これは報われない恋だ。

朝陽天満

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586、脅しに屈した俺……!

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 俺が地上に出ると、ヴィデロさんがすぐに俺を見つけて寄ってきた。



「マック、どうした、緊急事態か」

「ちょっと心当たりある場所に行ったらボスがいて。もう少し人数増やすため人を連れて来いって」



 物がなくなっていたからか、前よりはかなり広い感じにはなっていたけど、連れて行けるのはだいたい一つのパーティーくらいかな、と考えて周りを見回した俺の腕を、ヴィデロさんが真顔でガシッと掴んだ。



「俺を連れて行ってくれ」

「でも、病の元凶をお腹に持ってる本体だから」

「ヒイロに大量のシックポーションを貰ったし、ヨシューに状態異常を打ち消す魔法をかけてもらった」



 え、と思ってヴィデロさんの後ろを見ると、師匠二人が「備えあれば憂いなしって言うだろ」とドヤ顔していた。



「もしマックが逃げてくるようだったら、絶対に俺が行こうと思っていたんだ」

「でもヴィデロさん……!」

「ヒイロとヨシューがいる限り、病は怖くないだろ。すぐ治してもらえる。だから、俺を……」



 ヴィデロさんは、そこで言葉を止めて、ちらりと後ろを見た。俺もつられて視線を移すと、ヒイロさんとヨシューさんがうんうん頷いてるのが見えた。この人たち、ヴィデロさんに何かよからぬことを吹き込んだんじゃなかろうな。と顔を顰めると、ヴィデロさんは躊躇ったように、口を開いた。



「……連れて行ってくれないと、な、泣くからな……」



 そのセリフと、少しだけ頬を赤くしたヴィデロさんに、俺は陥落した。

 ああああああ、ヴィデロさん、脅しかけて来やがった……!

 めっちゃ可愛い脅しだったちくしょう……!

 後ろで「そこは『泣いちゃうからな』だろ」とか「もっとあざと可愛らしく言わねえと」とか聞こえるけど、耳を素通りする。

 ヴィデロさん、泣くからななんて脅し、俺に効くと思って、思って……!

 くそお! 可愛すぎか! 好き! 泣かせたくない!





「師匠たち! もしヴィデロさんが病気になったら絶対に治してくれるんでしょうね!」

「俺たちで治せない病はない」

「任せろ」



 背中を押してきた二人の師匠に見送られて、俺はヴィデロさんのあざとすぎる脅しに屈したのだった。

 近くにいた『白金の獅子』もその一部始終のやり取りを見ていて、ドレインさんなんか腹を抱えて笑っている。

 ユーリナさんが相変わらずね、なんて肩を震わせてるけど、だって可愛いんだよ! 今もドッキドキしてるよ!

 ついでに『白金の獅子』も巻き込んで、俺とヴィデロさんと『白金の獅子』は、元研究所内に跳んだ。





 俺が姿を現した瞬間、壁から根っこが俺たちに向かって伸びてくる。

 それをヴィデロさんが一瞬で剣を抜いて弾き、今は戦闘中だったということを思い出させてくれた。



「うわあ、気持ち悪い……」

「これが本体か……なんか絶対に中に入ってるでしょあの膨らみ。誰か食べられちゃってたりして」



 ユーリナさんとドレインさんが本体を見た瞬間顔を顰めて呟く。

 雄太たちは飛び出してくる根っこをひたすら攻撃していて、でも決定打は与えられていないらしい。HPバーはまだ青色が少し残っている。ってことは、まだ3本分HPが残ってるってことだよな。



「本体を傷つけると状態異常になるから、気を付けて!」



 海里が双剣で根っこを切り落としながらガンツさんたちに助言する。

 俺もただそこに突っ立ってるわけにはいかずに、根っこから逃げる。

 ヴィデロさんも早速飛び出してくる根っこを次々切り落としている。どんな角度でも対応してるのが凄い。カッコいい。

 でもここの空気がもしヴィデロさんに悪影響を及ぼしたら。今はまだ、ヨシューさんの状態異常打消しの魔法で何とかなってるけど、せめてここの空気だけでも何とかならないかな。

