これは報われない恋だ。

朝陽天満

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604、暖炉 DE 鍋

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 とてつもなく洒落たキッチンに連れていかれた俺は、すでに用意されている白い可愛い鍋に思わずレガロさんを見つめた。この流れ読んでたんですか。どうしてタイムリーに鍋が用意されてるのか。考えている間にも、次々と食材が並べられていく。新鮮野菜が何種類も重なっていき、深層塩藻、そして、魔物素材各種。中には、しっかりとレッドハントウルフの牙もある。レッドガルスパイスまで用意されているのが凄く気になる。いつの間に獣人の村から手に入れたのか。恐ろしや、レガロさん。

 用意された肉は、生肉から燻製肉まで幅広い。これだけの食材があったら、どれだけ豪華なご飯が出来上がることだろう。でも、今作るのは『深層塩の野菜チリスープ』。

 俺はレガロさんの「どれでも好きなだけお使いください」という言葉に背中を押されて、食材に手を伸ばした。最後の「期待しております」に多大なプレッシャーを感じながら。





 魔法陣魔法で水を用意して、食材をガッと切って投入していく。

 水のうちから入れた方がいい物をまず入れてから、沸騰してから入れる物を切っていく。こういう手順って実はすごく大事だと思う。母さんが、この手順を守らないとちゃんとした形にならないって言ってたし。でもスープの場合はあんまり関係ない気もするけど。

 水が沸騰したところで柔らかめの野菜を入れていく。燻製肉も詰め込んで、だしがわりに使う。生肉も使わせてもらっちゃおう。二種類の肉ってなんて贅沢。

 火が通ったのを確認すると、俺は深層塩藻を手に取った。少しずつ千切っては投入していく。一気に入れるとしょっぱくなっちゃうから、調整はしっかりと。

 青い色が付いたところで、俺はちょっと掬って味見をしてみた。うん。いい感じ。一味足りない美味しさ。

 グツグツと煮込みながら、レッドハントウルフの牙を粉砕していく。キッチンで何かをガンガン叩く様を、海里は「うわあ、豪快」と言いながら見ていた。

 更に細かい粉にして、それを鍋に少しずつ投入していくと、サッと青が青みを帯びた紫色に変わった。最後に入れた食材に火が通ってるのを確認して、最後に味の調整を行う。今回は花は入っていないから、ただ野菜スープの色が紫色なだけ、という状態で出来上がった。ひと掬いして味見して、ちゃんとめちゃくちゃ美味しく出来ていることを確認する。



「出来上がりです」



 グツグツと煮立った紫色のスープをレガロさんに見せると、レガロさんは笑うのを堪えているような顔つきで鍋を見ていた。



「人族の料理とは思えない見た目のすさまじい料理が出来上がりましたね」

「美味しいですよ」



 キリッと答えると、レガロさんは耐えられないとでもいう様にクックッと笑い出した。



「食べるのが怖いですね。でも、マック君が作ってくださった料理、味わわない手はありませんね」



 レガロさんは棚から6枚の白い器を取り出すと、鍋の近くに並べていった。

 火を消してもグツグツ言い続けるスープをその器に盛ると、レガロさんがそれをテーブルに並べていく。

 雄太たちも気になったらしく、すでに全員がスープを覗き込んでいる。

 雄太とブレイブがうわあ、って顔してるけど、これを魔大陸用にする気満々なんだから慣れておいてね。



「では、いただきましょうか」



 いつもは椅子の近くに立って執事の様にしているレガロさんも、一緒に席に着く。

 そして、最初の一口は、レガロさんが。



「……これは」



 未だグツグツと気泡を出しているスープに視線を落とし、レガロさんは口元を押さえた。あれ、お気に召さなかったのかな。

 と思ったら、優雅に、音も立てずに、でもすぐに器を空にした。

 皆はレガロさんの様子を伺っていて、まだ一口も食べていない。

 レガロさんは胸のポケットからハンカチを取り出すと、それで口元を拭いて、満足げな顔を俺に向け、口を開いた。



「おかわりをいただけますでしょうか」



 お気に召したようだ。

 その言葉につられるように、皆がスプーンを手に取った。

 雄太はスプーンで一口飲むと、徐にスプーンを置いて、器を掴んで直接飲み始めた。おい、マナーっていうものがあるのを知らないのか。一気飲みした雄太は無言でスッと俺に器を差し出して来る。ごちそうさまかな?



