これは報われない恋だ。

朝陽天満

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592、ギルド倉庫

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 家に帰ると、俺は早速ログインして、すぐに冒険者ギルドに顔を出した。

 雄太たちが納品してくれた謎素材目当てに受付に声を掛けると、受付の人がお待ちください、と言って席を立った。

 そして、すぐに奥の部屋に通された。

 部屋に入ると、エミリさんが笑顔で椅子に座っていた。



「待ってたわマック。病の魔物の件、本当にありがとう。直接お礼が言いたくてここで待っていたの。猊下も尽力してくださって、本当に助かったわ」

「あ、はい。ニコロさんに伝えておきますね。俺は今回ほとんど何も出来てないんですけど」

「あなたがいなかったらもっと病が広がっていたわよ。何より、ヒイロもヨシューもマックがいないと多分あそこまでしてくれないもの。猊下もね。あなたがいたからよ」



 屈託なくエミリさんに言われて、素直に嬉しくなる。

 治すすべがなく、死に至る病。少しずつ、あるいは急に身体が弱り、魔力欠乏による昏睡状態に陥る病。

 ヴィデロさんのお父さんの命を蝕んだ病。

 拡大しなくて、本当によかったと思う。

 前に倒れたアルルの両親の姿を見て、ヴィデロさんかなり辛そうだったから。あんな顔をさせる原因を消し去れて、本当によかった。と、エミリさんに言われて、ほんとに終わったんだな、っていう安堵がこみ上げた。



「シックポーションのレシピを浸透させるのを快く了解してくれたのよ。ヒイロ、師匠としてかっこいい姿を見せたかったみたいね。今度こっちの薬師を集めてシックポーション講座の指導をしてやろうか、なんて言ってたわ。ヒイロの薬学講座とかギルドで独占しようかと思っちゃった」

「師匠の講座……俺も出たいです」

「マックはいつでも教えてもらってるでしょ。しかもスパルタで。腕も上がるってものよね」

「あはは、一発クリアしないといきなりハードル下げて来るので、悔しくて頑張っちゃうんですよ」

「ヒイロうまいわね。そのやり方、私も見習おうかしら。でもその悔しさを感じてくれる人じゃないと、少し待てば楽になる、とか言って手を抜く人も増えそうね。人を見ないと」



 確かになあ、と納得していると、エミリさんが机の上にドンと謎素材を置いた。山になってる。

 ある程度の大きさの袋に、内容関係なく『謎素材』が20個ずつ入っているらしい。それが目の前に5個。全部で100個の謎素材。

 すげえ、と思ってみていると、エミリさんが苦笑した。



「これ、まだまだあるのよ。ロウが張り切ってエルフの里への道を教えたじゃない。あの先の道って里から飛んだ種や花粉で大分里の素材が自生してるのよね。だからそこから一気に増えたわ。まだ募集を掛けるなら、報酬のハイポーションを預かってもいいかしら」

「え、あとどれくらいあるんですか?」



 さすがに驚いて目を見開くと、エミリさんが目の前の袋状態の物があと10個ほど別の場所に置いてあると教えてくれた。これ、職員さんがわけてくれたんだよな。ありがたい。

 インベントリに入れてみると、『謎素材20×5』となっていた。この袋状態であと94個はインベントリの一枠に収納できるらしい。すごい収納上手。でもそれが埋まったら今度は俺が謎素材を活用しきれないけど。

 報酬用のポーション類をどこに置けばいいか聞くと、エミリさんは別の袋が置いてある場所が倉庫だから、そこに置いて欲しい、と俺を先導して歩き始めた。そんなに奥まで職員でもない俺を入れていいのかな。

 ここよ、とエミリさんがドアを開けて、俺を招き入れてくれる。そこは、俺の工房と同じように、壁一面収納になっていた。それとは別に棚には所狭しと色んなものが置いてある。

