これは報われない恋だ。

朝陽天満

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589、エルフの里へ、お兄ちゃんと一緒

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 自由登校になると、俺は早速エルフの里に跳ぶことにした。

 ヴィデロさんは今日から仕事復帰らしい。結局4日間の休暇しか貰えなかったから、一緒には行けないとがっくりしながら出勤していった。

 俺も残念に思いながらヴィデロさんを見送ると、ぎい、とヴィルさんの建物との連絡通路のドアが開いた。



「おはよう健吾。もうログインしていると思ったから、バイトの日程についてここで話そうと思って来てみたんだ。弟は……いないみたいだな」

「今、出勤していきました。おはようございます」



 ヴィルさんは、そうか、とちょっとだけ残念そうにドアを見つめると、気を取り直したように、椅子に座った。

 そして、インベントリから、広場で売っているホットドッグのようなパンを取り出した。



「最近これがお気に入りでね。美味しいから一緒に食べよう。弟にはあとで届ければいいか」

「ヴィデロさんの分も買ってたんですね」



 さっき一緒にご飯を食べたばっかりではあったけれど、誘いが嬉しかったので、俺もお茶を入れて席に着く。

 ホットドッグはまだ温かく、齧り付くとふわっと肉の味が口の中に広がって、美味しかった。



「もう少し沢山買って、門に差し入れてもいいな。弟がいつも世話になってるんだし」



 モグモグしながらそんなことを呟くヴィルさんは、相変わらずヴィデロさん大好きみたいでちょっと笑った。いいなあ、お兄ちゃん。

 食べ終わると、ヴィルさんは早速俺にバイトに入って欲しい日を口頭で伝えて来た。一応メールで日程は送ってくれたらしいから、ログアウトしたら確認しよう。

 俺の登校日を教えると、一日だけ被っている日があったので、そこをずらす相談をする。



「あと一か月で卒業だな。卒業祝いに何が欲しい?」

「え、そんなの気にしないでいいです。採用してもらっただけでもありがたいんですから」

「そう言わずに。お兄ちゃんにおねだりしてくれ」

「それはヴィデロさんに頼んでください」

「弟はそういうわがままを言ってくれないんだ。だから代わりに健吾が俺に甘えてくれると俺のお兄ちゃん欲が満たされるんだよ」



 ニヤリと笑ってそんなことを言うヴィルさんに思わず笑ってしまう。お兄ちゃん欲って何。初めて聞いたよ。

 俺の入れたお茶を飲むと、ヴィルさんは今日の俺の予定を聞いてきた。



「今日はちょっとエルフの里に行ってこようと思ってます。そういえば、この間クエスト受けてた人たち、聖域解放とエルフの里解放されてましたけど、運営の方で把握してるんですか?」



 ヴィルさんは指名に入らなかったので、そう訊いてみると、ヴィルさんは苦笑しながら頷いた。



「ああ。ギルド統括と母が秘密裏に話し合っている。どうやら母親同士仲良くなっているらしいんだよな。よく直通の魔道具で話をしてるぞ」

「知らなかった……息はぴったりでしたけど」

「統括は、あの人はとてもできた人だよ。色々と周りのことや気持ちを考えて動いてくれる。母の気持ちも含めて」



 何かを含んだようなヴィルさんの言葉は、なんとなく俺の心にじわっと染み込んだ。



「健吾が行くなら丁度いい。俺を、エルフの里に連れて行ってくれないか? それともやはり自分の力で道を進んでからの方がいいかな」

「どうなんでしょうか。誰かの紹介があればいいとは思うんですけど。一応里手前まで行ってみます? ってかヴィルさんが行ったことないのが意外過ぎてびっくり」



 思わず本音を零すと、ヴィルさんはあははと声を出して笑った。



「俺だってまだまだこの世界のことは触り程度しか理解していないからな。でも、あまりにも出来事が未知数すぎて楽しくはあるけどな」



 笑いながらそんなことを言うヴィルさんの目は、なんだか少年の様に輝いていた。





 ヴィルさんと二人でエルフの里の一歩手前まで跳ぶと、見張りのエルフの人が笑顔で挨拶してくれた。



「こんにちはマック殿。今日は長老様の所にはいかないんですか?」

「今日は人を連れて来たので。いきなり村の中に入るのは失礼かなって思って」

「そうですか。お気遣い下さりありがとうございます。こちらの方が? ヴィデロ殿によく似ておられますが、失礼ですが、身内ですか?」



 エルフの人にじっと見られて、ヴィルさんは笑顔で「兄です」と応えている。その顔は挨拶用笑顔なんかじゃなくて心からの笑顔にしか見えなかった。



「どうぞ。お入りください。今日は満員御礼ですね」



 入口を開いてもらって里の中に入ると、エルフの人はそんなことを言った。

 何だろう、と思いながら足を進めたら、確かに、村の中には、クエストに参加したトップパーティーが数組、すでにあの過酷な道を抜けてここまで来ていた。すごい。

 その中には昨日話しかけてくれた女性もいて、俺を見かけた瞬間笑顔で手を振ってくれた。





 村のエルフの人たちに案内されていくプレイヤーを見ながらも、俺は先に進んでいく。

 案内してくれている人たちは、ここのルールを説明しているみたいだった。

 そっか、謎素材、持ち出し禁止だもんね。しっかり説明しないと持ち出す人とか続出しそう。

 俺も人前では素材採取しないようにしとかないと。許可は貰ってるんだけど。





 どんどん進んで、村の端に来る。ヴィルさんは周りを珍し気に見ながらも、俺の後ろをついてきていた。

 そして、例の行く手を阻む、かもしれない林の間に足を進める。もしこれでヴィルさんがザクザクされたらショックかも、なんてドキドキしながら進んでいくと、何事もなく長老様の所に着くことが出来た。しっかりとヴィルさんが後ろをついて来ているのが、なんだか不思議だった。歓迎されてるってことかな。

