これは報われない恋だ。

朝陽天満

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627、貴族街の家具屋さん

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 気を取り直して二人で街を歩く。

 他には家具屋さんとかないのかな。



「そういえばヴィルさんちのヴィデロさんの部屋にあるすっごく高級そうな家具は、セィ城下街の家具屋さんで買ったって言ってた様な……なんて名前だったっけ」



 前にヴィルさんが教えてくれた情報を思い出そうと首を捻ると、ヴィデロさんがハッとこっちを見た。



「それは『ロウラー』という名前じゃなかったか? 俺が昔住んでいた館の家具も、いつでもそこで注文していたはずだ。母のお気に入りの家具職人の工房だから、きっと兄の情報源も母だと思う。場所は貴族街だけど……行ってみるか?」

「あ、その名前聞き覚えあるからきっとそこだ! ……行ってもいいの?」



 ヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんはフッと笑って頷いた。



「マックが気にするようなことは何もないから大丈夫。館に顔を出していた職人か誰かがいれば、俺のことも覚えているかもしれないから、最高のソファを頼めるかもしれない。そうだったらラッキーだろ」

「ラッキーって、ヴィデロさん」



 もし、昔のことをあまり思い出したくないなら、他の所にしようかと思ったけれど、それを言う前にヴィデロさんに釘指されちゃった。

 しかも屈託のない笑顔が眩しい。嬉しい。好き。



「じゃあいこっか」



 ヴィデロさんと手を繋いで、その場でセィ城下街のモントさんの所に跳ぶ。モントさんの所からだと表の城下街と貴族街のどっちにも行けるから本当に場所を借りれるのはありがたい。





 農園に姿を現すと、モントさんが農園で何かの種を蒔いていた。

 すぐに俺たちの姿に気付いて、よ、と手を上げる。



「いつもながらいきなりだな。あの鐘を鳴らさねえお客はマックくらいだぜ。そっちの兄ちゃんも。いらっしゃい。なんか買ってくか?」



 俺とヴィデロさんで並んで挨拶すると、モントさんは元気そうだな、とヴィデロさんの背中をバンバン叩いた。モントさんの腕もすごく太いから、俺がそれをされたらきっと吹っ飛ぶよ。ヴィデロさんは笑顔で微動だにしないけど。

 ついでだからと俺はしこたま素材をお買い上げして、モントさんの農園から貴族街に入っていった。

 ヴィデロさんの案内の元、家具屋さんに進んでいく。

 道を歩いているのは見回りの騎士くらいで、門の外と違って人通りはほぼない。時たま馬車が通るけれど、それだけ。ヴィデロさんが言うには、もう少しすれば、学校に通う子供たちがガヤガヤと通るらしい。

 豪華な館と広い庭、そして、閑散とした広い通りを二人で歩き、しばらく行くと、貴族街の店が集まる一画に出た。どれも高級そうな物ばかりを置いた店で、値札は通りから見る限り付いていない。ものすごく大きくて手の込んだ装飾の置時計なんて、いくらするのか想像もつかない。

 思わず足を止めてガラス張りの店内を見ていると、ヴィデロさんが「欲しいのか?」と俺の視線を追って置時計を見ながら訊いてきた。



「いらないよ。あれを工房においても浮きまくるじゃん。いくらなのかなってちょっと気になっただけ」

「値段か。あのくらいの細工の時計は、確か2千万ガルくらいだった気がする。物によってはかなり上下するが、あれほどの装飾は安くはないな」

「ふわぁ……なんていうか、桁が違うね」



 こっちで買い物をすると、俺の目が飛び出るほどの貯金なんて一瞬でなくなりそうだ。貴族街怖い。

 ここに住んでる人たちは、どうやって金策とかしてるんだろう。貴族って大変だなあ。

 店に入ってみるか訊かれたので、俺はぶんぶん首を横に振った。何かを壊しちゃったら賠償だけで貯金が底をつきそうなんだもん。怖い。

 俺の呟きはヴィデロさんに聞こえたらしく、苦笑された。



 その時計が売っていた店の三軒隣に、俺たちの目当ての家具屋さんがあった。

 ぶら下がった看板には『家具ロウラー』という文字と、ベッドの絵が彫り込まれていた。

 店のドアはしっかりと閉まっていて、場所も相まってとても敷居が高く感じる。

 恐る恐るドアベルを鳴らすと、中からピシッとした店員さんがドアを開けてくれた。



「いらっしゃいませ。どうぞお入りくださいませ」



 すごく丁寧に応対されて、これが貴族の店か、と戦慄していると、ヴィデロさんを見た店員さんが目を見開いた。ヴィデロさんも、その人を見て、笑顔で頭を下げた。



「あなた様は、もしや……オルランド卿の御子息様ではございませんか?」

「憶えていて下さったんですね。ありがとうございます。あの時は大変お世話になりました」

「憶えていますとも。こちらこそ、その節は当店の家具を愛用していただきありがとうございます」



 店員さんはゆっくりと頭を下げて、しみじみとヴィデロさんに視線を向けた。

「とてもご立派になられましたね。オルランド様が亡くなられたこと、お悔やみ申し上げます」



 黙祷する様に、店員さんが胸に手を当てて目を閉じる。

 少しすると店員さんは姿勢を正し、笑顔を浮かべた。



「失礼いたしました。とても敬愛しておりましたので……。本日は、何をお買い求めでございますか?」



 心なしか、店員さんの視線は最初よりもヴィデロさんを見る目が優しい気がした。店員さん、もう初老と言っていいくらいの歳に見えるんだけど、なんていうか、視線が孫を見る目のようなそんな感じがする。気のせいかな。一瞬でヴィデロさんがわかったってことは、本当に親密な付き合いをしていた家具屋さんってことだよね。