 秘密の部屋に入ったみたいでワクワクしながらきょろきょろと見回していると、エミリさんが苦笑している顔が目に入った。



「そうやって見ると、マックも普通の少年なのよね」

「俺、どこからどう見ても普通の男ですよね」

「あなたの言う普通っていうのは、どんな普通なのかしら」



 ふふふ、と笑ったエミリさんは、一つの棚から、さっきと同じ袋を10個出してきた。全て俺用謎素材らしい。すっごい。これでもしかしたら素材が揃うかもしれないよ。

 と鼻歌を歌いそうになりながらインベントリに袋を詰め込む。

 俺がしまうのを待っていたエミリさんは、袋がなくなったのを見ると、クラッシュの店にもある保存用の箱を棚の下段から出して、ここに入れてくれる? と蓋を開けた。中には瓶を100本入れられる箱が4個ほど入っていたので、それを取り出して、インベントリから一枠全てをその小さな箱の中に入れる。綺麗に並んだそれに一本付け足して蓋を閉めると、大きな箱に詰め込んだ。それをあと3回繰り返して、大きな箱のふたを閉めた。半分以上は辺境に送るらしい。謎素材、あっちの方でしかほぼ出ないからね。

 しまい終わって立ち上がると、エミリさんが「そういえば」と奥の端っこにある棚をゴソゴソし始めた。

 ほとんどの棚には何かしらのタグが付いているのに、エミリさんの漁っている棚だけはタグではなくて『触れるな危険』と書かれている。

 そんな棚で何をしてるんだろう、と見ていると、「あったあった」とエミリさんが何かを取り出した。



「これをちょっとヴィルに届けて欲しいんだけどだめかしら」



 そう言ってエミリさんに渡された物は、白くて滑らかな魔物の毛皮だった。

 受け取った瞬間、その毛皮の手触りに驚く。

 とんでもなくフワフワで、とんでもなく滑らかで、これを敷いて寝たら最高に気持ちいいと思わせてくれるようなその手触りに、俺はだめもとでエミリさんに鑑定眼を使っていいか聞いてみた。

 エミリさんの了承を得て鑑定眼で見てみると、それは『スノウイーターラビットの上毛皮』と表示された。極々稀に聖域西側の山裾に出てくる兎型の魔物のレア素材だそうだ。



「すっごい気持ちいい……」

「その毛皮、皆魅了されるのよね。だから危なくて下手に売りにも出せないの。下手するとセィの偉そうな人たちも欲しがって手を伸ばす物でね、棚ぼた式にギルドに入ってきたのはいいけれど、どうしようか悩んでたのよね。だから、職員にも伝えていないの。争いを始めちゃうから」



 その気持ちわかる気がする。本当に気持ちいいよこれ。これをラグにして部屋で素足で寛ぎたい欲求が沸き上がってくる。

 そして、ふと気付く。ステータス欄に『魅了』のバッドステータスが付いていることに。無意識にインベントリに入らないかと開いたところで目に入ったそれに、俺はハッとして毛皮を取り落とした。

 渡してくれたエミリさんには悪いけど、俺は毛皮が落ちた状態のままインベントリからキュアポーションを取り出して飲んで、腰に下がっていた短剣を鞘のまま外して、それでそっと拾った。



「なんですかこの怖い毛皮。触ると『魅了』に掛かっちゃうんですけど」

「そんなにすぐ気付いて対処できるなんて大したものね。だから言ったでしょ。皆魅了されるって。無理そうなら今度ゆっくり届けに行くけど」

「いやいやいや、っていうかこんな危険な物をどうしてヴィルさんに……」

「頼まれてたのよ。前に頼みごとをしたらそれの報酬に欲しい物があるって」

「それがこの毛皮……」



 俺が短剣にぶら下げたままの毛皮を見て、エミリさんが声を出して笑う。



「一応それ、最高級毛皮なのよ。ちょっと値が付かないくらいの。まあ理由はさっき言った通りなんだけど。魅了よりも何よりも、それ、めちゃくちゃ手に入りにくいのよ。それを欲しいっていうヴィルは大物よね。ここにならものが入ってくるかもっていろいろ探ってたみたいよ」

「そんなレア素材をなんでまた」

「それはヴィルだけが知っていればいいことよ。お願いできるかしら」

「いいですけど」



 短剣でそっとカバンに運んで、それをインベントリに入れる。

 すると、『配達物』という名目でインベントリの宰相パスの横に並んだ。怖いので触りたくはない。

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