 ダメもとで、と俺は聖短剣を構えた。

 俺の周りに飛んでくる根っこはことごとくヴィデロさんが跳ね返してくれているので、足を止めても大丈夫なのが、ヴィデロさんの愛を感じる。

 ちょっとだけ、ヴィデロさんに甘えてるね。



「この世界を見守る最上の神よ、その気高き聖なる神気でこの禍なる気を包みこみ給え。『円状鎮魂歌サークルレクイエム』」



 最上級浄化魔法が効くかどうかはわからないけど、やってみないよりはまし。

 短剣からあふれ出る光が、部屋の中に満たされていく。

 唱え終わった後の俺のMPはやっぱり一桁で、俺は急いでマジックハイパーポーションを呷った。



 光が消えると、なんとなく部屋の中の空気が綺麗になった、気がした。

 気がしただけで本当の所はどうなのかわからないけど。心なしか、部屋の中が少し明るくなった。

 これで少しはヴィデロさんを病原菌から守れればいいんだけど。



「マック凄いじゃん。あいつ、今の浄化魔法で状態異常の攻撃しばらくできないみたいだよ。今弱点はお腹になってる」



 ドレインさんが目を輝かせながらそんなことを言って、嬉しそうに本体に魔法を打ち始めた。

 え、ほんとに? それは思いもしない効果だ。

 ドレインさんにつられるように、皆も本体に攻撃を開始する。

 でも根っこはやっぱり攻撃してくるから、そっちも何とかしてね!

 俺に向かって伸びてきた根っこを思わず短剣でガードしようとして、思いとどまった瞬間腕の表面を根っこが掠っていく。



「マック!」



 ヴィデロさんがすぐさま俺の横に駆けつけてくれる。そして、飛んでくる根っこを次々攻撃する。

 でもヴィデロさんくらい攻撃力が強い人は本体攻撃に参加してほしかった。だって、やっぱり根っこ攻撃と本体攻撃って全然HPの減りが違うんだもん。

 こういう攻撃に全く手が出ない自分が辛い。

 とちょっとだけ落ち込んでいると、ヴィデロさんが何かを呟いた。



「この世の半分を司る闇よ、その闇に俺を映し、力となれ。『影人形シャドウパペット』」



 魔法らしき詠唱を終えた瞬間、ヴィデロさんの身体から、同じ体形の黒い影が3体分身する様に現れた。

 筋肉の付き方まで同じ、しかも、すぐさま動き始めた影たちは、ヴィデロさんと同じ様な身体能力で黒い影の剣を振り回して根っこを攻撃し始めた。



「ヴィデロさんが……! たくさん……!」



 ついつい感激の声を上げると、隣で剣を構えているヴィデロさんから笑い声が聞こえた。





 黒いヴィデロさんが動き始めたことで、雄太たちがアッという顔をした。

 そういえば雄太たちもこの魔法を覚えてたんだった。

 早速雄太と海里が詠唱を始める。そして、雄太が2体、海里が5体の分身を出した。



「せっま! 部屋狭いだろ! 何だこのカオス空間!」



 みごと、月都さんに突っ込まれていた。

 影が全部で10体増えたせいで、ほんと狭い。でも、攻撃を受けた影は消滅していくので、全部消えるのも時間の問題だと思う。っていうかヴィデロさんの影は消えないで。





 そんなこんなで満員御礼状態の部屋が徐々に暗くなってくる頃には、ヴィデロさんの影2体、海里の影2体のみが残っていた。

 ガンツさんが本体を攻撃した瞬間バフっと黒い霧を放出したことで、浄化魔法の作用が消えたことが分かった。

 皆、本体から距離をとる。その霧を浴びたガンツさんが急いでインベントリから出した何かを飲み干したのを見て、状態異常になったんだということが伺えた。

 ということで、もう一度短剣を構える。



「この世界を見守る最上の神よ、その気高き聖なる神気でこの禍なる気を包みこみ給え。『円状鎮魂歌サークルレクイエム』」



 またしても、部屋が少し明るくなる。

 そして……。



「ヴィデロさんの影が……! 消滅した……!」



 その光と共に、影人形が消滅した。

 そうだった……! ヴィルさんがちゃんと説明してくれたじゃん……! 打ち消されるって!

 俺が、ヴィデロさんの分身を消しちゃった……!



 がっくりと膝をついた俺を苦笑しながら見下ろしたヴィデロさんは、剣で根っこをいなしながら、もう一度分身を出してくれた。好き。



 
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