 小さい頃のヴィデロさんとか、この人はマメに見てたってことか、いいなあ。羨ましいなあ。小さいヴィデロさん、きっと絶対天使だよ。天使に決まってるよ。

 一人悶えていると、ヴィデロさんは少しだけ周りを見回しながら、口を開いた。



「座り心地のいいソファーがないかと探しに来たんです」

「ソファー、でございますね。こちらです」



 店員さんはヴィデロさんの言葉に頷いて、店の奥に案内してくれた。

 そこには、シンプルだけど上品そうな家具が並べられていた。



「ここにあるだけの物になってしまうのですが、もしお気に入りの物が見つかったのでしたら、声をおかけください」



 お好きに触れて見てください、とにこやかに勧められて、俺とヴィデロさんはお言葉に甘えてソファーの置いてある場所まで行った。

 そこには6点ほどソファーが置いてあった。一つ一つ座ってみる。



「どうだマック。どれがいい?」

「うーん……」



 ポスンと腰を下ろしてみて、沈みすぎるソファーにダメだしする。次に座ったソファーは、寝転がりたいのに長さが足りない。三つめは、見た目が高価すぎて工房に置いたら確実に浮いちゃう。形的には寝転がれるし背もたれの高さも弾力も好みなのに。他のもどうにも気に入らなくて、唸る。



「これがいいんだけど、流石に金メッキの足に赤のベルベット系生地ってちょっと工房には派手過ぎるよね……」

「確かにな」

「すっごく豪華な館の部屋とかには違和感ないんだろうけど……」



 ヴィデロさんも想像したらしく、確かに合わないなと笑った。

 そして、店員さんを呼んで、この椅子で違う色で受注できないかと訊いてくれた。もちろん、ここにもお値段は書かれていない。高いのはわかってる。



「受注でございますか……申し訳ありません。ただいま、家具に使われる綿毛や羽根が不足しておりまして、もちろん受注も承りますが、正直いつになるのかお答えできかねます」

「中身が……それは、どうしてと訊いてもいいですか?」

「もちろんでございます。私共の工房、そして、一流と言われている家具の工房では、『羊鳥シープバード』と言われている魔物の素材を原料にして家具を製作しております。その魔物はここセィ城下街とセッテの街の間にそびえる森が主な生息地なのですが、最近その魔物の素材が、冒険者ギルドに納品されなくなってしまいまして。ギルドに問い合わせたところ、職員の方が確認してくださいましたが、魔物自体は一定数いるとの事。買い取り額が低いのかと、他の工房主様たちとの話し合いの元、少しだけ報奨金を上げて掲載したのですが、やはり納品してもらえなくなっておりまして、なかなか素材が集まらず、どこの工房でも手詰まりになっております」

「成程……」

「人任せには出来ないと、仕事が減った分我々の力で集めてはいるのですが、流石に数人では効率も悪く……申し訳ありません」

「他の工房でも同じ……ということですか」

「はい。他の素材を使っている工房はその限りではないのですが、私共は素材にこだわっておりまして。これだけは譲れないのです」



 俺とヴィデロさんは、揃って溜め息を呑み込んだ。

 素材がないって、一大事じゃないか。

 だってここ、素材のランクが命的なところあるし。



「それじゃあ……頼めないですね。素材を持ち込んでも……」

「申し訳ありません。だめでもともとで、長期で待っていて下さるお客様もおられます。素材を持ち込んだから作ってくれ、と言われて頷くことは、私共には出来かねます」

「わかりました。ありがとうございました」



 ヴィデロさんは頷いて、俺に視線を向けて来た。



「ここにある物を買っていくか?」



 そっと俺に訊いてきたので、俺は首を横に振った。せっかく高い買い物するのに、妥協するのは嫌じゃん。気に入った物を置きたいよね。

 俺の気持ちが伝わったのか、ヴィデロさんは店員さんに頭を下げると、行こうかと俺を促した。店員さんも気を悪くするわけでもなく、最後まで申し訳なさそうにしながら、俺たちを見送ってくれた。

 それにしても、素材かあ。



「どこかには、自分たちで集めた素材を持ち込めばソファーを作ってくれるって場所あるのかな」



 どう思う? とヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんは肩を揺らした。



「今日はまだ時間があるから、魔物狩りデートに変更しようか」



 素材を集めよう、とヴィデロさんは俺にウインクした。そのウインクに、俺は胸を打ち抜かれた。好き。



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