 そのまま奥にある開放感たっぷりの建物に近付いて行くと、いつもの通り長老様がちょこんと座って微笑んでいた。

 これを見るだけでなんか安心するのは気のせいかな。

 小さな可愛い長老様に近付いていくと、突然ヴィルさんが足を止めた。

 そして、深々と頭を下げた。



「ここまでくる許可をいただき、喜ばしく思います。お初にお目にかかります。私は、ヴィルフレッド・ラウロと申します。弟たちにいつもよくしてくださって、ありがとうございます。今日はそのお礼をしたくてここまでお邪魔させてもらいました」



 ヴィルさんは、自己紹介しながら、サラリと「弟たち」って言ってた。

 もしかして、たち、の中には俺も含まれてるのかな、なんてちょっとだけ顔が緩む。お兄ちゃんがいると、こんな気分なのかな、なんて、俺もつかの間の弟気分を味わった。



「ふふ、礼儀正しいのね。いらっしゃい。歓迎するわ。あなたたち、一緒にお菓子を召し上がらない? どうもね、あなたが持ってきてくれたお菓子で、ああいうものを自分でも作ってみたいと思う様になってしまったようなの。私が味見役よ。ふとってしまいそうだわ」



 上品に笑うと、長老様は手をパンパンと叩いた。

 いつもお茶を持ってきてくれるエルフの人が、手にお盆を持って現れる。

 そこには、『香緑花茶』と、綺麗な花を咲かせたフルーツのお菓子が乗っていた。

 勧められるまま一口食べてみると、タルト生地に練りきりみたいなあんこが敷かれて、その上にフルーツを煮たものが載せてある、とてもしっとりした味だった。美味しい。



「まるで、和洋折衷のお菓子のようですね。美味しいです」



 ヴィルさんが感想を述べると、長老様は「和洋折衷?」と訊き返してきた。こっちにはそんな言葉はないのか。



「そうですね。ここのお菓子と、人族のお菓子が融合して、見た目も、そして味も新しく、美しいお菓子になっている、ということです」

「それはいいわね。あの子、どうやったらちゃんとしたお菓子が作れるのか悩んでいて、いつもこちらのお菓子しか作ったことがなかったでしょ。最後には人族の街に降りようかしらなんて言い出す始末なの。行かせてあげたいけれど、そうなると私が困っちゃう。でも、お互いのいいところを取り入れた新しいお菓子なんて、とても素敵」



 全く困っていないような笑顔でそういうと、長老様も目の前のお菓子に手を付けた。

 しばらくの間、俺たちは無言で美味しいお菓子を堪能した。

 さわさわと風が部屋を通り抜け、外の草を揺らしていく。まだ若いと言われる守護樹は、そんな長老様を見守る様に、枝葉を揺らしていた。

 こんなにも立派なのに、まだ若いっていうのが、樹って凄いと思う。樹齢何千年とか、ほんとかななんて思ってたけど、実際にこうして大木を見ると、本当だってことが実感できる。

 俺は、ちょっとでも俺の錬金術でこの守護樹を手伝いたくてここに来たんだ。



「マック君」



 俺が守護樹を見上げていると、穏やかな声で、長老様が俺を呼んだ。



「この度は、またしても残滓の刈り取りをしてくださって、本当にありがとう。ロウから話は聞いているわ。大活躍でしたね。そのおかげで、ここもさらに賑やかになりそうです。どんな方たちが現れるのかとても楽しみなんですよ。ありがとう」

「俺は、今回あんまり何も出来てないです。魔物をやっつけたのは他の人たちだし、ほんとに今回は支援役で」

「あなたがいなかったら、元になるものを仕留めることは出来なかったと伺っているわ」

「俺の他にあの場所を知ってるのは、エミリさんとクラッシュとセイジさんくらいでしたから。病にかかるといけないから、手伝って貰うわけにもいかなかったんです。でも、知っててよかったと思ってます」



 あれ以上被害が広がったら、大変だったと思う。こんなに簡単には終息しなかったはず。魔物だってさらに生息区域を広げていただろうし。



「あれは、大陸から入り込んできた穢れたものです。放置してしまうと、その土地が魔大陸と同じになってしまうところでした。前回に引き続き、今回もマック君のおかげで大事に至りませんでした。お礼と言っては何ですが、私たちの里に伝わる、秘伝のレシピを差し上げます。これは、サラにも見せたことはないのよ。それで、お礼になるかしら」

「ありがとうございます! でも、そんなサラさんにも見せたことない大事な物を俺に渡しちゃっていいんですか?」

「ええ。あなたなら必ずいいように活用してくれると思っているわ。そして、作れるようになったら、ぜひ私たちに力を貸して欲しいの」

「もちろん!」



 答えた瞬間、クエスト欄にピロン、とびっくりマークがついた。



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