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620、植樹
しおりを挟む調薬錬金定期納品のクエストをこなしながら、一週間が過ぎた。
今日はまた、魔大陸に行く約束の日だ。ヴィルさんも一緒に行くと言って、朝からヴィデロさんと食卓を囲んでいる。ヴィデロさんちょっと渋い顔してるけど、心配してくれてるんだろうなあ。
「あの守護樹を植えるなんて、見に行かない手はない」
「遊びじゃないんだぞ」
嬉しそうなヴィルさんに、ヴィデロさんが真顔で注意する。どっちがお兄さんなんだろう。
ヴィデロさんはご飯を食べ終えると、装備品を身に付けてから、俺に近付いてきた。
そして、ギュッと俺を抱き締める。
「いざというときは、こいつを盾にして逃げろよ」
「ヴィデロさん何気に酷いね。俺にそんなこと出来ると思ってるの?」
「できないのは知ってる。でも、いざというときは兄を盾にしろ。マックよりも兄の方が防御も攻撃も上だ。きっと何とかしてくれる」
「あ、信頼の証の言葉だったんだ」
ヴィデロさんのヴィルさんに対するデレを聞いて、思わず悶える俺。
ヴィルさんもさっきよりもさらに嬉しそうな顔をしていた。こうしてたまにヴィルさんに対してデレるのがいいんだよなあ。嫉妬も起きない可愛さ。
ヴィデロさん大好き、とギュッと腕に力を入れると、ヴィデロさんもギュッと抱き返してくれた。好き。
ヴィデロさんを見送ってから、俺とヴィルさんは辺境に跳んだ。
既にスタンバっていた雄太たちと合流すると、早速この間浄化した村に跳んだ。
「まだ魔素は綺麗なままだな」
雄太と並んで村を見回していると、ヴィルさんが感心したように息を吐いた。
「すごいな。向こうと変わりない空気だ。前に来た時とは大違いだ」
「あ、ヴィルさん。村から一歩でも出るとHPガンガン減りますから、気を付けてくださいね」
サクサクと村の入り口に歩いて行ってしまったヴィルさんに、ブレイブが声を掛ける。それに一言返事を返したヴィルさんは、早速村の外に出ていった。
そして、すぐさま現れた魔物に襲われていた。
流石にまだ魔大陸の魔物にはかなわないらしく、ヴィルさんが目の前で魔物に薙ぎ払われる。
慌てて雄太たちが助っ人に入り、魔物は瞬殺されていた。
っていうか流れが早すぎて突っ込むことすらできない。
ハイパーポーションを飲みながら戻って来たヴィルさんは、今度は入り口ギリギリ外に立って、近くにいた魔物を挑発した。
雄太たちに村の中に入る様に指示して、自身も村の中に入る。
すると、走り寄って来た魔物は俺たちを見失ったらしく、周りを探してから、森の奥に行ってしまった。
「よし、魔道具も誤作動がないな」
入口付近にある四角い物を操作したヴィルさんは、満足げに頷いた。
あ、なんだ。性能を調べてたのか。
そこで俺は、ふと気になったことを質問してみた。
「俺たちの身体も魔素で出来てるんですよね。何で魔物はこっちに来れなくて俺たちは普通に入れるんですか? この浄化魔法の効き具合もまた気になるんですけど」
「簡単に説明すると、魔物の身体を作っている魔素と、俺たちの身体を作っている魔素では、性質が全く異なるんだ」
ヴィルさんはよしと立ち上がると、俺たちの方を振り返った。
「魔素の違いがどんなものか、口だけで説明するのはとても面倒なんだけど、そうだな。周波数だと思うと理解しやすいかもしれない。この魔道具は魔物の発する周波数を遮断して、それ以外を通すというような性質の魔道具なんだ。ただし、浄化魔法がどうして魔道具の結界と結びついて安定しているのかはまだわからないし、俺も今日初めてこの状態を見たから、説明できないけどな」
ヴィルさんは苦笑して、村の空を見上げた。
「この魔道具は他の場所に置いた同種のものと反応して、結界を作るんだ。球状に作っているからこんな形になっているんだな」
「球状ってことは、地面の中にもちゃんと結界が効いてるってことですか?」
「ああ、理論上は」
ヴィルさんはもう一度しゃがみ込んで、土を手に取った。
「この土は穢れていないから、効いてるんだろ」
「ってことは、一番深いところまで結界が張られている村の中心に枝を植えるのがいいのかな」
俺はもう一度クエスト欄を開いて、おさらいをした。
土を正常にして、安全を確保。
安全は、魔道具の結界で護られてて、土はよし。仕上げに聖水でも掛ければもっと清められるのかな。
「じゃあ、早速枝を植樹しよう」
気合いを入れた俺は、早速ブレイブに村の中心の場所を教えてもらった。
丁度広場状態になっていたので、そこに魔法陣魔法で高濃度魔素の雨を降らせて、祈りを唱えた。
キラキラ雨が土を濡らしたところで、守護樹の枝を中心に挿した。
「これ、このままだと定着しないのかな」
何かないかな。
そう思いながらありったけ詰め込んできた、農園関係の薬類を調べる。
『樹林育成薬』って使えるかな。木の根を育てて、文字通り根元から樹木を安定させる薬だったはず。樹林というくらいだから、一瓶土に掛けると、広範囲で効くやつだ。
片手で取り出し、瓶の蓋を開ける。守護樹を中心に『樹林育成薬』をかけて行くと、地面の色が変わった。かさかさした黄色い土が、茶色の土へ。それが、段々と広がっていった。
すると、手で押さえていた守護樹が震えて、不安定だったのが微かに安定したみたいにしっかりと地面に立った。
根っこがしっかりと根付いたのかな。
手を放そうとすると、ふと何かを感じた。
『ありがとう』
守護樹から聞いた声と、同じ声が頭に響いた。
『見守って』
「うん、見守るよ。だから、大きく育ってね。あ、でも、結界に守られてない土には根っこ伸ばしちゃだめだよ」
「マック? 守護樹はなんて?」
「見守ってって」
覗き込んできたヴィルさんにそう答えると、ヴィルさんはしっかりと頷いた。
「魔物から、と、これを弄ろうとするプレイヤーから、護らないとな」
「プレイヤーから」
そのことを全く考えていなかった俺は、ヴィルさんの言葉に少しだけ顔を顰めた。
「こんなところに樹があったら、何かする奴も出て来るかもなあ。特に、未だに街のやつらを見下してるトップランカーもいることだし」
「ええ、そんな奴がいるんだ。でもそういう人ってあの神殿の場所とか、ヒント貰えないんじゃないの?」
「そうだな。街のやつからは貰えないけど、プレイヤーからは貰えるからな。行ってきたみたいだぜ」
「うわ……迷惑」
「俺もあいつら嫌い」
ブレイブもそのプレイヤーを知ってるのか、顔を顰める。
ユイと海里もいい顔をしてないところを見ると、雄太たちとはなんか因縁があるみたいだった。
「『夕凪』か?」
さらっとヴィルさんが指摘し、雄太たちが頷く。
夕凪。俺も名前だけは知ってる。輪廻が酷い目に遭ったパーティーだった。
「あそこ、基本NPCはNPCっていうのが浸透してる奴らが集まってるから、結構たち悪いぜ。でもリーダーが垢BAN食らってから、表立っては問題起こしてないけど、根本は全然変わらねえから、注意は必要」
「うわあ……」
俺も海里たちと一緒に顔を顰める。
その顔を見たヴィルさんが苦笑しながら「魔大陸の開放はまだ先だな」と俺の頭にポンと手を置いた。
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