「美味しい……この見た目でこの味、何このスープ、最高……!」



 海里もすごくお気に召したらしい。何より見た目を。笑いながら飲んでいる。もしかしてギャップを楽しんでるのか。楽しみは人それぞれだもんね。



「私、もっと普通の料理が沢山出てくると思ってたわ。でも、これ、魔大陸にピッタリよね。ふふ、ステータス補正されてる」



 ステータスを確認したのか、海里が楽しそうに視線を動かす。



「確かに、スタミナ上昇、力上昇、耐寒作用、聖属性付与という恩恵がありますね。スープにここまで可能性を見出せるマック君に、完敗です」



 レガロさんも鑑定したのか、おかわりをよそった器を溜め息とともに見つめている。



「これ、100万ガル出しても全然惜しくないわ。いっそ倍くらい作って欲しい。贅沢を言えば、インベントリの一枠埋めたいくらい。レシピは覚えたけど、同じ味が作れるとは思えないわ」

「そうですね。これは、マック君の料理の熟練度によるところも大きいです。きっとあなたが同じものを同じように作ったとしても、ここまでの効能はありえないでしょう」



 なんかすごく絶賛されてる。料理で絶賛されるのは純粋に嬉しい。だって趣味兼実益だから。料理上手な母さんに感謝。

 目の前で、海里が深層塩藻のお金をドンと払ってくれる。レガロさんは「毎度ありがとうございます。また、お買い上げいただけるのを心よりお待ちしております」とにっこり微笑んで、深層塩藻売買は終了した。でも海里、渡すためのスープに使う深層塩藻、多分4枚くらいだよ。残りの46枚は俺の懐なんだけどいいのかな。

 そのことを言うと、目を輝かせて、「また作ってもらえるってことでしょ。全然問題ないわ。次もちゃんとお金払うから、なくなったらまた作って」といい笑顔を返してくれた。どれだけ気に入ったんだよ。

 そんなやり取りをしている間に、鍋の中身はなくなっていた。

 雄太が黙々と食べて、おかわりしまくっていたらしい。借金してでも俺も欲しい、とボソッと呟いたのが耳に入って、思わず吹き出した。

 仕方ないからそのうち気が向いたら幼馴染み価格で作ってやるよ。海里から沢山深層塩藻を買ってもらったしね。







 レガロさんをも満足させることの出来た『深層塩の野菜チリスープ』は、好評の中で『高橋と愉快な仲間たち』の旅のお供となった。瓶詰している最中になぜかピロンとクエストが来て、その内容がレガロさんにスープひと鍋納品となっていた時には思わず吹いてこぼれそうになったけど、それも滞りなく収めることが出来た。何せ作って瓶詰したの、クワットロの『呪術屋』でだから。

 瓶はレガロさんが凄くオシャレで飲みやすい太めのものを用意してくれたので、それは俺が自分で買い取った。そこまで高くなかったし、納品だけじゃなくて他のにも使いたかったから。

 スープを瓶に詰め込んでは海里のインベントリに詰め込んで、結局は99個海里に納品した俺。

 レガロさんが味見の時よりもすごく大きな鍋を用意してくれて、キッチンの小さな火元じゃなくて、暖炉の上にある大鍋をセットできる場所で作れと、暖炉に火まで入れちゃうんだもん。これは作るしかないよね。

 すごく立ちやすい、座ることも出来る脚立に乗って、皆を見下ろしながらする料理はとても気持ちよかった。

 ちゃんと追加の報酬もしっかりといただいた。過剰なくらい。雄太なんかはインベントリに入っている魔物素材、ありったけ俺の前に並べていった。それ、装備用に取っといてる素材じゃないの? それとも売って鎧の足しにするんじゃなかったの? なんか高そうなアイテムまであるけど。笑いながら受け取ると、雄太は俺の右手をガシッと掴んで、「ありがとう、そしてありがとう」と勢いよくシェイクハンドした。

 最後にその大鍋に一つレガロさんに納品して、報酬に調薬と料理のレシピ本を貰った。鍋クエストのクリア報酬がレシピだったんだ。調薬はわかるけど、まさか料理のまで出て来るとは思わなかった。そのレシピ本は魔物の素材を生かした料理がたんまり載っていて、かなり嬉しかった。調薬とかの素材にしかならないと思ってたのが思わぬ料理になったりするんだもん。今度これを見て、ヴィデロさんに美味しい魔物料理を食べさせよう。採取デートの途中で作るのもアリかな。

 ヴィデロさんとのデートに思いを馳せつつ、俺はクワットロで雄太たちと別れて、トレに帰り付いた。よし、今日の夜ご飯はこの料理のレシピ本に書いてあるものを作ってみよう。そうしよう。

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